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Friday, 29 July 2016

戀しきコイキング

ポケモンGOをはじめた。

最初はやらないつもりだつた。
INGRESS がダメだつたからだ。
なぜ INGRESS がダメだつたのか。
iPhone を見ながら徘徊するのが許せないといふのがひとつ。
目的地も定めずにぶらぶらするのが苦手だからといふのがひとつ。
そして、自分一人で遊ぶものではないといふのがひとつ。

つまりは性に合はなかつたわけだ。

ポケモンGOは、iPhone などのスマートフォンを見ながら歩く必要はないのらしい。
それをいつたら INGRESS だつてさうなんだけれども、どうも INGRESS のイヴェントなどの写真を見ると、参加者はみなスマートフォンを見ながら移動してゐるやうに見受けられる。
それならポケモンGOもさうなるだらう。

目的地を定めずにぶらぶらするのが苦手なのはどうにもならない。
目的地がある場合、より道するのも好きではない。
向かないでせう、INGRESS。
歩くのは、たぶん、そんなに嫌ひではない。
目的さへあれば一時間半くらゐなら歩く。
最短最速の道どりに限るけどな。

最後の自分一人で遊ぶものではない、といふのは、INGRESS の場合、遊びやうによつては一人でもなんとかならないわけぢやない。
自分の所属する側の陣地を広げやうとしなければいいのだ。
そもそも陣地取りが好きだつたらとつくに囲碁とかはじめてると思ふんだよね。
とりあへずポータルに行つて経験を積むだけ、といふ楽しみ方でいいのなら自分一人でなんとかなる。
問題は、INGRESS の本質はそこにはないことだらう。

ポケモンGOはそこのところどうなのかな。
とりあへずはポケモンを集めて、捕まへたポケモンを強化しつつ自分もトレーナとしての経験値をあげて、最終的にはポケモンジムで他のトレーナのポケモンと自分のポケモンを戦はせる、のかな。
やつぱり自分一人で楽しむものではないのらしい。
ポケモンを集めるところまでは一人で楽しめさうだけれどもねえ。
これまた、複数人で楽しむ遊びが好きなら、とつくに将棋とかはじめてると思ふんだよね。
はじめてゐないのは、一人でどうにかなるものぢやないからだ。

向かないな、ポケモンGO。
さう判断した。

ポケモンGOではコイキングを捕まへることができると聞いて、気持ちが変はつた。
コイキング。
あの「はねる」しか能のない(そのあと技が増えはするけど)コイキング。
敵と戦はせやうにも、「はね」たところで敵にダメージを与へられるわけでもなく、自分が痛い目にあふだけのコイキング。
まるで老荘の思想を体現してゐるかのやうなコイキング。

あのコイキングを捕まへられる。
自分のiPhoneを開くとコイキングがゐる、そんな生活。
うわ、マヂですか。

ゲームボーイでポケットモンスターをやつてゐたとき、一番お気に入りだつたんだよ、コイキング。
「はねる」しかできないから戦ふときは一番最初において、「はね」させておいて即後方に引つこめてばかりゐた。
コイキングの経験値はたまるけど、微々たるものだ。
それでもよかつた。
コイキングの、徹底的に役に立たないところが、愛ほしかつたからだ。

いいぢやん、役立たず。
一匹くらゐ、こんなポケモンがゐてもいい。
連れ歩ける数に限りがあるから、何匹もゐたら困るけど、一匹くらゐなら。

世に「無用の用」といふことばがある。
コイキングは「無用の用」を強く意識させるポケモンだ。
いいなあ、コイキング。

なんていふか、組織にはかういふ存在もゐていいんぢやないか。
播磨屋の「鬼平犯科帳」は大好きだけれども、時に息苦しいのは、火付盗賊改方の与力同心がみな真面目で有能だからだ。
うさぎ? 彼は彼で有能ぢやあないか。あるいは有能-to-beだ。
官憲の人はあれくらゐぢやなきやつとまらないのかもしれないけど、息がつまるよ。
あの中にコイキングがゐたら。
すこしは空気が変はるんぢやないかなあ。
まあ、ゐられないとは思ふけど。

コイキングのあまりにも徹底して役に立たないがゆゑに、予感はしてゐた。
コイキングは進化する。
なにかとてつもないものに進化する。
当時はゲームの情報から遠ざかつてゐたので、コイキングがなにに進化するかは知らなかつた。

コイキングの進化のときがきた。
このときはためらひもなく進化させた。
コイキングは進化してギャラドスになつた。
ギャラドスの強いこと使へることといつたら。
強いからつねにつれ歩くし、だからさらに強くなる。
いいぢやん、ギャラドス。

しかし、ギャラドスには「無用の用」はなかつた。
「はねる」ことしかできない役立たずの姿はそこにはもうない。

やつがれは、またコイキングを捕まへに行つた。

あれから幾星霜。
またコイキングに会へる。
さう思つて、ポケモンGOをインストールしてみた。
最初に遊んだポケットモンスターが赤だつたので、まづはヒトカゲを捕まへて、天機星と名付けた。
ヒトカゲ→火龍→加亮→天機星、といふわけだね。
ズバットは当然「宮内洋」と名付けるよな!

コイキングにはまだ出会へてゐない。
早く会ひたいが、ムリをするつもりはない。
さういふのはコイキング向きぢやない気がするんだよね。

ポケモンGOの楽しみ方としてはなにかが違ふ気もするが。
なにかが違ふのはいつものことなのだつた。

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Thursday, 28 July 2016

オタマトーンでなんとなくマーラー

毎日のやうにオタマトーンDXと戯れてゐる。

もともとオタマトーンを持つてゐたのだが、あるとき電池を交換してもうんともすんとも云はなくなつてしまつた。
うんともすんとも云はなくても愛い奴で、いまでも捨てられずにゐる。

DXを買はうと思つたきつかけは、五月の連休にこれといつて予定を入れてゐなかつたからだつた。
連休中、ぼんやりオタマトーンと戯れたらどうだらう。
さう思つたのである。

オタマトーンとは、リンク先をごらんいただければ一目瞭然、明和電機の販売してゐる楽器である。
八分音符といふか、オタマジヤクシのやうな形をしてゐて音が出るからオタマトーン。
わかりやすい名前だ。

オタマトーンは電池で動くので電子楽器といつていいだらう。
長いしつぽの部分を押すと口から音が出るやうになつてゐる。
口に近づくほど高い音が出る。
弾いてみると、ちよつとノーフレットの弦楽器のやうな感じだ。やつがれは三味線のやうなイメージで弾いてゐる。

ノーフレットであることに加へ、音程が不安定なのがオタマトーンの特色でもある。
話によるとその日の気温などによつても音程が異なるさうだ。
まあ、楽器つてそんなものだよね。
そこで弦をしめたりゆるめたり、管楽器であれば吹き込む息を制御したりして音程を整へる。
オタマトーンはさうはいかない。
仕方がないから押さへる場所を微妙に変へてみたりするのだが、功を奏さない場合もある。
多少音痴でもOK。
それくらゐのゆるさが特徴でもある。

オタマトーンDXは、オタマトーンよりも大きい。
したがつて、音域も広い。
オタマトーンだとちよつと音域の幅がもの足りなかつたので、この機会にDXを手に入れてみたわけだ。

案の定、なにを弾いても音痴だ。
ノーフレットだから思つたやうな音が出ないこともしばしばある。
でもやめられないんだよねえ。

そのうちノーフレットの自由さにも気づく。
ギターだとこことこことのあひだの何弦目を押さへるとこの音が出る、といふ仕組みになつてゐる。
オタマトーンにはそれがない。
なんとなく押してみて、なんとなく「これはドだな」と思つたら、指をすべらせてみてなんとなくレのあたりとかなんとなくソのあたりとかを押してみる。
なんとなくあつてゐればOK。
違つたら音を探ればいい。
ピアノだと別のキーを押さないといけないけれど、オタマトーンの場合はちよつと指の位置をずらせばこと足りる。
気楽で、かんたんだ。

オタマトーンDXでなにを弾くのか。
大抵は頭にぽつと浮かんだ曲を弾いてみる。
「Gメン'75」の主題曲とか、「ああ人生に涙あり」とかをよく弾いてゐる。
あと、気がつくとドヴォルザークの「「新世界」より」の第二楽章は短調の部分とか、マーラーの「巨人」の第三楽章とかを弾いてゐることが多い。
ことにマーラーは、原曲のどことなくファンキーな雰囲気がオタマトーンのゆるい音とあふんだなあ、これが。
原曲は二短調だと思ふのだが、オタマトーンで弾くときはあまり気にしない。
気にすると音域が足りなくなつてしまふしね。

シベリウスの「カレリア組曲」は第二楽章のコーラングレのソロなんかもいい感じだ。
あくまでもいい感じに弾ければ、だけど。

この「いい感じに弾く」のがオタマトーンはむづかしい。
音感のいい人とか、もともとノーフレットの楽器に慣れ親しんだ人、勘のいい人はいいのかもしれない。
でもやつがれのやうにピアノでさへたたくべきキーを間違へるやうな人間にはとてつもなくむづかしい。
よくも毎日戯れてゐるな、と思ふが、上達しやうとか思つてないからできることなんだらうな。

まれにいい感じに弾けることもある。
いい感じに弾けて、「今日はイケてるぜ」と思つてさらにら弾くとメタメタになつたりするのもオタマトーンだ。
……やつがれだけか、そんなのは。

もーちよつとオタマトーンにふさはしい曲が弾けたらいいのだけれど、なかなか思ひつかない。
耳に入つてくる曲をかたつぱしから弾いてみたらなにか見つかるかな。

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Wednesday, 27 July 2016

いけない固有名詞並べ

こどものころ「ファミリーコンピューターなんぞに興じてゐたら人生誤る」と思ひ、みづから家庭用ヴィデオゲームを封じてきた。
とりあへず、就職するまではしないと心に決めてゐた。
誰に云はれたわけでもない。
親に禁じられたわけでもない。
自分でさう悟つたのだつた。

就職して、収入が安定してからはじめて家庭用ヴィデオゲーム機を買つた。
したがつて、ドラゴンクエストもファイナルファンタジーも大人になるまでやつたことがない。
実を云ふと、ドラゴンクエストについてはいまだにやつたことがない。
ファイナルファンタジーはVだけやつて、「これは自分には向かない世界だ」と思つてその後はやつてゐない。

つまりは、まあ、漢籍の教養だけぢやなくゲームの素養もほぼないといつていい。
就職したら就職したで、ゲームをしてゐる時間なんてほとんどなかつたしね。
おそらく、こどものころにゲームをしなかつたので「ゲームをする」といふことが身についてゐないのだ。
いまは、たまーに「とびだせ! どうぶつの森」を開いてはゴキブリつぶしにイヤぁな思ひをするくらゐだ。

それで、古典的といはれるゲームを絡ませた話題についていけないかといふと、そんなことはない。
少なくともそんなことはないと思つてゐる。
それなりについていけてるんぢやないかなあ。
いい年してファイナルファンタジーVをやつたからだらうか。
さうではないと思ふ。

おそらく、ゲームで遊びはしなかつたけれど、ゲームの情報を封じはしなかつたからだ。
つまり、ほんたうに知つてゐるわけではない。
蒙求をさへづる雀のやうなもの、といふか、いまでいふと「100分で名著」を見ただけでわかつた気になつた人、といふか、さういふ感じだ。

いけないよなあ。

友人のお嬢さんがラグビーをはじめた、といふ話を聞いたときのことだ。
両親ともにラグビーには縁はなかつたので、あまりよく知らないとのことだつた。
やつがれも知らない。
ラグビーまんがも読んでない。
TVドラマの「スクール・ウォーズ」をちよこつと見たことがあるくらゐだ。
でも「いまでも新日鉄とか強いの? 神戸製鋼とか」「ラグビーの選手つていふと松尾とか平尾とか大八木とかしか知らないなー」とか話をふると、「よく知ってるね!」と云はれる。
うーん。
知らないぢやん。

どうやら、知らないことについて固有名詞を並べてはいけないらしい。
さうすると、知つてゐるやうに受け取られてしまふのだ。

中島梓が云つてゐた。
中島梓は記憶力がいい、と自分で書いてゐた。
ゆゑに固有名詞などは即覚えてしまふ。
だからよく知らないことでも、なんとなく固有名詞を並べてゐると知つてゐる風に受け取られる、と。

読んだ当時はそれはいいことなんぢやないかと思つてゐた。
すくなくとも悪いこととは思はなかつた。

いざ自分が似たやうな体験をするにあたり、「これはよくないことだ」といふのがやつとわかつた。

だつて知らないんだもん。

「100分で名著」はいい番組だ。
取り上げられてゐる本を読んでみやうといふ気にさせるからだ。
問題があるとしたら、この番組を見ただけで読んだ気になつてしまふことだ。
あらすじを読んだだけでは読んだことにはならない。
ダイジェストや解説を聞いただけでは見たことにはならない。
だつたら番組で取り上げられた本はなぜ書かれたのか、といふことになる。
あらすじだけでよければ一冊の書籍にする意味はない。

舞台は実際に見なければわからないし、演奏会は聞きに入かなければわからない。絵や彫刻などは実物を見なければわからない。

さういふものだと思ふんだよね。

これとおなじ伝で、たいして好きでもないのに固有名詞を連呼したり連打したりしてゐると「好きなんでせう」と云はれがちである。
そんなわけで、先週も書いた岸田森の話とかしたいんだけどなかなかできない。

好きなのかな。
嫌ひぢやないけど、そんなに好きなわけぢやないんだよな。
でも話したい。
この葛藤を如何せん。

まあ、よく知らないので話しやうもない、といふのも真実ではある。

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Tuesday, 26 July 2016

機械的な動きと脳内麻薬

Tatted Necktie in Progress

タティングレースのネクタイもちよこつとづつ進んではゐる。

念のため書いておくと、Jan Stawasz の Tatted Treasures に掲載されてゐるネクタイを作つてゐる。
本では白い糸を使つてゐるが、DMC Cebelia #20 の江戸紫と呼びたいやうな色の糸で作つてゐる。

ネクタイの両端に六弁のちいさな花のモチーフを九つつないだ菱形のモチーフを作る。
片方の菱形はできあがつてゐて、現在もう片方の菱形を作つてゐるところだ。
昼休みのあいた時間に作つてゐるだけのわりには進んでゐると思ふ。

タティングレースも、一時はなんだかあまりする気にならなかつた。
もうこのままやらなくなつちやふのかもな、と思つてゐた。

少しづつではあるものの、進むやうになつたのは、おそらく手が機械的に動くやうになつてきたからだ。

あみものもさうだ。
ある程度慣れてくると、手が機械的に動くやうになる。
「機械的に動く」とかいふと、やたらと「ナチュラル志向」とやらの手芸好きの人はいやがる。
彼ら(あるいは「彼女ら」)には、機械で作つたものを毛嫌ひする向きがある。
手で作つたものこそ至高。
まあ、そこは好きずきなのでご勝手にといつたところだ。
しかし、その毛嫌ひしてゐる機械だつて誰かが作つてゐるのである。
もしかするとその機械を作る機械があるのかもしれない。
さらにその機械を作る機械があるのかもしれない。
しかし、もとをたどつていけは、必ず誰か作つた人がゐる。
また実際に手を動かして作つてはゐないかもしれないが、設計した人はゐる。
絶対人間が関はつてゐるのだ。
すくなくともいまの時点では。
機械が設計した機械なんてのもあるのだらうが、その機械を設計する機械だつて……
いや、もうくどいからやめておくか。

いづれにしても、悪いのは機械ではない。
もしなにか悪いことがあるとしたら、それは使ふ人間の側にある。
さういふものだと思ふ。

閑話休題。

あみものやタティングレースは、ある程度慣れてくると手が機械的に動くやうになる。
さうなると速い。
気がつかないうちに何段も編めてゐたり何模様もできてゐたりする。
そして、さういふときは大抵編み目がそろつてゐる。
ほとんど考へずに手が動くので、力の入り具合も自然と均等になるからだ。

いいことづくめのやうだが、もちろん悪い面もある。
機械的に動いてゐるのでうつかり間違へてしまつたりすることがある。
二段一模様のものを編んでゐて、うつかり最初の一段を二回くり返してしまふとか。
ピコとピコとのあひだの目の数を勘違ひするとか。

機械的に手が動くと気持ちがいい。
脳内麻薬のやうなものが出てゐるのだらう。
だからといつて、すこしは手のしてゐることを意識してゐないと、とんでもないことになる。

まあ、楽しければいいんぢやないかとは思ふけれども。

Jaywalker も、ネクタイの六弁の花のモチーフも、どうやら作つてゐるときに機械的に手の動くやうになつてきたやうだ。

Jaywalker は棒針編みで五本の針を使つてゐる。
針を持ち替へるときさへ意識をしないことがある。
なので延々と編める。

六弁の花のモチーフはといふと、すぐ出来てしまふので、脳内麻薬の効きが悪い。
ひとつできあがると、一段落ついてしまふからだ。

菱形のモチーフができあがると、あとはエジングのやうなものをずつと作ることになる。
脳内麻薬の活躍が期待できる。
問題は、意識も残しておかないとね、といつたところか。

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Monday, 25 July 2016

なぜか進むJaywalker

Jaywalker in Progress

先週再開したJaywalkerは着実に進んでゐる。

再開したところ、毎日時間を見つけてはちよこつと編んでゐたら、かかとができて、足部分に入るところまできた。
現在は三角形のまちの減らし目が終はつたところだ。

進むもんだねえ。

なぜ進むのか。
それはほんの数段でも毎日編んでゐるからだ。
ではなぜ毎日編む気になつたのか。
さてねえ。
そこがわかれば苦労はしない。

かかとからまちの減らし目まではかなりの勢ひで編めた。
おそらく睡眠が足りてゐたからだらう。
トータルで七時間弱昼寝をしたんだよね。
この「七時間弱」といふのは実際に眠つてゐた時間で、布団の中に入つてゐる時間は含んでゐない。布団に入つてゐる時間は七時間半ではきかないだらう。

寝足りてないんだなあ。
三連休は、それでも毎晩六時間以上は眠つてゐた。ここでいふ「六時間」も実際に眠つてゐた時間のことだ。
以前は七時間半近くは平気で寝てゐたんだけれども、寄る年波といふアレかなあ、と思つてゐた。

足りなかつたんだね。
六時間では足りなかつた。
それで負債を払はなければならなかつたのだらう。
といふわけで七時間の昼寝である。

具合が悪くて寝てゐるわけだから、トータルで七時間弱眠つたところで目覚めはよくない。
まだ横になつてゐたい。
そこを無理矢理起きだして、ぼんやりしてゐるのもなんなので編みかけのJaywalkerを手に取つた。

で、進んだ、と。
かういふ寸法である。

編めなくなつたわけぢやなかつたんだなあ。
まだ編めるんだなあ。

編みながら、Jaywalkerが編みあがつたら次になにを編まうか考へてゐる。

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Friday, 22 July 2016

「四谷怪談」のこと

先月、シアターコクーンで「四谷怪談」を見た。
「東海道」を削るよりは「怪談」を削つた方がよかつたのではあるまいかといつた舞台だつた。
でも、お岩様の描きかたには一理あつたやうに思ふ。

お岩様の悲劇とはなにか。
それは、お岩様の身にふりかかる不幸の原因はお岩様自身にあること、そして、それをお岩様は知らないことだ。
お岩様が可哀想なのは、このためである。

伊右衛門と伊藤家の人々とにだまされてゐるとも知らずに感謝したりして、それが可哀想といふのは枝葉末節だ。
だまされるその理由はお岩様にある。
それを知らずにだまされたと憤りこの世にまようてしまふ、その姿こそあはれなのだ。

そのあはれさを伝へられないのなら、「可哀想」は捨ててしまひ恐ろしさを全面に出す方がいつそ潔い。
芝居の「豊志賀の死」はその伝だ。

「豊志賀の死」は、その場を見ただけではなぜ豊志賀があんな目に合はなければならないのかわからない。
もともと知つてゐるかイヤホンガイドを借りるかしないとわからないだらう。
ゆゑに豊志賀が可哀想である、といふ描きかたはあまりしない。
怖さの中の笑ひと、怖さとで押してくる。

「色彩間刈豆」では、途中でかさねがなぜひどい目に合はねばならないのかが明かされる。
「東海道四谷怪談」は、大抵発端の場が出るので、理由はわかる。
わかるけれども、「これが理由ですよ」とは教へてはくれない。
なぜ教へてくれないのかといふと、それは「あたりまへ」だからだ。
すくなくとも、はじめて上演されたころはあたりまへだつた。
だから「これが理由ですよ」とは提示してくれない。
「だつて歌舞伎を見る人ならわかるでせう」といつたところなのかもしれない。

シアターコクーンの「四谷怪談」では、上演時間の関係もあつたらうが、お岩様の思ひ入れ部分を削つてゐた。
お岩様のほんたうに可哀想な理由を伝へられない伝はらないと割りきるのなら、ああいふ演出もありだらう。
ただ恐ろしさはもうちよつと出さないと「怪談」にならないとは思つたけど。
「怪談」は小平で表現したつもりだつたのかな。

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Thursday, 21 July 2016

ペンクリニックに行つてきた

ペンクリニックの後

七月八日、丸善丸の内店で行はれたパイロットのペンクリニックに行つてきた。

見てもらつたのは、パイロットの石目の細字とおなじくキャップレスデシモの極細との二本だ。
石目の方は店頭で試し書きしたときの書き味に惚れて入手したものだ。しばらくは調子よく使つてゐたのだが、補充したインキの瓶に沈殿物があることに気づかぬまま使つてゐるうち調子が悪くなつてしまつた。
デシモは最初からあまりよくなくて、使つてゐるうちによくなるかもしれないと思つてゐたのだがまつたく改善しなかつた。

石目の方は、書きづらくなつた上に書いてゐる最中に線の太さの変はることのあるのがなんとなく気味が悪かつた。
デシモはインキのフローがよろしくない。

クリニックでは、石目の方は縦の線はインキがよく出るけれど横の線の出が渋い、と教へてくだすつた。
デシモの方はもともとインキフローが渋いものだつたやうだ。
「筆圧の高めの人なら問題はなかつたかもしれませんが」といふやうなことを云はれた。
ただし、筆圧の低い人間がわざと力を入れて書くのはよろしくないさうだ。自然に筆圧がかかる状態ならまだしも、意識して力を入れると力が入りすぎてペン先が広がつたままになつてしまひ、かへつて書きづらくなるのだとか。

どちらもインキフローをすこし多めにしてくだすつた。
書いてみると、どちらも見違へるやうな書き味だ。
とくに石目は購入した直後の書き味が戻つてきたやうな気すらする。
ありがたいのう……。
あきらめずにペンクリニックの開催を待つてゐてほんたうによかつた。

石目は横浜の伊東屋、デシモはK.ITOYAで求めたものだ。
インキフローを変へるだけで済んだのは、それなりに信頼のおける文房具店で購入したからなのかな。
まあ、信頼できる文房具店で買つてもどうしやうもない万年筆もあるんだけどね。
でもさういふお店では大抵試筆させてくれるので、そのときに自分で判断すればいい。
今回見てもらつたキャップレスデシモは、その構造のせゐか試し書きさせてもらへなかつたんだよね。そこがすでに失敗だつたのだな。

ペンクリニックに行くのは何年ぶりだらう。
最後に行つたのは、改装前の銀座伊東屋のペンクリニックだから、もう五年くらゐはたつてゐるのかもしれない。

そもそも、東京界隈でペンクリニックが開かれるのも久しぶりだ。
三月に日本橋三越の世界の万年筆展であつたはずだが、平日だつたので行けなかつた。

関西では、ナガサワ文具センターでしばしばペンクリニックが開催されてゐたけれど、ここ数ヶ月は見かけないやうに思ふ。

そんなわけで、混んでゐるだらうことは覚悟してゐた。
結局、四時間半くらゐ待つことになつた。

この日は八月納涼歌舞伎の前売り開始日だつた。
早めに丸善には着いたものの、順番が来たところでチケット取りをしてゐてはまづいと思ひ、まづはチケット取りに専念した。
この判断があやまつてゐたのかもしれない。
十時ちよつと過ぎにはペンクリニックに並びに行つたが、その時点で二時間待ちと云はれた。
二時間くらゐならいいだらうと思ひ、待つことにした。
この判断もあやまつてゐたやうに思ふ。
順番がせまつてきたら電話で知らせてくれるといふので、携帯電話の番号を告げて店内をぶらぶらすることにした。

二時間半くらゐたつて、呼ばれないのでやうすを見に行つたら、昼食休憩中だつた。
そらまーそーだな。
十二時半を少しすぎたくらゐの時間だつたもの。
でもだつたら並びに行つたときに昼食休憩の時間も教へてくれればよかつたのに……

とは思ふが、きつと昼食休憩をいつ取るかは客の流れといふかペンの修理の状態によるのだらう。
ペンクリニックにもよるけれど、昼食休憩の時間が十三時からといふのも見かけることがある。

翌日も開催されるものの、用事があるので待つた。
待つた甲斐はあつた。
これまで長いこと「書きづらいなー」と思つてゐたものが、四時間半とクリニックとの時間で見違へるほど書きやすくなつたのだ。
そして、この先も書きやすいのである。
すくなくとも、やつがれの使ひ方さへちやんとしてゐれば。

それにしても、なぜペンクリニックは開催されなくなつてしまつたのだらう。

勝手に考へてゐる理由は二つだ。
一つは、ペンをその場であるていど直せる人が少なくなつたのではないか、といふことだ。
ペンクリニック全盛のころの方々はお年を召してしまつたのではないか、と思つてゐる。
そして、後進が育つのにちよつと時間がかかつてゐるのぢやあるまいか。
先日大阪に行つた際、あべのハルカスの丸善にペンクリニック開催予定のお知らせが貼られてゐた。若い方が見てくださるやうだつた。
中屋万年筆でもここ最近店頭イヴェントでは若い方が主にペンを見てくださるやうになつてゐる。
世代交代が進むのにいま少し時間がかかるのではないか。

もう一つは、ペンクリニックを開催しても、メーカーにも店舗にも旨みがないのではないか、といふことだ。
そんなにしよつ中ペンクリニックに行つてゐるわけではないのでこれはただの勘なのだが、ネット通販やネットオークションで手に入れたペンをなんとかしてほしいと持ち込む人が多いんぢやないかなあ。
丸善でのペンクリニックでやつがれの前に見てもらつてゐた人もネットオークションで買つたものを持参してゐたやうだつた。話の感じからいくと、何度かさうやつてペンを入手してゐるやうだつた。
ネット通販やオークションで買ふと試し書きはできないからなあ。
どんな状態のペンかもよくわからない。
結局、万年筆は店頭で見せてもらつてから買ふのが一番いいのだと思ふ。

そして、ネットで入手したペンがクリニックによつて書きやすくなつたら、もうその場でそれ以上ペンを買はうとはしないだらう。
店舗にはいいことはなにもない。

すぐそばに万年筆を売つてゐるやうな店がないところに住んでゐる場合は、さうも云つてゐられないんだけどね。
さういふところに住んでゐる場合、近所にペンクリニックを開催してくれるやうなところもないだらう。
好きな人はペンを買ふため、あるいはペンクリニックに行くために、最寄りの大きな町に出るのだらうか。それとも最初から東京や大阪といつた大都市に行くのか。
書き味が悪くなつてきたらどうするのだらう。
最初から信頼できる文具店の通販を利用したりするのかな。

さう考へると、万年筆といふのはやはり好事家のための筆記具なのかもしれないなあ。

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Wednesday, 20 July 2016

夢見る王子の国崩し

突然「誰も寝てはならぬ」を聞きたくなつた。
生まれてはじめて聞いたのは、といふよりは「これが「誰も寝てはならぬ」である」とはじめて意識して聞いたのは、マリオ・デル・モナコの「誰も寝てはならぬ」だつた。
いはゆる「クラシック名曲集」のやうなCDに入つてゐた。
これがまあすばらしくてね。
とくに「quando la luce splendera」の最後の「ra」の夢見るやうな感じといつたら。

高校の音楽で、「カンツォーネといふのは夢見るような瞳で歌ふものだ」といつて、先生がSP版のレコードのジャケットを見せてくれたことがある。
カルーソーやデル・モナコの似顔絵といふか肖像画のジャケットだ。
「夢見るやうな目をしてゐるでせう」と先生は云つた。
そのとほりだつた。

そのときの記憶があるから、「Ne sun dorma」も夢見るやうな歌ひ方に聞こえたのかもしれない。
王子さまだよなあ。
王子さまは少女の夢見るものだ。
少女の夢見る王子さまの瞳はやはり夢見るやうな風情だらう。

その後、「誰も寝てはならぬ」といつたらパバロッティといふ印象が強い。
パバロッティは好きだし「誰も寝てはならぬ」も悪かないけど、あまり王子さまといふ風情はない。
そこだけが残念だ。

王子さまは夢見夢見られるもの、といふのはしかし、本邦では事情が異なつてくる。

といふ話は、橋本治の「かぶきのようわからん」に出てきた話だと記憶する。

日本で、といふよりは歌舞伎で王子といつたらかつらのことで、王子のかつらといつたらそれは国崩しの大悪人といふことになつてゐる。
橋本治の文章は絵に添へられたものだつた。絵は八代目の坂東三津五郎の蘇我入鹿だつたらうか。とにかく大和屋が王子のかつらの国崩しの大悪人を演じたときの絵だつた。
白い顔に青黛の、不気味な雰囲気を醸し出すのが国崩しの大悪人と相場は決まつてゐる。
大概は貴族とか大名だ。
そして、日本のインテリは、大抵悪人だ、と橋本治は書いてゐる。
インテリは正義の味方にはなれない。
桃太郎を見てもさう。浦島太郎、金太郎にしても然り。
あるいは鎌倉権五郎でもいい。
荒事の主役にインテリ臭がするだらうか。
しない。
しないね。
「かぶきのようわからん」には山形勲や山村聰の名前をあげて、「インテリは悪役を演じる」とも書いてゐる。

さうだよなー。
自分の中では松平伊豆守といつたら長いこと山形勲のイメージだつた。
いまでもさうかもしれない。
ちよつとほかの人は入つて来られない。

さう思つてゐたのだが、ひとりだけ、忘れられない松平伊豆守がゐる。
中村吉右衛門が国立劇場で「佐倉義民伝」をかけたときの澤村宗十郎の知恵伊豆だ。
藩主の横暴に耐へかねた宗吾は、決死の思ひで将軍へ直訴しやうとする。
このとき、松平伊豆守がうまいことはからつてくれる。
舞台には左右奥に屋台があつて、中央に渡り廊下がある。
渡り廊下の柱やその手前の茂みなどに身を隠しつつ、播磨屋演じる宗吾はなんとかして将軍に直訴状を渡さんとする。
結局宗吾は直訴したことで死罪になるのだが、この場では松平伊豆守が直訴状を受け取り、将軍に見せることを匂はせて終はる。
このとき、松平伊豆守が渡り廊下のあたりでちよつと思ひ入れをする場面があつて、これがなんともいい風情だつた。
後にほかの人で見たときはこの思ひ入れをやつてゐなかつたので、紀伊国屋用に入れた場面だつたのかもしれない。
インテリで、かついい人。
あるぢやん。日本にも。いやさ、歌舞伎にも。
まあ、正義の味方ぢやないけども。
なんといつても知恵伊豆だし。

と、思つたら、宗十郎はさういふ「インテリで、かついい人だけど、正義の味方ではない」やうな役がいい役者だつたな、といふことに思ひ至る。
「俊寛」の丹左衛門もさうだ。

平家打倒を謀つた罪で鬼界が島に流された俊寛・丹波少将・平康頼の三人のもとに御赦免船がやつてくる。
船から下りてきた役人・妹尾は少将と康頼とは帰参してよいと云ふが、俊寛は許されてゐないと告げる。
絶望に転げ回る俊寛に、船の中から声をかけて降りてくるのが丹左衛門だ。
丹左衛門は、平重盛の配下のもので、重盛から俊寛も許すといふ書面をあづかつてきてゐる。
さう告げられて本当のことかと問ふ俊寛に、「如何にも」と丹左衛門は答へる。
このとき俊寛は床に手をついて上手にゐる丹左衛門を見上げ、丹左衛門は書面を両手に立つてゐて下手にゐる俊寛を見下ろしてゐる。
すなはちふたりとも客席には横顔を向けてゐる。
紀伊国屋の丹左衛門は「如何にも」と云ふときに、わづかに客席に顔を向け、につこと笑ふんだよなあ。
この笑顔のさはやかなことといつたら。
丹左衛門、いい人ぢや~ん。
見たところインテリつぽいし。

しかしまあ、丹左衛門にもいろいろあつて、これを中村梅玉が演じると「小松殿のもとにゐるからいい人だけど、清盛とかの下にゐたらどうだかわかんないよね」といふ感じがする。妹尾とおなじで単に上司の云ふことにしたがつてゐるだけ、といふかね。

つまり、いい人でもインテリの場合は一筋縄ではいかない、といふことだ。
本邦においては、ね。
キャプテン・フューチャーみたやうなヒーローは存在しない。
それに、松平伊豆守にしても丹左衛門にしても、主役にはなれない。「伽羅先代萩」の細川勝元も仲間かな。
「勧進帳」に出てくる富樫左衛門を主役にした芝居があるけれど、あれは弁慶と富樫との対決が肉弾戦だつたころできた芝居なんぢやあるまいか。
いまの富樫はインテリだよねー。弁慶もか。

そんなわけで、時代はだんだん変はつてきてゐるのかもしれない。
そのうちものすごーくインテリだけど主役、なんてな歌舞伎ができることもあるのかもな。

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Tuesday, 19 July 2016

イデアとの葛藤

タティングレースのネクタイは、あひかはらず少しづつ進んでゐる。

江戸紫と呼びたいやうな色のDMC Cebelia #20で作つてゐる。
色合ひのせゐか、はたまた太さのせゐか、なんとなくタティングレースをしてゐるといふ気がしなくなるときがある

シャトルをあやつつてゐるときは無論そんな気にはならない。
糸を切つて進み具合を見るときなどに思ふ。
たとへば先週の写真とかね。

Tatted Necktie in Progress

この写真もどこからどう見てもタティングレースのモチーフではある。
さうではあるものの、なんとなくタティングらしくない。
もつと云ふと、自分が「タティングレース」と思つたときに脳裡に思ひ浮かべるやうなものではない。
自分のタティングレースのイデアと一致しない、といふか。
イデアと実物とが一致しないのは当然のことではあるのだけれども。

ではどんなものが「タティングレース」なのか。
「タティング」はおいて「レース」といつたら、繊細で色は白か生成だらう。
せいぜい黒。
ほかの色だとしても、きはめて白に近い淡い色。
繊細といふからには、四十番かそれより細い糸を使つたもの。
そんなところかな。

ものとしては、やはりドイリーだらうな。
ドイリーとかテーブルランナーとか、さういふもの。

ドイリーについてはここにも何度か書いてゐる。
レースを作つたといふ満足感が得られる代はり、その後使ひ道がない、といふことを。
ここしばらくドイリーは作つてゐない。
モチーフつなぎをしてゐて途中であきて、「まあドイリーといふことにするか」といふやうなものはいくつか作つた。
そんなところだ。

そんなわけで、いまものすごくドイリーを作りたいモードに入つてゐる。
ときたまあるんだな。
さういふ気分になることが。

でもいまドイリーを作りたいと思ふのは、小さいモチーフをつなぐのが面倒になつてゐるからのやうな気がしてならない。
つまり、ネクタイ作りに飽きてしまつてゐるのだ。
小さいモチーフはあと六つつなぐ必要がある。
あとはエジングのやうな感じでモチーフ同士をつなぐ。
このエジング部分に入れば、しよつ中糸始末をしなくてもよくなる。
そこまで到達すれば、ドイリーを作りたい病も癒える。
そんな気がする。

でもなあ、たまには白とか生成とかの糸でタティングしてみたいよなあ。
Cebeliaを買つたときは色糸モードだつたんだけどね。
あはせて買つたLisbethの糸も青のグラデーションの糸だ。
そして、よくよく考へてみると、白とか生成のレース糸はあまり手元にないことに気づく。
たしか、オリムパスの四十番100gを安売りしてゐたときに買つたのがあるはず。
ぱつと思ひつくのはそれくらゐだ。

これはおとなしくネクタイを作れ、といふことだよな。

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Monday, 18 July 2016

「時計の時間」を過ごさない

Jaywalker in Progress

久しぶりに Jaywalker (Rav) を再開した。
すでに片方はしあがつてゐる。

くつ下は夏の暑い時期でも編めるのがいい。
躰にくつつかないからね。
Jaywalker は三足くらゐ編んだので編み方も覚えてゐる。
取りためた録画を消化しつつすこし編んだ。

なぜここ二、三ヶ月手をつけてゐなかつたものを突然編む気になつたのか。
そこがわかれば苦労はしない。
自分でもなぜだかよくわからない。

思ひつくことといへば、昨日、「時計の時間ではない時間」を過ごしたから、だらうか。

先月、吉田健一の「時間」を読んだ。
わからない本だつたが、中に「時計の時間」といふことばが出てくる。
自分の理解したところだと、朝目覚まし時計のアラームに合はせて起きるのが「時計の時間」、明るくなつたから起きるのがさうでない時間、といつたところか。

読んだときに、「ああ、自分は「時計の時間」しか生きてないな」と思つた。
毎朝この時間に起きないと出勤時間に間に合はないから起きて、いま食べないと食べるときがないから朝食を食べ、この時間までに出かけないと電車に間に合はないから家を出る。
どんなに眠たくても職場にゐるあひだは眠れない。
帰つてくれば帰つてきたで、早く食べないと食後三時間は起きてゐないとだし、この時間までには寝ないと明日にさしつかへるから寝る。あるいは眠たいけれども食後三時間たつてないから眠れない。
そんな日々を送つてゐる。

休みの日もそれほど変はらない。
出かける予定があれば「時計の時間」に縛られたままだ。
とくにここのところ歌舞伎座に行くにも昼夜通しで見ないやうにしてゐた。
結果、昼の部も夜の部も見やうと思つたらこれまで一日ですんでゐたものが二日かかるやうになつた。
たとへば土曜日に歌舞伎に行くとして、日曜日は「時計の時間」から逃れられるかといふと、そんなことはない。
日曜日は翌日のことを考へるとちやんとした時間に寝なければならない。
そこから逆算していろいろなことをすませなければならない。

ここのところ数ヶ月、ずつとそんな感じだつた。

そこで、昨日はできるだけ時計は見ないやうにして過ごしてみた。
朝は明るくなつたから起きる。
おなかが空いたから朝ご飯を食べる。
眠たくなつたから寝る。

以前はさうするとつひダラダラとしてしまひがちだつた。
朝はいつまでも布団に入つてゐたり。
食事もめんどくさいからなかなか用意をしなかつたり。
眠たくても愚図愚図といつまでも起きてゐたり。

「時計の時間」を過ごさないと、ダラケてしまひがちなのは確かだ。
多分、意識的に「「時計の時間」ぢやない時間を過ごさう」と思ふのがいいんぢやないかな。

そんなわけで、なんかうまいことリセットされたらしい。
たまにはかういふ時間が必要なのねえ。

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Friday, 15 July 2016

下流の証明

最近、How to Live on Twenty Four Hours a Day と「ネットカフェ難民」といふ本とを読んだ。
どちらにも「ゆたかな人間になりたかつたら芸術にふれませう」といふ話が出てくる。
かなり強引な省略の仕方であることは承知してゐる。

How to Live on Twenty Four Hours a Day は「自分の時間」といふ題名で翻訳されてゐる。
以前からある本だが、最近また新たに出版されたやうだ。
この本を読んで感銘を受けた、参考になる、と云つてゐる人は多い。
しかし、考へてみやう。
この本が想定してゐる読者は、一日十時から六時まで昼休みも含めて八時間しか職場にはゐないことになつてゐる。残業はしない。通勤時間は往復で一時間。しかも自分で家事をすることはない。
なんか、あんまり参考にならないんですけど。

冒頭に、「大抵の人は睡眠をとりすぎてゐる」なんて書いてあることからして、ちよつと警戒しながら読んでしまつた。
睡眠、足りてないんだよ、こちとらよー。
さう考へると、この本に書いてあることはもつともながら、「でもそれは拘束時間が一日九時間しかない人の話でせう」と思つてしまふのだ。

この本で云つてゐるのは、一日できれば三十分、無理なら十数分をなにか知的なことにあてやう、といふことだ。その時間は集中する。それですべては変はる、といふ。
知的なこと、と書いたが、自分のほんたうにやりたいことでもいいのだと思ふ。

本では、読書なら詩、音楽が好きなら演奏会、絵や彫刻など美術が好きなら音楽会、芸術に興味がないなら身近にゐる虫や生き物の生態の調査をしてみてはどうか、と云つてゐる。

演奏会、ね。
あるときまでは行つてゐた。
行きたい演奏会の席を押さへて、大抵は平日の夜、アークヒルズだとか初台だとか、なぜかちよつと不便なところに行つてゐた。
建物はともかく、上野は便利だなあ、と思ふやうになつたのはいつのころだらう。
平日の夜遅く、不便なところから帰宅し、翌日も普通に出勤するのがつらくなつてきた。
そのころだらうか。
それで行くのをやめてしまつたのだつた。

音楽が嫌ひなわけではない。
嫌ひになつたわけでもない。
単に、つらかつたのである。
躰もつらかつたし、懐にもつらい。
そして、つらい思ひをするだけのなにかが得られるわけでもなかつた。

つづけてゐれば、変はる。
さうなのだらうか。
自分はなにも変はらなかつた。
さう思ふ。
見る目や聞く耳が肥えるわけでもなく、なにかしら得るところがあるわけでもなかつた。
それなのに、まだ仕事をしてゐる人々を後目に早めに職場を出て、不便なところまで行つて、大勢の人に囲まれて、夜遅く帰り着く。明日も朝は早い。

それでも演奏を聞くのが好きだつたからつづいてはゐたわけだ。
多分、どこかの時点で好きとつらいとが逆転したんだな。

一度行かなくなると、まつたく行かなくなつてしまつた。
まづ、情報が入つてこない。
演奏会に行くとムダにちらしなどをもらふのだが、それを見て「この演奏会に行つてみやうかな」と思つたりもする。
連絡先なども覚える。
行かなくなるとさうしたことがまるでなくなる。
自分で調べることもしなくなるしね。
いざ調べて「これに行きたい」と思ふとすでに完売したあとだつたりもする。
ますます遠ざかる所以だ。

「ネットカフェ難民」の著者は高学歴で実家に帰ることもできるニートなのださうである。
それをさして「最低辺の人間ぢやない」とか「ネットカフェ難民ぢやないぢやあないか」とくさす向きがある。
この本の前書きに、著者は「格差といふのは選択肢の多寡である」と述べてゐる。
格差といふのは単に収入が多いか少ないかではなくて、たとへば絵なら絵で展覧会などで本物を見たことがあるかとか、好きな展覧会に行くといふ選択肢があるかどうかといつた、さういふところにあるのだ、と。
この本では、ネットカフェで寝起きしだしたころはその内容も多彩であつたのに、次第に書くことが単一化していく。
収入のことばかり気にすると、考へることもそれにまつはることばかりになつてしまふ。
さういふことが書きたかつたんぢやないかなあ。

演奏会に行くことでなにかを得やうなどと考へるやうになつたやつがれは、すなはち低辺の人間といふことだ。
演奏会に行く人は、まあ中にはなにかを得やうと考へてゐる人もゐるかもしれないけれど、ほとんどの人はそんなことは考へてゐないだらう。
好きだから行く。
それ以上のことは考へてゐないんだと思ふ。
行つて聞いて、ときには自分の思つてゐたよりよくない演奏だつたといふこともあらう。
さういふときはがつかりするし、「金返せ」と思ふ人もゐるだらうけれど、それは行つてみなければわからないのだから仕方のないことだ。
「金返せ」と思つたところで、また次の演奏会に行くのだらうし。

結局、余裕がないのだ。
平日の夜に演奏会に行つて、良かれ悪しかれ楽しんで帰つて翌朝また出勤する、さうした余裕がいまの自分にはない。
そのうち芝居にも行かなくなるだらう。
四年後には歌舞伎座からも足が遠のいてゐるやうな気がしてならない。

絶望読書」はまだ読んだことはないが、著者・頭木弘樹のインタヴューは読んだ。
中で、読書だとか音楽だとか美術だとかが追ひつめられたときに重要になつてくる、といふ旨のことが書いてあつた。
ナチスの強制収容所に送還されたユダヤ人の中には、音楽を聴いたりするものがゐた、とかね。
さういへば松本零士が戦中戦後の苦しいときに絵を描くことが心の支へだつた、といふやうな話をしてゐたことがあつたな。
ひもじいことはもちろんだ。でも、絵を描くことで生きる力を得てゐた、とかだつたかな。
それで貧困に苦しむこどもたちに紙と鉛筆とを寄付してゐる、と云つてゐた。

そのときはさういふこともあるのだらうと思つてゐたが。
いまとなつてはよくわからない。
生きるのに必要なのは衣食住で、さらにはその三つが生きてゐるあひだは保証されることが必要で、その上のことを望み手に入れるのはそれからのことだ。
いまはさう思ふ。

ムリをしても仕方がないぢやあないか。
さうも思ふ。
背伸びをする時代は終はつた。
さういふことなのだらう。

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Thursday, 14 July 2016

名前を連打したいだけ

昨日のやうなエントリを書くと、岸田森の熱烈なファンであると勘違ひされるのではないかと思つてしまふ。

勘違ひされても困ることはないんだけどね。
困るとしたら、「いやー、実はわたしも岸田森のことが好きでたまらないんですよ」とニコニコと近づいてくる人がゐたらどうしやう、といふくらゐで。
それもあまり心配はないかもしれない。
これまで生きてきて、岸田森の熱烈なファンと公言する人に会つたことがないし。

困る、といふ感情のもとには、実はこどものころは岸田森が苦手だつたから、といふのもある。
だつて怖かつたんだもん。
ホラー、ダメなんだよ(>_<)。
なんか怖いでせう、岸田森。
たまたま怖い役を演じてゐるところを見てしまつただけなのかもしれないが。
全然記憶はなけねども。

岸田森、そんなに怖くないぢやん、と思ふやうになつたのは、嵐山長官……といひたいところだが、嵐山長官については岸田森と思つて見てゐなかつたといふこともあつて、勘定には入らない。

岸田森、悪くないぢやん、と思ふやうになつたのは、五六年前のことだ。
当時「傷だらけの天使」の再放送をやつてゐた。
昔のドラマだから画質も音質もいまひとつだ。
萩原健一も水谷豊も、ほとんどなにを云つてゐるのかわからないことがあつた。主役であるにも関はらず、だ。
だが、岸田森と岸田今日子とだけは、いつでもせりふをはつきり聞き取ることができた。
どちらも、別段大きな声をしてゐるわけではない。
とくに岸田今日子はどちらかといへばぼそぼそとしやべるやうに思ふ。
なのにちやんと聞こえるんだよなあ。
舞台出身つてかういふものなのか知らん。
おそるべし、岸田一族。
そんなことをぼんやりと考へながら見るともなしに「傷だらけの天使」を見てゐた。

せりふがわかる、なにを云つてゐるのか聞き取れる、といふのは重要なことだ。
いまの歌舞伎座のこけら落としの初日に「熊谷陣屋」を見てものすごくショックだつたもの。
吉右衛門の熊谷直実も仁左衛門の源義経も、なにを云つてゐるのかほとんど聞き取れなかつたのだ。
ちなみにこのときは三階A席のほぼ中央付近に座つてゐた。
玉三郎の相模と菊之助の藤の方のせりふだけはよく聞き取れて、まるでこの二人で芝居をまはしてゐるやうに見えた。
このときの相模を「全然義太夫狂言でない」と酷評する人が多い。
でも見たときは熊谷にしても義経にしても、なんとその存在感の薄いことよ、とその方が気になつた。
せりふがよく聞こえないといふ、ただそれだけの理由で、だ。

「傷だらけの天使」のあと岸田森を追ひかけてゐたかといふと、まつたくそんなことはない。
「座頭市物語」で見かけるまで見てなかつたかも、くらゐの勢ひだ。
だいたい、早すぎたよね。
なにもかもさ。

「好きだ」といふからには、それなりに追ひかけるものだと思ふんだよね。
さうしやうといふ意思はやつがれにはない。
出演作が放映されれば見るかも、くらゐの感じだ。
これをして「好き」とは云はないだらう。
さう思つてゐる。

あー、でも嵐山長官は見たいかな。
岸田森であることを意識して見直したら、なにか新たな発見があるかもしれない。
ないかもしれないけど。

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Wednesday, 13 July 2016

近頃手帳に書くことは

先日最終回を迎へてしまつたが、「座頭市物語」の再放送を見てゐた。
念のためことはつておくとTV版である。
「座頭市物語」は、Wikipediaなどによると1974年から1975年にかけて放映されてゐたドラマとのことだ。
毎回わりとゲストが豪華で、初回と最終回とは三隅研次が、ところどころ勝新太郎自身が監督をしてゐたりもする。

四十年も前はTVドラマはかうだつたのかなあ、などと思ひながら見てゐた。
おそらく、当時はみんなTVの前でドラマを見てゐたことだらう。
いまのやうにしよつ中ザッピングをしたり、片手間に見るやうなことはなかつたのに違ひない。
あ、お母さんは夕食の準備やあと片づけをしながら見てゐた可能性もあるかな。放映時間にもよるけれど。

なにが違ふといつて、圧倒的な音の少なさだ。
せりふもBGMもまつたくない場面がしばーらく続いたりする。
あるいは、せりふはなくBGMだけ、などといふ場面もある。
これつて、画面を見てないとわからないよね。
片手間に見てゐてはわからない。

辰巳柳太郎が国定忠治を演じた回がある。
忠治はすでに老いてゐて、ものの見方がかたよつてかたくなになつてゐる。
その忠治が最後、山を下りる。
追はれる。
その間、せりふはまるでない。
最後、はりつけになつた忠治のもとを座頭市が過ぎる。
やや斜め上のアングルから撮つたほぼモノクロの映像が流れる。
おしまひ。
そんな感じ。

はたまた、浅丘ルリ子がはなれ瞽女を演じた回がある。
瞽女とその相手の男(松平健(新人))とが、寂寥として広大な砂浜に倒れてゐるのを遠景で映してゐる。
瞽女と息子とを別れさせやうとした男の父、男の妻、瞽女の連れの女、座頭市が、はなれた場所からふたりの姿を認める。
せりふはない。
ただあいや節が流れるのみ。
波だけが返しては寄せ寄せては返すばかり。
やがて、瞽女の連れがよろめくやうにふたりの遺骸に近づいてゆく。
おしまひ。
そんな感じ。

といふことを、最近つらつらと手帳に書き記してゐる。
中でも楽しかつたのは、岸田森だ。

いや、わかつてゐる。
その話のメインゲストは大谷直子だ。
また、座頭市が自分と間違はれて殺された女の人の赤子を助ける話でもある。
その女の人を殺すのが岸田森とその仲間たちではあるのだが。

岸田森演じる和平次は文殊組のものだ。
文殊組は座頭市に全滅させられた組である。
和平次は恨みを晴らすために仲間を集めて座頭市のあとを追つてゐる。

まづは、三度笠に顔をかくし道中合羽を纏つた男が六人、すこし遠景から登場する。
番組冒頭、そのうち二人が座頭市に殺される。
座頭市が駕籠に乗つたのを確認した和平次と残りの男たちは隠れながら駕籠のあとを追ふ。
たまたま和平次たちの目の届かないところで、座頭市は赤子をつれて難儀をしてゐる若い母親と出会ひ、駕籠をゆづる。
それと知らない和平次たちは、駕籠の外から刃を突き刺す。
若い母親は死に、赤子だけが残される。
座頭市はなぜ母親が殺されたかに気づき、その子を拾つて父親(中山仁)のもとに届けやうとする。

まづ見どころは、座頭市と赤子とのふれあひだ。
慣れぬ手つきで赤ちやんの面倒を見る座頭市といふのがいい。

次に、座頭市はお香といふ掏摸の女と出会ふ。これが大谷直子だ。
最初はすれたやうすを見せるお香だが、次第に座頭市と赤ん坊とにほだされてゆく。
このすれた女掏摸が段々と赤ん坊と座頭市とに情をうつしてゆくといふのがもうひとつの見どころだ。

でも、まあ、そんなことはどうでもいいくらゐ岸田森がいい。
番組冒頭では遠景から、座頭市と争ふところでさへちよつと引いたところから映されてゐた和平次が、話が進むにつれて段々とクロースアップされてゆく。
仲間は座頭市に殺され、あるいは造反するものはみづからが手を下し、やがて和平次はひとりになる。
ひとりになつた和平次は中山仁演じる宇之助に助太刀を頼む。宇之助は住まひするあたりではいい顔の若い親分といつた役どころだ。
このときやつと和平次の声が妙であることが判明する。
その前からせりふはあるのだけれども、かすれた声はさういふものなのだと思つてゐた。
宇之助のせりふから、和平次はかつてはそんなかすれた声の持ち主ではなかつたことがわかる。

最後、宇之助とその手下たちと和平次とは、座頭市を山道に襲ふ。
ここで和平次は笠と合羽とを脱ぎ捨てる。
胸には横に一文字の疵跡。
座頭市に斬られながらも生き延びて、その疵のせゐで声もかすれてしまふのだつた。
ここの和平次の、禍々しくも死神の如き姿が忘れられない。
笠と合羽とを投げ捨てたときの姿の大きさ立派さよ。
岸田森自身はそれほど大きい人ではなかつたと思ふのだが、周囲の渡世人たちがかすむくらゐ大きく見えた。

といつた感じで、岸田森の和平次が如何に禍々しく不気味で気味が悪かつたかといふことを延々と書きつづつた。
書いてゐるときの楽しかつたこと。
いま読み返しても、書いてゐたときの groove 感が蘇る。

ちかごろ手帳に書くのはかういふ時代劇を見て「これ、いい!」と思つたことが多い。
最初のうちは、書かなくてもきつと誰かがWebで記録を残してゐるよ、と思つてゐたのだが、さうでもないといふことが最近わかつた。
それで折に触れ書き留めるやうにしてゐる。

をかしーなー。
「あなたがおもしろいと思つたことをおもしろいと思ふ人が必ずゐる」といふのがWebの世界といふかblogの世界だと聞いてゐたのに。
むー。

ま、いいか。
楽しいんだし。

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Tuesday, 12 July 2016

かんたんなモチーフほど進まないわけ

Tatted Necktie in Progress

タティングレースのネクタイは蝸牛の歩みで進んでゐる。

先週、菱形のモチーフができたといふ話を書いた。
おなじものをもうひとつ作る必要がある。
ネクタイは Jan Stawasz の Tatting Treasures に掲載されてゐるもので、作り方に従ふとさうなる。
しかし、写真だと片方の菱形はちよつと小さいんだな。
菱形とも呼べない形である。

このネクタイは、おそらくはボウタイのやうに結ぶのだらう。
さう思つてゐるのだが。
かるく一度結ぶだけといふ使ひ方も想定してゐるのかもしれない。
かるく一度結んで両端を垂れるだけなら、左右非対称の方がおもしろさうだ。
でもボウタイにするなら左右対称の方がいいんぢやないかなあ。

めんどくさいので、おなじ形にするつもりでゐる。
かるく一度結んで両端を垂れるにしても、左右対称でもいいぢやあないか。
さうも思ふ。

進みが遅いわけは、モチーフがかんたんにできるものだからだらう。
内側に六つのリング、外側に六つのチェインのよくある花のモチーフだ。
ロゼッタモチーフなどと呼ばれることもある。

かんたんなのに遅くなるとは如何に。
矛盾するぢやあないか。
さういふ向きもあるかとは思ふ。

かんたんにできるといふことは、作り始めから糸端の始末までにかかる時間が短いといふことだ。
作り始めの magic thread を縫ひ込むところから糸端の始末までのあひだの結んでゐる時間といふのはそんなに長くない。
調子のでてきたところで糸端の始末をしなければならなくなる。
モチーフひとつ仕上がるごとに、いつたん気持ちがとぎれてしまふ。
それでなんとなく進まないのである。

もうひとつ菱形のモチーフができてしまへば、あとは長くエジング状のパターンをくり返すばかりなので、ちよつと進みが早くなるんぢやないかな。
さう期待してゐる。
それとも糸が20番手と太いから、しよつ中糸をつぎ足さねばならなくてあまり進まないだらうか。
やつてみなければわからないか。

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Monday, 11 July 2016

死んでゐるかしら

編んでゐない。
このまま編まなくなるのかもと思つてゐる。

これまでもつねに編んできたわけではなかつた。
かぎ針編みを覚えたのが九才、棒針編みを覚えたのが十才のときだ。
教はつた時点では編んでゐたのだが、時期に編まなくなつた。
毛糸がなくなつたからだ。
母はあみものをした。
かぎ針編みも棒針編みも母に教はつたし、母は機械編みもした。
しかし、家に毛糸がつねにあるといふわけではなかつた。
不要なものは捨ててしまふ母だつたからだ。
さう思ふと、よくぞ捨てられなかつたものだと我が身のことを考へたりするのだが、それはまた別の話である。

小学生のお小遣ひでは毛糸を入手するのはむづかしかつた。ほかにほしいものもあつたし。
それに、近所の手芸屋では毛糸の安売りなぞしてゐなかつたやうに思ふ。

また、夏になると編まなくなるといふこともあつた。
レース編みでもすれば編んだのかもしれない。
しかし、当時はレース編みは自分向きではないと思ひこんでゐた。
糸も針も細いからだ。
レース編みは手先の器用な人がするもの。
さう思つてゐた。
それに、家のレースのドイリーが置けさうな場所にはすでに母が昔編んだものが置いてあつた。
いまさら自分が編むには及ばない。
さう思つてゐた。

あみもの熱が再燃するのは、高校生になつてからだ。
授業であみものをすることになつた。
大つぴらに編める機会である。
授業の一環だから、毛糸も買つてもらへる。
しかし、それもそんなに長くはつづかなかつた。
やはり、毛糸がなくなつたからだ。
それに、このころになるとあみものの本なんぞを見て「これを編みたいなあ」などと思ふやうになるのだが、これが案外大変なのだつた。
まづ、本に指定されてゐる毛糸を買はねばならない。
しかし、本に指定されてゐる糸は高い。
しかも、地元の手芸屋では扱つてゐない可能性がある。
このころになると小学生のときよりは行動半径が広がつて、駅前の手芸屋に行けるやうになつてはゐる。
駅前の手芸屋ではときに毛糸の安売りをしてゐた。
だが、ここで気に入つた毛糸があつて買つたとしても、本で見たものが編めるとはかぎらない。
大抵は編めないだらう。
当時はゲージのことを理解してゐなかつたし、糸の太さの知識もおぼろだつた。
「極太」と銘打つて売られてゐても、メーカーや種類によつて全然太さが違ふことがある、といふことがわかつてゐなかつたのだ。
そんなわけでつまづき、その後またしばらく編まなくなる。

いまのやうに編むやうになつたのは、一九九十年代も終はるころ、もうすぐ新たな世紀を迎へやうといふころのことだ。
きつかけは、ジェニーだつた。
当時タカラのジェニーといふ着せかへ人形用のあみもの本を買つた。日本ヴォーグ社が出版したものだ。
人形用の服ならすぐに編めるだらう。
そのとほりだつた。
糸も少なくて済むし、一巻き買へば何着も編める。
そのうち、レース糸とレース針で編むやうになつた。
最初のうちはエミーグランデなどすこし太い糸で編んでゐたけれど、そのうちよくある40番手を使ふやうになつた。

人形のセーターを編み、人形のレースの服を編む。
人形のセーターの袖が編めるのなら、人間の手袋の指も編めるのではないか。
レース糸をレース針で編めるのなら、レースのドイリーも編めるのではないか。

そこから1/1サイズのものを編むやうになるのにそれほど時間はかからかなつた。

そして、現在に至る。

いつのまにかゲージのことも覚えたし、あみものの本で編みたいものを見つけたときに指定糸ではなく代替の毛糸を使ふことも覚えた。
本だけではなくてWebサイトに掲載されてゐるものも編むし、ときには海外のサイトで公開されてゐるものも編むやうになつた。

二十年といへばそれなりに長い時間だ。
あみものに飽きてきたのかもしれない。

あみものは自分にとつて、存在を証明するものだ。
なにかしら作れば、作つた自分が存在することの証になる。
あみものの前は、人形の服作りだつた。その前は絵。その前はもうなんだつたか忘れた。

あみものをしなくなつて、果たして自分は存在してゐるといへるのだらうか。
いまのところ、あみものの代はりに存在を証明してくれるものは見つかつてゐない。

もしかしたら、存在してゐないのかもしれない。

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Friday, 08 July 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 人形アニメーション 2016/06

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は人形アニメーションのケースについて。

人形アニメーションからは、「李白」「花折り」「鬼」「道成寺」「不射の射」「火宅」の人形が展示されてゐる。作品ごとにケースがわかれてゐる。
「李白」のケースと「花折り」のケースは、「臥龍出蘆」のケースの向かひにある。
その後ろの壁沿ひに置くから「鬼」「道成寺」「不射の射」のケースがそれぞれあつて、出口のそばに「火宅」のケースがある。

「李白」は、アブソルートウォッカのCM用と云はれてゐる。
おそらくは川本喜八郎の構想してゐたシルクロードものの一環でもあつたらう。
李白は、人形アニメーションの人形の中では長身で大柄のやうに思ふ。
杯を手に、もうだいぶきこしめしてゐるのだらう、風の中に立つてゐる、といつたやうすだ。相当に酔つてゐるやうに見受けられるが、杯だけはきちんと天を向いてゐて、中身がこぼれるやうなことはない。
立派な酒飲みである。
李白の視線の先には月がある。と、これは勝手にさう思つてゐる。
前回のエントリで「孟公威・崔州平・石広元の三人が飲んでゐるところを見ると、自分も無性に一杯やりたくなる」と書いた。
李白もさうなんだよなあ。
そして、孟公威・崔州平・石広元の三人と李白とは展示時期が重なるやうだ。前回も一緒だつたやうに思ふ。
たまたまなのかもしれないけれども。
今回は飯田の地酒といふことで喜久水を飲んだ。すると、「おなじ酒造のお酒」といふことで、聖岳といふお酒を試飲させてくれた。
いいな、聖岳。
覚えておかう。

「花折り」は、アニメーション作品そのものを思はせるやうな生き生きとした展示になつてゐる。
坊主が踊るやうなポーズで左の方にゐて、右の方には太郎冠者が大名になにごとかささやきかけてゐるやうだ。
坊主がちよつと手前にゐるのかな。ケース事態はそれほど大きいものではないのだが、人形が小さいので展示に奥行きが生まれるのがおもしろい。
それに、可愛いんだよねえ、「花折り」の人形は。
見てゐると自然とにこにこしてしまふ。
これは毎回思ふことなのだが、大名にしても太郎冠者にしてもよくぞこのサイズでこの柄の生地を見つけてきたな、といふことだ。
狂言の登場人物が身につけてゐるものを思はせるやうな柄なんだよね。
大名はこの柄は着ないかな、と思はないでもないけれど、狂言らしい雰囲気は出てゐる。

「鬼」は、奥行きのほかに上下もある展示になつてゐる。
山中をゆく心なのだらう。
兄は左側ちよつと上のちよつと奥にゐて、右側ちよつと下ちよつと手前にゐる弟をふり返つているといつたやうすだ。これまた見てゐるとアニメーション作品そのものを思ひおこす。
前回「鬼」の展示があつたときも、高低差はあつた。今回の方がよりドラマティックな感じがする。

「道成寺」は、女が小袖を引きずつてゐるところ。悔しさうな表情で前方高いところを見上げてゐる。
経年により、あまり可動域が広くない、といふ話は美術館の方からうかがつた。
この展示がいまの女にできる最大限の動きなのだらう。
「道成寺」にはほとんどことばが出てこない。
ときおり場面場面の名称が出てくるくらゐだ。
「鬼」のやうに最後に説明文など出てこないし、「火宅」のやうにナレーションがあるわけでもない。
それでゐて、やつがれは「道成寺」の女に一番生きてゐるといふ印象を受ける。
息づかひ、かな。
「鬼」「道成寺」「火宅」の三作の中で、人形の息づかひを一番感じるのが「道成寺」だ。
そのせゐかと思ふ。

「不射の射」は、大きい画面では見たことがない。
人形は、他の人形アニメーションの人形と比べて小さい気がする。
その分、中身がしつかりつまつてゐる感じがする。手のひらに乗せたらずしりと重たさうな感じがするのだ。
左から甘蠅、紀昌、飛衛の順に並んでゐる。
甘蠅はやや奥の方にゐて、片手をあげて踊るやうな格好で立つてゐる。着物の裾は風に舞ひ、その表情は楽しさうだ。
紀昌は前方に立つてゐる。力がみなぎつてゐるかのやうな凛々しい立ち姿だ。どことなく趙雲を思はせるやうな顔をしてゐる。このやうすだと、まだ弓の名人として名を馳せる前なのだらう。
飛衛はやや後方に立つてゐる。その表情は食へない親爺といつたやうすだ。この飛衛を見ると、甘蠅のもとで修行しろといふ忠告は、真に受けるべきではなかつたのではないかといふ気もしてくる。
「不射の射」の原作は中島敦の「名人伝」だ。
「名人伝」つてさー、笑ひ話だよね?
中島敦作品の中では「文字禍」とならぶ笑ひ話だと思つてゐる。
紀昌が弓の名人だらうがさうでなからうが、そんなことはどうでもいいぢやん。
おもしろいんだからさ。

「火宅」は、左から小竹田男、菟名日処女、血沼丈夫の順に並んでゐる。
今回も三人のあひだにおなじところにゐるといふ感覚はない。
前回の「火宅」の展示では、菟名日処女がおそらくは煉獄にゐて、両端にゐる小竹田男と血沼丈夫とはそれぞれ腕に梅の枝を抱いて菟名日処女のことを思つてゐる、といふやうなイメージだつたのださう。
今回はなんだつたんだらう。
「火宅」は作品字体に苦手意識のあるせゐか、いつもケースの前で考へこんでしまふ。
菟名日処女が地獄に落ちるのは、みづから選択をしないせゐだと思つてゐた。
さうやつて自分を納得させてゐたのだつた。
でもどうやらそれは違ふのらしい。

なんでも生前鳥や獣を殺害したものが落ちる不喜処地獄といふものがあつて、そこは一日中炎が燃えてゐて鳥のくちばしでつつかれて食はれる地獄なのだといふ。
Twitterで教へてもらつた。
菟名日処女の落ちた地獄はまさにこの不喜処地獄そのままのやうに思ふ。

でもなー、「求塚」ならともかく、「火宅」の菟名日処女が落ちねばならぬ地獄だらうか。
たしか「求塚」では菟名日処女が小竹田男と血沼丈夫とに「鴛鴦を矢で射ることのできたかたと一緒になります」と持ちかけるのだつたと思ふ。
でも「火宅」は違ふ。
「火宅」では小竹田男と血沼丈夫とが「鴛鴦を射ることができたものが菟名日処女を手に入れる」といふことで合意したものと思はれる。
そこに菟名日処女は出てこない。
単に出てこないだけで「火宅」でも持ちかけたのは菟名日処女なのかもしれないけれど。
でも、だとしたら、菟名日処女が不喜処地獄に落ちるのは至極当然のことで、まつたく不条理でもなんでもない。
やはり、「火宅」の菟名日処女は鴛鴦の件については関はつてゐないのだらう。

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Thursday, 07 July 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 臥龍出蘆 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は「紳々竜々」のケースと「臥龍出蘆」のケースとについて。

「紳々竜々」のケースは、メインのケースである「三顧の礼」とその向かひの「乱世の群像と玄徳の周辺」のケースとのあひだにある。
向かつて左側に立つてゐる紳々は、額に黄色い布を巻いてゐる。すでに黄巾党の一員となつてゐるのだらう。あるいは、これから参加しやうといふのでまづは黄色い布を巻いてみたのかもしれない。そして、右手にはもう一枚、黄色い布を持つてゐる。
一方の竜々は、黄色い布を身につけてはゐない。
紳々に袖を引かれて黄巾党に誘はれてゐるといつたやうすだ。
「紳々竜々」のケースはぐるりと三百六十度あらゆるところから見ることができる。
美術館の方が教へてくだすつたのだが、紳々竜々の背後から見ると、紳々の手が竜々の袖をつかんでゐる様子がとてもリアルだ。皺の寄り方を見ても「勧誘しやうとする人が相手の服をつかんだらかうなるよな」といふ感じがする。
紳々は見る角度によつてはにこにこした表情でゐて、ごくごく親しげに竜々を誘つてゐる風に見える。お前の分の黄色い布もあるぞ、と目の前で布をゆらして見せたりしてゐるのかもしれない。
竜々はうつむいてゐて、あまり乗り気ではないやうだ。ちよつと悩んでゐるやうにも見える。
入口の呂布と貂蝉とがこの上なく深刻で、中の紳々と竜々とはどことなくなごやかな感じ。

「臥龍出蘆」のケースは展示室の一番奥の向かつて左側にある。人形劇の展示では一番最後のケースだ。
左奥から徐庶の母、徐庶、手前に水牛に乗つた勝平、そのやや右後方に水鏡先生、孔明、龐統、孔明と龐統との手前に孟公威、崔州平、石広元の三人が座つてゐる。

徐庶の母はいつも凛々しい。
今回は手を腰にあてて肘をやや張るやうにして立つてゐる。首もやや傾げてゐる感じか。
前回見たときは如何にも任侠の道に走るこどもの母といふ雰囲気であつたけれど、今回はさうした雰囲気はあまりないやうに思ふ。
曹操やその家臣に徐庶への手紙を書けと云はれて「そんなことできるか」と云ひ返してゐるところかな。
偽の手紙にだまされてやつてきた徐庶に対するやうな切羽つまつた感じはしなかつた。
それで曹操とその家臣たちとに強気の対応をしてゐるところなのかな、と思つた。

徐庶は手紙を手に立つてゐる。
母から自分の元に来てほしいと書いて送つたやうに見せかけた偽手紙だらう。
心なしか憂ひ顔に見えるのはそのせゐかと思ふ。
徐庶も前回母親の隣に立つてゐたときは、見るからに任侠の道の人といふやうな鯔背でどこか危険な感じのする男といつた様子で立つてゐたと記憶してゐる。
おそらくはほんのわづかな展示の違ひで、おなじ人形でもまつたく異なる雰囲気をまとつてゐるやうに見えるんだらう。

徐庶の手前には水牛に乗つた勝平がゐる。
水牛の角が立派でねえ。
人形劇で見たときは、この水牛の角がとてもリアルに見えたものだつた。
「人形劇三国志」には動物の人形もたくさん出てくる。
馬が一番多いと思ふが、番組がはじまつたばかりのころ、董卓の幔幕の中をのぞき込むラクダの人形なんてのもゐた。
このラクダの表情がなんともユーモラスで可愛くて、つひラクダばかり見てしまつたりもする。
別段その後出てくるわけでもないのだが、忘れられないラクダなのだつた。
ロバとか虎とかもゐたね。
ロバや虎は脚本に書いてあつたんだらうけど、ラクダはどうだつたのかなあ。

勝平は水牛に乗つてはゐるものの、のちのイメージよりはおとなしげな感じがする。
この時点ではちよつと生意気な感じのこどもといふだけだからかもしれない。
まさかこの子が後に関平にならうとはねえ。
このケース、徐庶の母以外は水鏡先生とその門下生なんだよね。
え、水牛? 水牛も門下生かもしれないよ。

水鏡先生は、お召しものがいつもすてきだ。
前回の展示のときも書いたやうに思ふ。
柳の葉のやうな模様を織りだした生地で、色はおそらく銀色。柳の葉模様が光の加減で黒くも見え、白つぽくも見える。
実は玄徳よりも若いのださうだが、水鏡先生といつたらやはり好々爺といつた印象だ。
飯田で見る水鏡先生は、しかし、どことなく厳しい感じもする。見る角度によつて違ふやうに思ふ。
やさしげでもあり、おだやかでもあり、いかめしい感じもする。
これまた見る角度によつて先代の中村又五郎を思はせるやうなところもある。
比較的リアルな趣のカシラなので、ひよつとするとモデルがゐたりするのかもしれない。

孔明と龐統とは、やや高いところに立つてゐる。
孔明は、「三顧の礼」のケースにもゐたけれど、「臥龍出蘆」のケースにゐるのがいつもの孔明だ。
いつもの孔明、といふか、人形劇に出てゐた方の孔明。
いちいち書かなくても一目瞭然ではある。
美術館の方のお話だと、孔明はいつもは隅の方にゐることはないといふことだつた。
云はれてみればそのとほりかもしれない。
衣装は出蘆後のものなのだけれども、まだ出蘆前かな、といふ気もする。

といふのは、龐統が野の遺賢めいた雰囲気を漂はせてゐるからかもしれない。
猫じやらしと一緒の龐統は久しぶりかなあ。
猫じやらしがあると、どことなく野にゐる人といふ感じがしてしまふ。偏見ともいふ。
孔明と龐統と、水鏡門下にゐた時期が重なるのかどうかは知らないが、そんなに重なつてはゐないんぢやないかといふ気がする。
互ひに相手を知つてはゐたらうけど。
なぜさう思ふのか、といふと、うーん、「世説新語」とかに出てくる逸話の感じから、としか云へない。
それに、親しかつたら陳寿がさう書くだらうと思ふんだよね。
今回ふたりで並んで立つてゐるけど、どういふ場面なのかちよつと考へてしまふ。
孔明のところで「出蘆前なんぢやないか」と書いておいてなんだけど、出仕後にふたりで過ぎし日に思ひを馳せてゐるところ、といふ風にも見える。

孔明と龐統との手前では、孟公威・崔州平・石広元が酒宴の真つ最中だ。
孔明と龐統とも加はればいいのにー。
前回この三人が酒宴をしてゐた展示のときもさう思つた。
前回の展示のときは、三人ともだいぶできあがつてゐる感じで、孟公威がなにかしら崔州平に鋭いつつこみを入れたところ、崔州平が「そんなこと云つたつてよー」とぶう垂れてゐて、石広元は酔ひがまわつてなにを見てもをかしく感じる状態、といつた様子だつたかなあ。
今回は、まだ飲み始めたばかりなんぢやないかな。
三人とも比較的穏やかな感じだし、卓子の上の皿には酒の肴がまだだいぶ残つてゐるし。
それに杯の酒もなみなみとした様子に見える。
この杯の中の酒や酒の肴の青菜(青梗菜かなあ)や焼き魚が実にリアルだ。今回の展示用に工夫したり作つたりしたものだと美術館の方からうかがつた。
酒の白濁したやうすなんかすばらしいし、野菜も焼き魚もそのまま食べられるんぢやないかといふ気がする。
三人の前には取り皿があつて、箸がおかれてゐたりするのだが、きちんと並べて置くもの、箸の転がるままに置くものと、人によつて置き方が違ふのも楽しい。
今回の展示では、石広元がなにか喋つてゐるのかな。
それを孟公威はわりときちんとした様子で聞いてゐて、崔州平はちよつと酒か肴かが気になる様子、といつたところだらうか。
前回もさうだつたけれど、今回もこの三人を見てゐると無性に一杯やりたくなつてきてしまふのだつた。

以下、つづく。

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Wednesday, 06 July 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 江東と荊州 その二 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は「江東と荊州」のケースのうち「荊州」について。

「江東と荊州」のケースは右半分が荊州になつてゐる。
左から後列高いところに蔡夫人、劉琮、劉表、前列低いところに蔡瑁、劉琦がゐる。

荊州側は、江東側よりも明るい。
照明の関係だと思ふ。
明るい照明に家庭内の問題がくつきりと照らし出されてゐる。
江東は結束のかたい感じなのに、荊州はなんだかバラバラ。
そんな風に見える。

蔡夫人は劉琮のやや後ろにゐて、劉琮になにごとか囁きかけてゐるやうに見える。
なにごとか暗示をかけてゐるやうでもある。
「いづれ荊州はお前のものだ」「劉表の跡を継ぐのはお前だ」みたやうな。
やつてそー。
蔡夫人は見るからにやつてさうだ。

劉琮はといふと、「それでいいのだらうか」といふ面持ちなんぢやないかな。
どこか戸惑つてゐるやうに見受けられる。
劉琮は自分の立場をどう思つてゐたのだらう。
母である蔡夫人や叔父(人形劇では伯父)の蔡瑁に云はれるがままに「いづれ荊州は自分のものになる」と思つてゐたのか。
はたまた、「そんなことはできない」と思つてゐたのか。
人形劇だと劉琦をたててゐるやうに見えるんだけどな。
それで母親のことばをどう受け止めたものかわからないといつたやうすに見えるのだらう。

蔡夫人と劉琮との前には蔡瑁がゐる。
美術館の方のお話だと、蔡瑁には今回の展示のうち人形劇の人形で唯ひとりだけほかの人形と違ふところがあるのだといふ。
是非行つて確かめていただきたい。
蔡瑁は、向かつて右側やや前方にゐる劉琦を見てゐる。
見てゐる、といふよりは、様子をうかがつてゐる、といつたところだらうか。
人形劇の蔡瑁については何度か書いてゐるやうに、あのなんともこすつからい感じが気に入つている。
巨悪といふことばがあるのなら、小悪、または狭悪、矮悪、そんなことばがあつてもいいんぢやないか。
人形劇の蔡瑁にぴつたりだ。
そして、蔡瑁の云ふことはそんなに間違つてはゐない。
荊州のためを思つたら玄徳を中に入れてはいけない。
いや、荊州のため、ぢやないか。
劉表とその家族とが安泰に荊州で暮らしていけるやうにしたいなら、玄徳を荊州に入れてはいけない。
至言である。
まさにそのとほりだ。
いいこと云ふぢやん、蔡瑁。
ただ、人形劇の主役は玄徳だから、間違つてゐるやうに聞こえてしまふけれども。
そんなわけで悪役の蔡瑁は、ひどく疑り深さうな表情で劉琦を見てゐる。
こんな男に荊州を渡せるか。
いや、それとも、こんな男に荊州を任せられるか。
さう考へてゐるやうにも見えるし、一方で「大丈夫か、こいつ」と胡乱な相手を見てゐるやうにも見える。
袁紹のところで書いたとほり、蔡瑁のくつは新たに作りなほされたものだといふ。
そこも今回の蔡瑁のポイントだ。

蔡夫人と劉琮との右隣には劉表が立つてゐる。
劉表は右前方にゐる劉きを見つめてゐる。
劉表は劉琦に自分の跡を継がせるつもりでゐる。
「頼んだぞ」といふ信頼のまなざしか。
さう思ひたいところだが、違ふな。
なんとなく心配さうなやうすに見える。
それは劉琦のやうすがなんとも頼りないからかもしれない。
劉表自身は、跡継ぎは劉琦と決めてはゐるのだらう。
でも、蔡夫人や蔡瑁からあれこれ云はれて、心が揺らいでゐる。
そんなやうすに見える。
劉表よ、貴方がしつかりしなくてどうする!
跡目問題について劉表がグダグダなのが荊州の問題だよな。
そして、このケースの「荊州」の展示もそれを表現してゐるやうに思ふ。

ケースの一番右端手前に劉琦が立つてゐる。
顔をうつむけ、憂ひにしづんでゐるといつたやうすだ。
「人形劇三国志」の誇る憂愁の貴公子の面目躍如たるものがある。
なんちやつて。
人形劇の劉琦さまといへば「人形劇三国志一シケの似合ふ男」だ。
個人的にさう思つてゐる。
シケとはほつれ毛のことだ。
劉琦は赤壁の戦ひも終盤にさしかかると体調をくづつすやうになる。
それで額にほつれ毛がかかつたりして、そのさまがなんともいい。
憂愁の貴公子だからなー。
黄色がかつた地に色とりどりの牡丹の花を散らした華やかな衣装を身につけてゐるんだけどなー。
悩める若者にしか見えない。
衣装が華やかだからより憂愁も深く見えるのかも。
おそらくは、蔡瑁や継母の蔡夫人が自分を亡き者にしやうとしてゐることを憂へてゐるのだらう。

「荊州」の全体的な雰囲気が各人バラバラに見えるのは視線の向きも関係あるのかな。
「江東」と並べて見るととてもおもしろい。

以下、つづく。

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Tuesday, 05 July 2016

多角形の限界

タティングレースのネクタイもわづかながら進んでゐる。

前回は、ネクタイの両端に配置する菱形のモチーフの片方を作つてゐる、と書いた。
先週の時点で菱形を形作る六角形の花のモチーフをあとふたつつなげればいい状態だつた。
先週のうちにもう片方の菱形に着手できるだらう。
さう考へてゐたのだが。

捕らぬ狸の皮算用、とはよく云つたものだ。
まだ最初の菱形が完成してゐない。
最後の花のモチーフをつなげやうとしてゐるところだ。

なぜさうなつたのかといふと、この最後のひとつをつなげる位置を間違へてしまつたからだ。
しかも、つなげたあとリングをひとつ作つたくらゐだから、ほどかうと思つたのがいけなかつた。
うまくほどけなくて、結局モチーフをひとつ無駄にした。
ほどかうとした時間も無駄になつた。

そんなわけで、新たにモチーフを作りなほしてつながうとしてゐるところなのだつた。

なぜつなぎ間違つてしまふのか。
放置してゐる「The Twirly をつなぐプロジェクト」でもしばしばモチーフ同士をつなぐ位置を間違へてはほどき、また間違へては切りなどしてゐた。
つなげるときによく確認してゐるはずだ。
「確認してゐるはず」で、実はちやんと確認できてゐないのだなあ。
むう。

「The Twirly をつなぐプロジェクト」では、Microsoft Excel で図形を使つてつなぎ方を図示してはゐた。
それでも間違つてしまふんだよなあ。
今回などは、そんなに大きいモチーフでもないし、モチーフの数も九枚くらゐだから、実物大の型紙のやうなものを作つておけばよかつたのかもしれない。
型紙の上に作りかけの菱形のモチーフをおいて、どこが欠けてゐるのかわかるやうにするのだ。
これはいい案のやうに思へる。
ただ面倒くさいだけで。

思ふに、六角形のモチーフつなぎが苦手なんだな、やつがれは。
四角形のモチーフをつなぐときにこんな間違ひはしない。
それがたとへ辺と辺とが隣り合ふやうにつなぐ場合であつても、モチーフ同士の対角線をつなぐやうな場合であつても。
三角形のモチーフはそんなに作つたことはないが、でもやつぱり間違はない気がする。
五角形と八角形とについてはやつぱりそれほど作つたことはないなあ。
七角形は作つたことがない。
九角形は作つたことはあるけれど、つながうと思つたことがない。
十二角形は六角形とおなじやうになる気がする。十二角形のモチーフつなぎでつなぎ間違へはしたことはないけれど、それもやはり数を作つてないからだ。

さう考へると、やつがれのモチーフつなぎの限界は四角形なのかもしれない。
ひどく頭の悪い話だ。

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Monday, 04 July 2016

本体部分はできたけど

ピマデニムのポシェット

パピーのピマデニムで編んでゐたポシェットは、本体部分はできあがつた。

できあがつて、持ち手をどうするのか決めてゐなかつたことに気がついた。

持ち手は本体に編みつけて作るつもりでゐた。
「すてきにハンドメイド」ではえびコードを編んでゐたやうに思ふ。
えびコードもいいんだけど、細いやうな気もする。
こま編みで横に長く三段くらゐ編んだものにしたい。
でもさうすると、本体に縫ひつけないとダメかな。

うーん。

といふわけで、行きづまつてしまつた。

本体は、おもに最初の段にこま編みと長編み、次の段に前の段でこま編みのところに長編み、長編みのところに細編みを編む編み方で編んだ。
編みはじめはくさり編みを編んで、そのくさり編みにぐるりと細編みを編みつけた。以降、増減目なしで、最後はこま編みを一段編んだあとバックこま編みを一段編んで終はり。
バック細編みはしたものかしないものか悩んだ。ためしに編んでみたらそんなに悪くなかつたのでのまま残した。

で、持ち手である。
そもそも長さが決まつてゐない。
手首にかけられるくらゐでいいかな。
本体の両側につけて、片方を長くもう片方を短くしてしじみ袋のやうに持てるやうにするか。
しじみ袋のやうに持つにはちよつと本体部分が小さいかなあ。

考へておけよ、といふ話だ。

こんなことなら巾着にすればよかつた。
しかし巾着だと上をしぼる分、もうちよつと長さが必要だし、ひもをどうするかを考へないといけない。

それにしてもしじみ袋はいいな。
いづれ編みたい。

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Friday, 01 July 2016

2016年6月の読書メーター

2016年6月の読書メーター
読んだ本の数:8冊
読んだページ数:2058ページ
ナイス数:16ナイス

坂田靖子 ふしぎの国のマンガ描き坂田靖子 ふしぎの国のマンガ描き感想
もりだくさんの内容でありながら絵の印象からか余白のある印象もあるところが好きだ。この本を読んで、「もりだくさん」の方が正しいのかなと思ひつつ、絵の印象が余白なのはその通りなのかもとも思つた。「誇り高き戦場」、読みなほしたいなー。
読了日:6月1日 著者:坂田靖子
時間 (講談社文芸文庫)時間 (講談社文芸文庫)感想
わかんなかつたけど、たとへばかつて見た芝居を思ひ出してつひ昨日のことのやうに感じるのはその芝居を見た時点の現在に自分がゐる、といふことなのだらうか。それならなんとなくわかる。蘇東坡の「赤壁賦」での魏武の書きつぷりが瑞々しくて過去のことと思うてはゐないだらう、といふ、その「赤壁賦」を読んでまるで見て来たかのやうに目の前に光景が広がる気がするのも、その時点の現在にゐるんだらう。あと、自分はあまりにも時計の時間に縛られ過ぎてゐるなあと思つた。
読了日:6月3日 著者:吉田健一
Call for the Dead: A George Smiley Novel (George Smiley Novels)Call for the Dead: A George Smiley Novel (George Smiley Novels)感想
読んでゐるあひだずつと灰色な印象があつた。それもそんなに暗くはなくて、時折曇つた空のまぶしいやうな灰色だつたりする。「寒い国から帰ってきたスパイ」を読まうと思つてゐたのだが、せつかくだから最初から読んでみることにした。ル・カレとは思へないほど読みやすい。ここからはじめて正解だつたかも。
読了日:6月8日 著者:JohnLeCarre
李白詩選 (岩波文庫)李白詩選 (岩波文庫)感想
歌舞伎の大道具に書かれてゐる詩は李白が圧倒的に多い気がしてゐる。それと今回は飯田市川本喜八郎人形美術館で李白の人形が展示されてゐるのであはせて再読してみた。 李白もまた「先帰不相待」なんだけどなー……
読了日:6月11日 著者:
元禄忠臣蔵〈上〉 (岩波文庫)元禄忠臣蔵〈上〉 (岩波文庫)感想
青果の芝居には舞台面が新歌舞伎とは思へないやうな古体なバランスを持つたものがある。ト書きの端々に「だからか」と思ふことしばしば。「御浜御殿」のやうによく上演されるものでもところどころ現在では見られない場面があつたりするのもおもしろい。小説気分で読めるのもいいのかもしれない。
読了日:6月15日 著者:真山青果
金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)感想
たとへ金澤に行つたとしてもここに書かれてゐることにはなにひとつお目にかかれないし、灘の杜氏に出會ふことがあつたとしてもこんな楽しい酒宴を経験することはない。ゆゑにおもしろい。「酒宴」の七石さんとか四十石さんとかにちよつと頬がゆるむ。
読了日:6月20日 著者:吉田健一
考えるヒント (文春文庫)考えるヒント (文春文庫)感想
読んでゐて「平家物語」を読み直したい気持ちになつた。これが作者の云ふ「批評」なのだらうか。いまはなき分析くんといふサイトで理想の彼氏の上位に登場することが多かつたので、とつつきやすさうなところから読んでみた。
読了日:6月25日 著者:小林秀雄
ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)感想
「巧言令色鮮し仁」といふ。ソクラテスには令色はないかもしれない。しかしあまりにもことばが巧み過ぎてなんだかあんまり徳があるやうに思はれない。でも今の世の中これくらゐちやんと喋れないといけないんだよねー。ここからはじめないと。
読了日:6月28日 著者:プラトン

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