« 我慢の限界 | Main | 「真田丸」二十回分 »

Friday, 04 March 2016

手書きするわけ

なぜ紙のノートに手で書くのか。

やつがれの場合は、「世の中がきな臭くなつてきたから」だ。

以前は、客先で仕事をする場合も自社からノートPCを持ち込むことができた。
それで自社のネットワークに入つて社内のやうすを知り、自分の状態を知らせることができた。

いつごろからだらう。
どの会社に行つても外部のPCを持ち込むことができなくなつたのは。
当然、私物のPCなどもつてのほかだ。

携帯電話やスマートフォンについても、カメラのついてゐるものは持ち込めないといふ企業もある。
甚だしきはそもそも携帯電話やスマートフォンを持ち込んではいけないといふ会社もある。
#PHSならいいのか、とツッコミたくなるよね。

そんなわけで、結局旧来の様式に頼らざるを得なくなつた。
紙と鉛筆である。
ノートとペンといつてもいい。

しかし、聞いた話によると、私物の筆記用具やノートも持ち込み禁止といふ企業があるのださうな。
職場でなにをしろつていふのかね。
仕事と私事とつて、そんなにかんたんに区別のつくものなのかな。
つかないことだつてあるんぢやないかな。

もとい。
幸ひなことにいまのところやつがれの職場では私物のノートや筆記用具を持ち込めるやうになつてゐる。
もちろん、机の上に出しておいても誰も文句は言はない。
私物の携帯電話やスマートフォンは、しまつておかなければならないにも関はらず、だ。

こんなことを書くのも、昨日、「Bullet Journal GTD」でWeb検索をかけたときに、Bullet Journal をやめた理由のひとつとして「手書きよりもPCのキーボードから入力した方が速くたくさん書くことができるから」と云つてゐる人がゐたからだ。

つねにPCが手元にある人ぢやないと云へないよなあ。

やつがれも、手で書くよりはキーボードから入力した方が速く書ける。
こんなかな遣ひをしてゐても、だ。

でも、手で書いた方がこのかな遣ひをしてゐる関係上、ストレスは少ない、とは以前書いた。
いちいち前にもどつて削除しなくてもいいからね。

それに、手書きには遅さを補つてあまりあるよさがある。
たとへば、紙の上の好きな位置から書き始められる、とか。
日本語だからといふのもあるけれど、縦にも横にも書ける。
斜めに書いてもいい。
気分次第で書いたものを丸で囲んでもいいし、絵を添へるのも自由自在だ。
#絵が描ければ、ね。
手元に三色ペンでもあれば、色を使ひ分けることもかんたんにできる。
PCに入力する場合はそれがないんだよね。

最近ではタブレットPCだとこれに近いことができるのかもしれない。
でもその場合、速さは損なはれることになる。
やりなほしがきく分、手書きよりもいいかもしれないけれど、別段やりなほせなくて困るやうなことは書かないし、やりなほしたかつたら書きなほせばいい。

紙の手帳とペンとを用ゐる場合で困るのは、電車やバスなど乗り物の中にゐるときかな。
揺れるのでうまく書けない。
立つてゐればなほさらだ。
座つてゐたつて字がゆがむ。
もともと読みづらい字がますます読めなくなる。
かういふときは、iPhoneにメモを取る。
と書いて、最近のiPhoneは大きいから電車内で立つてゐると入力しづらいんだよね。
車内だと騒音がすごくて音声入力もしづらかつたりするし。
iPhone、もうちよつと小さく使ひやすくならないかなぁ。

そんなわけで紙の手帳とペンとを遣ひつづけるだらう。
すくなくとももうしばらくは。

|

« 我慢の限界 | Main | 「真田丸」二十回分 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 手書きするわけ:

« 我慢の限界 | Main | 「真田丸」二十回分 »