初演の猥雑 再演の洗練
熊子に「もうお前ひとりの身体ぢやないんだぜ」と云へるのが「アテルイ」、さうは云はずに結婚指輪になつてしまふのが「阿弖流為」。
「アテルイ」と「阿弖流為」との違ひは、そこにある。
ここでいふ「アテルイ」とは劇団☆新感線の芝居、「阿弖流為」は歌舞伎NEXTの芝居をさす。
「アテルイ」と「阿弖流為」との違ひについては、きちんと論じてゐる方々がゐるので、きちんとした話はそちらをご参照願ひたい。
きちんと、といふのは、阿弖流為と鈴鹿といふか立烏帽子との仲の話とかね。
物語の本筋としてはそちらの方が主である。
ここで語らうと思つてゐるのは、全体的な雰囲気の話だ。
熊子といふのは、雌の熊である。
「アテルイ」でも「阿弖流為」でも人間と友好関係にある、といふか、恋愛関係にある熊だ。
その恋愛関係にある人間の方が熊子に対して「もうお前ひとりの身体ぢやないんだぜ」と、熊子の腹の中にゐる子は自分の子でもあるといふセリフが云へてしまふのが「アテルイ」で、さうは云はずに結婚指輪といふ形できれいにものごとを納めてしまふのが「阿弖流為」なんだな。
今回、大阪松竹座に行く前に「アテルイ」を見直してさう思つた。
新橋演舞場では結婚指輪は出てこなかつたと思ふので、実際に思つたのは
松竹座で見てのことではある。
つまり、「アテルイ」の方が猥雑な感じなのだ。
猥雑といつて悪ければ、雑多な感じ。なんでもありな感じ。どこか混沌とした感じ。
それは、初演ゆゑのことでもあらう。
「阿弖流為」は「アテルイ」とは別ものだと思つてゐるけれども、「アテルイ」を経て生まれてきた芝居だ。
その分「アテルイ」より洗練されてゐる。
たとへば、モレ族の聖なる双子・阿毛留と阿毛志とだ。
「アテルイ」では見せ場もあるし、登場してすぐに阿毛留と阿毛志といふ名前であることも知れる。
「阿弖流為」だと、そもそも「聖なる双子」であるかどうかもわからない上、その名も最後の最後になつてやつと「ああ、きみたち、名前ついてたんだね」とわかる程度だ。
それで、物語の進行にはなんの支障もない。
むしろ、阿毛留と阿毛志との見せ場がないことで、物語の筋はすつきりしたのではあるまいか。
それは田村麻呂の二本刀・飛連通と翔連通とにしてもさうで、「アテルイ」では見せ場があるけれども、「阿弖流為」ではほぼない。
「阿弖流為」では「そもそもきみたち二本刀だつたのかね?」くらゐの勢ひだ。
しかし、これもまた物語の進行にはなんの支障もない。
田村麻呂の造形が「アテルイ」とは変はつてゐるからといふのもあるけれど、「アテルイ」のふたりはなんだつたのかと不思議な気分になるくらゐである。
といふか、「アテルイ」にくらべて「阿弖流為」の田村麻呂はやんちやになつたのだから、二本刀は「最強ロボ ダイオージャ」のスケさんカクさん的な存在でもよかつたんぢやないかな。お目付役な感じといふかさ。
その方がいいなあ。
などと思つたりもするが、それはまた別の話。
無碍随鏡も「阿弖流為」では二幕目には出てこない。
一幕目でお役御免だ。
これはひどくもつたいない話で、でも右大臣が藤原稀継ではやむなし、だ。
「阿弖流為」の右大臣が紀布留部のままだつたら二幕目に随鏡の出番もあつたかもしれないけれど、残念ながら稀継には呪の力もなければ霊力もない。一応、ある程度はあるといふ設定ではあつたやうだけれど、あれぢやああるうちには入らない。
でもそれも、「阿弖流為」には田村麻呂の成長物語といふ側面もあり、右大臣は稀継のやうな人物でなければならなかつたといふ都合があるので仕方がない。
それに、あの時期の新橋演舞場に出ることが可能で紀布留部のできさうな役者つてちよつと思ひつかない。
植本潤はどこかで「歌舞伎で「アテルイ」をやる時も出してね」といふやうなことを云つてゐたけどね。
全体的な雰囲気の話をするといひながら、個別の登場人物の話ばかりをしてゐるぢやあないか、とお怒りの向きもあるかもしれない。
しかしだ、モレの聖なる双子や田村麻呂の二本刀、随鏡なんかがわしやわしやと活躍してゐて、それでゐてひとつの芝居になつてゐるのつて、なんだか雑多な感じがしないか。
なんでもありとまでは云はないけれど、いろいろあり。
熊子への「もうお前ひとりの身体ぢやないんだぜ」といふ際どいセリフも通してしまふ。
「アテルイ」にはさういふところがある。
「阿弖流為」は、さうした雑多なところを刈り込んですつきりわかりやすくしてみました、といふところがある。
再演とはさうしたものだらう。
さうでなくては再演の意味がない。
再演でさらに混沌とした状況にもつていく、といふのももちろんありだけれどもね。
ただ、スーパー歌舞伎(スーパー歌舞伎II)もさうなんだけれども、歌舞伎NEXTも猥雑な部分は切り捨てていくのかな、といふ気はしてゐる。
それは、かぶいてゐることになるのかい?
« 糸端の始末とInnovation | Main | 英国製から仏国製へ »
Comments