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Thursday, 30 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 江東と荊州 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は「江東と荊州」のケースのについて。

「江東と荊州」のケースはメインケースの奥にある。
ケースの左半分が江東、右半分が荊州になつてゐる。
ケースの左側には左から後列高いところに孫権、孫堅、孫策、前列低いところに甘寧、太史慈、程普がゐる。
ケースの右側には左から後列高いところに蔡夫人、劉琮、劉表、前列低いところに蔡瑁、劉琦がゐる。

江東の、孫権・孫堅・孫策が揃つて並んでゐるのを見るのははじめてだと思ふ。
おそらく新宿高野のギャラリーのときも三人並んではゐなかつたんぢやないかなあ。記憶にないけど。
「三人一緒にゐる!」といふだけで感動するが、並べて見ると並べないわけもわかる。
どう見ても孫権よりも孫策の方が若いからだ。
登場するときの年齢がさうなのだから仕方がないし、孫権は玄徳や曹操と覇を争ふ人なのでそれなりに貫禄がないと不釣り合ひになる。
そんな細かいことは考へずに、すなほに「三人一緒にゐる!」とじーんとしたい。

椅子に座つた孫堅をはさんで、左に孫権が、右に孫策が立つてゐる。
孫権は、やや上体を孫堅の方に倒すやうにして立つてゐる。どうやらこの場でなにやら話をしてゐるのは孫権なのらしい。
孫堅はやや左側を向いてゐる。孫権の云ふことに耳を傾けてゐるといつたやうすだ。
孫策は孫権の方を向いてきりつとしたやうすで直立してゐる。
こんなことが実際にあつたのかなあ。
人形劇では出てこなかつたし、あつたとしても孫権はもつと幼かつたらうとは思ふのだが、「かくこそありしか」といふ様は見てゐてとてもおもしろい。

孫策といへば、飯田でも渋谷でもギャラリーノートに「孫策を是非見たい」と書いてゐる人がゐた。
#渋谷のギャラリーノートは今はなくなつてしまつたが。
見に来てるかなー。見に来てるといいなあ。

手前にゐる甘寧、太史慈、程普は、主親子の話を聞いてゐるところなのだらうか。
甘寧は左側にゐて、太史慈と程普とは右側にゐる。
甘寧は真面目に話を聞いてゐる、といつたところか。
太史慈はその表情から「若(と孫権をさして云ふかどうかはともかくとして)もあれでよく云ふわい」といつたその場を楽しんでゐるやうに見える。
そんな太史慈を「えらさうなことを云ふんぢやない」と諭す程普。といつた感じかな。

早いうちから登場してゐた程普はともかく、人形劇では甘寧はあまり活躍してゐないやうに感じるし、太史慈は登場してゐなかつたと思ふ(間違つてゐるかもしれない)ので、かうして見られるのはうれしい。

甘寧は色白で「海賊なのに?」とも思ふがあごの張り具合は意志が固さうでいいし、太史慈は目と口元それに髭に特徴があつて愉快な人なんぢやないかといふ気がする。こんなに特徴のある人だつたら出てきたらわからないはずがないと思ふので、人形劇には登場しなかつたんぢやないかなー。
程普はどこか魚類を思はせるやうな顔をしてゐる。目、かな。顔立ちのはつきりしたところは南方の人のやうでもある。

すこし離れて見ると、江東の結束のかたいやうすが見られるやうに思ふ。
その結束を維持するのにどれほどの苦労があつたか、と考へるのもまた一興。

以下、つづく。

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Wednesday, 29 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 玄徳の周辺 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は「漢末の群像と玄徳の周辺」のケースのうち「玄徳の周辺」について。

前回も書いたとほり、「玄徳の周辺」には後列高いところに右から赤子の阿斗を抱いた玄徳の母、淑玲、美芳がゐる。前列低いところに右から馬超、孫乾、張飛、黄忠、趙雲がゐる。左端に関羽が立つてゐる。
「玄徳の周辺」といひながら、玄徳がゐない。「周辺」だからそれでもをかしくない。
これまで見たことのある展示では必ず玄徳がゐたけれども。
出てゐないといへば、今回の展示には人形劇に出てゐた玄徳がゐない。
これももしかしたらめづらしいんぢやないか知らん。
「人形劇三国志」の主役だもんね、玄徳は。
「三顧の礼」のケースにゐるのは、「三顧の礼」のときに書いたとほり、川本喜八郎から小川英に贈られた玄徳といふ話だ。

「玄徳の周辺」がテーマのケースは大抵ほかに比べて多様になる。
武将に加へて玄徳の母や淑玲、美芳、ときに幼子の阿斗や玲々がゐることがあるからだらう。
今回の展示では、戦には直接関はらない玄徳の母たちは後列高いところにゐる。

玄徳の母は座して孫の阿斗を抱いてゐる。
淑玲はその横に立つて義母と我が子とを見、その脇にゐる美芳はのぞき込むやうにして玄徳の母と阿斗とを見てゐる。
戦とも権力争ひとも無縁な一幕といつた感じだ。

玄徳の母は人形劇では芯のしつかりした老婆で、正論の人、といふ印象がある。
でも飯田で会ふときは、温厚な人だ。いつもさう思ふ。
今回の展示でも、腕に阿斗を抱いて淑玲と美芳とを見上げる表情が穏やかだ。
好々爺といふことばがあるが、玄徳の母はさしづめ「好々婆」といつたところだらう。

見下ろす淑玲の表情もまたやはらかい。
人形劇では淑玲からはときに野暮つたい娘さんといふ印象を受けることもあつた。
なんだらう。写し方とかなのかな。
淑玲にはさういふ一面もあるといふことなのかもしれない。
飯田で見ると淑玲は可愛いと思ふことが多い。
武将たちの中にゐると小柄だし、ヒロインだから可憐に作られてゐるんだらう。
今回はかわいさに加へて母の表情もちよつとあるやうに思ふ。

美芳はいつ見ても表情豊かだ。
別段動くわけぢやないし喋るわけでもないんだけれど、なんとなく声が聞こえるやうな気がする。
「どれどれ」とか「あらあら」とか「ほんと、ぐつすり眠つてるわ」とか。
ほんとに喋つてるのかも。

手前に並んだ武将の人々は、戦の合間の平和なひとときを過ごしてゐるやうに見受けられる。

阿斗が赤ちやんなのに馬超がゐるのか、といふつつこみは野暮なので、ここではしない。
テーマは違ふけれど、馬騰と馬超とがおなじケースにゐるのを見るのは、飯田に行くやうになつてはじめてのやうに思ふ。
馬超、なあ。
なんとなく蚊帳の外のやうに見えてしまふのは、やつがれの偏見なのだらうなあ。
今回の展示では、張飛がなにやら持論を展開してゐて、それをほかの人々が聞いてゐる、といつたやうすのやうに見える。
馬超は右端にゐて、ちよつと部外者のやうな趣があるんだよなあ。
もしかすると、おそらくは酔つてゐる張飛を見るのがはじめてで、「こんな風になるのかー」と思つてゐるのかもしれない。
あるいは、張飛が真面目になにやら話をしてゐるので、「この男にもこんな一面があつたのか」と思つてゐるといふこともありうる。
馬超にはなぜか「あまり周囲にとけ込んでゐない」感を抱いてしまふんだよなあ。
人形劇ではいつのまにか死んでゐて、気づかぬうちに fade out してゐたといふ印象があるからだらう。

孫乾は、張飛の方にかがみこむやうにして、「ねー、もうやめませうよ」などとなだめてゐるやうに見える。
んー、でも黄忠が真剣な面もちで張飛の方を見てゐることを考へると、張飛はそんなに荒ぶつてゐるわけではないのだらう。
さうすると孫乾はなにを心配してゐるのか。
飲み過ぎか。
飲み過ぎだな。
張飛が酔つた挙げ句、いつもと違ふやうすを見せてゐるので気がかりなんだらう。

張飛は五人の真ん中にゐて、どつかと座してゐる。
両腕を広げてなにごとか意見を開陳してゐるやうすだ。
身振りは大きいけれど、真面目な話をしてゐるやうに思はれる。
それは黄忠が傾聴してゐるやうに見えるからといふのもあるけれど、張飛にもどこか醒めた印象があるからだ。
でも絶対一杯やつてゐると思ふ。
「三顧の礼」でファイティングポーズをとつてゐる張飛と見比べるのもまた一興だ。

黄忠は座して張飛に相対してゐる。
張飛の話を真剣に聞かうといふ構へに見える。
ゆゑに張飛もなにごとか聞くに足る話をしてゐるやうに見えるといふ寸法だ。
黄忠、人形劇では荒ぶる老将だけど、飯田で見るときはどこかダンディだからなー。

趙雲は左端に立つてゐる。
位置は馬超と対称なのだが、趙雲は話の話に加はつてゐるやうに見えるんだよなー。
これはもう完全に先入観のゆゑだらう。
人形劇の趙雲は永遠の爽やか好青年だけど、正面から見るとかなりきかん気が強さうといふ印象がある。
今回はややななめから見ることになるせゐか、きつい表情を見ることはない。

左端のちよつと別世界のやうなところに立つてゐる関羽は、右を向いてゐる。
おそらく視線の先には曹操がゐる。
曹操は、関羽の方に身を乗り出すやうにして立つてゐるけれど、関羽は直立してゐる。
曹操からの誘ひを受け入れるでもなく、かといつてはねつけるでもない。
自分には自分の守るべき筋行くべき道がある。
それが曹操の道と交はらないといふだけのことだ。
そんな感じだらうか。

以下、つづく。

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Tuesday, 28 June 2016

困つたときの Finger Tatting

タティングレースのネクタイも再開した。

Tatted Necktie inProgress

写真のモチーフは、あと花のモチーフを二つつないで菱形にする。おなじ菱形をもう一つ作る。そして菱形と菱形とのあひだに長いエジングのやうなものを作る。
それでネクタイの完成だ。
本の写真では菱形の形はそれぞれ異なつてゐるのでどうしやうか考へてゐるところではある。
おなじにしちやふかもなー。

四段目に二つモチーフをつなぐうちの一つめは、最後糸が足りなくなるといふ事態に陥つた。
あとリングが一つとアーチがひとつでできあがるのに、タティングシャトルを動かすには糸が短すぎる。
Aerlitを使つてゐるのでボビンをはづしてボビンだけで結んでみやうとしたが、これまた糸が足りない。
だが、糸の長さだけ見たらリングとアーチと一つづつ、なんとか作れさうである。

糸を接がうか接ぐまいか。
あとくり返し一つといふところで糸を接ぐと、最後といふか最初の糸端の始末のすぐそばでまた糸端の始末が発生する。
これは甚だうつくしくないし、できるだけ避けたい。
かといつて糸の長さが足りないのでは仕方がない。

どうしたものか。

困つたときの finger tatting。
これだな。

すなはちボビンから糸をはづして、道具なしにリングとアーチとを作ることにした。
シャトルを使つてゐたときと手加減が変はつてきてしまふのは痛いが、糸端の始末がつづくよりはましだ。
少なくともやつがれはさう思ふ。

シャトルがないとはかどらないけれど、それも仕方がない。
リングを作つてゐる途中で「あー、やつぱり足りないかも」と絶望の淵を垣間見た。
「でもここを乗り越えればあとは芯糸になるだけだ。絶対足りる」と我と糸とを信じて淵を乗り越えた。
的盧で檀渓を飛び越えた玄徳みたやうな心持ちだ(違。

いいね、finger tatting。
シャトルがなくてもなんとかなる。
世の中には洗濯ばさみでタティングする人もゐるくらゐだ。
道具なんかなくてもなんとかなる。

その一方で、finger tatting をするとシャトルのありがたみがよくわかる。
ありがたう。
誰だかわからないけど、タティングシャトルを発明してくれた人。あるいは人々。
そしてそれを伝へてくれた人々。
ありがたう。

それにしてもシャトルを用ゐるタティングはつねに糸の長さとの戦ひなのだなあ。
シャトルにどのくらゐの長さの糸を巻くか。
きちんと長さを求めて巻くか、あるいは行きあたりばつたり偶然にまかせるか。
以前はゲージのやうなものを作つて糸の長さを測定したものだつたけれど、最近はすつかり行きあたりばつたりになつてしまつた。
今回は20番の糸を使つてゐることもあつて、40番や70番よりも糸の消費が激しい。
ちやんと長さを計算すべきなのかもしれないなあ。

多分しないけど。

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Monday, 27 June 2016

斜行する編み地

ピマデニムのポーチToBe

編めぬ編めぬは編みが足らぬ。
といふわけで、この日曜日はちよつと編んでみた。

パピーのピマデニムを6/0かぎ針で編んでゐる。
ポシェットになる予定だ。
模様は「すてきにハンドメイド」で見かけた編み方だ。
数段編み進んで、斜行する模様だといふことがわかつてきた。
もしかしたら平たく編んで脇を閉じる編み方なのかも。
「すてきにハンドメイド」のテキストは購入してゐない。したがつて確認することはできない。
斜行は斜行でいいことにするつもりだ。
試し編みでもあることだし。

この模様では、こま編みと長編みとを交互に一目づつ編み、次の段では前の段でこま編みのところに長編みを、こま編みのところに長編みを編む。
二段二目の模様とでもいはうか。
二段編むと辻褄があふことになるけれど、編み地自体はテクスチュアつぽい感じになる。触るとぽこぽこした感触もある。

なかなか編み進まない理由は、糸が絡んでしまつたときとおなじだ。
ピマデニムは糸同士が絡まりやすい。
そしてするりとはほどけない。
二色使つて編んでゐると、意図せずして糸同士が絡まりあふ。
それを解消しながら編んでゐるのでどうしても時間がかかつてしまふのだ。
これは一色だけで編んでゐても発生する。
指に掛けた糸が玉から出てゐる糸と絡まることがあるからだ。
さういふ糸と思つて編むしかない。

とはいへ、ピマデニムはいい糸でもある。
編み地を触るとさらさらとしてゐて気持ちがいい。
ポシェットのやうなものを編むよりは、なにか身につけるものを編んだ方がいいのかもしれない。
夏用のスカーフなんかいいんぢやないかな。
まだあまつてゐる糸があるので、編んでみやうかなと思つてゐる。
このポシェット(もどき)ができたら、だけれども。

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Friday, 24 June 2016

知盛考

平知盛といへば「見るべきほどのことをば見つ」だ。
川原泉の「月夜のダンス」の影響もある。

栄耀栄華とその後の没落を身をもつて知つてゐるといふこともあるし、戦で息子を失つてゐるといふのも大きい。
知盛の一子・知章は、知盛を救ふために敵軍の攻撃をふせぎ、そのために命を落としてゐる。
斎藤実盛の言「子討たれぬればその愁へ嘆きとて寄せ候はず」が正しいとするならば、知盛の心中は如何ばかりか。
知章を死なせて、知盛は死に場所を探してゐたのぢやあるまいか。
現代の人間の考へることかもしれないけれど、そんな気がしてゐる。
その場で死ぬわけにはいかなかつた。
まだ源氏との戦はつづいてゐたからだ。
壇ノ浦で宗盛が生き延びたのは息子のためだといふ。
ならば知盛が死んだのもやはり息子のためであらう。

そんなわけで、「船弁慶」だとか「義経千本桜」に知盛が出てくるのがどうにも納得いかない。
知盛はみづから決断して死んだのだ。
その魂魄が迷ふことがあるわけがない。
それに、源義経の好敵手といつたら知盛よりは平教経なんぢやないの?

「船弁慶」は、しかし、わからないでもない。
あれは、知盛が出てきたのではないのだ。
義経とその一行とが知盛の幽霊を見たのである。
知盛からすすんで幽霊となつて現れたわけではない。
「船弁慶」が成立したころ世の中でどういふ風に源平のことが語られてゐたのか、不明にして知らないのでここから先はやつがれの勝手な推測だ。

教経は祟らないタイプだと思はれてゐたんぢやあるまいか。
あるいは、教経だと義経とバランスが取れないと思はれたのかもしれない。
教経は平教盛の次男だ。教盛は清盛の弟で、すなはち教経は清盛の甥にあたる。
一方知盛は清盛の息子だ。母は二位の尼。
義経は義朝の息子である。
バランスが取れるでせう。

清盛の息子でいふと、長男は重盛だが、重盛は父太郎ではあつても母太郎ではない。重盛の母は二位の尼ではない。それに重盛は平家が都を落ちる前に死んでゐる。
母太郎は宗盛だが、生きながらへてとらへられ、生きてゐるうちからさんざんさらしものにされて殺されてゐる。
ん、なんだかこの方がよほど化けて出さうぢやないか。
でも化けて出てきたとしても、宗盛では怖くはない。
あまり武人といふ感じがしないしね。

そこで知盛。
さういふ流れなんぢやないか。

「義経千本桜」の「大物浦」で渡海屋銀平が実ハ平知盛なのは、巷間伝へられてゐる伝説などもあつたらうが、「船弁慶」があつたからだらう。
だから見顕しのときに「船弁慶」の一節が流れる。
「桓武天皇九代の後胤平知盛幽霊なりー」つてアレね。
これが教経の霊だとすると、九代のところを十代とかに変へねばならず、ちよつと座りが悪くなる。

「船弁慶」があつたからできたにせよ、「義経千本桜」の知盛はみづからの意思で生きながらへてゐる。
ここが納得のいかない点だ。
「船弁慶」の知盛は超常現象だ。
ゆゑに見る側がさう見たといふ解釈もできる。
「義経千本桜」はさうはいかない。
だが待てよ。
「大物浦」から「碇知盛」までの一連の流れは、実は義経とその一行が見た夢まぼろしだつた、といふことは考へられないだらうか。
…………考へられないか。

平知盛は、壇ノ浦でみづから死を選んだ。
それは、ほんたうにもう見るべきほどのことを見てしまつたからだ。
都での栄耀栄華。
その後の没落。
敵の死と勝利。
家族や親しい者たちの死と敗北。
中でも知盛を助けるために死んで行つた息子。
もうこれ以上見るべきほどのことはない。
そんな人が、はたして生き延びて復讐を誓はうとするだらうか。
知章を殺されたと考へたならその復讐を誓ふかもしれない。
でもおそらく知盛は知章は自分のせゐで死んだと思つてゐる。

ないな。
祟らないよ、知盛は。

かくして、「義経千本桜」の知盛には「それでも生き延びて復讐を誓ふわけ」を求めてしまふ。
「わけ」といふと大げさか。
こちらを納得させてくれるなにか。
それは雰囲気でいい。
どうしても生き延びて復讐しなければならないなにかをこちらに訴へかけてくれさへすればそれでいい。
さうした空気をまとつてゐない知盛は、なんだかなー、なのである。

そんなわけで、「義経千本桜」で一番好きなのは知盛の物語なのだつた。

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Thursday, 23 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 漢末の群像 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は展示室を入つてすぐ向かつて左手の「漢末の群像と玄徳の周辺」のケースについて。

このケースはメインケースの向かひにある。
「影の内閣」にならつて個人的に「影のメインケース」と呼ぶこともあるし、「曹操のケース」と呼ぶこともある。
曹操が影の内閣といふわけではない。
このケースに曹操がゐることが多いからだ。

「漢末の群像と玄徳の周辺」といふテーマなので、展示されてゐる人形も多く、ヴァラエティに富んでゐる。
向かつて右側から曹操、一列目に袁術、袁紹、陶謙、二列目に董卓、馬騰、ここまでが「漢末の群像」だ。
その左の一列目に馬超、孫乾、張飛、黄忠、趙雲、二列目に赤子の阿斗を抱いた玄徳の母、淑玲、美芳、一番左に関羽、以上が「玄徳の周辺」である。

このケースは右端と左端とが別空間のやうになつてゐる。ちやうどお寺の山門の右側に阿の、左側に吽の仁王様がゐるやうな感じとでもいはうか。
今回、「阿」には曹操、「吽」には関羽がゐる。

曹操は、左を向いて立つてゐる。
こちら側に背中を向けるやうにして半身な感じ、とでもいはうか。
その視線の先にあるのは、袁術の手にしてゐる玉璽だらうか。
最初のうちはさう思つてゐた。
それが、関羽のあたりまで移動してふと振り返つてみたらどうだらう。
なんだか視線を感じるではないか。
ケースのガラスに寄り添ふやうにして右手を見ると、見てゐる。
曹操がこちらを見てゐる。
うわー、曹操、関羽を見てゐるんだ。
それも、関羽の側から見ると曹操はこちらに身を乗り出すやうにしてゐるのがわかる。
そうかー、曹操、関羽を見てゐるのかー。
あひだに15人もゐて、端と端とにゐるにも関はらず。
さう思つてあらためて曹操の近くに戻つて見ると、これがなんともいい表情をしてゐる。

また、今回曹操は背中がよく見えるやうに立つてゐる。衣装の背中側を見られる貴重な展示だといふことを美術館の方に教はつた。
人形劇でも背中は出てくるはずだけれども、意識したことはなかつたなー。
背中もさうだけれども、横顔も案外人形劇では見過ごしがちだつたりする。
やつがれだけか。

曹操の左隣にゐる袁術は、玉璽を掲げて見上げてゐる。
どの人形もその顔は左右非対称に作られてゐるとのことだが、袁術はことに左右非対称で、ゆゑになんとなく訝しげなやうすに見える。
「ほんとに玉璽か?」
「ほんとのほんとか?」
みたやうな感じ。

その隣に立つ袁紹は、袁術が玉璽を手に入れたことを知つてゐるやら知らぬやら。
知つてゐる、かな。
あるいはもう袁術が死んでしまつたことを知つてゐのかもしれない。
今回、新しく作り直したくつを履いてゐる人形がゐることを美術館の方から教はつた。
蔡瑁がさうなのだと教へてくだすつたが、ほかにも何人かゐるのだとか。
袁紹もそのうちのひとりなんぢやないかと睨んでゐる。

袁紹の隣には陶謙が立つてゐる。
陶謙、なあ。
展示を見るたびに書いてゐて恐縮だが、人形劇ではあんなにいい人全開だつた陶謙が、飯田の展示で見るときはなぜどこか食へない老人のやうに見えるのだらうか。
人形劇だと陶謙には跡継ぎとなるこどもや孫がをらず、それもあつて玄徳に徐州を譲る、といふ話になる。
考へてみたら、跡を継ぐべきこどものゐない徐州をとるのもイヤな玄徳が荊州をとるわけがないのだなあ。

袁術・袁紹・陶謙の背後高いところに董卓と馬騰とがゐる。

董卓は正面を向いて胸を張つて立つてゐる。
これ以上はそらせないくらゐ上体をそらせてゐて、睥睨するとはかういふ状態をいふのだらうなあといつたやうすで下の方をねめつけてゐる。
董卓らしい。

馬騰はその左やや後方に立つてゐる。
と書いて、後方と思つたのはもしかしたら気のせゐかもしれない、とも思ふ。
董卓の印象があまりにも強いので、なんとなく馬騰の印象が薄れてゐるだけなのかもしれない。
馬騰は「風の子ケーン」のお父さんとよくにてゐる。
お父さんはシュマロといふ名前だつたかな。
今回シュマロはホワイエに飾られてゐるので、見比べることができる。

ここまでみな戦支度の装ひ。

以下、つづく。

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Wednesday, 22 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 三顧の礼 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は展示室を入つてすぐ向かつて左手の「三顧の礼」のケースについて。

展示室のメインケースが「三顧の礼」のケースになつてゐる。
その時々の展示の主要なテーマが割り当てられるケースだと思つてゐる。
大きなケースでもあるので、毎回大勢の人が展示されてゐる。
前回は「玄徳の周辺」といふテーマで13人と馬3頭が飾られてゐた。

それが今回は5人と馬3頭だ。
向かつて左から張飛の馬、赤兎、白竜、関羽、張飛、玄徳、諸葛均、諸葛亮の順である。

今回の「三顧の礼」はスカスカな感じがするのかといふと、そんなことはまつたくない。
ちよつとはなれた位置から見るとまさに一幅の絵といつた趣だ。

「宮中の抗争」のケースから「三顧の礼」のケースにうつると、まづケース左端奥にある笹が目に入つてくる。ケースの壁三分の一を覆ふくらゐはあつたらうか。
その前に馬が3頭並んでゐる。
竹林の奥にわけ入つて、礼儀正しくすこし離れた場所で馬を下りた。
そんな場面だ。
笹(丈の高さからいつて竹といつてもいいかもしれない)のやうな大道具めいたものが飾られた展示は今回はじめて見た。
最初に見るのが笹と馬となので、見る方も孔明の草蘆にだんだん近づいていく気分になる。

次に関羽が立つてゐる。
左を向いてゐて、前に立つ張飛の帯に片手の人差し指をかるくかけてゐる。
いきりたつ張飛をとどめやうとしてゐるのだから「かるく」といふのは妙かもしれない。
でもかるくあしらつてゐるといふ感じがしたんだな。
張飛が暴走しても関羽なら大丈夫。さうも思ふ。
関羽は上着の長い裾をたくしあげてゐて、これもちよつとめづらしい感じがした。

関羽の前には張飛がゐる。
おそらく玄徳は眠つてゐる孔明を待つてゐる、とでも聞かされたのだらう。
いまにもなぐりこまんといつた風情のファイティングポーズで立つてゐる。
このファイティングポーズが実にきまつてゐる。
まことに張飛らしい。
ケース右奥から見ると、視線が孔明に向かつてゐるのも剣呑でいい。
関羽と張飛とを見てゐるだけで、なんだか楽しくなつてきてしまふ。

その先、ケース中央のやや奥に玄徳がゐる。
頭を垂れ両手を合わせてひざをつき、ただしく拝礼してゐるやうすだ。
このケースの玄徳・関羽・張飛は、人形劇に登場してゐた人形ではない。
以前展示室入口に飾られてゐたのとおなじ人形で、川本喜八郎から小川英に贈られた三人だといふ。美術館の方が教へてくだすつた。
この三人は渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーにもゐたことがあるし、おそらく水戸エクセルの開業記念企画でも飾られてゐたやうに思ふ。

この玄徳には髭がない。
衣装も赤ちやんの寝間着を思はせるやうな甘い水色のやはらかな生地でできてゐて、流浪の貴公子といつた印象を受ける。
その、ちよつと尾羽打ち枯らしたやうすの貴人が、うやうやしく礼をしてゐる。
いい風情だ。
人形劇の玄徳の持つ堅苦しい感じもある。

玄徳の右やや前方に諸葛均が立つてゐる。視線はやや下を向いてゐるものの、玄徳の方を向いてゐると思はれる。
玄徳と諸葛均とのあひだには背の低い茅の垣根がある。
門の内と外といつたところか。
こんな垣根も今回の展示ではじめて見たと思ふ。

この諸葛均が惚れ惚れするくらゐ凛々しくてねえ。
人形劇の諸葛均といふと、生意気な若者といふ印象がある。
人形劇の諸葛均は「「人形劇三国志」一クールな男」だと思つてゐる。
玄徳が皇叔であり然るべき官位もある(あつたつけか)といふことを聞いてもまつたく態度を変へない。
関羽と張飛とがどたばた暴れてゐても、恐がりもせず「あーあ、仕方ないなあ」といつたやうすでゐる。
クールだよなー。
クールなんだけど、さういふ感じだから生意気な人としか見えないこともある。
それが今回の展示では立つてはゐるものの、玄徳の再三の来訪にきちんと敬意を示してゐるやうに見える。
いやー、諸葛均、こんなにいい男だつたつけか。
その場の雰囲気もあるのかもしれないけれど、ちよつと今回の展示の諸葛均はいい。

その奥に寝床がしつらへられてゐて、孔明が眠つてゐる。
さうだよね、人形劇の孔明つてさんざん玄徳・関羽・張飛や視聴者を待たせておきながら、眠つてゐる姿で登場するんだよね。
床は黒い箱状のものを積んで作つてゐて、頭の方には薄い箱を積んでその上に柵をおいてある。頭の上に柵があるとぐつと寝床らしくなる。
孔明の上の掛け布には縁に「福」と「寿」といふ字を散らした格子模様があしらつてあつて、なんだかめでたい。
孔明の衣装は小千谷縮といふ話は前回の「三顧の礼」のときに美術館の方が教へてくだすつた。
この孔明のカシラは人形劇に出てゐたものではないといふ話は今回伺つた。
目を開けてたら人形劇に出てゐたのと違ふといふことがわかつたかなあ。
もう一人、奥の方に飾られてゐる孔明が人形劇に出てゐた方(我が軍師殿)であることはわかつたんだけどなー。

それにしても、この状況でよく眠つてゐられるものだ。
そんなに大きい草蘆ぢやないと思ふのに、来客があつて、しかも外で張飛がわめいてゐて、それを関羽が止めてゐる中で、本当に眠つてゐるのだらうか。
孔明といふとどことなく神経質な印象があるけれど、ここを見るとそんなことはなくて図太い性質の持ち主だよなー、と思ふのだつた。

以下、つづく。

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Tuesday, 21 June 2016

まちよつと覚悟はしておけ

タティングレースも進んではゐない。
進んではゐないけれど、タティングはそのうちするだらうと思つてゐる。

なぜといつて、タティングレースは進んでゐない理由があきらかだからだ。

昼休みに時間がとれなかつたから。
それがここのところタティングをしてゐなかつた理由である。

五月の連休にうまいこと睡眠不足を解消できなかつたのが響いてゐるのだらう、先月からこの方毎日異様に眠くて仕方がない。
休みの日にちやんと寝るやうにすればいいのだが、それもうまくできなかつた。
そんなわけでしばらく前から昼休みのあまつた時間には目をとじてできれば眠るやうにしてゐた。

さらに前回書いたとほり先週は客先で働いてゐて昼休みに思ふやうに時間がとれなかつた。

今週も水曜日まではちよつとイレギュラーな働き方をしてゐるか木曜日からはもとにもどるはずだ。さうしたらタティングをする余裕も出てくるだらう。
時間的にも気持ち的にも。
さう思つてゐる。

考へてみたら、あみものをしてもいいんだよな、昼休みに。
さうしたらあみものが進むやうになるだらう。
以前は編みかけのものを持ち歩いてゐた。
編みかけといつて、ポットホルダーやくつ下だつたので、荷物はそれほどかさばらない。
持ち歩かなくなつたのは、おそらく荷物が多いことに耐へられなくなつたからだ。
なんといつていいのかわからないけれど、荷物が多いことにストレスを覚えるやうになつた。
それで比較的持ち歩くものが少ないタティング用品をかばんに入れるやうになつた。
あみもののときには別にかばんが必要だつたがタティングならその必要もない。

さう考へると、やつぱり持ち歩くにはタティングなのかなあ。

ネクタイは完成させたいと思つてゐるし、多分タティングは再開するだらう。

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Monday, 20 June 2016

葛藤ふたたび

編めてません。
以上。

といふ感じで、「もうこのまま編まなくなつてしまふのではないか」といふ気持ちが「このまま編まなくなつてしまふのだらう」といふ気持ちに変はりつつある今日この頃である。

編まなくなつて困ることはなにもない。
いままで編むことに使つてきた時間があく。
その分睡眠時間に回せる。
毛糸や書籍をおいてゐた場所があく。

なんだ、いいことだらけぢやあないか。

さう思ひつつ、毛糸も書籍も捨てられない。
この先、またあみものをしたいと思はないとも限らないからだ。
そのときに一からそろへるのはむづかしい。
なにしろ物価はあがつてゐるのに収入はあがらない。むしろ下がる一途なのではないかといふ気がするくらゐだ。

単にかたづけをするのが好きではないから、つひさうやつていひわけに走つてしまふ。
よくないなー。

おそらく、手持ちの毛糸やあみもの書籍はすべてサンクコストだ。
書籍はさうでもないかな。
でも毛糸はサンクコストだ。
なぜといつて、編みたいものができたときに必ずしも手持ちの糸を使ふとはかぎらない。
むしろ、なにかを編みたいと思つたときには新たに毛糸を買ひ足す方が多い。
といふことは、後生大事にしまつてある毛糸のほとんどは、もう捨ててもいいのぢやあないか。
すくなくとも、三年以上使はずにそのままになつてゐる毛糸は捨ててもいいのでは。

さうやつて、ひとつ(あるいはひとかたまり)毛糸を捨ててみたら、案外次から次へと捨てられるのではないだらうか。
そんな気もする。
まづ第一歩を踏み出すのがむづかしいのだ。
一歩踏み出してみたら、次からはかんたんにできるやうになるのぢやあるまいか。

未使用の毛糸を捨てるのもなんなので、寄付できるところがあればそちらに送るのも手だ。
捨てるよりは心も痛むまい。

そして、あみものをする気持ちになつたらそのときに買へばいい。
理性ではわかつてゐる。
でも実際に行動に移すのは理性ではないのだつた。

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Friday, 17 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 宮中の抗争 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は展示室を入つてすぐ向かつて左手の「宮中の抗争」のケースについて。

「宮中の抗争」のケースには、向かつて左から段珪、趙忠、張譲、蹇碵、何進、何后、董大后、弘農王、陳留王がゐる。
段珪から何進までで一場面、何后と董大后とで一場面、弘農王と陳留王とで一場面といつたやうすだ。

段珪、趙忠、張譲の三人は、左側低い位置から蹇碵が何進を倒すのを見てゐるといつた趣だ。
「見てゐる」は違ふかな。
四人して何進を追ひつめ、蹇碵が何進を殺さうとしてゐるといふ場面のやうに見える。
十常侍の人々がそろふと、それぞれちやんと役割があるのが見てとれる。
段珪はちよつとお年寄りのヴェテラン宦官。
趙忠は、おそらく当初の目論見としては十常侍のリーダーとして作られたのぢやああるまいか。ひとりだけ顔が白いし、目にもガラス玉が使はれてゐる。「人形劇三国志」では蹇碵がその役割をになつてゐるけれどもね。
張譲は若手のムードメーカー。
蹇碵は海千山千の宦官の長、といつたところか。
蹇碵は剣を手にして何進に向かつてゐる。
きつい顔つきのためか、なんだか迫力がある。

何進は、もう一太刀くらつたところだらうか。浅手ではあらうけれど。
それとも、ここまで自分の思ひどほりに進んできたと思つてゐたところに、いきなり宦官からの抵抗にあつて戸惑つてゐるところなのか。
何進・何后・董大后・弘農王・陳留王の五人は前回の展示にもゐた。
前回の何進は、弘農王と陳留王とになにやら話しかけてゐる趣の何后を見上げてゐた。
その表情からは何を考へてゐるのかよくわからなかつた。
霊帝崩御の前後で、これから先のことをいろいろ考へてゐたところだつたのかな。
さうすると、今回は前回考へてゐたことが実現しやうといふところに邪魔が入り、己が命も失はれやうといふ場面にも見える。

何后は董大后を毒殺しやうとしてゐるところなのだらう。
何后は高いところに立つて、低いところで倒れてゐる董大后を見下ろしてゐる。
何后は水差しを持つてゐる。
董大后のそばにはのみものの入つてゐたらう器がころがつてゐる。
水差しの中に毒を仕込んだのみものが入つてゐて、董大后はそれを飲んだといふところだらう。
「人形劇三国志」では、董大后は徐々に毒をもられて次第に弱つていく、といふ展開だつた。
そこはチト異なるが、今回の展示のこの場面、ことに何后がすばらしい。
いままで何度か何后を見てきたけれど、こんなにいいと思つたのははじめてだ。
人形劇に出てきたときだつてこんなに注目したことはなかつた。

何后はすつくと立つてゐる。
髪の毛の盛り方がもともと上に向かつてゐることもあつて、縦に長く威厳あるやうに見える。
そしてなんともドラマティックだ。
まるで女優のやうである。
それも、二時間ドラマといふよりは、アガサ・クリスティー原作の映画に出てくる殺人事件の犯人のやうだ。
何后がこんなにいいなんてなあ。

苦しげに倒れ伏してゐる董大后からは、恨みはあまり感じなかつた。
なんとなく予感してゐたことが起こつたといふやうに見える。
人形劇でさうだつたからさう見えたのかもしれない。

ケースの右側一番高いところに、弘農王と陳留王とがゐる。
向かひあふやうに立つてゐて、そのあひだに蝶が飛んでゐる。
左側にゐる弘農王は若干腰が引けてゐるやうにも見える。蝶から逃げてゐるのだらうか。一方で、両腕を広げてゐることもあつて、自分の方に向かつてきた蝶を待ち受けてゐるやうにも見える。
陳留王は片手をあげて蝶を追つてゐる様子だ。
弘農王が蝶を待ち受けてゐるとしたら、陳留王は弘農王の方に蝶を追ひ込んでゐるのだらう。
なんだかとても仲がよささうだ。
いままで見たふたりでこんなに仲がよささうなのははじめてだな。
大人たちは抗争にふけつてゐるけれど、こども同士はなかよくやつてゐる。
このケースはそんなやうすに見受けられる。

今回の展示では蝶のやうな小道具や大道具がとても効果的に使はれてゐる。
これまでもひとつのケースがまるごと絵のやうだつた。何場面かあるケースは絵巻かな。
それが今回はより強く感じられる。

以下、つづく。

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Thursday, 16 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 黄巾党の蜂起 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は展示室を入つてすぐ向かつて左手の「黄巾党の蜂起」のケースについてだ。

「黄巾党の蜂起」のケースは二場面にわかれてゐる。
入口に近い方に張角・張宝・張梁兄弟、奥の方に盧植と盧植を捕らへにきた兵二名とがゐる。
張角・張宝・張梁と盧植とは前回の展示のときにもゐた。

張角とその弟たちとは、横に一列に並んでゐる。
張角を真ん中に右に張宝、左に張梁がゐる。
張角は座つてゐて、張宝と張梁とは立つてゐる。
真ん中の張角は演説を終へて信者といふか聴衆といふかを見下ろしてゐる感じで、張宝と張梁とはその聴衆を煽つてゐるやうに見える。
張角の左側にゐる張梁は両手を高くあげて。右手に刀の柄を、左手に刀の先を持つて掲げてゐる。
右側にゐる張宝は片手をあげてゐる。
張角の後方頭上には「蒼天已死」の旗が掲げられてゐる。

前回の展示では、張角を中心に三人とも立つてゐた。
よくバレーボールの試合の前などに選手たちが円陣を組んでするやうに手を中央に出して互ひの手の上に手を重ね、なにごとか誓ひあつてゐる様子だつた。
前回の展示は黄巾党の旗揚げ、今回の展示は黄巾党の隆盛といつた感じだらうか。
かういふのを見ると、毎回見に来ておいてよかつたなあと思ふ。

黄巾党の三兄弟の先には、まづ槍を持つた兵、盧植を取り押さへやうとする兵、そして盧植がゐる。
飯田の展示で雑兵を見るのははじめてだなあ。
最初の展示から見てゐるわけではないので、それ以前にはゐたのかもしれない。

槍を持つた兵は、槍の穂先を盧植の方に向けてゐる。
でも槍で突かうといふ感じはしない。
単に槍を横に長く出して盧植の動きを制限しやうとしてゐるやうに見える。
この兵の顔は長くて、目など顔の部品は中央にやや寄つてゐて、でも目と鼻、鼻と口など縦の間隔はやや広い。
人形劇でよく見かける顔だ。
「歴史人形スペクタクル 平家物語(以下、人形劇の「平家物語」)」にもよく似た顔立ちの名もなきモブの人形がゐたやうに思ふ。
人形劇で「名もなきモブ」つてなんだかすごいよね。
名もなきモブだけど、ちやんと人形としては存在するし、登場するんだもんね。

「人形劇三国志」と人形劇の「平家物語」とでは、登場人物のカシラのやうすがちよつと違ふ。
まつたく知らない登場人物でもカシラの顔の部分だけでなんとなくどちらに出てゐたのかわかる。
そんな気がする。
でも名もなきモブの人々の中にはどちらに出てゐてもをかしかないやうなカシラの人形もゐる。
槍の兵はそんな人形のうちの一人だ。

槍の兵は見覚えがあるんだけど、盧植に手をかけてゐる方の兵はあまり見覚えがない。
こちらはどちらかといふと顔が縦に短くて、歯がむき出しになつてゐる。
……いつ出てきたつけか。
わからない。無念。
この兵は盧植の右腕を両手で捕らへてゐる。
その割に腰が引けてゐるやうに見えるのは、盧植の迫力に気圧されてゐるのかもしれない。

盧植は、飯田で見ると「こんなに厳めしい感じだつたかなあ」と思ふ、と毎回書いてきた。
人形劇で見てゐたときは、もつと穏和な人に見えたがなあ、と。
それが今回は人形劇で見た印象に近い。
讒言にあつて捕らへられやうとしてゐるところなのだと思ふ。
雑兵から槍を突きつけられ、腕を取られてゐるのに、どこか泰然としてゐるんだよなあ。
抗ひはしない。
つれてゆくならつれてゆくがよい。
さう云つてゐるやうに見える。
それで厳格といふよりも穏やかな印象を強く受けるのだらう。

以下続く。

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Wednesday, 15 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 ギャラリー入口 2016/6

先週末、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
美術館では6月4日から新展示を公開してゐる。
展示テーマは「後漢末ー三顧の礼」で、黄巾党の三兄弟から三顧の礼に関わる人々まで、幅広い層の「人形劇三国志」の登場人物たちが展示されてゐる。
人形アニメーションの展示は「花折り」「鬼」「道成寺」「火宅」「不射の射」「李白」だ。こちらもヴァラエティに富んだ展示である。

まづ展示室に入ると、呂布と貂蝉とが出迎へてくれる。
貂蝉の背後に呂布がゐて、うしろから貂蝉を抱きしめてゐる。
呂布はやや右寄りにゐて、顔の向きもやや右寄り。貂蝉の襟元に頬をすりよせる心にも見える。
貂蝉はうつむきがちに立つてゐる。拒むでもなく受け入れるでもないやうな表情だ。
貂蝉の手にした団扇から流れる房の描く曲線も美しくてなー。
なんとなく気まづい気分になるのは、ふたりとも全然違ふことを考へてゐるやうに見えるからか。
角度によつては、呂布はひどく思ひつめたやうすに見える。
人形劇ではじめて貂蝉を見たときの呂布を思ひ出すなあ。
あのときの呂布の挙動不審なさま。
息苦しいのか暑いのか、襟元に指を入れてひろげやうとする細かいしぐさがよかつた。
目もどこを見ていいものやらといふやうにあちこちに動くんだよね。

必死な呂布と比べて貂蝉が冷ややかなやうすに見えるのは、見るこちらがさう思つて見るからといふのもあるとは思ふ。
人形劇の貂蝉は関羽のことが好きなんだものね。

向かつて左側から見ると、貂蝉はうつすらと微笑んでゐるやうにも見える。
呂布の表情もどことなく穏やかだ。
反対側から見ると貂蝉は無表情な冷たい顔をしてゐて、呂布は思ひつめ過ぎてどうかしちやつたんぢやないかといふ風情だ。

いづれ、このふたりには幸せはやつてこない。

前回展示室の入口で出迎へてくれたのは紳々竜々だつた。
ふたりともホストよろしく片膝をついて奥にむかつて腕をのばし、「どうぞどうぞ」といふやうに出迎へてくれた。
今回との落差が実におもしろい。

まづこの呂布と貂蝉とを見て、今回の展示に攻めの姿勢を感じる。
このあともいままであまり見たことのないやうな展示がつづく。

それは次回の講釈で。

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Tuesday, 14 June 2016

自我の崩壊

タティングレースは、その後もちまちまと進んではゐる。
でも今週はムリだな。
突然ピンチヒッターとして今週だけ客先で働くことになつた。
客先には先達がゐて、お昼はご一緒するやうにしてゐる。
やつがれにしてはめづらしいことだ。
それだけでも自分で自分を褒めてあげたい感じだ。

そんなわけで、昼休みにタティングをする時間が持てない。
いきほひ、タティングはしなくなる。

……このまましなくなつてしまふのだらうか。
さうなつたら Twitter の profile を書き換へねばならんなあ。
最近紡ぎもほとんどしてゐないので、そのあたりも書き換へないといかん。

しかし、だとしたらなんと書けばいいのだらうか。
思ひつかん。

アイデンティティの崩壊、か。
睡眠時間を優先にしやうと決めた時点で(ただし決めただけで実行にうつせてはゐないが)、すでに崩壊ははじまつてゐたやうに思はれる。

思ふ存分編んだり結んだり紡いだりして、楽しいと思へる日はやつてくるのだらうか。
やつてくるとしたら、いつ?

……なんだかやつてこないやうな気がしてならない。

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Monday, 13 June 2016

楽しくない

糸をほどきながら編むのに疲れてしまつて、別なものを編みはじめてしまつた。

Pochet in Progress

「素敵にハンドメイド」をぱらぱらと立ち読みして、模様編みだけ真似をしてゐる。
こま編みと長編みを交互に編み、次の段は前の段がこま編みのところに長編み、長編みのところにこま編みを編む模様だ。
パピーのピマデニムを一段ごとに色を変へて編んでゐる。
編んでゐるんだけど……
あんまり楽しくない。

二色使ひなので糸の取り回しが面倒くさいからだらうか。
いきあたりばつたりで編んでゐるので、先が見えずに不安だからか。

いや、まあ、疲れてゐるんだとは思ふ。
時々あるのだ。
編んでも編んでも進まない気がするときが。
さういふときつてなんだか編んでゐても全然楽しくない。

二日くらゐのんびりなにもしない日が必要なんだけどな。
なかなかさういふわけにもいかない。

とりあへず、早く作り上げやうとは考へないやうにして、すこしづつ編むとしやうか。

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Friday, 10 June 2016

気が重い

飯田に行つてきた。
先週博多座に行つたときもさうだつた。
自分はいまから何をしに行くのだらう。
行く意味なんてないぢやあないか。

たどりつくまで、いや、たどりついてもお目当てのものを見るまではずつとさう思ひわづらつてゐる。
見終はつてはじめて「やつぱり来てよかつた」と思ふのだつた。

結果としてよかつたのだからいいぢやあないか。
さうも思ふ。
でもどうせなら行く前からいい気分でゐたいよな。

なぜ行く前は気が重いのか。
出かけるのが好きではないから、といふのがひとつ。
芝居に関していふと、見てみなけりやいいかどうかわからないから、といふのがもうひとつ。

しかし一番問題なのは、自分のしたいことをすることに対して罪悪感を抱いてゐるから。
そんな気がしてならない。

なぜ自分のしたいことをするのに罪悪感を抱くのか。
するべきことを果たしてゐないから、といふのがひとつ。
するべきことといふのは、家の掃除とか仕事とかご近所付きあひとか、さうしたことだ。
いづれもきちんと果たしてゐない。
而るにしたいことだけはする。
これでいいのだらうか(反語)。

では、するべきことをきちんとすればいいぢやあないか。
そのとほりだ。
反論の余地はない。
しいていへば、するべきことをきちんと果たしてゐるとしたいことをする時間がなくなる、といふくらゐか。

そして、これはすべて云ひ訳にすぎない。
するべきことをきちんと果たしてゐないからしたいことをすることに対して罪悪感を覚える。
云ひ訳だ。

ほんたうは怖いだけなのだ。
自分のしたいことをすることが。

なぜ怖いのか。
自分で「これをしたい」「これをする」と決めるのが怖いのだ。
自分で決めたことだから、自分に責任がかへつてくる。
周囲になんと思はれるかわからない。
すべきことを為してゐれば少なくとも世間様には云ひ訳がたつ。
さういふことなのだらう。

なんでそんなに世間を気にしなければならないのか。
それは、常軌を逸するほどにすべきことができてゐないからだ。
と、このあたりで堂々巡りになつてしまふ。

もうひとつ、したいことをするのを妨げてゐるものがある。
「自分の好きなことなんてくだらない」
「好きなことにかまけるなんていけないことだ」
さう思つてしまふからだ。

なぜ自分の好きなことはくだらないのか。
さて、なあ。
おそらくこどものころからさう云はれてゐたからだらうなあ。

親にとつて、やつがれの好きなものはいつでもくだらなかつた。
親の喜ぶやうなものごとを好きになれなかつた。
親と暮らしてゐたころ「どこに行くの」と訊かれて「芝居に行く」と答へられなかつたことがある。
「またそんなくだらないものに行つて」と云はれるにきまつてゐるからだ。

自分の好きなことはくだらない。
さうしたことに夢中になるのはバカげたことだ。

長いことさう思つてきたし、いまでもうつかりするとさう思つてゐることがある。

自分の好きなことを貶めたり夢中になることを禁じたりしてゐると、他人に対してもおなじやうな気持を抱いてしまることになる。
他人の好きなことをくだらないと思つたりバカげてゐると決めつけたりしてしまふ。

そのことに気付いてから、自分の好きなものごとやさうしたものごとを好きな自分を「つまらない」とか「くだらない」とか思はないやうにしてきた。
少なくとも思はないやうにしやうと努めてはゐる。
しかし長年染みついた習ひ性は思ひのほかしぶといのである。

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Thursday, 09 June 2016

コンヴァータを買ひに(カートリッジではなく)

「コンヴァータをください」と云つたのに、「カートリッジ」を提示される。
そんな経験はないだらうか。

地元でコンヴァータを買ふ場合は、最寄り駅にある有隣堂で求めてゐる。
有隣堂は書籍も文具もとりあつかつてゐるといふ、やつがれにとつては大変ありがたい存在だ。

そんな有隣堂の支店が近くにある。
この店では万年筆のコンヴァータを買ふときはレジに直接行つて店員に頼む仕様になつてゐる。
幾年にもわたり何度かこの店でコンヴァータを所望してゐるのだが、必ずといつていいほどお店の人が持つてきてくれるのはカートリッジだ。

なぜなのだらう。
もしかしたら「万年筆のコンヴァータをください」と云ふつもりで「万年筆のカートリッジをください」とうつかり口走つてゐるのだらうか。
その可能性も疑つてみた。
それで毎回気をつけて「コンヴァータ」といふやうにしてゐるけれど、なぜか一度でコンヴァータにお目にかかれることはない。
まづ最初に出てくるのはカートリッジである。

店員の商品知識の不足をあげつらはうといふのではない。
店員は毎回違ふ。
おそらくはアルバイトの人なのだらう。
毎回人は違ふのに、なにゆゑいつもおなじ対応になるのか。
そこが疑問でならないのだ。

ひよつとすると、毎回毎回「コンヴァータ」と云つてゐるのにカートリッジを持つてこられてしまふことをあきらめてしまつてゐるやつがれの脳裡には「コンヴァータ」と云ひつつもカートリッジが浮かんでしまつてゐるのかもしれない。
店員はそれをそれとなく察知してカートリッジを持つてきてくれるのかも。
そんなことも思つたことがある。

万年筆といへばカートリッジ。
世間一般の認識はさうなのかもしれない。
ゆゑにコンヴァータが出てこない。
近年万年筆は人気のあるものと評判だし、限定万年筆などはまたたくまに売り切れてしまふし、雑誌やムック本も定期的に刊行されてゐる。
でも、筆記用具としては一般的ではないんだらうな。

コンヴァータの箱よりもカートリッジの箱の方が大きいし、目立つ。
さういふ要因もあるものと思はれる。

今回、しげしげとコンヴァータの入つてゐる箱を見てみた。
購入したのはパイロットのCON-50だ。PRERAに使ふためめに入手した。
いままであまりコンヴァータの箱などよく見たためしはなかつた。
ぱつと見たところ、箱のどこにも「コンヴァータ」とは書かれてゐない。
「CON-50」といふ文字が大きく(といつても箱自体が小さいのでそれなりの大きさだ)書かれてゐるだけで、「コンヴァータ」とも「コンバータ」とも書かれてゐない。
よくよく見てみたら、箱に印刷された使ひ方のところに小さい文字で「コンバーター」と書かれてゐる。

うーん、これでは「コンバーター」と認識してもらへないか。

ほかのコンヴァータの箱も今後は気をつけて見ることにしたい。
考へてみたら舶来品のコンヴァータはとくに箱などに入つてゐないやうな気もするけれど。
さうだとしたらますます「コンヴァータ?」つてなことになるよな。

万年筆の消耗品といへばカートリッジである。
コンヴァータはそれとわかりづらい状態で売られてゐる。
このあたりが「コンヴァータ」と云つたのに「カートリッジ」を持つてこられてしまふ原因として妥当なのだらう。

だつたらレジまで行かずとも、商品棚にコンヴァータを置いておいてくれればいいのに。
さう思ふのだが、客が自分でコンヴァータを棚から取つて会計できるやうな店といふのはあまりない。
やつがれの行く店ではまづない。
必ずレジなり万年筆のカウンタなりで「この会社の万年筆のコンヴァータをください」といふやうになつてゐる。

なぜだらうか。
コンヴァータは小さいから棚に陳列した場合に置き方に困つたりするのだらうか。
または小さいがゆゑに万引きされやすい商品と見なされてゐるのか。
サイズのわりに高価だもんな、コンヴァータ。
それとも求める客が少ないので、棚に陳列するには足らぬ商品といふので並んでゐないのだらうか。

レジで訊くのをなぜ厭ふのかといふと、後ろに並んでゐる人を待たせてしまふからだ。
できるだけ人の並んでゐないときを選んでコンヴァータを頼むやうにはしてゐるけれど、自分が並んでゐたときは列はほとんどなかつたのに、いざ自分の番が来てみると背後に長蛇の列ができてゐることもある。
そんなときに、店員がレジをはなれてコンヴァータを探しに行き、カートリッジを持つて戻つてきたので「それではなくてコンヴァータをください。かういふ、インキボトルからインキを吸ひあげるやうな……」とか身振り手振りの説明を受け、わかればいいけどわからないとわかりさうな別の店員を探すところからはじめないといけない、そんな状況になつて居たたまれないのはコンヴァータを所望するこのやつがれである。

気にしなければいい?
さうなんだけれどもさ。

今後は実物を手にしてコンヴァータを買ひに行くしかないかな。
それとも万年筆のカウンタのあるやうな店でコンヴァータを求めるか。
あるいはいつか一度でコンヴァータに巡り会へる日を夢見てみるか。

いづれにしても楽しさうである。

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Wednesday, 08 June 2016

お久しぶりね

平日の夕飯は「鬼平犯科帳」第四シーズンを見ながら摂つてゐる。

リアルタイムのときもさうだつた。
夜七時から「ドラゴンボールZ」を見て、そのあと三十分間はあれこれ用事を済ませて、それから「鬼平犯科帳」を見てゐた。

はづかしながら、中村吉右衛門演じるところの長谷川平蔵が見たくて見てゐる。
そのはずで、それはそのとほりなのだが、見続けてゐるとまたちよつと違つた感覚を覚えるやうになる。

火付盗賊改の面々や密偵の面々が、ひどく慕はしい存在のやうに感じられることに気づいたのはいつだつたらう。
いつだつたらうつて、最近見始めたのだからそんなに前のことではない。
先週とか十日前とか、そんな感じだ。

火付盗賊改の同心その他が全員登場する回といふのはほとんどない。密偵もまた同様だ。
密偵が全員揃ふ回つて、第三シーズンの最終回とかかなあ。
さうなつてくると、数回ほど顔を見なかつた密偵や同心が出てくると「あら久しぶり」「元気にしてたかい」「見廻りだつたのかい」などと、心の中で声をかけてゐることに気づく。

昨日はここのところ二回ほどお見限りだつた相模の彦十が出てきて、「をぢさん、どこにござつたえ」などと思つてゐた。
この回では彦十の活躍といふのはなかつたけれど、愛嬌のある表情がなんともいへなくてなあ。

野田昌弘が、かつてこんなことを云つてゐた。
「登場人物が仲間のやうに感じられるスペースオペラはすばらしい」とか。
野田昌弘によると、すぐれたスペースオペラには読者に「お友達になりたい」といふ思ひを抱かせるやうな登場人物たちがゐる、といふのだ。
さう云ひながら、野田昌弘がさういふ登場人物の造形に役立つ作品としてあげてゐたのが柴田錬三郎の「我ら九人の戦鬼」だつた。
「我ら九人の戦鬼」に登場する人物にはお世辞にもお近づきになりたいと思へるやうなものはひとりもゐない。
ゐないけれども、あれやこれやの事件難題が登場人物にふりかかると気になつて仕方がない。
この人、これからどうなつちやふんだらう。
関係ない相手のはずなのに、どうしても引きずられてしまふ。
そんな力が「我ら九人の戦鬼」にはある。
まあ、やつがれは柴錬チルドレンなのでさう思ふといふのもあるけれど、野田昌弘も書いてゐることだし、さう間違つてはゐないだらう。

さういふ、「あの人、最近出てこないけどどうしてゐるのか知らん」「毎回よく出てくるね。お疲れさま」みたやうな感覚、あたかも自分も当事者であるかのやうな感覚を「鬼平犯科帳」を見てゐると覚えるのだつた。

残念ながら「座頭市物語(TV版)」にはこの感覚はない。
座頭市には仲間がゐないからね。
座頭市に対して「市つあん、今日はどこでどうしてござらうぞ」とはあまり思はない。
座頭市は、こちらがあれこれ思ひ悩まなくても生きていけるタイプだからなー。
「座頭市物語」には「座頭市物語」の楽しみがある。それはまた別の話だ。

これまで見てきた時代劇の中で一番さういふ「仲間意識」といふか、こつちも当事者みたやうな気分になつたのつてなんだらう。
「新必殺仕置人」とかかなー。
ちよつと記憶をさかのぼるのもおもしろさうだ。

ところでここ数回、酒井の姿を見てゐない。
どこでなにしてゐるのやら。

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Tuesday, 07 June 2016

ネクタイ再開

タティングレースのネクタイは、ちびちびと進んでゐる。

先日、らしくないことをした結果モチーフ作りに失敗してしまひ再開してゐない、といふ話を書いた。
らしくないこととは、糸の有効活用だ。
シャトル(Aerlit を使つてゐるので正確にはボビン)にあまつた糸を見て、モチーフを作るには足りないが外周のチェインを作るのには十分の長さがあることはわかつてゐた。
ゆゑに、糸を有効活用しやうとして気を取られ、リングをつなぐことを失念してしまつた。

かういふとき、世の Tatters はほどくのださうな。

ほどかないな。
やつがれの人生にそんな時間の余裕はない。
タティングレースの目をほどくのにどれだけの時間と労力がかかるか考へて、その時間と労力とでほかにどんなことができるか考へるとさういふ決断にたどりつく。
「でもそこまでに至るのに費やした時間と労力とを考へたら、ほどくでせう?」といふ向きもあらう。
あるいはほどくことこそ糸の有効活用なのではないか、とか。
さういふ考へ方は「サンクコスト」に直結するので、できるだけしないやうにしてゐる。

やりなれない「糸の有効活用」なんぞをしやうとして、それで失敗してしまつた。
そんなわけですつかりやる気を失つてしまひ、ここしばらくはほとんどタティングをしてゐなかつた。
再開したことに理由はない。
単に「そろそろやるか」と思つた。
それだけだ。

モチーフを三つつないだところから再開して、現在五つめをつないでゐるところである。
ほんとにちよつとしか進んでゐないのにはわけがある。
実は、しつこく糸の有効活用に挑戦してしまつたのだつた。

今回も、モチーフの最後の糸始末には Magic Thread を使用してゐる。
まづはシャトルからチェイン一回分に糸始末分を足したくらゐの長さの糸を引き出す。
リングを作りながら、糸始末用のパッチワーク用の糸を輪にしたものを縫ひ込むやうにスティッチのあひだに通していく。
チェインにも同様に糸始末用の糸を仕込む。
次に、チェインを作つてあまつた糸とボビンに残つた糸とを二つ目のリングのスティッチのあひだに縫ひ込むやうに通していく。
おしまひ。

こんな感じで、糸の有効活用をしてみた。
前回もおなじやうにした。
今回はさすがにリングとリングとをつなげるときには注意しながら作つたよ。
やれやれ。

ボビンにあまつた糸は短くなつてしまつたので、以降はシャトルのボビンからチェインを作るに足るくらゐの長さの糸を引き出してモチーフを作つてゐる。

Magic Thread を使ふ所以は、出先でも糸始末ができるから、だな。
針やボンドは必要ない。
……ボンドはあつた方がいいかもしれないけれど、その場では不要だ。
糸と糸とを目立たぬやうに結ぶなんてな器用なこともしなくて済む。
細い細いレース糸をきれいに結ぶなんて、ちよつとやつがれにはムリ。

そんなわけで、日々ちまちまと結んでゐる。
Magic Thread にはパッチワーク用の糸よりはテグスの方がいいのかなあ、などと考へながら、な。

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Monday, 06 June 2016

不安定な季節に

暑くなつてきた。
さうかと思ふとなんとなく肌寒いのに屋内に入ると蒸し蒸しと不快な心持ちになつたりして、うつかりホットコーヒーを頼んで「しまつた」と思ふやうな季節である。
梅雨入りしたといふ話も聞く。

この時期に秋冬の新作毛糸の話を聞くと、「まだこの夏に編むものも決めてゐないのに」と思つてしまふ。

去年は、一昨年編みかけのままになつてしまつたリネンのストールを編んだ。
それで夏は終はつてしまつた。

一昨年も、その前の年に編みかけのままになつてしまつたスカーフを編んだ。
指定どほりの長さに編むつもりで編んでゐたものの、気がつくと前の年のうちにその長さには達してゐたことがわかつた。
まあ、いいけど。
残つた時間でリネンのストールを編み始めて終はらなかつた。

今年は去年からの編みかけが存在しない。
なにを読んだものかなあ。

ここのところ編むよりも糸をほどくことに時間がかかつてゐるピマデニムの手提げをまづなんとかしたい。
ピマデニムはほかにも買つた分があるので、それでなにか編みたいと思つてゐる。
あとズパゲッティだな。マルシェバッグ的なものを編みたいと思つてゐるのだが、具体的にこんな編み図、といふのは決まつてゐない。
それからくつ下か。夏向きぢやあないけど、あみものとしては夏向きだ。ちやうど編みかけのものもあるし。
夏の暑い時期に毛糸(綿とか麻とか絹とかではなくて、羊毛などの毛の糸)で編みたいと思つたら、くつ下か手袋だよなあ。帽子もいけるかな。

それで夏は終はるんぢやないかと思つてゐる。

いまから涼しくなつてからの話をするのもどうかとは思ふが、この秋冬は前回の編みかけである Striped Shawl を編む予定だ。あとちよつとなんだけどね。その「あとちよつと」がなかなか編めない。
それから、毛糸の在庫を確認してゐたときに出てきたきれいな色のくつ下毛糸をマフラーにしたいと思つてゐる。
この上まだマフラーを編むのか、といふ話もあるが、きれいな色ぢやによつて、いいかなつて。
Baktus みたやうなのにしたいと思つてゐる。

秋冬の毛糸を買ふかどうかはやうすを見て、かな。
前回は結局秋冬の新作毛糸を買ふことはなかつた。
Filatura di Crosa が毛糸を作らなくなるといふので、Zara を買つてしまつたからだ。
Zara、なあ。いい毛糸なのになあ。

さう考へると、新作毛糸を買はねばならぬのかもしれぬ。
買はぬと毛糸を作る会社がどんどん撤退していつてしまふ気がする。
そもそも手芸屋が減つたからなあ。

その前に、いま編んでゐるものを編まないと、な。

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Friday, 03 June 2016

システム手帳使ひの陥穽

あひかはらずシステム手帳を使つてゐる。
先日、衝撃のできごとが発生した。

ノート用リフィルには、LIFE の NOBLE REFIL の方眼罫を使つてゐる、と、これも以前書いたとほりだ。
バイブルサイズの HIRATAINDER には30枚ほどはさんでゐた。
はさんだ分を全部使つてしまつたので、リフィルを入れ替へやうとしたときのことだ。
やつがれの心持ちとしては、ノートを使ひきつたので新たなノートを使ひはじめる、といつた感じだつた。
だが、実際にしたことはまつたく違つた。
すでに開いてゐるリフィルの袋を開けて、中に入つてゐる未使用のリフィルを取り出し、バインダにはさむ。
したことといへばそれだけだ。
なんか、かう、新たなノートを使ふといふ、心浮き立つやうな気持ちとは、まつたく無縁なのだつた。

ことここに至つて気がつく。
システム手帳を使ふといふのは、かういふことである、といふことに。
かういふこと、といふのは、「ノートを使ひ終はつたー」と思つても新たなノートを使ふといふ高揚感を味はふことはできない、といふことだ。

がーん。
さうかー。

無論、リフィルを全部使ひきつたあかつきには、新たなリフィルの封を切ることになるわけで、そのときには「新たなリフィルだー」といふ喜びを得られるんぢやないかな、といふ気もしないではない。
でもそれは、まだまだ先の話だ。

悩むなー。

あらためて MOLESKINE のポケットサイズや Smythson の Panama は絶妙なページ数なんだな、といふことに気がつく。
使つてゐて親しみを覚えるくらゐのページ数であつて、しかも飽きる前に使ひ終はる。
そして、新たな手帳を使ひはじめるときの嬉しさがやつてくる。
たまたまやつがれの使用状況的にさうなるのかもしれない。
でもそれつて、個人的には最高ぢやあるまいか。

とはいへ、いまの手帳の使ひ方では貯金通帳サイズの手帳ではチト足りない。
最低でもバイブルサイズなんだよなあ。
それに、システム手帳はシステム手帳でいいところもあるし、それになにより、HIRATAINDER はいいバインダだし、スライド手帳はもうちよつと使ひ込んでみたい。

いづれにしてももうしばらくはシステム手帳を使つていくつもりである。

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Thursday, 02 June 2016

時代劇にピンク

「鬼平犯科帳」第四シーズンを見てゐると、口紅の色が異様に気になる。

現在、再放送の「鬼平犯科帳」を見てゐる。
第三シーズンの終盤から見始めた。
いつから口紅の色が気になるやうになつたのか、定かではない。
少なくとも第四シーズンの第一話「討ち入り市兵衛」を見たときには気になつた。

最初は久栄だつた。
なんだかものすごく明るいピンクの口紅をさしてゐる。
桃色ではなくてピンクだ。
口紅ではなくてリップとかルージュとか呼びたくなるやうな色である。
久栄は唇をわりと大きく描いてゐる。
多岐川裕美の唇がふつくらしてゐるのかもしれない。
そこにピンクである。
目立つ。
唇だけ浮いてゐるやうに見受けられる。

おまさも一瞬「ん?」と思ふやうな色のことがあつた。
しかし見続けてゐると赤い方向に落ち着いた色に変はつてゐて、その後妙だと思ふことはない。

山田五十鈴がゲストで出たときも別に妙だとは思はなかつたし、三ツ矢歌子のときははピンクではあつたけれどもベージュ味を帯びた落ち着いた色でそんなに気にはならなかつた。光本幸子もか。

久栄とそのほかのゲストの女優の口紅は、なぜか妙にピンクだ。
おそらく、現代の街中を歩いてゐればそんなに浮くやうな色ではないのだと思ふ。それは和装でもさうだらう。
「鬼平犯科帳」の世界の中でピンクだから違和感を感じる。
さういふことなのだと思ふ。

リアルタイムで見てゐたときもさうだつたらうか。
リアルタイムで見てゐたときは、TV画面がもつと小さかつたし、いまよりも遠い位置から見てゐたからあまり気にならなかつたのかもしれない。
また、時代的にああいふ明るいピンクが流行つてゐたのかもしれない。それであたりまへのものとして見てゐたといふことも考へられる。

ほかの時代劇はどうだらう。
ほかの時代劇を見てゐて「その口紅の色、ヘン」と思ふことがあつたらうか。
多分、ない。
そこまでよく見てゐない、といふ話もある。
あるいはほかの時代劇は「鬼平犯科帳」よりも番組全体に現代味があつて、それで現代的な色が浮かないのかもしれない。

ドラマにおける化粧の色といふのは誰が決めるのだらう。
顔は俳優が自分でするのだらうと思ふ。
そのとき使用する化粧品は自前なのだらうか。
それとも「この役にはかういふ色」といふので用意されてゐるのだらうか。
自前にしても「かういふ色合ひにしてください」と指示を受けるのだらうか。
監督などから「この役にその色は合はないよ」などと云はれたりしないのだらうか。
すると思ふんだがなあ。

自前であれ用意されたものであれ、撮影所全体が「それでよし」としたことに間違ひはない。
であれば、自前か用意されたものかといふ詮索は無用のものになる。

池波正太郎が見たら、なんか云つたんぢやないかなあ。
第二シーズンあたりを見ればわかるかな。

時代劇にピンクといふのはむづかしいのかもしれない。
歌舞伎でも新歌舞伎や新作歌舞伎に出てくる娘役はピンク色の衣装で登場することがある。
くどいやうだが、桃色とか薄紅色とかではなくて、ピンク色だ。
これが案外若い役者に似合はないんだよね。
二、三年前の話だし二例だけで恐縮だが、「主税と右衛門七」の米吉も「豊志賀の死」の梅枝もピンクの衣装がどうにもうつつてゐなくて、「なんかもつと違ふ色にしてあげればいいのに」と思つたものだつた。
似合ふ役者もゐるのかもしれないけれども。
でも、役者に似合つても、洋風な色合ひは舞台全体から浮くんぢやないかなあ。
芝居にもよるか。

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Wednesday, 01 June 2016

外国人のための文楽鑑賞教室

5月23日、国立小劇場で「外国人のための文楽鑑賞教室」を見て来た。
第一部は「DISCOVER BUNRAKU」と銘打つて文楽の紹介、第二部は「曾根崎心中」だつた。
第一部がとてもおもしろかつた。
「なんだかわかんないけど、これからものすごくおもしろいものが見られるんだ」
休憩時間のあひだ、ワクワクした気持ちで第二部開幕を待つてゐた。
「曾根崎心中」、苦手なんだけどね。

これまでも文楽鑑賞教室や歌舞伎鑑賞教室に行つたことはある。
いづれも第一部は「文楽とは」「歌舞伎とは」といふ解説で、第二部で実際の演目を見せるといふ形式だつた。
文楽では太夫・三味線・人形遣ひが、歌舞伎では役者が出てきて実演しながら解説してくれる。
しかし、いまだかつて「これからなんだかものすごくおもしろいものを見ることができるんだ」といふワクワクとした気持ちを抱いて第二部を待つたことはなかつた。
すでに文楽や歌舞伎に親しんでゐたからだらうか。
さうではないと思ふ。

これまでの鑑賞教室に足りなかつたのは、解説担当自身の自己紹介だ。
名前と担当だけでは不足なのだ。
何歳のときからはじめて、何年間従事してゐて、そして自分は文楽の・歌舞伎のこれこれかういふところが大好きなんです。
さういふ一言があるだけで、全然違つてくるんぢやないかなあ。
できれば解説の最中に「すばらしいでせう?」といふ雰囲気がほしいけれど、そこはクールでも実際に見聞きさせてくれるものがすばらしいんだからなんとかなる気もする。

おそらく、「DISCOVER BUNRAKU」はプレゼンテーションとしてすぐれてゐた。
プレゼンテーションの三つの要素として、ロゴス・パトス・エトスといふものがある。
アリストテレスが説得力の要素としてあげたのがこの三つなのださうだ。
ロゴスとは論理、パトスとは情熱または感情移入、そしてエトスとは人格とか人としての信頼性などと訳される。
従来の鑑賞教室は、ロゴスについては申し分ない。
回を重ねてゐるからだらう、内容も練られてゐる。新たな試みを取り入れても解説の訴へたいことがゆらぐことはない。

でも、パトス、エトスはどうだらう。

パトスは、解説担当にもよるかな。
いままで見た鑑賞教室では、解説する太夫・三味線・人形ひ・役者、いづれもみなクールだつた。
ゆゑにロゴスのよさが前面に出てゐたともいへる。
また、実際に文楽や歌舞伎のプロフェッショナルとして、自分の仕事を冷静に語るといふのは正しい姿であるとも思へる。
自分の仕事について「これね、すっごいんですよ。ちよつとほかにないですよ」とか「いいでせう? 素晴らしいでせう」と語る人つて、ちよつとどーよつて感じがするもんね。
やつがれだけかもしれないが。

「DISCOVER BUNRAKU」はこの「文楽つてすごいでせう? すごいんですよ、すばらしいんですよ」といふパトスを感じた。それはもう、大変に熱い思ひを受け取つた。
だから第二部をワクワクとした気持ちで待てたわけだ。
解説担当としてダニエル・カールといふ文楽の世界の外部にゐる人を呼んで来たのが功を奏したのではないかと思ふ。
外部の人間だから、「すごいでせう? すばらしいでせう? 最高なんですよ」とためらふことなく訴へられる。
さういふ効果があつた。

「だけど、外部の人間の云ふことでせう。信用できるの?」といふのがエトスの問題だ。
不勉強にして知らなかつたが、ダニエル・カールは若い頃六ヶ月ほど日本北部(northen part of Japan といつてゐたやうに思ふ)に留学してゐたときに佐渡島で文弥人形に出会つてすばらしいと思ひ、遣ひ方などを教はつたのださうだ。
その後、大阪に行つて実際に文楽を見る機会があつた。これがまたすばらしくてね、と。
#Webで見られる記事には先に文楽に出会つたやうに受け取れるものもある。
#この時は文弥人形に出会つたのが先といふやうな話し方だつた。

ダニエル・カールは、解説の冒頭でこの自己紹介をしてゐる。
プレゼンテーションの定式にしたがつてゐたわけだ。
まづは観客に対する感謝の挨拶、今日これからなにをするのかといふかんたんな説明と自己紹介。
エトスを感じさせるには、自己紹介が重要になつてくる。
ダニエル・カールの自己紹介からは、まつたく文楽のことを知らないわけぢやないのねといふ信頼感を得ることができた。
その後の解説や太夫・三味線・人形遣ひのデモンストレーションは、そのダニエル・カールと一緒に「うわ、すごい」「すばらしい」と驚きながら見ることになつた。
すでに見聞きしたことのあるものばかりだといふのに。

エトスがあれば、解説担当を信頼する気持ちが観客に生じれば、太夫・三味線・人形遣ひ・役者といつた文楽・歌舞伎のプロフェッショナルであつても、「すばらしいでせう?」と熱く訴へることも可能になるんぢやないかな。
信頼といふとチト大げさか。
観客が解説担当に親しみを感じれば、と云ひ替へやう。
親しさを得るには、ほんのちよつとだけ自己紹介を工夫するといいと思ふんだがなあ。

ダニエル・カールの説明に不足がなかつたわけではない。
人形遣ひについては、目に見えるものだけにとてもよかつた。
でもことばで説明しなければならない語りや、とくに三味線の説明(通訳)にはちよつと首を傾げる部分もあつた。
しかしそれは回を重ねれば解消されるものだ。

第二部の「曾根崎心中」は、始終昂揚した気分で見ることができた。
そんなに好きな演目ではないにも関はらず、だ。

今後もこのときの「なんだかとつてもおもしろいものが見られるんだ」といふワクワク感を抱きつつ文楽を見ることにしやう。

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2016年5月の読書メーター

2016年5月の読書メーター
読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1719ページ
ナイス数:17ナイス

旅の時間 (講談社文芸文庫)旅の時間 (講談社文芸文庫)感想
連休向けにのんびりと読める本をと思ひ選択した。どこか不思議な話ばかりで、いつのまにか並行宇宙に迷ひ込んだやうな気分になる。どの作品も飲んでばかりで、そこもいい。
読了日:5月7日 著者:吉田健一
歌舞伎に踊る囲碁文化歌舞伎に踊る囲碁文化感想
「金閣寺」に「ここ、絶対笑へるんだけど」といふ部分があつて、でも誰も笑はないのでいつもぢつと耐へ忍んでゐたのだが、やつぱりをかしい場面だとわかつたのでこれからは胸を張つて笑ふことにしたい。全体的には誰向けの本なのかわかりづらい。歌舞伎にも囲碁にも親しんでゐる人つてたくさんゐるのかな? 特に最後の五世幸四郎の章は何の為にあるのか謎。ふりがなが少ないので、歌舞伎に詳しくない人や囲碁に詳しくない人はチトつらいんぢやあるまいか。あと「小栗判官譚」がないのがちよつと意外だつた。単に馬が碁盤に乗るだけだからか。
読了日:5月10日 著者:藁科満治
The Woman Who Died a Lot (Thursday Next)The Woman Who Died a Lot (Thursday Next)感想
ほんとのサーズデイの話、といきたいところだが、「これはほんとに本物なの? 入れ替はつてない? それとも単に痛み止めのせゐでラリつてるだけ?」と、眩惑されること一度ならず。ジャック・シットやエオーニスとの決着がついて、ジェニー問題も一応の解決を見たいま、どう続くのだらう。今回は出てこなかつた BookWorld も次回は出てくるのかな。
読了日:5月19日 著者:JasperFforde
白楽天詩集 (平凡社ライブラリー)白楽天詩集 (平凡社ライブラリー)感想
久しぶりに通読。飲酒の詩が多いなあとあらためて思ふ。酒の詩はいいよね。古典の授業で「ながい うらみの うた」を刷つたプリントをもらつて、でも授業で使つた記憶がなく、誰のなんといふ本に出てるのかずいぶんと探したものだつた。そんなことを思ひ出した。
読了日:5月23日 著者:
真田太平記(四)甲賀問答真田太平記(四)甲賀問答感想
忍者合戦。かう書くと安つぽいなあ。
読了日:5月28日 著者:池波正太郎

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