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Thursday, 09 March 2017

効率的な生き方とか

書店のビジネス書のコーナーや、ネット上の記事や発言などを見るの、ものごとを効率的にこなすことは善である、といふ意見が多い。
非効率的にする意味がわからない。
それはそのとほりだ。

でも、さういふの、疲れちやふんだよね。
そんなに「効率、効率」とたくさんさうに云はなくてもいいのに。

時間のことにしてもさうだ。
翌日は午前十時半にあるところへ行かねばならない。
そこから逆算して、何時の電車に乗るかを考へ、それには何時に家を出なければならないかを割り出し、その時間に家を出るには何時までには食事を終へねばならず、それには何時には起きる必要があり、そのためには今夜何時に寝なければならない。
その時間に寝るためにはいまから何時までにはあれをしてこれをして…………

ふー。やれやれ。

なんかもう、この逆算をするだけでものすごく疲れる。
世の人はさうではないのだらうか。
Lifehack系の記事や本などを読むと、この逆算をすることといふのはごくごくあたりまへのこととして書かれてゐる。

あたりまへなのか。
こんなに疲れるのに。

先日、穂村弘の「はじめての短歌」といふ本を読んだ。
以前、映画「いのち・ぼうにふろう」について書いたときにこの本についてもちよこつと書いた。
「はじめての短歌」のなかで、穂村弘は「生きのびる」と「生きる」とについて書いてゐる。

通勤電車に乗つて、このまま終点まで行つたら海だなあと思ひ海まで行つてしまふのが「生きる」。
さう思ひつつもちやんと職場の最寄り駅で降りるのが「生きのびる」。
さう理解してゐる。

用事の時間にあはせて時間の逆算ができ、それを苦とも思はない人は「生きのびる」側の人間なのだらう。
側、は変か。
穂村弘は、人はだれしも「生きのびる」側面と「生きる」側面とを行き来して生きてゐる、といふやうなことを書いてゐた。
時間の逆算をして疲れない人は「生きのびる」ことに疲れを感じない人、とでもいへばいいのかな。
時間の逆算をするだけで疲れてしまふ人間は「生きのびる」のに向いてゐないのだらう。

向いてゐないけど、時間の逆算はしなければならない。
そしてときにひどく疲れてしまふのだつた。

「いのち・ぼうにふろう」的にいへば、性分の片端もの、山のけものだから、といふことにならうか。
しかし山では暮らしていけないのだつた。
なんの因果かねえ。

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