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Friday, 15 January 2016

こどもの使ひぢやあるまいし

「こどもの使ひぢやあるまいし」と世の人は云ふ。

職場などで、電話の応対が不十分だとか、顧客と応対して相手の欲するところをちやんと聞き出せなかつたりする人に対して云ふことが多いやうに思ふ。

個人的な経験から云ふと、「こどもの使ひ」しかできない人にそれを超えることを求めてはいけない。
できたら最初からやつてゐるはずだからだ。

「こどもの使ひぢやあるまいし」と云つてくれる人がゐなかつたからそこから脱することのできない人もゐるのかもしれないけれど、そこはそれ、だ。

そもそも、「こどもの使ひ」しかできないやつがれが云つてゐるのだから、間違ひはない。
かういふ人間に「おとなの使ひ」を求めてはいけないのである。

似たやうな内容で、「指示待ちはいけない」とか「自分で考へろ」などと云ふ人がゐる。
指示を待たずに自分の判断で行動した結果失敗したり、自分で考へて発言しても即却下されたりといふ経験があると、「そんなことしてもムダぢやん」と思ふやうになる。

雇用主としてはどちらがいいのだらうか。
自身の判断で行動した結果失敗する人間と、失敗しても(あるいは「失敗するとわかつてゐても」)指示待ちなどせず自分の考へで動く人間と。

どちらもダメか。
どちらもクビだな。
残るのは自分で考へて行動して間違ひがない人だ。

世の中つて、さういふ人ばかりなのだらうか。
自分で考へて行動した結果、成功する人ばかりなのか。
さうは思へない。
それに、こどもの使ひしかできない人にはその人なりの使ひやうといふのがあるのではないか。
(まあ、やつがれについてはともかく。)

それとも、こんなやつがれでさへ、自分で考へて行動した結果、正しいこと、間違つてゐないことを行へることがあるのだらうか。

どうもさうは思へないのである。

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