あみものと気分転換
あみものをするとリラックスできるかといふと、さうでもない。
先週は平日のあひだはほとんど編めなかつた。
仕事で気にかかることがあつたからだ。
なんだかわさわさとした気分でその仕事をする日である金曜日まで過ごした。
編みかけを手に取る気にはならなかつた。
あみものが好きな人の中には、編んでゐると心が落ち着くから好きといふ人もゐると思ふ。
ふんはりとした毛糸が指と指とのあひだを通りぬけてゆき、軽快な針の動きとともになにがしかの編み地ができあがつていく。
いい気分だ。
もし自分も「編んでゐると気分が落ち着くから」といふので編んでゐるのだとしたら、先週などはがんがん編んでゐたはずだ。
それがまつたく進まなかつた。
気持ちを落ち着けやうとして編むこともないわけぢやあない。
医者で順番を待つあひだに編むのはそれだ。
先週はそんな気分にならなかつたんだな。
では全然進まなかつたのかといふとさうでもなくて、日曜日に録画したTV番組を見ながら結構編んだ。
かかとを編んで、まちの減らし目が終はつたところだ。
そろそろ次に編むものを決める時期でもある。
使ふ毛糸は決まつてゐるのだが、なにを編んだものかまだ悩んでゐる。
手触りのいい毛糸なので、首回りのものを編まうかと思つてゐるのだが、つひ最近「もうこれ以上マフラーは必要ない」と思つたばかりなんだよなあ。
かといつて、毛糸の量からいつて、ほかに編めさうなものもない。
ここはひとつ考へどころだ。
« 生まれる時代を間違へたらうか | Main | 細さへの挑戦 いまむかし »
Comments