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Thursday, 31 December 2015

飯田市川本喜八郎人形美術館 江東の群像 2015

飯田市川本喜八郎人形美術館では十二月五日に展示替へを行つた。
今回はその新展示のうち、「江東の群像」を書く。

展示室のメインケースの右隣のケースが「江東の群像」のケースになつてゐる。
左から貞姫、呉国太、喬国老、孫権、諸葛瑾、黄蓋、闞沢、周瑜、陸遜、魯粛の順に並んでゐる。
貞姫から諸葛瑾までがひとかたまり、黄蓋から魯粛までがひとかたまりになつてゐる。

貞姫は右を向いて立つてゐる。なんだか可愛い。
はじめて飯田に行つたときも、貞姫は可愛かつた。そのときは長刀を手に勇ましい立ち姿で、「貞姫つてこんなに可愛かつたか知らん」と失礼ながら思つたものだ。
その後何度か見てゐるが、はじめて見たときの可愛さを超える貞姫にはお目にかかれなかつた。
今回はいい線いつてゐるのぢやあるまいか。
前回の貞姫はかなりうつむいて立つてゐた。なにかひどく深刻さうな感じだつた。
今回はさういふ深刻さはない。
それで可愛く見えるのかもしれない。

呉国太は高いところから貞姫を見てゐる。
いつも書いてゐるやうに、人形劇で見るときの呉国太は芯の強いちよつと怖い感じの女の人だが、飯田で見る呉国太は福々しくてやさしい女の人に見える。裕福ないいお育ちの人といつた感じだ。
今回もさうなんだけれども、実は今回はちよつと人形劇のときとおなじやうな印象を受けた。
強さう、といふか、気がきつさう、といふか。
貞姫を見る目が怖いといふのではないんだけれどもね。

呉国太の隣には喬国老が座つてゐる。いつもは孫権の座つてゐる椅子に腰掛けてゐるのだらう。
喬国老も貞姫を見てゐる。
これもいつも書いてゐるやうに、喬国老は人形劇で見るととても人のよささうなお爺さんなのだが、飯田で見るときは喰へない親爺に見える。
今回もそんな感じだ。
喬国老がそんなだから大抵は隣にゐる呉国太がやさしげに見えるといふことはあると思ふ。

孫権は今回も立つてゐる。
立つやうになつたのかー。
飯田歴はそんなに長くないやつがれが、立つてゐる孫権をはじめて見たのは前々回のことだつたと思ふ。
いやー、よかつたねえ、あの孫権は。
衣装も武人のそれで、やうすがよかつたんだよねえ。
今回は孫権といへばこれ、といひたくなるやうな、つやつやした緑色のあざやかな前垂れのついた衣装である。
顔は右にゐる諸葛瑾に向けてゐる。
なにかしら諸葛瑾に話しかけてゐるやうすだ。
なにを話してゐるんだらうねえ、といふのは、今回の展示でとくに感じることではある。
ここは貞姫絡みのことなのだらうか。
それとも、孫権と諸葛瑾とは全然別なことを話してゐるのだらうか。
時折、ものすごく厳しい表情の孫権を見ることがあるが、今回はそんなことはない。
至極穏やかなやうすで諸葛瑾を見てゐる。
やはり貞姫のことを話してゐるわけではないのかな。

諸葛瑾は孫権を見てゐる。
なにかに似てゐるなーと思つたら、前回のヒカリエの展示がこんな感じだつたからか。
ヒカリエの展示では孫権と諸葛瑾との間がちよつと離れてゐたが、今回の飯田の展示ではふたりはもつと近い位置に立つてゐる。
遠いとよそよそしく見えるよな、どうしても。
飯田の諸葛瑾といふとなぜかいつも苦悩の表情を浮かべてゐるやうな印象が強いのだが、前回今回と落ち着いたやうすで立つてゐる。
安心する一方で、なんとなく物足りない気もする。

黄蓋、闞沢、陸遜、魯粛は周瑜を取り巻いてゐる。
黄蓋は、前回の展示ではよくわからなかつたガラスの目玉が今回はよくわかるやうになつてゐる。光線の加減によつて目が輝くからだ。
黄蓋と黄忠とは人形劇ではよく似てゐるといふ印象がある。
今回のやうにふたりともに展示されてゐると、その違ひがよくわかる。
黄忠は先日書いたやうに穏健な感じだが、黄蓋は見るからに頑固一徹な感じだ。
かういふのつて実際に見てみないとよくわからないことだつたりするんだなあ。

闞沢は、右斜め上にゐる周瑜を見上げてゐる。
なぜか、周瑜のことを疑つてゐるかのやうに見える。
よくよく見ればそんなことはないんだけれど、といふよりは、「そんなことはない」と自分に云ひ聞かせてみた、といふのが正しい。
なんでそんなに疑はしげなやうすに見えたのかなあ。
謎である。
これはもう一度行く機会があつたら是非確かめてみたい。

周瑜は、四人に取り巻かれて、ちよつと高いところに立つて左の方を睨んでゐる。
実は今回の周瑜にはピンとこない。
なんだかそんなにステキに見えないのだ。
前々回は小喬と見つめあふやさしげなやうすがよかつたし、前回はうつてかはつて厳しいやうすでよかつたんだけどなー。
いや、前回前々回だけに限らない、ゐるときはいつもいい男なのが周瑜なんだがなあ。
をかしいと思つて何度も周瑜の前を右往左往してみたけれど、どうも「これ!」といふ角度を見つけることができなかつた。
これも再会する機会があつたら確かめたい点である。

陸遜は、左上にゐる周瑜を見上げてゐる。
闞沢とは正反対に周瑜のことを信頼してゐるやうに見える。
「私にお任せを」と云つてゐるかのやうだ。
人形劇でも陸遜はいい人だ。
前身が勝傑だからなんだか悪い人のやうに感じてしまふのは、こちらの問題だ。
人形劇では呂蒙が悪過ぎたので、陸遜がいい人に見えるのかもしれないなあ。
かうして見ると、勝傑もそんなに悪い人ではなかつたのかもしれない、といふ気もする。
もしかしたらほんたうに勝平のお父さんだつたんぢやあるまいか、とかね。

魯粛は一番右端の高い位置にゐる。
ちよつと離れてゐるせゐか、黄蓋から陸遜までの全員を見渡してゐるやうな感じがする。
傍観してゐる、といふかね。
実際はちよつとうしろに控へてゐるといふだけかもしれない。
魯粛は、人形劇では初登場時とその後とでだいぶ人格が変はる。
周瑜亡きあとは表に立つので悪巧みも魯粛の持ち分といふことになるからだ、とわかつてはゐても、なんだか魯粛が可哀想な気分になる。
今回の魯粛は人形劇でいふと赤壁前といつたところかな。
穏和で積極的に悪いことはしない人のやうに見える。

以下、つづく。

紳々竜々と黄巾の乱はこちら
「宮中の抗争」についてはこちら
連環の計についてはこちら
「玄徳の周辺」その一はこちら
「玄徳の周辺」その二はこちら
「曹操の王国」その一はこちら
「曹操の王国」その二はこちら

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