« お休み中 | Main | タスクに追はれて »

Wednesday, 26 October 2016

芝翫型の「熊谷陣屋」

芝翫型の「熊谷陣屋」では熊谷直実は文楽のそれとおなじ衣装で登場する。
黒い別珍の着物に赤い錦の裃だ。
顔も赤く塗つて出る。

誰のなんといふ本だつたか忘れてしまつたので甚だ恐縮ではあるが、以前文楽の「熊谷陣屋」の熊谷について「衣装出で立ちが「壇浦兜軍記」の岩永とおなじである。つまり、「熊谷陣屋」の熊谷はもともとは岩永とおなじやうな性格の人物として描かれてゐた」といつた内容の文章を読んだことがある。

文楽の人形は頭や髪型・衣装などでその性格がわかるやうになつてゐる。
おなじやうな出で立ちなら、熊谷が岩永のやうだつたことはありうるし、もしかすると逆に岩永が熊谷のやうだつたかもしれない。
顔が赤いことを考へると、熊谷が岩永のやうだつたのだらう、ありうるとするならば。

残念ながら文楽では見たことがないのだが、「近江源氏先陣館」は「盛綱陣屋」に出てくる和田兵衛もおなじやうな出で立ちだ。
こちらは歌舞伎で見るかぎりはいい役に見える。
上の主張が正しいならば、彼もまた岩永・熊谷の仲間だつたのだらう。

歌舞伎でも、とくに古典の場合登場人物の髪型・顔の仕方・衣装にはその役の性根を観客に知らせる役割がある。
なぜ芝翫型の熊谷はあの出で立ちなのか。
文楽からそのままもつてきたからといふのなら、なぜ現在普及してゐる團十郎型の熊谷はまつたく違つた出で立ちなのか。
それを考へて演じないと、芝翫型の「熊谷陣屋」の存在意義は少ない。
ただ衣装や顔の仕方、大道具の作りや幕切れなどがすこし違ふだけの、「それ、やる意味あるの?」な型になつてしまふ。
新・芝翫は立役で、後継者も揃つてゐる。
今後、芝翫型で「熊谷陣屋」を演じる機会も増えることだらう。
でもいまのままでは演つて詮無いことになるのぢやあるまいか。

「熊谷陣屋」の熊谷が「壇浦兜軍記」の岩永のやうな性格だとするならば、今月歌舞伎座で見た熊谷はいいんぢやないかと思つてゐる。
むしろ違ふのは義経の方だらう。
文楽の「熊谷陣屋」の義経の衣装には緑色と朱色とが用ゐられてゐる。
義経にしてはめづらしい色合ひだ。
文楽において緑色と朱色(といふか橙色といふか)との衣装を着てゐる役は、大抵あまり頭がよくない。
武芸一辺倒の融通のきかない人物だ。
義経の衣装の緑は生地が透けたものなので明るい色合ひになつてゐて、武芸一辺倒の役の萌黄のやうな色とはちよつと違ふ。
だから義経はさういふ性根の人物ではない。
さう主張することもできる。
でも義経にあの色は妙だ。
絶対なにかあつたに違ひないと思ふのだが、現在では文楽でも「熊谷陣屋」の熊谷は分別のある武士のやうに見受けられるし、義経はどこからどう見ても御大将・御曹司であつて、先に紹介した文章を裏付けるものもやつがれの「なにかあつたに違ひない」といふ勝手な思ひつきを裏付けるものもまつたくない。

ただ云へることがあるとしたら、衣装の色や顔の色はその役の性根を表すものだ、といふことだけだ。

今後も芝翫型でいくといふのなら、なにかしら工夫がほしいところだ。
型は多い方がおもしろいからね。

|

« お休み中 | Main | タスクに追はれて »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 芝翫型の「熊谷陣屋」:

« お休み中 | Main | タスクに追はれて »