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Friday, 26 May 2017

生まれる時代を間違へたらうか

先日、平成生まれの若者たちに90年代や80年代の流行歌やアイドルが好きな人が多い、といふ記事を読んだ。
なかに「生まれる時代を間違へた」といふやうな文章があつた。

昭和なものが好きである。
昭和なものといつて、昭和は64年まであつたので、まんべんなく好き、とはいへないとは思ふ。
毎回録画して見てゐるのは昭和のころの時代劇だ。
歌は有名なものにかぎるけれども東海林太郎も歌ふし、米若の「佐渡情話」とか虎蔵の「三十石船」などを聞いたりする。あきれたボーイズとかね。
まんがやアニメも昭和な感じのものが好きだ。

それで、「ああ、自分は生まれる時代を間違へた」と思つたことがあるか。
実はない。
いまの年齢のまま昭和40年代に生きてゐたとしたら、大正や明治のものに心惹かれてゐただらうからだ。
明治に生きてゐれば江戸時代のこと、江戸時代に生きてゐたら……江戸時代は長いから、すでに過ぎ去つた時代のことを恋ひ慕ふだらう。文化・文政のころに生きてゐたら元禄の世に心を馳せる、とかさ。

なぜ過ぎ去つてしまつたことが好きなのか。
なぜ現在目の前で展開してゐることに興味を持てないのか。
すでに評価の定まつたものが好きだからかもしれないな。
または、時を経て残つてきたもの。
それはズルい、といふ話もある。
自分が評価する必要が少ないからだ。

もう手の届かないものに惹かれる面もある。
録画や録音で見聞きすることはできるけれど、でももうそのときのこの世の雰囲気といふものは存在しない。
どんなに求めても体験することはできない。
さうしたものにどうしやうもなく心惹かれる。

いづれにせよ、自分は生まれる時代を間違へたとは思つてゐない。
いまこのときを生きてゐるからかういふ趣味嗜好を持つてゐるのだ。
それだけは確かなことである。

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