龐統の目線・曹操の目線・董卓の目線
今月に入つてすぐ、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
十二月の展示替へ直後に行つたときには、美芳の顔を見つめてゐる龐統にいたく感じ入つたものだつたが。
龐統先生、美芳を見てゐないんですけど。
うつむいて、なにやら考へ込んでゐるやうすなんですけど。
かうだつたかなあ。
今回の展示のメインケースの展示は「玄徳の周辺」で、趙雲と馬超、関羽と関平、玄徳と張飛、孔明と淑玲、美芳と龐統、黄忠と孫乾とがそれぞれ話をしてゐる、といふやうな展示内容になつてゐる。
孔明だけは淑玲から視線をはづし躰もそつぽを向いてゐてなんとなくよそよそしい感じで、あとはちやんと互ひに互ひの方に躰を向けて話をしてゐる聞いてゐる、といつた感じだつた。すくなくとも、角度によつてはさういふ風に見えるやうになつてゐた。
十二月に見たときはさう思つてゐたんだけどなー。
中でも龐統は真摯なやうすで美芳の話を聞いてゐる。
そんな印象を受けた。
話をしてゐるのは美芳だらう。
両腕を広げて、なにやら楽しげなやうすだ。
そんな美芳をちやんと見て、龐統は話を聞いてゐる。
さういふ風に見えたんだけどなあ。
美芳の正面から見える位置から見ると、ちやんと龐統が美芳を見てゐるやうに見えるんだけどね。
十二月に見たときに錯覚したのかなあ。
「龐統先生、ちやんと見てるぢやん!」つて。
さう見たい、さう思ひたいといふ気持ちが、錯覚を呼んだのかもしれない。
ちやんと見てゐるやうに見える角度もあるので、いいことにするか。
目線といふことでいふと、今回は曹操がとてもいい。
これは十二月に見に行つたときにも書いた。
メインケースの向かひのケースは「曹操の王国」といふ展示内容になつてゐる。
曹操はちよつと高いところにゐて、いすに座つてゐる。
その向かつて左隣には郭嘉が立つてゐて、なにやら献策をしてゐるといつた雰囲気だ。
曹操は、郭嘉の方にちよつと首を傾げて目の玉を左側に寄せてゐる。
郭嘉の云ふことを聞いてゐるといつた風情だ。
目の玉の動くカシラの人形は、横に寄せるときつい表情になるものが多い。
曹操もさうだし、呂布、李儒、周瑜、馬超、仲達……枚挙に暇がない。
その曹操の表情に、まつたくきつい感じがない。もの思ふやうすに見受けられる。
こんな表情もできるんだなあ。
とくに、曹操の向かつて右側から見たときがいい。
郭嘉のやうすもよければ、その話を聞く態の曹操がなんともいへずいい風情だ。
今年は五月の連休には飯田へ行かぬ予定だけれど、曹操に会ひに行きたいなぁ。
こんな曹操、ちよつとないもの。
もうひとつ、目線といふと、董卓・呂布・貂蝉が気になる。
すこし離れて見ると、ケースの奥の少し高い位置にゐる董卓と呂布とが手前にゐる貂蝉を見てゐるやうにも見えないことはない。
でもよくよく見ると、一番高いところにゐる董卓の目は呂布を見てゐて、呂布は貂蝉を見てゐて、貂蝉は見られてゐるのを知つてか知らずか、自身とおなじく手前にゐる王允になにか云はれて腰をかがめ礼をしてゐるやうに見える。
この董卓→呂布→貂蝉の三角形と、その外にゐる王允・李儒との五人のかもしだす緊張感がおもしろい。
展示内容は展示替へごとに変はる。
毎回必死でそのときのやうすを覚えやうとするのだが、画像といふのはそれなりに脳のメモリを食ふのらしくて、なかなか覚えてゐられない。
絵が描ければ絵で残しておけるのかもしれないが、なあ。
それで行くたびにしつこくしつこく見てしまふのだが、それでも全然足りてゐない。
展示替へ前にもう一度行きたい。
でも行つても覚えられないことに代はりはあるまい。
さう思つてあきらめるつもりでゐる。
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