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Friday, 15 April 2016

普段着の襲名披露公演

襲名披露公演つて、こんなだつたらうか……

昨今の歌舞伎役者の襲名披露公演の演目と配役とを見て、ぼんやりとそんなことを考へてゐる。

かつては襲名披露公演といへば一大イヴェントだつた。
大幹部ひしめきあひ、豪華な顔ぶれで豪華な演目・配役の饗宴。

さういふ感じだつたと思ふのだ。
襲名する役者がいい演目・いい役を演じるのは当然として、おつきあひの大幹部を見るための演目・配役といふものも別に存在した。

それが、どうだらう。
たとへば先月の歌舞伎座の演目・配役とか。
これ、別に襲名披露公演でなくても、いいよね。
全然特別感がない。

去年の四月の歌舞伎座もさうだ。
え、これが襲名披露公演?
すでに大阪松竹座で襲名披露をすませてゐるからかもしれないけれど、あれはちよつとないだろうといふやうな演目・配役だつた。
顔ぶれは豪華なのにも関はらず、だ。

1992年の四代目中村梅玉・九代目中村福助襲名披露公演を見てみやう。
同時襲名といふこともあつたからかもしれないが、四月の歌舞伎座の夜の部の一幕目が「絵本太功記」は「尼ヶ崎閑居の場」、吉右衛門の光秀に当時鴈治郎だつた藤十郎の十次郎、芝翫の操、当時松江の魁春の初菊、先代又五郎の皐月、富十郎の
久吉だ。
これ、これだよ、襲名披露公演つていつたらかうだらう?

でも、当時はさう思つてゐなかつた。
襲名披露公演なのだから、これくらゐはあたりまへ。
さう思つてゐた。

襲名披露公演には錚々たる顔ぶれが並ぶ。
その人々が競演する。
つねの興行にはないハレの場。
それが襲名披露公演だつたのになー。

無論、演目・配役といふものは、そのときどきの役者の状態によつて変はるものではある。
当代の梅玉と福助との襲名披露公演のときには、大幹部がほどよくそろつてゐて、それなりに動けた、といふこともあつたらう。
いまはみんなお年も寄つてゐる上にお疲れだからなー。
仕方がないといへばそのとほりだ。
でも客にさう考へさせちやいけないんぢやあるまいか。

襲名披露の口上も、以前は ceremony だつた。
あるときからなかよしグループの楽屋落ちみたやうな内容ばかりになつてしまつた。
新橋演舞場での当代の勘九郎の襲名口上は、かなりおごそかな雰囲気をもつてゐたので、やはり勘三郎はわかつてゐるな、と思つたものだつたけれど。
それに、以前は十三代目の仁左衛門の口上を聞く楽しみといふのがあつて、な。
あれを継ぐ役者はゐないし、今後も継ぐ役者はゐないだらう。

かういふことを書くと「昔はよかつたつていふことでせう」と云はれるのだらう。
それを覚悟で書いた。
襲名披露公演には、華やかで晴れやかな特別な雰囲気がほしいからだ。

今年はこのあと中村芝翫の襲名披露公演が控へてゐる。
「やつぱり襲名披露公演はかうでないと」といふやうな配役・演目になることを願つてやまない。

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