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Friday, 23 June 2017

性格で判断

いままさにさうなつてゐるのかもしれないが、今後はますます入学試験などで性格などを問はれることが増える、といふ話を聞く。

思へば、幼稚園からいままで自分の為人や性格を云々されて入園・入学・入社したことはない。
そんなことで評価されてゐたのなら、どこも不合格だつたらうからだ。

もう三十年は前のことだ。
いとこがさる中高一貫教育の学校を受験するといふ。
その学校は明るい性格の子しか入学させないといふ話だつた。
その学校の入試に対応した塾に通つてもゐた。
残念ながら我がいとこはそんなに明るい性格ではなかつた。
どちらかといふとものしづかであまり感情を面にのぼらせることのない人だ。
塾でも「合格はむづかしいかもしれませんね」と云はれてゐたといふ。
結局、親の仕事の関係でのその学校から遠いところに引つ越すことになり、受験しなかつたのらしい。

明るい性格の子しかゐない学校、か。
その学校で育つたら、暗い性格の人とのつきあひ方がわからなくなるのぢやあるまいか。
それつて、社会不適応者を育ててゐることにはならないのか。
あるいは教師に暗い性格の持ち主がゐるのだらうか。

それに、明るい性格の子だけを集めたとしたつて、その中に差異はある。
世の中の平均からみたら明るい子だけれど、明るい子ばかりの中に入れられたら暗い子になつてしまふ。
そんなこともあるだらう。

人の性格を見極めるのつて、そんなにかんたんにできるものなのだらうか。
学校や企業の面接官ともなれば、お手の物なのかなあ。

見た目でなんとなく変な人といふのがわかることもある。
この前東京宝塚劇場に行つたとき、その身なりから「この人、なんだか変」と思つた人は平気でエスカレータを待つ列に割り込んで来た。
着てゐるものがみすぼらしかつたとか、髪の毛が乱れてゐたとかいふわけではない。
ただ、その人には似合はないと思はれるやうな服を着てゐた。

でもそれを云つたらやつがれも「変な人」枠だからなあ。
面接試験を重要視するやうな入学試験や入社試験にはことごとく落とされる。
さう思つてゐる。

先日、TwitterのTimeLineにこんなやうなつぶやきが流れてきた。
英国数理社の入学試験の場合、ある一定の成績に達してゐるといふだけの人間が集められる。
その多様性がいいのであつて、性格だの人格だので入学の可否を決めてゐたらかうはならない。

自分にとつてはすつかり他人事なのでのほほんと構へてゐるが。
老人ホームへの入居も性格や人格が問はれることになつたらと思ふとお先真つ暗な気分になる。
それとももうさうなつてゐるのだらうか。
この世は闇か。

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