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Thursday, 26 November 2015

川本喜八郎人形ギャラリー 一ノ谷 その一

11/14(土)、渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーで新たな展示内容が公開された。
今日は「一ノ谷」のケースについて書く。
左から磯の禅師、静御前、土肥実平、梶原景時、畠山重忠、馬上の源範頼、弁慶、鷲尾経春、馬上の源義経、鎌田正近、伊勢三郎、阿倍麻鳥と負傷兵二名、後白河法皇の順に並んでゐる。

磯の禅師は後方やや高いところに座してゐる。
娘・静御前を遠くから見守つてゐる心か。
磯の禅師はみづからも白拍子であり、ほかの白拍子を抱へて一座を組んでゐたこともあるのださうな。
人形劇の「平家物語」では牛若丸は幼いころ女の子と偽つて白拍子の一座にゐたことがあることになつてゐる。
このときおなじくこどもだつた静と出会つて兄弟のやうに育つた。
磯の禅師には、一座をまとめてゐた人の強さ厳しさもあるやうに見受けられる。

磯の禅師の右前方にゐる静御前は白拍子のこしらへで舞つてゐる。
うつむきがちの顔の表情がどこか幼い。なんだか可愛い。
見たところ、母の前で舞つてゐるといふ感じはしない。
上にも書いたやうに、磯の禅師からはどこか遠くから娘のことを思つてゐるといつた印象を受ける。
娘と義経とのことを、かな。
静はこれから戦に向かふ義経の前で舞つてゐる心なのかな。
あるいは遠くにゐる相手のことを思つて舞つてゐるのかもしれない。
磯の禅師と静御前とは一組として展示されてゐるけれど、空間的には互ひに離れたところにゐる。
そんな感じがする。

静御前の右側すこしはなれたところに土肥実平がゐる。
実平から三郎までは一名を除いてみな鵯越の坂の下を見下ろしてゐる。
実平は一年前の展示のときにもゐた。
あのときは景時、義盛と一緒に並んでゐた。
衣装もあのときとおなじ鎧だと思ふ。草摺の縦半分が茶がかつた朱色でもう半分が草の色のやうな緑だ。
一年前も書いたけれど、一緒に並んだ梶原氏や和田(三浦)氏と違つて、土肥氏は生き延びて広島に行く。
今回一緒の畠山も、やはり滅ぼされてゐる。
ヒカリエにゐる実平には、しかし、滅亡をまぬがれやうと策を弄したやうなしたたかさはあまり感じない。
どちらかといふと、実直さうな人に見える。
もしかするとどこかに狡猾なところがあるのかもしれない。
前回もそんなことを書いたやうな気がするけれど、今回も実平にはちよつと気をつけて見ていきたい。

実平の後方に梶原景時がゐる。
ここにゐるみなが坂の下を見てゐるのに、景時ひとりだけは別のところを見てゐる。
意地の悪さうな視線の先にゐるのは義経だ。
前回の展示のときの景時も、目は横を向いてなにかを睨んでゐるかのやうな表情をしてゐた。でもそんなに陰険さうな印象は受けなかつた。
景時だしね。
普段からさういふ表情だよね。
さう思つたのかもしれない。
でも今回は違ふ。
照明の加減でちよつと影ができるからかもしれないけれど、胸に一物あるやうな、なにかたくらんでゐさうな不敵の表情を浮かべてゐる。
見てゐて実に楽しい。

実平の右、景時の斜め前方にゐるのは畠山重忠だ。
惚れ惚れするやうないい表情をしてゐる。
とくに向かつて左側から見たときの男ぶりのよさときたら絶品だ。
重忠といふと、説明にもあるとほり、鵯越の逆落としのときに乗つてゐた馬が骨折してしまつたのでその馬を背負つて坂を下りたといふ逸話がある。
こどものころ、重忠には「馬を背負つて急な坂を下りた人」といふ印象しかなかつた。
なんていい人なんだらう。
気は優しくて力持ち。
長じて文楽や歌舞伎を見ると、重忠は白塗りで知恵も情けもあるいい人として出てくることを知る。
渋谷の重忠も、頭もよささうに見える。
一見、馬を背負つて坂を下りるやうな力持ちには見えない。
さういふ人が馬を背負つて下りるのがまたいいんだな。多分。
左から見たときの男ぶりに比べると、右から見たときはちよつと時代がかつたやうすに見える。
いい男なのは変はらないが、現代の身体のバランスに比べると頭の比率が大きく見えるからだ。
江戸時代の芝居絵のバランスだよね。
そこがまたいい。
実平同様、重忠も真剣な面持ちで坂を見下ろしてゐる。
この時点ではまさか自分が馬を背負つてここを下りることにならうとは知る由もない。
そんなところもいい。

景時の右、重忠の斜め後方に、馬に乗つた源範頼がゐる。
馬上からなんとも情けない表情で坂の下を見込んでゐる。
情けない表情なのはもとからなのかもしれない。
蒲殿つていつもかういふ役回りな気がして、ちよつとあはれな感じがする。
そもそも「かばどの」といふ音の並びがちよつと間が抜けて聞こえることさへ、あはれだ。
今日千秋楽を迎へる平成中村座では「女暫」がかかつてゐる。
ここに出てくる公家悪も範頼だ。
範頼が義高をいぢめた、といふ話でもあるのかなあ。
公家悪だから格の落ちる役といふわけではないけれど、「女暫」を見るたびに「蒲殿、可哀想」と思つてしまふのはやつがれだけではないと思ひたい。
今回の範頼を見ると「えー、こんなところを馬で下りるのー?」とでも云ひたげなやる気のなさを感じてしまふ。
わかる。わかるよ。
下りたくないよな、こんな急な坂なんて。
#といつて、どんな坂だかはこちらにはわからないわけだが。
このあと出てくる義経の凛とした姿と比べてしまふからいけないのかなあ。
範頼の情けなさ全開。
すばらしいんだけど、やはり可哀想な気がしてしまふのであつた。

以下、つづく。

「落日粟津ケ原」についてはこちら
「鎌倉非情」についてはこちら

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