ペンクリニックに行つてきた
七月八日、丸善丸の内店で行はれたパイロットのペンクリニックに行つてきた。
見てもらつたのは、パイロットの石目の細字とおなじくキャップレスデシモの極細との二本だ。
石目の方は店頭で試し書きしたときの書き味に惚れて入手したものだ。しばらくは調子よく使つてゐたのだが、補充したインキの瓶に沈殿物があることに気づかぬまま使つてゐるうち調子が悪くなつてしまつた。
デシモは最初からあまりよくなくて、使つてゐるうちによくなるかもしれないと思つてゐたのだがまつたく改善しなかつた。
石目の方は、書きづらくなつた上に書いてゐる最中に線の太さの変はることのあるのがなんとなく気味が悪かつた。
デシモはインキのフローがよろしくない。
クリニックでは、石目の方は縦の線はインキがよく出るけれど横の線の出が渋い、と教へてくだすつた。
デシモの方はもともとインキフローが渋いものだつたやうだ。
「筆圧の高めの人なら問題はなかつたかもしれませんが」といふやうなことを云はれた。
ただし、筆圧の低い人間がわざと力を入れて書くのはよろしくないさうだ。自然に筆圧がかかる状態ならまだしも、意識して力を入れると力が入りすぎてペン先が広がつたままになつてしまひ、かへつて書きづらくなるのだとか。
どちらもインキフローをすこし多めにしてくだすつた。
書いてみると、どちらも見違へるやうな書き味だ。
とくに石目は購入した直後の書き味が戻つてきたやうな気すらする。
ありがたいのう……。
あきらめずにペンクリニックの開催を待つてゐてほんたうによかつた。
石目は横浜の伊東屋、デシモはK.ITOYAで求めたものだ。
インキフローを変へるだけで済んだのは、それなりに信頼のおける文房具店で購入したからなのかな。
まあ、信頼できる文房具店で買つてもどうしやうもない万年筆もあるんだけどね。
でもさういふお店では大抵試筆させてくれるので、そのときに自分で判断すればいい。
今回見てもらつたキャップレスデシモは、その構造のせゐか試し書きさせてもらへなかつたんだよね。そこがすでに失敗だつたのだな。
ペンクリニックに行くのは何年ぶりだらう。
最後に行つたのは、改装前の銀座伊東屋のペンクリニックだから、もう五年くらゐはたつてゐるのかもしれない。
そもそも、東京界隈でペンクリニックが開かれるのも久しぶりだ。
三月に日本橋三越の世界の万年筆展であつたはずだが、平日だつたので行けなかつた。
関西では、ナガサワ文具センターでしばしばペンクリニックが開催されてゐたけれど、ここ数ヶ月は見かけないやうに思ふ。
そんなわけで、混んでゐるだらうことは覚悟してゐた。
結局、四時間半くらゐ待つことになつた。
この日は八月納涼歌舞伎の前売り開始日だつた。
早めに丸善には着いたものの、順番が来たところでチケット取りをしてゐてはまづいと思ひ、まづはチケット取りに専念した。
この判断があやまつてゐたのかもしれない。
十時ちよつと過ぎにはペンクリニックに並びに行つたが、その時点で二時間待ちと云はれた。
二時間くらゐならいいだらうと思ひ、待つことにした。
この判断もあやまつてゐたやうに思ふ。
順番がせまつてきたら電話で知らせてくれるといふので、携帯電話の番号を告げて店内をぶらぶらすることにした。
二時間半くらゐたつて、呼ばれないのでやうすを見に行つたら、昼食休憩中だつた。
そらまーそーだな。
十二時半を少しすぎたくらゐの時間だつたもの。
でもだつたら並びに行つたときに昼食休憩の時間も教へてくれればよかつたのに……
とは思ふが、きつと昼食休憩をいつ取るかは客の流れといふかペンの修理の状態によるのだらう。
ペンクリニックにもよるけれど、昼食休憩の時間が十三時からといふのも見かけることがある。
翌日も開催されるものの、用事があるので待つた。
待つた甲斐はあつた。
これまで長いこと「書きづらいなー」と思つてゐたものが、四時間半とクリニックとの時間で見違へるほど書きやすくなつたのだ。
そして、この先も書きやすいのである。
すくなくとも、やつがれの使ひ方さへちやんとしてゐれば。
それにしても、なぜペンクリニックは開催されなくなつてしまつたのだらう。
勝手に考へてゐる理由は二つだ。
一つは、ペンをその場であるていど直せる人が少なくなつたのではないか、といふことだ。
ペンクリニック全盛のころの方々はお年を召してしまつたのではないか、と思つてゐる。
そして、後進が育つのにちよつと時間がかかつてゐるのぢやあるまいか。
先日大阪に行つた際、あべのハルカスの丸善にペンクリニック開催予定のお知らせが貼られてゐた。若い方が見てくださるやうだつた。
中屋万年筆でもここ最近店頭イヴェントでは若い方が主にペンを見てくださるやうになつてゐる。
世代交代が進むのにいま少し時間がかかるのではないか。
もう一つは、ペンクリニックを開催しても、メーカーにも店舗にも旨みがないのではないか、といふことだ。
そんなにしよつ中ペンクリニックに行つてゐるわけではないのでこれはただの勘なのだが、ネット通販やネットオークションで手に入れたペンをなんとかしてほしいと持ち込む人が多いんぢやないかなあ。
丸善でのペンクリニックでやつがれの前に見てもらつてゐた人もネットオークションで買つたものを持参してゐたやうだつた。話の感じからいくと、何度かさうやつてペンを入手してゐるやうだつた。
ネット通販やオークションで買ふと試し書きはできないからなあ。
どんな状態のペンかもよくわからない。
結局、万年筆は店頭で見せてもらつてから買ふのが一番いいのだと思ふ。
そして、ネットで入手したペンがクリニックによつて書きやすくなつたら、もうその場でそれ以上ペンを買はうとはしないだらう。
店舗にはいいことはなにもない。
すぐそばに万年筆を売つてゐるやうな店がないところに住んでゐる場合は、さうも云つてゐられないんだけどね。
さういふところに住んでゐる場合、近所にペンクリニックを開催してくれるやうなところもないだらう。
好きな人はペンを買ふため、あるいはペンクリニックに行くために、最寄りの大きな町に出るのだらうか。それとも最初から東京や大阪といつた大都市に行くのか。
書き味が悪くなつてきたらどうするのだらう。
最初から信頼できる文具店の通販を利用したりするのかな。
さう考へると、万年筆といふのはやはり好事家のための筆記具なのかもしれないなあ。
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