「夜の入り口」第4シーズン「ポポイ」 愚者の深読み篇
11月12日(木)、西麻布の音楽実験室 新世界でproduce lab 89の「夜の入り口」第4シーズン「ポポイ」を聞いてきた。
19時開演の初回を聞いた。
「ポポイ」は倉橋由美子の小説である。
演奏がついて複数人で朗読するのを聞くのははじめてだつた。
あー、ジョージ・タケイが朗読してときどきレナード・ニモイがMr.スポックの独白をするといふ「スタートレック4 故郷への長い道」を聞いたことはある。
Mr.スポックはおまけのやうなものなので、これは除外していいだらう。
音楽があつて朗読者四人がそれぞれ登場人物を担当して朗読するといふ、演劇仕立ての朗読だつた。
「ポポイ」はもともとはラジオドラマとして書かれたものなのだといふ。
演劇的な要素のある方がそれつぽいのかもしれない。
舞台の下手にピアノ、シロフォン、木魚、お鈴など楽器が組まれてゐる。
このあたりはやつがれの座つたところからは死角になつてしまつてよく見えなかつた。
下手から、演奏担当の鈴木光介、村岡希美、粟根まこと、佐藤真弓、須賀貴匡の順に並んでゐた。
まづ演奏者である鈴木光介が「ポ」の音を重ねた音楽を流しはじめた。
見えなかつたのでわからないけれど、最初は自分で歌つてゐたのかな。だとしたらどこかの時点で録音したものに変はつてゐると思ふ。
この「ポポポ」といふ音の連なりには、眠つてゐるmindの底から意識が泡のやうにわき上がつてくるやうな効果があつた。
そのうち時折「イー」といふ音が入るやうになつて、鈴木光介が歌ひ出す。
「Open your mind」といふ歌詞に、「ああ、さうか、「ポポイ」はさういふ話だよな」と、すこし目の覚めるやうな思ひがした。
倉橋由美子の「ポポイ」は、割腹自殺をはかつた美少年の首を主人公の栗栖舞が面倒を見る、といふ話である。
舞は首にポポイといふ名前をつける。
ポポイには生前、といふか首だけになる前にいろいろと謎があつて、舞はそれを明らかにしやうとする。
……と書いて、なにか違ふなあと思ふ。
舞は、謎の解明にはそんなに積極的ではないからだ。
まあ、でも、さういふことにしておかう。
最初は意思の疎通のままならなかつた舞とポポイだが、次第に意思の通じるやうになる。
「Open your mind」でせう。
また、「Open your mind」といふのは観客へのメッセージのやうにも聞こえた。
「mindを開放して聞いてね」つてね。
さう思ふとなんだか楽しくなつてきて、すんなり朗読の世界に入りこむことができた。
行く前に「ポポイ」をすこし時間をおいて三回読んだ。
予備知識なしで行くことも考へたけれど、今回は読んでから行つてよかつたかな。
朗読がはじまると、「ポポイ」を読んだときの記憶が活性化するやうな気がしたからね。
楽器群の上手に四つ椅子が並んでゐて、一番下手側に村岡希美が座つた。
小説のト書き部分と舞のせりふの部分とを担当してゐる。
「ポポイ」は舞の一人称で語られるので、ほぼ読み上げつぱなしだ。
行く前は、舞のことを「薄い印象の人」だと思つてゐた。
作中、自分のことを「ニュートラルな人間だ」と評する部分があるからだらう。
来るものは拒まず去るものは追はず、といつた人なのだと思つた。
嫌ひなものには近づかず、好きなものにはそばにゐてほしいけれど失つたときのさびしい気持ちも悪くない。
そんなやうなことを語つてゐる。
村岡希美の舞は、もつと強い印象の人だつた。
考へてみれば、舞は「好き嫌ひははつきりしてゐる」と自分でも云つてゐる。
作中にあるとほり世の中のことについて「何々すべきである」と考へるタイプではないのかもしれない。
しかし、強烈な個性の持ち主であり、確固とした個である。
そして、心にちよつぴり遊びの部分がある。
そんな風に聞こえた。
ニュートラルといへば、村岡希美の上手側に座つてゐた粟根まことの佐伯さんの方がよつぽどニュートラルだ。
佐伯さんは脳科学者で舞の婚約者だ。ポポイの「世話」を舞に依頼するのが佐伯さんである。
粟根まことの佐伯さんはニュートラルといふか、遠い。
通常ひとりで朗読するだらう村岡希美の読み上げるはずだつた箇所を代はりに読んでゐる、とでもいはうか。
佐伯さんそのものといふよりは、舞といふフィルタを通して見た(聞いた)佐伯さんといふ感じがした。
一人称の小説とはさうしたものだらう。
そして、朗読担当の並び順に気がつく。
最初は登場順かなくらゐに考へてゐた。
実際はさうなのだらう。
でも、なんていふのかな、舞にとつて本来親しいはずの順に並んでゐながら、舞から見たら心理的な距離は一番遠い順に並んでゐるのではないか。
途中からそんな気がしてきた。
愚か者の深読みではあるがね。
粟根まことの上手側に座つてゐる佐藤真弓の聡子さんの方がずつと親しげだ。
聡子さんは舞の義理の祖母の孫で、親戚の中では舞と一番年齢が近い。
舞も聡子さんとは話しやすいと思つてゐるやうである。
知性こぼるるおとなの女の人はこんな話し方をする。
ころころと転がるやうな、ゴムまりのはづむやうな、口にすることばの中に音楽のあるやうな、そんな印象を受けた。
佐藤真弓はもう一役、新聞記者も担当してゐた。
こちらも実に生き生きとしてゐて、血と肉通ふ感じだつた。
少年役とかも是非聞いてみたい。
佐藤真弓の上手側、といふか一番上手側には須賀貴匡が座つた。
ポポイである。
本来ポポイは声が出ない。
作中では、最初は目の動きなどで意思を伝へ、途中からは特殊な入力装置を使つて意思を表明するやうになる。
「少年」といふことばから連想するよりも落ち着いた声で、それでゐながらときにちよつと甘えたやうな感じがしたり、こどもつぽかつたり、疲れてゐたり、さまざまな表情を聞かせてくれる。
朗読会のあとの古屋美登里と豊崎由美との対談で、「倉橋先生もきつと気に入つたと思ふ」などと語りあつてゐるのを聞いて深くうなづいてしまつた。
最初舞はポポイの謎を探つてほしいと佐伯さんに云はれて預かる。
物語が進むにつれ、それとはまつたく別にポポイに興味を惹かれていくやうに思ふ。
さうなるのもむべなるかなといふポポイだつた。
朗読用の編集は最高だつたと思ふ。
朗読した部分よりもしなかつた部分の方が多からうに、それで物語がわからないといふことも物語が痩せて聞こえるといふこともない。
原作には、舞が大学の友人である酒井君と小旅行に行く場面がある。
ポポイの故郷を訪ねてその前身である田丸平吾のことを探る旅だ。
酒井君は朗読会には登場しない。
その名前すら出てこない。
朗読会ではこの部分は音楽で表現されてゐた。
鈴木光介のトランペットの音楽がそこはかとなくロードムーヴィーを思はせるやうな旋律を奏でてゐた。
トランペットを吹きながらピアノも弾いたりしてゐたのか知らん。
死角に入つてゐたのがつくづく残念だが、その分音楽に集中できた、と日記には書いておかう。
このくだりの演奏では、粟根まことがボンゴを叩いてゐた。
道理で手にした本を椅子の背と自分の背とにはさんでみたり出してみたりもぞもぞしてゐたはずだ。
おそらく叩いてゐる最中邪魔にならない位置を探つてゐたのだらう。
万年寝不足でなにかあると寝落ちしてしまふので、行く前は「寝ちやつたらどうしやう」と不安だつた。
杞憂だつた。
こんなことなら松橋登の朗読会にも行つておくんだつたなあ。
と、いまさら云つても後の祭りなので、今後はかういふ機会があつたら逃さぬやうにしたい。
« またしてもレース糸の色の話 | Main | 神戸手帖を使ひはじめた »
Comments