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Thursday, 07 July 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 臥龍出蘆 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は「紳々竜々」のケースと「臥龍出蘆」のケースとについて。

「紳々竜々」のケースは、メインのケースである「三顧の礼」とその向かひの「乱世の群像と玄徳の周辺」のケースとのあひだにある。
向かつて左側に立つてゐる紳々は、額に黄色い布を巻いてゐる。すでに黄巾党の一員となつてゐるのだらう。あるいは、これから参加しやうといふのでまづは黄色い布を巻いてみたのかもしれない。そして、右手にはもう一枚、黄色い布を持つてゐる。
一方の竜々は、黄色い布を身につけてはゐない。
紳々に袖を引かれて黄巾党に誘はれてゐるといつたやうすだ。
「紳々竜々」のケースはぐるりと三百六十度あらゆるところから見ることができる。
美術館の方が教へてくだすつたのだが、紳々竜々の背後から見ると、紳々の手が竜々の袖をつかんでゐる様子がとてもリアルだ。皺の寄り方を見ても「勧誘しやうとする人が相手の服をつかんだらかうなるよな」といふ感じがする。
紳々は見る角度によつてはにこにこした表情でゐて、ごくごく親しげに竜々を誘つてゐる風に見える。お前の分の黄色い布もあるぞ、と目の前で布をゆらして見せたりしてゐるのかもしれない。
竜々はうつむいてゐて、あまり乗り気ではないやうだ。ちよつと悩んでゐるやうにも見える。
入口の呂布と貂蝉とがこの上なく深刻で、中の紳々と竜々とはどことなくなごやかな感じ。

「臥龍出蘆」のケースは展示室の一番奥の向かつて左側にある。人形劇の展示では一番最後のケースだ。
左奥から徐庶の母、徐庶、手前に水牛に乗つた勝平、そのやや右後方に水鏡先生、孔明、龐統、孔明と龐統との手前に孟公威、崔州平、石広元の三人が座つてゐる。

徐庶の母はいつも凛々しい。
今回は手を腰にあてて肘をやや張るやうにして立つてゐる。首もやや傾げてゐる感じか。
前回見たときは如何にも任侠の道に走るこどもの母といふ雰囲気であつたけれど、今回はさうした雰囲気はあまりないやうに思ふ。
曹操やその家臣に徐庶への手紙を書けと云はれて「そんなことできるか」と云ひ返してゐるところかな。
偽の手紙にだまされてやつてきた徐庶に対するやうな切羽つまつた感じはしなかつた。
それで曹操とその家臣たちとに強気の対応をしてゐるところなのかな、と思つた。

徐庶は手紙を手に立つてゐる。
母から自分の元に来てほしいと書いて送つたやうに見せかけた偽手紙だらう。
心なしか憂ひ顔に見えるのはそのせゐかと思ふ。
徐庶も前回母親の隣に立つてゐたときは、見るからに任侠の道の人といふやうな鯔背でどこか危険な感じのする男といつた様子で立つてゐたと記憶してゐる。
おそらくはほんのわづかな展示の違ひで、おなじ人形でもまつたく異なる雰囲気をまとつてゐるやうに見えるんだらう。

徐庶の手前には水牛に乗つた勝平がゐる。
水牛の角が立派でねえ。
人形劇で見たときは、この水牛の角がとてもリアルに見えたものだつた。
「人形劇三国志」には動物の人形もたくさん出てくる。
馬が一番多いと思ふが、番組がはじまつたばかりのころ、董卓の幔幕の中をのぞき込むラクダの人形なんてのもゐた。
このラクダの表情がなんともユーモラスで可愛くて、つひラクダばかり見てしまつたりもする。
別段その後出てくるわけでもないのだが、忘れられないラクダなのだつた。
ロバとか虎とかもゐたね。
ロバや虎は脚本に書いてあつたんだらうけど、ラクダはどうだつたのかなあ。

勝平は水牛に乗つてはゐるものの、のちのイメージよりはおとなしげな感じがする。
この時点ではちよつと生意気な感じのこどもといふだけだからかもしれない。
まさかこの子が後に関平にならうとはねえ。
このケース、徐庶の母以外は水鏡先生とその門下生なんだよね。
え、水牛? 水牛も門下生かもしれないよ。

水鏡先生は、お召しものがいつもすてきだ。
前回の展示のときも書いたやうに思ふ。
柳の葉のやうな模様を織りだした生地で、色はおそらく銀色。柳の葉模様が光の加減で黒くも見え、白つぽくも見える。
実は玄徳よりも若いのださうだが、水鏡先生といつたらやはり好々爺といつた印象だ。
飯田で見る水鏡先生は、しかし、どことなく厳しい感じもする。見る角度によつて違ふやうに思ふ。
やさしげでもあり、おだやかでもあり、いかめしい感じもする。
これまた見る角度によつて先代の中村又五郎を思はせるやうなところもある。
比較的リアルな趣のカシラなので、ひよつとするとモデルがゐたりするのかもしれない。

孔明と龐統とは、やや高いところに立つてゐる。
孔明は、「三顧の礼」のケースにもゐたけれど、「臥龍出蘆」のケースにゐるのがいつもの孔明だ。
いつもの孔明、といふか、人形劇に出てゐた方の孔明。
いちいち書かなくても一目瞭然ではある。
美術館の方のお話だと、孔明はいつもは隅の方にゐることはないといふことだつた。
云はれてみればそのとほりかもしれない。
衣装は出蘆後のものなのだけれども、まだ出蘆前かな、といふ気もする。

といふのは、龐統が野の遺賢めいた雰囲気を漂はせてゐるからかもしれない。
猫じやらしと一緒の龐統は久しぶりかなあ。
猫じやらしがあると、どことなく野にゐる人といふ感じがしてしまふ。偏見ともいふ。
孔明と龐統と、水鏡門下にゐた時期が重なるのかどうかは知らないが、そんなに重なつてはゐないんぢやないかといふ気がする。
互ひに相手を知つてはゐたらうけど。
なぜさう思ふのか、といふと、うーん、「世説新語」とかに出てくる逸話の感じから、としか云へない。
それに、親しかつたら陳寿がさう書くだらうと思ふんだよね。
今回ふたりで並んで立つてゐるけど、どういふ場面なのかちよつと考へてしまふ。
孔明のところで「出蘆前なんぢやないか」と書いておいてなんだけど、出仕後にふたりで過ぎし日に思ひを馳せてゐるところ、といふ風にも見える。

孔明と龐統との手前では、孟公威・崔州平・石広元が酒宴の真つ最中だ。
孔明と龐統とも加はればいいのにー。
前回この三人が酒宴をしてゐた展示のときもさう思つた。
前回の展示のときは、三人ともだいぶできあがつてゐる感じで、孟公威がなにかしら崔州平に鋭いつつこみを入れたところ、崔州平が「そんなこと云つたつてよー」とぶう垂れてゐて、石広元は酔ひがまわつてなにを見てもをかしく感じる状態、といつた様子だつたかなあ。
今回は、まだ飲み始めたばかりなんぢやないかな。
三人とも比較的穏やかな感じだし、卓子の上の皿には酒の肴がまだだいぶ残つてゐるし。
それに杯の酒もなみなみとした様子に見える。
この杯の中の酒や酒の肴の青菜(青梗菜かなあ)や焼き魚が実にリアルだ。今回の展示用に工夫したり作つたりしたものだと美術館の方からうかがつた。
酒の白濁したやうすなんかすばらしいし、野菜も焼き魚もそのまま食べられるんぢやないかといふ気がする。
三人の前には取り皿があつて、箸がおかれてゐたりするのだが、きちんと並べて置くもの、箸の転がるままに置くものと、人によつて置き方が違ふのも楽しい。
今回の展示では、石広元がなにか喋つてゐるのかな。
それを孟公威はわりときちんとした様子で聞いてゐて、崔州平はちよつと酒か肴かが気になる様子、といつたところだらうか。
前回もさうだつたけれど、今回もこの三人を見てゐると無性に一杯やりたくなつてきてしまふのだつた。

以下、つづく。

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