九月三日日曜日、新文芸坐で「可愛い悪魔」を見てきた。
以下、「可愛い悪魔」の核心にせまる部分があるので、ネタバレを厭ふ方とはおさらばさらば。
「可愛い悪魔」は「火曜サスペンス劇場」で放映された二時間ドラマである。
リアルタイムで一度見たきりで、忘れられないドラマだつた。
「花筺」公開を記念して新文芸坐で大林宣彦監督作品特集を開催するにあたり「可愛い悪魔」もラインアップされてゐるといふので、万難を排して見に行つた。
見に行つて、すつかり忘れ去つてゐることも多々あつた。
主人公・涼子(秋吉久美子)がドラマの冒頭で精神病院に入院させられる、とか。
番組の最後で精神病院の医師(峰岸徹)とシスターでもある看護婦とがアリス(ティナ・ジャクソン)と一緒にスキップしてゐる、だとか。
見て思ひ出したこともある。
みなみ・らんぼうのゆる〜いアヤシさだとか。
ドラマの中では父親殺しはアリスのせゐではないことになつてゐる、とか。
これは上映後の樋口尚文と秋吉久美子とのトークショーで聞いて思ひ出したことだが、当時「可愛い悪魔」といつたら秋吉久美子のことだつた。その秋吉久美子が「可愛い悪魔」の被害者を演じるといふのが、見てゐて意外だつたしおもしろかつた、とか。
そのトークショーで「可愛い悪魔」の怖さについても語つてゐた。
捨てカットがまるでない、とかね。
全篇緊張感にあふれてゐるのである。
二時間ドラマは気楽に見られる番組だつたやうに思ふ。
放映時間的に、家庭の主婦は夕飯の片付けをしながら見てゐることもあつたのではないか。
そこに捨てカットなしの、つねに緊張感あふれる映像かつ内容の物語が放映されたら。
そりやあ忘れられないよね。
ものの映し方も、人形ひとつとつても怖いし、「あ、あれ、あとで使ふガラスの花瓶だ」と思ふだけで怖い。知らなくても、ガラスの花瓶が空の状態でおいてあるだけで怖い。
アリスがまた怖いしね。
どこまで悪意があるのか。
悪意はまるでないのか。
人が死ぬといふことがどういふことか、理解してゐるのかゐないのか。
このトークショーでは話題にならなかつた点で、もうひとつやつがれが怖いと思ふ点がある。
それは、主要な登場人物の衣装がほぼ白もしくは白つぽい色である、といふことだ。
主人公の涼子がたまに黒つぽい衣装を着ることがあるのと、アリスが学校に行くときの制服が黒つぽいことを除くと、病院関係者はもちろん、渡辺裕之も赤座美代子もみなみ・らんぼうも皆白もしくは白つぽい衣装で出てくる。
渡辺裕之とみなみ・らんぼうとは上下とも白だし、涼子とアリスとも基本は白か白つぽい衣装だ。
それのなにがこわいのかといふと、ドラマ冒頭では赤いセーターに黒つぽいパンツとかだつた涼子が、精神病院に入れられると真つ白な服を着せられるからなのではないかと思ふ。
すなはち、主要な登場人物はみなどこかしら病んでゐるのではないかといふ気がしてくるのだ。
どこかしら精神を。
さう考へてみると、いつたいなにがほんたうなのかわからなくなつてきて、実に怖い。
この物語自体は涼子あるいはアリスの中の妄想なのかもしれないといふ気すらしてくる。
この日、客席には病を押して大林宣彦も来てゐた。
苦しげに呼吸しながらも、いろいろと語つてくれた中に、今回見返してアリスの「死んぢやへ」といふつぶやきがどこから来たのかわかつた、ということがある。
先の大戦中、日本人の戦闘機乗りが「死んぢやへ」と云ひながら英米軍を攻撃する、攻撃されてゐる方は苦しんでゐる表情をしてゐる、といつたポンチ絵のやうなものがあつた。
アリスの「死んぢやへ」はそれがもとになつてゐる、といふのだつた。
なんでもかんでも戦争(反対)に結びつけるのは、やつがれはかはない。
このときも、最初に聞いた時は「なんでもかんでも戦争に結びつけなくてもいいのに」と思つた。
「花筺」の宣伝にしても、だ。
でも考へた。
たぶん、戦争の時、敵国を攻撃する兵隊は相手に対して「死んでしまへ」といふ感情を抱くのだらう。
戦時のとくに兵隊はさういふ気持ちになるのだらうと。
いまなら「それは間違つてゐる」といへる。
だが、その場に自分が置かれたら「間違つてゐる」といへるだらうか。
アリスは通常の世界に住んではゐないのだ。
自分の意に反するものはすべて敵。
敵は死んでもかまはない。
それはおそろしいことなのではあるまいか。
今後、「可愛い悪魔」を見る機会はないかもしれない。
あつたら、そんな視点でドラマを見てみたいものだ。
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