川本喜八郎人形ギャラリー 一ノ谷 その二
11/14(土)、渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーで新たな展示内容が公開された。
今日は「一ノ谷」のケースについてつづきを書く。
磯の禅師から範頼についてはすでに書いたので、今日は弁慶以降についてふれる。
弁慶だよ。
たうとう出番がきたよ。
「待つてました!」と聲をかけたいところだね。
五條大橋あたりで一度出てくるかなーと期待してゐたのだが、残念ながら出番がなかつた。
ここで出てくるかー。
「人形歴史スペクタクル 平家物語(以下、人形劇の「平家物語」)」の人形のうち鎧をつけたものはとくに重たいといふ話を聞く。
ことにこの弁慶は5kgくらゐあるのださうな。
それを頭上高く掲げて操るだなんて、想像を絶する。
飯田市川本喜八郎人形美術館の弁慶もさうだけれど、弁慶でいつもすばらしいなと思ふのは、その立ち姿だ。
人形を実際に操つてゐるところを見ると、足の表情がむづかしいやうに見受けられる。
足だけ生気がないやうに見えてしまふことがあるからだ。
ぶらんとしちやつてね。
文楽の人形は三人で遣ふ。そのうち一人は足遣ひだ。
足の担当を置くことで、足までしつかり気の入つた演技ができるやうになる。
さういふことなのだらうと思ふ。
人形劇の「平家物語」に出てくる弁慶は、足の出てゐる部分が多い。
その分、ほかの人形よりも足がだらりぶらりと見えるやうになる。
でも展示されてゐる姿を見ると、いつでも大地をしつかりと踏みしめて立つてゐる。
高下駄を履いて、ね。
この立ち姿が立派で素敵なんだよねえ、弁慶は。
弁慶の隣には鷲尾経春がゐる。
鵯越の坂を指さしてゐる。
きつぱりとした表情、姿だ。
鹿でも下りる坂です、馬だつて必ず下りられます。
自信を持つてさう云ひはなつてゐるのかもしれない。
今回の展示には少年が何人かゐる。
先日書いた義高のほか知章、直家、敦盛が飾られてゐる。
けがをしてゐる直家以外は、みな悲壮感に満ちた表情を浮かべてゐるやうに見える。
あー、敦盛はちよつと違ふかな。敦盛はおそらく経盛の記憶の中の敦盛だらうから。
それはともかく、経春は違ふ。
経春の断固とした表情、力強く指した指先は、生き生きとして見える。
見てゐてちよつと気持ちが昂揚してくるやうな姿だ。
「落日粟津ケ原」で気持ちが落ち込んだら、「一ノ谷」を見るといいかもしれない。
弁慶と経春との背後に、馬上の義経がゐる。
さうさう、義経といへばこの鎧だよね。
濃い薄い紫に黄色の草摺が、なんともやさしく華やかだ。
飯田の義経の鎧は紅白なんだよね。それはそれで義経のイメージにそぐつてゐる。
ただ、黄色の色が記憶の中の色より鮮明だ。玉子色のやうな色をイメージしてゐたのだが、どこかで記憶を捏造してしまつたやうだ。無念。
義経は経春の指さす方を見下ろしてゐる。
この顎の引き加減がまたすばらしくてね。
左から見てよし、前から見てよし、右からみてよし、だ。
きりつとしてゐて凛々しくて、一点の迷ひもない感じ。
見とれることしきりである。
範頼と比べてしまふからかもしれないけれども。
この義経を見るにつけ、やつぱり範頼はちよつと可哀想だなあと思はずにはゐられない。
義経の馬の脇に、鎌田正近が立つてゐる。
渋谷では鎧姿ははじめてだ。前回展示されてゐたときは山伏姿だつた。
飯田の正近の鎧は黒に近い紺色で、これが実にひきしまつたいい色だ。
人形劇の正近の鎧は黒である。
飯田の正近はそんなにしよつ中展示されるわけではないせゐか、鎧もふくめ衣装が全体的にぱりつとしてゐる印象がある。
ヒカリエの正近の鎧は、どことなくくたびれて見える。
歴戦の兵。
そんな感じ。
そこがまたいい。
正近の隣には伊勢三郎がゐる。
説明に「人生の裏街道」を渡つてきた、といふやうなことが書かれてゐて、思はず微笑んでしまふ。
目の前の伊勢三郎は見るからにそんな感じだからだ。
日の当たる場所ばかり歩いてきたわけではない。
世の中の裏も表も見てきた俺だ。
伊勢三郎からはそんな印象を受ける。
かうして見てみると、今回の展示では弁慶といひ伊勢三郎といひ、義経の家来にはくせの強さうな人物が多い。
まあ、正近はさうではないし、ほかにも家来はたくさんゐるものの、今回ぱつと見たときにはさう感じる。
そのくせの強い荒くれ者たちが「御曹司!」てーんで従つちやふ義経といふ人の存在が大きい。
伊勢三郎の右側すこしはなれたところに、麻鳥が座して負傷した兵士の手当をしてゐる。
この麻鳥の左側に、土に汚れた赤旗と白旗とが重なりあつて倒れてゐる。
説明を見ると、麻鳥は負傷兵と見れば平家だらうが源氏だらうがかまはずに手当した、といふやうなことが書かれてゐる。
赤旗と白旗とを見ただけでそれがわかるやうになつてゐる。
麻鳥に手当されてゐる兵士は、別の兵士に抱き抱へられるやうにして横たはつてゐる。
もしかすると、旗はこの二人の兵士がそれぞれ持つてゐたものなのかもしれない。
麻鳥はうつむいてゐるのでよく見えないけれど、厳しい表情に見える。
崇徳院に仕へてゐたころの頼りない若者のやうすはまつたく感じられない。
人間(人形だけど)、変はるものなんだなあ。
「一ノ谷」のケースの最後は、後白河法皇だ。
ケースとケースとの合はせめの角に「平家物語」の掛軸を背にして立つてゐる。
前回見たときは「鹿ヶ谷」のときだつた。
照明の関係で陰影が濃くて、清盛のゐる方を睨んでゐた。睨みつつも不敵な笑みを浮かべてゐるやうな表情が不気味で素敵だつた。
今回は、陰影はあまりない。
清盛がゐなくなつて、法皇の行動を制限するものがほぼなくなり、心持ちも明るくなつたのかもしれない。
その表情はやはりどこか横の方を見てゐて、しかも不敵な笑みを浮かべてゐるやうに見える。
以前よりも自信に満ちた笑みだ。
手には偽の院宣を持つてゐるのかな。
悪だくみ大好き。
そんな陰険に楽しげな後白河法皇だ。
これまた見てゐて楽しい。
以下、つづく。
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