飯田市川本喜八郎人形美術館 黄巾党の蜂起 2016
6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は展示室を入つてすぐ向かつて左手の「黄巾党の蜂起」のケースについてだ。
「黄巾党の蜂起」のケースは二場面にわかれてゐる。
入口に近い方に張角・張宝・張梁兄弟、奥の方に盧植と盧植を捕らへにきた兵二名とがゐる。
張角・張宝・張梁と盧植とは前回の展示のときにもゐた。
張角とその弟たちとは、横に一列に並んでゐる。
張角を真ん中に右に張宝、左に張梁がゐる。
張角は座つてゐて、張宝と張梁とは立つてゐる。
真ん中の張角は演説を終へて信者といふか聴衆といふかを見下ろしてゐる感じで、張宝と張梁とはその聴衆を煽つてゐるやうに見える。
張角の左側にゐる張梁は両手を高くあげて。右手に刀の柄を、左手に刀の先を持つて掲げてゐる。
右側にゐる張宝は片手をあげてゐる。
張角の後方頭上には「蒼天已死」の旗が掲げられてゐる。
前回の展示では、張角を中心に三人とも立つてゐた。
よくバレーボールの試合の前などに選手たちが円陣を組んでするやうに手を中央に出して互ひの手の上に手を重ね、なにごとか誓ひあつてゐる様子だつた。
前回の展示は黄巾党の旗揚げ、今回の展示は黄巾党の隆盛といつた感じだらうか。
かういふのを見ると、毎回見に来ておいてよかつたなあと思ふ。
黄巾党の三兄弟の先には、まづ槍を持つた兵、盧植を取り押さへやうとする兵、そして盧植がゐる。
飯田の展示で雑兵を見るのははじめてだなあ。
最初の展示から見てゐるわけではないので、それ以前にはゐたのかもしれない。
槍を持つた兵は、槍の穂先を盧植の方に向けてゐる。
でも槍で突かうといふ感じはしない。
単に槍を横に長く出して盧植の動きを制限しやうとしてゐるやうに見える。
この兵の顔は長くて、目など顔の部品は中央にやや寄つてゐて、でも目と鼻、鼻と口など縦の間隔はやや広い。
人形劇でよく見かける顔だ。
「歴史人形スペクタクル 平家物語(以下、人形劇の「平家物語」)」にもよく似た顔立ちの名もなきモブの人形がゐたやうに思ふ。
人形劇で「名もなきモブ」つてなんだかすごいよね。
名もなきモブだけど、ちやんと人形としては存在するし、登場するんだもんね。
「人形劇三国志」と人形劇の「平家物語」とでは、登場人物のカシラのやうすがちよつと違ふ。
まつたく知らない登場人物でもカシラの顔の部分だけでなんとなくどちらに出てゐたのかわかる。
そんな気がする。
でも名もなきモブの人々の中にはどちらに出てゐてもをかしかないやうなカシラの人形もゐる。
槍の兵はそんな人形のうちの一人だ。
槍の兵は見覚えがあるんだけど、盧植に手をかけてゐる方の兵はあまり見覚えがない。
こちらはどちらかといふと顔が縦に短くて、歯がむき出しになつてゐる。
……いつ出てきたつけか。
わからない。無念。
この兵は盧植の右腕を両手で捕らへてゐる。
その割に腰が引けてゐるやうに見えるのは、盧植の迫力に気圧されてゐるのかもしれない。
盧植は、飯田で見ると「こんなに厳めしい感じだつたかなあ」と思ふ、と毎回書いてきた。
人形劇で見てゐたときは、もつと穏和な人に見えたがなあ、と。
それが今回は人形劇で見た印象に近い。
讒言にあつて捕らへられやうとしてゐるところなのだと思ふ。
雑兵から槍を突きつけられ、腕を取られてゐるのに、どこか泰然としてゐるんだよなあ。
抗ひはしない。
つれてゆくならつれてゆくがよい。
さう云つてゐるやうに見える。
それで厳格といふよりも穏やかな印象を強く受けるのだらう。
以下続く。
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