時間はないけど
昼休みの空いた時間に、ノールビンドニングに挑戦することにした。
以前から興味はあつて、五年前に北欧に行つたときにも、三年前に行つたときも針を買つてきた。
写真は三年前に行つたときに買つてきたものだ。
左の二本がノールビンドニング用の針、右の一本はボスニアン・クロシェットの針だ。
ノールビンドニング用の針のうち、左の方はスウェーデンはストックホルムの北方民族博物館で写真がたくさん掲載されてゐる薄い手引書と一緒に求めた。素材は……なんなのだらう、これは。骨? 歯?
右の方はボスニアン・クロシェットの針と一緒にストックホルムのヘムスロイドで購入した。どちらもとてもスムースで使ひやすさうな針である。
入手したはいいものの、放置したまま三年がたつた。
手引書を見ながらはじめてもよかつたはずなのに、買つて満足してしまつた、とでも云ふべきか。
「さういへば自分はノールビンドニングの針を持つてゐるな」と思ひ出したのは、「はじめてのノールビンドニング」といふ本が発売されたからだ。
それまでもWebなどでノールビンドニングをしてゐる人やその作品を見かけることはあつたけれど、その時ではなかつたのだらう。
「はじめてのノールビンドニング」では、「作り目が大変」「作り目の作り方が覚えられなくて挫折する」などといふことが書かれてゐる。
思ひ出すなあ、タティングレースをはじめたときのこと
周囲にタティングをしてゐる人はなく、本だけが頼りだつた。
あのときも、目を作つたはいいものの、その作つた目が芯糸を自由に行き来するはずなのにさうならず、さんざん悩んだものだつた。
ちよつとやつてみてはうまくいかず、またやつてみて目が動かないといふ状況が数日つづいた。
懲りずにつづけてゐたとき、突然ひらめくことがあつて、やつと目を動かすことができた。
今回もそんな感じかなと思つてゐる。
タティングレースをはじめたときには時間があつた。
ほんたうはなかつたのかもしれないけれど、時間があると思つてゐた。
いまはない。
それがタティングレースをはじめたときとの一番大きな違ひかな。
いまの方がWeb検索などで情報も手に入れやすからうといふのも違ひのひとつだらう。
昨日ノールビンドニングをはじめてみたところ、まづ、目が正しく作れてゐるのかどうかがよくわからない。
本のとほりに目を作つて、しかし輪のできる場所が違ふ気がする。
糸は極太に近いやうな太いものを選んだのだけれど、色が暗いのが敗因かなあ。
とりあへず、今週はノールビンドニングの作り目に挑戦してみるつもりでゐる。
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