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Wednesday, 29 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 玄徳の周辺 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は「漢末の群像と玄徳の周辺」のケースのうち「玄徳の周辺」について。

前回も書いたとほり、「玄徳の周辺」には後列高いところに右から赤子の阿斗を抱いた玄徳の母、淑玲、美芳がゐる。前列低いところに右から馬超、孫乾、張飛、黄忠、趙雲がゐる。左端に関羽が立つてゐる。
「玄徳の周辺」といひながら、玄徳がゐない。「周辺」だからそれでもをかしくない。
これまで見たことのある展示では必ず玄徳がゐたけれども。
出てゐないといへば、今回の展示には人形劇に出てゐた玄徳がゐない。
これももしかしたらめづらしいんぢやないか知らん。
「人形劇三国志」の主役だもんね、玄徳は。
「三顧の礼」のケースにゐるのは、「三顧の礼」のときに書いたとほり、川本喜八郎から小川英に贈られた玄徳といふ話だ。

「玄徳の周辺」がテーマのケースは大抵ほかに比べて多様になる。
武将に加へて玄徳の母や淑玲、美芳、ときに幼子の阿斗や玲々がゐることがあるからだらう。
今回の展示では、戦には直接関はらない玄徳の母たちは後列高いところにゐる。

玄徳の母は座して孫の阿斗を抱いてゐる。
淑玲はその横に立つて義母と我が子とを見、その脇にゐる美芳はのぞき込むやうにして玄徳の母と阿斗とを見てゐる。
戦とも権力争ひとも無縁な一幕といつた感じだ。

玄徳の母は人形劇では芯のしつかりした老婆で、正論の人、といふ印象がある。
でも飯田で会ふときは、温厚な人だ。いつもさう思ふ。
今回の展示でも、腕に阿斗を抱いて淑玲と美芳とを見上げる表情が穏やかだ。
好々爺といふことばがあるが、玄徳の母はさしづめ「好々婆」といつたところだらう。

見下ろす淑玲の表情もまたやはらかい。
人形劇では淑玲からはときに野暮つたい娘さんといふ印象を受けることもあつた。
なんだらう。写し方とかなのかな。
淑玲にはさういふ一面もあるといふことなのかもしれない。
飯田で見ると淑玲は可愛いと思ふことが多い。
武将たちの中にゐると小柄だし、ヒロインだから可憐に作られてゐるんだらう。
今回はかわいさに加へて母の表情もちよつとあるやうに思ふ。

美芳はいつ見ても表情豊かだ。
別段動くわけぢやないし喋るわけでもないんだけれど、なんとなく声が聞こえるやうな気がする。
「どれどれ」とか「あらあら」とか「ほんと、ぐつすり眠つてるわ」とか。
ほんとに喋つてるのかも。

手前に並んだ武将の人々は、戦の合間の平和なひとときを過ごしてゐるやうに見受けられる。

阿斗が赤ちやんなのに馬超がゐるのか、といふつつこみは野暮なので、ここではしない。
テーマは違ふけれど、馬騰と馬超とがおなじケースにゐるのを見るのは、飯田に行くやうになつてはじめてのやうに思ふ。
馬超、なあ。
なんとなく蚊帳の外のやうに見えてしまふのは、やつがれの偏見なのだらうなあ。
今回の展示では、張飛がなにやら持論を展開してゐて、それをほかの人々が聞いてゐる、といつたやうすのやうに見える。
馬超は右端にゐて、ちよつと部外者のやうな趣があるんだよなあ。
もしかすると、おそらくは酔つてゐる張飛を見るのがはじめてで、「こんな風になるのかー」と思つてゐるのかもしれない。
あるいは、張飛が真面目になにやら話をしてゐるので、「この男にもこんな一面があつたのか」と思つてゐるといふこともありうる。
馬超にはなぜか「あまり周囲にとけ込んでゐない」感を抱いてしまふんだよなあ。
人形劇ではいつのまにか死んでゐて、気づかぬうちに fade out してゐたといふ印象があるからだらう。

孫乾は、張飛の方にかがみこむやうにして、「ねー、もうやめませうよ」などとなだめてゐるやうに見える。
んー、でも黄忠が真剣な面もちで張飛の方を見てゐることを考へると、張飛はそんなに荒ぶつてゐるわけではないのだらう。
さうすると孫乾はなにを心配してゐるのか。
飲み過ぎか。
飲み過ぎだな。
張飛が酔つた挙げ句、いつもと違ふやうすを見せてゐるので気がかりなんだらう。

張飛は五人の真ん中にゐて、どつかと座してゐる。
両腕を広げてなにごとか意見を開陳してゐるやうすだ。
身振りは大きいけれど、真面目な話をしてゐるやうに思はれる。
それは黄忠が傾聴してゐるやうに見えるからといふのもあるけれど、張飛にもどこか醒めた印象があるからだ。
でも絶対一杯やつてゐると思ふ。
「三顧の礼」でファイティングポーズをとつてゐる張飛と見比べるのもまた一興だ。

黄忠は座して張飛に相対してゐる。
張飛の話を真剣に聞かうといふ構へに見える。
ゆゑに張飛もなにごとか聞くに足る話をしてゐるやうに見えるといふ寸法だ。
黄忠、人形劇では荒ぶる老将だけど、飯田で見るときはどこかダンディだからなー。

趙雲は左端に立つてゐる。
位置は馬超と対称なのだが、趙雲は話の話に加はつてゐるやうに見えるんだよなー。
これはもう完全に先入観のゆゑだらう。
人形劇の趙雲は永遠の爽やか好青年だけど、正面から見るとかなりきかん気が強さうといふ印象がある。
今回はややななめから見ることになるせゐか、きつい表情を見ることはない。

左端のちよつと別世界のやうなところに立つてゐる関羽は、右を向いてゐる。
おそらく視線の先には曹操がゐる。
曹操は、関羽の方に身を乗り出すやうにして立つてゐるけれど、関羽は直立してゐる。
曹操からの誘ひを受け入れるでもなく、かといつてはねつけるでもない。
自分には自分の守るべき筋行くべき道がある。
それが曹操の道と交はらないといふだけのことだ。
そんな感じだらうか。

以下、つづく。

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宮中の抗争はこちら
三顧の礼についてはこちら
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