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Friday, 29 September 2017

外国語が上達しない訳 その二

以前「自分には外国語の上達は望めない」といふ類のことを書いた

語りたいこと、表現したいことがないから。
知りたいことがないから。
見知らぬ他人と話し合ひたいとは思はないから。

理由はそんなところだ。

先日、別の理由に思ひ至つた。

それは、
「外国語に堪能な自分の姿をさつぱり想像できない」
といふことだ。

あー、そりや上達しないね。
上達しやうがない。
目指すところの姿を思ひ描くことができないんだもの。
ムリでせう。

語学に堪能とはどういふ状態をさすのか。
これは人によつて違ふだらう。
仮に「自分の意見を伝へ相手の意見を理解して論じ合ふことができる」ことを語学に堪能である状態としやう。

ないね。
ありえない。
どんな言語であれ、相手と相互に理解しつつ語り合ふ自分の姿といふのは、まつたく想像の外である。

「どんな言語であれ」というのは言葉どほりの意味だ。
すなはち日本語でもできない。
では日本語でできれば外国語でもできるやうになるのか。
そもそも、いまから日本語でそんなことができるやうになるのか。

それもまた想像の外なんだなあ。

それでも云へることはある。
語学の上達を目指さうといふ人は、自分がその語学に堪能になつてゐる姿をまづ想像してみるのはどうか、といふことだ。
そんなことは誰でもやつてゐるのかな。

受験勉強には役立たないかもしれないが、最近はリスニングのテストもあるといふからそのあたりには使へるんぢやあるまいか。
外国の映画を字幕に頼らず見られるだけのリスニング力を持つ自分。
海外のニュース番組を理解できる自分。
さういふ自分の姿を想像することからはじめてみるといふのはいいかもしれない。

やつがれにはできないので無責任な忠告ではあるけれどもね。

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