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Wednesday, 07 September 2016

戀とか愛とか落語とか

戀は愛より上等だ。

戀には「博戀」だとか「純戀」、「家族戀」だの「人類戀」だのといふやうなイヤラシいことばがない。
それに、戀には「戀わづらひ」だとか「戀占ひ」だとかなんとなくゆかしいことばがある。
「愛占ひ」だと話が壮大になりすぎる気がするし、「家族愛わづらひ」なんてどんだけ病んでるんだよ、といふ話だ。

といふやうなことは、すでにここで書いたやうにも思ふ。

戀わづらひといふと思ひ出すのは落語の「崇徳院」だ。
若旦那が寝込んでしまふ。その理由が「戀わづらひ」。
春風亭昇太で聞いたとき、この「戀わづらひ」といふことばをなんとも嬉しげな不思議な調子で口にするのがをかしかつた。
さう、戀わづらひといふのは、どこかちよつと嬉しげなものだ。
わづらつてゐる本人はつらいのかもしれない。
でも周囲から見ると「戀をしてゐるのね」といふ、ちよつと羨望まぢりの目で見たくなるやうな晴れがましさがある。

土曜日によみうりホールの「Tatekawa Blood」に行つてきた。
立川談笑が「紺屋高尾」を改編した「ジーンズ屋ようこたん」をかけた。戀わづらひの話だ。
立川談笑はかういふ古典を現代版にしたやうな話をよくする。
「壺算」が元の「薄型テレビ残」とか、「芝浜」を元にした「シャブ浜」とかは聞いたことがあつて、好きなんだな。
そんなことしないで古典をそのままやればいいぢやないか、といふ向きもあるかと思ふ。
でも改編した話を聞くと、談笑師匠はかういふ風に解釈して、それを表現するには現代版に置き換へる必要があつたのかな、といふ気もしてくる。

「ジーンズ屋ようこたん」もそんな話だつた。
以下、「ジーンズ屋ようこたん」の核心に触れる部分があるので、ネタバレを避ける向きにはここでおさらばでござんす。

「ジーンズ屋ようこたん」を聞いて思つたことは、「戀は、三次元の生きてゐる相手にしないとダメなんだな」といふことだ。
たとへ相手が手の届かないやうな存在でも、おなじ次元に生きてゐれば、会へることもあるかもしれない。必死でがんばれば、どうにかして会はうと思へば、きつと会へる。
そして、「きつと会へる」ことを心の支へにして生きていける。
さう思つたのだつた。

「ジーンズ屋ようこたん」は、岡山県は倉敷市の児島に住まひするジーンズ職人の若者・久三が出社しなくなるところからはじまる。
ちいさな会社だから社長が心配して見舞ひにくる。
久三は戀わづらひで身動きがとれなくなつてゐた。戀の相手はアイドルの近藤ようこたん。
社長はそこは企業のことだから、事務所に申し入れて社の忘年会に近藤ようこを呼ばうとするが、八百万円かかると云はれて引き下がる。
東京で会ふだけでも七百万円はかかるといふ。
久三の月給は手取りで二十万円だ。
三年間必死で働いてためれば近藤ようこたんに会へる。
そこから久三は必死で働き、七百万円の貯金をもつて近藤ようこたんに会ひに行くのだつた。

「紺屋高尾」ぢやん。
いや、まあ、さうなんですけどね。

社長は久三に「IT企業の社長で六本木ヒルズに社を構へてゐることにしろ。倉敷のジーンズ職人だなんて云ふなよ」と云ひふくめる。
久三は近藤ようこたんに会ふ。
近藤ようこはみづから「近藤ようこたんです」と名乗つたあと、微妙なポーズとともに「きゃぴっ」とかいふやうなちよつとイタいアイドルだ。
七百万円払つても、会へる時間は限られてゐる。
「近藤ようこたんです」「きゃぴっ」のあと、「IT企業の社長さんなんですかぁ? ぢやあ六本木ヒルズとかで働いてゐるんですねぇ?」などと、近藤ようこたんばかりぽつぽつと喋る。
久三はなにも云へない。
ろくに会話もしないうちに近藤ようこが帰らうとしたところで、久三はほんたうのことを語る。
実は自分は倉敷のジーンズ職人で、ジーンズにダメージを加へる仕事をしてゐる。どうしても近藤ようこたんに会ひたくて、三年間必死で働いて七百万円ためた。今日からまた働いてお金をためるので、三年したらまた会つてください。

「紺屋高尾」ですね。
わかります。

そこで、近藤ようこたんが云ふのだ。
アイドルになつたばかりのころには、自分にも夢があつた。芸能界でああなりたい、かうなりたいといふ理想があつた。
だから、ものすごく大胆な水着なんかも喜んで着た。
でも何年もアイドルをやつてゐると、どんどん若い子が出てきて、気がつくと「あの子、調子を崩して休んだりしないかしら」「あの子がゐなくなればいいのに」とかいふことばかり考へてしまふ。
いまは事務所のために働くばかりで、自分の夢がなんだつたか、もうわからなくなつてしまつた。
「あたしは、こんなあたしが大嫌ひ」

ようこたん……。

すると、久三が云ふのだ。
よくわからないけど、たとへばジーンズといふのは新品がいいわけぢやあない。
何度も着て着古して、着る人の躰の形や動くときの癖にぴつたりしてきたジーンズ、それがいいジーンズなんだ。

ようこたんは思ふ。
「こんな、あたし自身が大嫌ひなあたしのことをそんなに思つてくれる人がゐるなんて」
ようこたんは云ふ。
事務所との契約は来年の三月十五日で切れる。
さうしたら、あなたに会ひに行きます。

「紺屋高尾」だ。
「紺屋高尾」なんだけどさ。
吁嗟、ようこたん。

結末も「紺屋高尾」なんだけどさ。
いい話なんですよ。

でもこれつて、戀わづらひの相手が三次元の生きてゐる相手だから成り立つのであつてさ。
異次元の相手だつたり、三次元の相手でももう死んでる人が相手だつたら成り立たないんだよね。
たとへば、まんがやアニメといつた二次元やお芝居といつた二.五次元の登場人物が相手だつたらかうはいかない。
三次元の人間だつて、戦国武将だとか幕末維新の志士が相手でも同様。

でも、さういふ相手にも戀つてしちやふよね?
え、しない?
しないとしたら、それはしあわせなことだと思ふ。

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