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Wednesday, 22 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 三顧の礼 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は展示室を入つてすぐ向かつて左手の「三顧の礼」のケースについて。

展示室のメインケースが「三顧の礼」のケースになつてゐる。
その時々の展示の主要なテーマが割り当てられるケースだと思つてゐる。
大きなケースでもあるので、毎回大勢の人が展示されてゐる。
前回は「玄徳の周辺」といふテーマで13人と馬3頭が飾られてゐた。

それが今回は5人と馬3頭だ。
向かつて左から張飛の馬、赤兎、白竜、関羽、張飛、玄徳、諸葛均、諸葛亮の順である。

今回の「三顧の礼」はスカスカな感じがするのかといふと、そんなことはまつたくない。
ちよつとはなれた位置から見るとまさに一幅の絵といつた趣だ。

「宮中の抗争」のケースから「三顧の礼」のケースにうつると、まづケース左端奥にある笹が目に入つてくる。ケースの壁三分の一を覆ふくらゐはあつたらうか。
その前に馬が3頭並んでゐる。
竹林の奥にわけ入つて、礼儀正しくすこし離れた場所で馬を下りた。
そんな場面だ。
笹(丈の高さからいつて竹といつてもいいかもしれない)のやうな大道具めいたものが飾られた展示は今回はじめて見た。
最初に見るのが笹と馬となので、見る方も孔明の草蘆にだんだん近づいていく気分になる。

次に関羽が立つてゐる。
左を向いてゐて、前に立つ張飛の帯に片手の人差し指をかるくかけてゐる。
いきりたつ張飛をとどめやうとしてゐるのだから「かるく」といふのは妙かもしれない。
でもかるくあしらつてゐるといふ感じがしたんだな。
張飛が暴走しても関羽なら大丈夫。さうも思ふ。
関羽は上着の長い裾をたくしあげてゐて、これもちよつとめづらしい感じがした。

関羽の前には張飛がゐる。
おそらく玄徳は眠つてゐる孔明を待つてゐる、とでも聞かされたのだらう。
いまにもなぐりこまんといつた風情のファイティングポーズで立つてゐる。
このファイティングポーズが実にきまつてゐる。
まことに張飛らしい。
ケース右奥から見ると、視線が孔明に向かつてゐるのも剣呑でいい。
関羽と張飛とを見てゐるだけで、なんだか楽しくなつてきてしまふ。

その先、ケース中央のやや奥に玄徳がゐる。
頭を垂れ両手を合わせてひざをつき、ただしく拝礼してゐるやうすだ。
このケースの玄徳・関羽・張飛は、人形劇に登場してゐた人形ではない。
以前展示室入口に飾られてゐたのとおなじ人形で、川本喜八郎から小川英に贈られた三人だといふ。美術館の方が教へてくだすつた。
この三人は渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーにもゐたことがあるし、おそらく水戸エクセルの開業記念企画でも飾られてゐたやうに思ふ。

この玄徳には髭がない。
衣装も赤ちやんの寝間着を思はせるやうな甘い水色のやはらかな生地でできてゐて、流浪の貴公子といつた印象を受ける。
その、ちよつと尾羽打ち枯らしたやうすの貴人が、うやうやしく礼をしてゐる。
いい風情だ。
人形劇の玄徳の持つ堅苦しい感じもある。

玄徳の右やや前方に諸葛均が立つてゐる。視線はやや下を向いてゐるものの、玄徳の方を向いてゐると思はれる。
玄徳と諸葛均とのあひだには背の低い茅の垣根がある。
門の内と外といつたところか。
こんな垣根も今回の展示ではじめて見たと思ふ。

この諸葛均が惚れ惚れするくらゐ凛々しくてねえ。
人形劇の諸葛均といふと、生意気な若者といふ印象がある。
人形劇の諸葛均は「「人形劇三国志」一クールな男」だと思つてゐる。
玄徳が皇叔であり然るべき官位もある(あつたつけか)といふことを聞いてもまつたく態度を変へない。
関羽と張飛とがどたばた暴れてゐても、恐がりもせず「あーあ、仕方ないなあ」といつたやうすでゐる。
クールだよなー。
クールなんだけど、さういふ感じだから生意気な人としか見えないこともある。
それが今回の展示では立つてはゐるものの、玄徳の再三の来訪にきちんと敬意を示してゐるやうに見える。
いやー、諸葛均、こんなにいい男だつたつけか。
その場の雰囲気もあるのかもしれないけれど、ちよつと今回の展示の諸葛均はいい。

その奥に寝床がしつらへられてゐて、孔明が眠つてゐる。
さうだよね、人形劇の孔明つてさんざん玄徳・関羽・張飛や視聴者を待たせておきながら、眠つてゐる姿で登場するんだよね。
床は黒い箱状のものを積んで作つてゐて、頭の方には薄い箱を積んでその上に柵をおいてある。頭の上に柵があるとぐつと寝床らしくなる。
孔明の上の掛け布には縁に「福」と「寿」といふ字を散らした格子模様があしらつてあつて、なんだかめでたい。
孔明の衣装は小千谷縮といふ話は前回の「三顧の礼」のときに美術館の方が教へてくだすつた。
この孔明のカシラは人形劇に出てゐたものではないといふ話は今回伺つた。
目を開けてたら人形劇に出てゐたのと違ふといふことがわかつたかなあ。
もう一人、奥の方に飾られてゐる孔明が人形劇に出てゐた方(我が軍師殿)であることはわかつたんだけどなー。

それにしても、この状況でよく眠つてゐられるものだ。
そんなに大きい草蘆ぢやないと思ふのに、来客があつて、しかも外で張飛がわめいてゐて、それを関羽が止めてゐる中で、本当に眠つてゐるのだらうか。
孔明といふとどことなく神経質な印象があるけれど、ここを見るとそんなことはなくて図太い性質の持ち主だよなー、と思ふのだつた。

以下、つづく。

ギャラリー入口についてはこちら
黄巾党の蜂起についてはこちら
宮中の抗争はこちら

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