中断するとき
トゥヴォーエンズスティックニングのくつ下はあまり進んでゐない。
右手に糸をかけて編むことと、編み図を確認しながら編むこととに慣れてゐないからだ。
進まないのは想定のうちではある。
さうかうするうちに、なんだかあたたかくなつてきてしまつた。
袖なし羽織、半分までは編みたかつたんだがな。
だが、半分までといふきりのいいところまで編んでしまふと続きがなかなか編みはじめられないやうな気もする。
つづけるための手だてとして、「半端なところではふつておく」といふのがあるからだ。
小説家などは、その日の仕事を終へる際、きりのあまりよくないところでやめるのだといふ。
さうすると翌日仕事をはじめる際にはじめるきつかけがつかみやすいのださうな。
森博嗣だつたかは、原稿を手書きしてゐたら字の途中でやめるだらう、といふやうなことを書いてゐた。
あみものやタティングレースに関してはやつがれはきりのいいところで中断することが多い。
あみものの場合は針から糸がはづれにくいやうな状態にする。
タティングレースなら目のゆるんでこないやうな状態にする。有り体にいふなら、リングを閉じた状態にする。
その方がまた始めるときに取り出しやすいからだ。
縄編みの場合は、縄編みまで編んでやめる。
次に手に取るときは縄編みのない段を編むやうにする。
さうすると、どこまで編んだか編みながらわかるし、とりあへず編めばいいのではじめやすいからだ。
今回の模様編みの場合は、足の裏部分がわかりやすい模様になつてゐるので、甲部分を編んで中断するやうにしてゐる。
再開するとき、これまたとりあへず編みはじめられるやうにしてゐるわけだ。
工夫はしてゐるんだけど、なかなか進まないねえ。
トゥヴォーエンズスティックニングつて左手に糸をかけた状態では編めないのか知らん。
そんなことはないと思ふんだがな。
と、ここで調査を始めるとまた進まなくなるし、それよりなにより手の加減が変はるので、ひとまづはこのまま右手に糸をかける方式でゆきたい。
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