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Wednesday, 01 June 2016

外国人のための文楽鑑賞教室

5月23日、国立小劇場で「外国人のための文楽鑑賞教室」を見て来た。
第一部は「DISCOVER BUNRAKU」と銘打つて文楽の紹介、第二部は「曾根崎心中」だつた。
第一部がとてもおもしろかつた。
「なんだかわかんないけど、これからものすごくおもしろいものが見られるんだ」
休憩時間のあひだ、ワクワクした気持ちで第二部開幕を待つてゐた。
「曾根崎心中」、苦手なんだけどね。

これまでも文楽鑑賞教室や歌舞伎鑑賞教室に行つたことはある。
いづれも第一部は「文楽とは」「歌舞伎とは」といふ解説で、第二部で実際の演目を見せるといふ形式だつた。
文楽では太夫・三味線・人形遣ひが、歌舞伎では役者が出てきて実演しながら解説してくれる。
しかし、いまだかつて「これからなんだかものすごくおもしろいものを見ることができるんだ」といふワクワクとした気持ちを抱いて第二部を待つたことはなかつた。
すでに文楽や歌舞伎に親しんでゐたからだらうか。
さうではないと思ふ。

これまでの鑑賞教室に足りなかつたのは、解説担当自身の自己紹介だ。
名前と担当だけでは不足なのだ。
何歳のときからはじめて、何年間従事してゐて、そして自分は文楽の・歌舞伎のこれこれかういふところが大好きなんです。
さういふ一言があるだけで、全然違つてくるんぢやないかなあ。
できれば解説の最中に「すばらしいでせう?」といふ雰囲気がほしいけれど、そこはクールでも実際に見聞きさせてくれるものがすばらしいんだからなんとかなる気もする。

おそらく、「DISCOVER BUNRAKU」はプレゼンテーションとしてすぐれてゐた。
プレゼンテーションの三つの要素として、ロゴス・パトス・エトスといふものがある。
アリストテレスが説得力の要素としてあげたのがこの三つなのださうだ。
ロゴスとは論理、パトスとは情熱または感情移入、そしてエトスとは人格とか人としての信頼性などと訳される。
従来の鑑賞教室は、ロゴスについては申し分ない。
回を重ねてゐるからだらう、内容も練られてゐる。新たな試みを取り入れても解説の訴へたいことがゆらぐことはない。

でも、パトス、エトスはどうだらう。

パトスは、解説担当にもよるかな。
いままで見た鑑賞教室では、解説する太夫・三味線・人形ひ・役者、いづれもみなクールだつた。
ゆゑにロゴスのよさが前面に出てゐたともいへる。
また、実際に文楽や歌舞伎のプロフェッショナルとして、自分の仕事を冷静に語るといふのは正しい姿であるとも思へる。
自分の仕事について「これね、すっごいんですよ。ちよつとほかにないですよ」とか「いいでせう? 素晴らしいでせう」と語る人つて、ちよつとどーよつて感じがするもんね。
やつがれだけかもしれないが。

「DISCOVER BUNRAKU」はこの「文楽つてすごいでせう? すごいんですよ、すばらしいんですよ」といふパトスを感じた。それはもう、大変に熱い思ひを受け取つた。
だから第二部をワクワクとした気持ちで待てたわけだ。
解説担当としてダニエル・カールといふ文楽の世界の外部にゐる人を呼んで来たのが功を奏したのではないかと思ふ。
外部の人間だから、「すごいでせう? すばらしいでせう? 最高なんですよ」とためらふことなく訴へられる。
さういふ効果があつた。

「だけど、外部の人間の云ふことでせう。信用できるの?」といふのがエトスの問題だ。
不勉強にして知らなかつたが、ダニエル・カールは若い頃六ヶ月ほど日本北部(northen part of Japan といつてゐたやうに思ふ)に留学してゐたときに佐渡島で文弥人形に出会つてすばらしいと思ひ、遣ひ方などを教はつたのださうだ。
その後、大阪に行つて実際に文楽を見る機会があつた。これがまたすばらしくてね、と。
#Webで見られる記事には先に文楽に出会つたやうに受け取れるものもある。
#この時は文弥人形に出会つたのが先といふやうな話し方だつた。

ダニエル・カールは、解説の冒頭でこの自己紹介をしてゐる。
プレゼンテーションの定式にしたがつてゐたわけだ。
まづは観客に対する感謝の挨拶、今日これからなにをするのかといふかんたんな説明と自己紹介。
エトスを感じさせるには、自己紹介が重要になつてくる。
ダニエル・カールの自己紹介からは、まつたく文楽のことを知らないわけぢやないのねといふ信頼感を得ることができた。
その後の解説や太夫・三味線・人形遣ひのデモンストレーションは、そのダニエル・カールと一緒に「うわ、すごい」「すばらしい」と驚きながら見ることになつた。
すでに見聞きしたことのあるものばかりだといふのに。

エトスがあれば、解説担当を信頼する気持ちが観客に生じれば、太夫・三味線・人形遣ひ・役者といつた文楽・歌舞伎のプロフェッショナルであつても、「すばらしいでせう?」と熱く訴へることも可能になるんぢやないかな。
信頼といふとチト大げさか。
観客が解説担当に親しみを感じれば、と云ひ替へやう。
親しさを得るには、ほんのちよつとだけ自己紹介を工夫するといいと思ふんだがなあ。

ダニエル・カールの説明に不足がなかつたわけではない。
人形遣ひについては、目に見えるものだけにとてもよかつた。
でもことばで説明しなければならない語りや、とくに三味線の説明(通訳)にはちよつと首を傾げる部分もあつた。
しかしそれは回を重ねれば解消されるものだ。

第二部の「曾根崎心中」は、始終昂揚した気分で見ることができた。
そんなに好きな演目ではないにも関はらず、だ。

今後もこのときの「なんだかとつてもおもしろいものが見られるんだ」といふワクワク感を抱きつつ文楽を見ることにしやう。

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