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Monday, 14 March 2016

もう毛糸なんか買はない

Striped Shawl は、あと「真田丸」十五回分くらゐまで進んだ。
先週はそれほど編んだといふ記憶はないが、ちよこちよこ編んでゐたのがよかつたんだらう。
あとは毛糸が足りるかどうか、足りなかつたらどうするか、といふ問題があるが、まあ、なんとかなるだらう。

先週は、突然思ひたつて、毛糸の整理をした。
おなじものはできるだけ一カ所にしまひたい。
でも毛糸はさうはいかない。
いまでは通じなくなつてしまつたかもしれないが、我が家の毛糸はかつてのマラカニアン宮殿の靴の数もかくや、といふほどあるからだ。
当時「履く靴三千足」とかいつてゐる人がゐて、「うまいこと云ふなー」と思つたものだ。
やつがれの場合はさしづめ「編む毛糸三千巻」とかか。全然うまくない。

整理、といふことは、当然捨てるものもあつた、といふことだ。
毛糸、捨てられないよねー。
もともとものの捨てられないたちのところにもつてきて、「この毛糸はあのときあの店で買つたもの」「この毛糸はもう廃番」とか思ふとなかなか捨てられない。

また、あみもの界隈の人々といふのはなぜかものをとても大切にする。
物惜しみをする、といふとなんだかケチくさく聞こえるかもしれない。
でも、あみもの界隈の人々は、ほんたうにちよつとしたものでも有効活用するんだよね。
あの創意と工夫とがうらやましくてならない。

そんなわけで一時はやつがれも編み地をくぐらせてあまつた糸端などもとつておいてゐた時期があつた。
どうやらあみものをする人はみなさうしてゐるやうだつたからだ。
しかし、使ひ道がない。
そらさうだ。
編み地をくぐらせたあとに残つた糸端など、たいした長さがあるわけではない。
たまに編み地の端まできてしまつて、次の段が編めるほどは毛糸がない、といふやうなときはちよつと長めになるときもある。
でもそんな時ばかりとは限らない。
だいたいできるかぎり毛糸は使ひきるやうにして編むしね。

それでも集めてゐた糸端をどうしたかといふと、そのころはあみぐるみを編むこともあつたので、中に詰めてゐた。
あと、多少長く残つた糸端は、編み地のうへから刺繍するのに使つたこともある。

でもあみぐるみを編むものはそんなに好きではないし、刺繍はもつと好きではない。
そんなわけで、使ひ道のない糸端ばかりがたまり、ある日思ひたつて捨ててしまつた。
以降、よほどのことがない限り糸端はその都度捨てるやうにしてゐる。

今回毛糸を捨てるにあたつて、基準をひとつまうけた。
一玉しかないものは捨てる、だ。
一玉しかなくても、それだけでなにか作れさうなものは残したけどね。
たとへば中細毛糸が50gもあれば指なし手袋が編める。
でも最近の毛糸は25gで80mとか、「どーしろつていふの」といふ玉が多くてなー。
それでも捨てがたく思ふ毛糸もあつたが、心を鬼にして捨てた。
問題なのは、中途半端に三玉とかある毛糸だ。
とくに春夏の糸に多かつた。
夏用のスカーフを編むつもりで買つたんだらうが、最近夏用のスカーフはもうこれ以上増やしてもなー、といふ状況にある。
捨てられないのは、パピーのリネンとコットンとの混紡だつたりするあたりだ。
いい糸なんだ、これが。

と、葛藤の末、それでも買物袋二袋くらゐは捨てた。

寄付しやうかとも思つたが、その手順を調べてゐるあひだに気が変はつても困る。

ああ、もう毛糸など買ふものか。

と、誓ひを新たにしたものの、いつまでもつかは、また別の話。

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