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Thursday, 13 July 2017

見られないけど水戸黄門

先日、新たに制作されるTVドラマ「水戸黄門」の詳細が発表された。

東野英治郎が主演だつたときのTVドラマの第三部をリメイクするといふので、悲憤慷慨する向きもあつたやうだ。
え、自分の愛する作品が自分の手の届かないところで意にそまぬ方向に改変されたら、「世情を嘆く」でせう?
ま、いいか。

ところで、十一月には国立劇場で「沓掛時次郎」を上演するのだといふ。
「沓掛時次郎」といつたら長谷川伸の代表作のひとつだ。
Wikipedia で見たら八度も映画化されてゐるといふ。
七年前にはまんが化もされたのださうな。

八度も映画化されてゐるといふことは、「沓掛時次郎」はそれだけリメイクされてきたといふことだ。
舞台でも繁くかかつてゐたころもあらうし、TVドラマ化も何度かされてゐる。

「沓掛時次郎」がさうなら、「瞼の母」もさうだらう。
忠臣蔵や遠山の金さんなどもさうだし、水戸黄門だつて何度も違ふ配役で映像化されてゐる。

さう思つて Wikipedia の水戸黄門を見てみたらなんだかすごいことになつてゐた。
映像化の最初は目玉の松つちやんか。
記憶にある昔の水戸黄門といふと月形龍之介なのだが、大河内傳次郎だとか市川右太衛門だとか、すごいメンバーが主演に名を連ねてゐる。

さういへばアニメもあつたなあ、「水戸黄門」。
「最強ロボ ダイオージャ」といふ水戸黄門をベースにしたロボットアニメもあつた。好きでよく見てゐた。

これだけ何度も作られてゐて、それでもなほ嘆かれてしまふ今度の「水戸黄門」つて……
どうしてなのかなあ。

水戸黄門といへばTVドラマの時代劇で東野英治郎や西村晃、佐野浅夫らが演じてゐたアレである、といふことになつてしまつてゐるからか。
確かに、こどもの時分に「月形龍之介の水戸黄門といふものがある」と云つても友人には通じなかつただらうとは思ふ。
「月形龍之介 who?」といふ感じだつたらうとは思ふし。

水戸黄門といふ作品は過去に何度も何度も手を変へ品を変へ新たなものが作り出されてきたものだ、といふ共通認識がすくなからず欠けてゐるのかもしれない。

と、書きながら、「さうぢやないな」と思つてゐる。
世の悲憤慷慨は、「よりにもよつて」「第三部」といふところにある。
さういふことなのではないかと思ふ。
根拠はないけど。

ほんたうに、なんでよりにもよつて第三部なんだらう。
新しく書き下ろすことはできなかつたのだらうか。
できなかつたのかもしれないなあ。

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