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Friday, 29 May 2015

記録するから忘れてしまふ?

メモを取つても記憶は定着しないのださうである。

この記事は抄訳だといふので原文にあたらうとしたら、ロードしてゐる最中にWebブラウザがかたまりかけたので読めてゐない。

そんなわけで、「それつて事前に「取つたメモはあとで取り上げます」つて伝へてなかつたからなんぢやないの?」といふ疑問を確認することはできてゐない。

記録を紙なり電子媒体なりに残す利点は、あとで見返すことができるといふことだ。
見返すことで記憶として定着する。
さういふものだと思つてゐる。

なので、「メモを取つても記憶は定着しない(この「てにをは」の使ひ方も気になるところだが)」と云はれても、そのとほりだよな、としか云へない。

ここにも何度か書いたとほり、飯田市川本喜八郎人形美術館や川本喜八郎人形ギャラリーではメモは取らない。
その場で記憶したことをあとで書く。
理由はいろいろある。
一番の理由は、その場でメモを取るとメモを取ることばかりに注意がいつてしまつて、肝心の展示をよく見ることに集中できないからだ。
その場でメモを取らないことで忘れてしまふことも多いけれど、それは仕方がないと思つてゐる。

20年近く前だらうか、雑誌「演劇界」に役者へのインタヴュー記事の連載があつた。
その記事でイラストを描いてゐた人は、インタヴューのあひだ、まつたくメモを取らなかつたといふ。
それでゐて、記事を書いてゐる人の話だと「あとでイラストを見ると、「さういへばそんなことも云つてゐた」といふことをちやんと表現してゐる」のださうだ。

さういへば橋本治もそんなことを書いてゐたな。
コミックマーケットがまだ晴海の展示場で開催されてゐたときのこと、ある雑誌の編集者たちと取材に行つたのださうである。
橋本治はとくにメモなど取らなかつたが、あとで「あんなことがあつた」「こんなこともあつた」と編集者たちに告げると、編集者たちは「なんで橋本さんはそんなことまで覚えてゐるんですか」と驚いたのだといふ。

世の中には、文字にし難いことがある。
それをムリに言語化してメモにすると、抜け落ちる情報が多い。
言語化しなくても、単純な図にすることで落ちてしまふ情報もあるだらう。
さういふことなんぢやないかなあ。

ではメモを取ることに意味はないのか。
やつがれはあると思つてゐる。
理由は上にも書いたとほり、取つた記録は見返すためにあると思つてゐるからだ。
見返さない記録に意味はない。
さう云ひ切つてもいいんぢやないかな。
とくに個人的な記録はね。

やつがれは四歳半くらゐまでのことを執拗に覚えてゐる。
なぜ四歳半かといふと、そのころ引つ越しをしたからだ。
場所の記憶とそのころあつたこととを忘れられずにゐる。
それは忘れないやうに何度も思ひ出してゐるからだ。
ただ、頭の中だけでそれをやると、記憶はどんどん改竄されていく。

真夏の暑い日に家の前でひとつ年上の子と遊んでゐた。
めいめいバケツに水を組んで、アイスクリームの空き容器で遊ばふといふ段になつて、容器の数が奇数個であることが判明した。
最後に残つた容器はほかの容器よりもちよつと洒落た感じのものだつた。
やつがれは、自分の方が年下だし、しかも自分のうちのものなのだから、自分がひとつ多めでもいいだらうと思つた。
最後のひとつを手にすると、相手の子は怒つて帰つてしまつた。
あとで母から「お前が譲らないからだ」と云はれた。

すべてあつたことを記憶してゐるつもりだ。
でも、年月を経、改竄された部分があるはずである。
頭の中だけで覚えてゐると、なにがどう改竄されたのかはわからない。

でも、その日日記をつけてゐたとしたらどうだらう。
そこには少なくともそのときの記録が残つてゐるはずだ。
もしかすると「真夏」ではなくて「残暑厳しい折」だつたかもしれないし、今年のやうに「五月なのに異様に暑い日」とかだつたかもしれない。
いまとなつてはもうわからない。

冒頭に掲げたリンク先の記事から得る教訓としては、「記録を取つたからといつて安心しちやあいけませんよ」なんぢやないかな。「記録を取るな」ぢやなくて。

そもそも、なんで記憶とか記憶力つて大事なんだらう。
かく云ふやつがれが恐れてゐるのは、記憶と理性とを失ふことだ。
だからボケることをひどく恐れてゐる。
でも、もしかしたら記憶なんかない方が幸せなのかも?
さう思ふこともある。
単にさう思ひたいだけなのかもしれない。
記憶に執着する自分が疎ましいからね。

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Thursday, 28 May 2015

ノートの使ひ方 棚卸

現在の「なんでも書き留める用」ノートは Moleskine ポケットサイズの無地である。
「不思議の国のアリス」エディションを、「CURIOSER & CURIOSER」といふ表紙の文句にひかれて買つてしまつたことは先日書いた。

2010年に「なんでも書き留める用」ノートを使ひはじめたときのノートもMoleskine ポケットサイズの無地だつた。
以後、ほぼ「Moleskine→ほかの手帳→Moleskine→ほかの手帳(以下略)」といつた感じで「なんでも書き留める用」ノートは変遷してゐる。
前回はトラベラーズノートだつた。これも以前書いたとほりだ。

初代「なんでも書き留める用」ノートを見ると、書き込まれた字の細かさにくらくらする。
自分で書いたんだけどね。
最初の頃は無地ばかり使つてゐた。
あるとき、Moleskine ポケットサイズの罫線ありを使つてみたら、この罫線の間隔がしつくり来た。
しつくりは来たものの、無地に戻るとまた字がミクロの世界に行つてしまふ。
いまは意識して字を大きめに書くやうにしてゐる。罫線ありのノートに書くときを想像しながらね。

また、初代からしばらくは右側のページだけを使ふやうにしてゐた。
左側のページには、後日見返したときに追記するやうにあけておいた。見開きによつては左側は真つ白なこともある。
左側のページにも書くやうになつたのは、Smythson の Panama を使ふやうになつてからだ。
単純にもつたいなかつたからである。

右側にしか書かなかつた理由に、インキが裏抜けするから、といふのもあつた。
Panama Notebook は基本的に裏抜けはしないからなあ。
左側をあけておく必要がない。
必要はなくて、しかし後で追記したいときはどうしたらいいか、といふのは、現在でも課題ではある。
罫線がある場合は、線と線とのあひだにちよつと小さめに字を書いて、余白に書き込むやうにしてゐる。
ない場合は、ページの上下左右に余白を作つて、そこに書き込む。
いまのところそんな感じにしてゐる。

裏抜けの話が出たところで、Moleskine で使用するペンとインキの話にうつると、ノートと一緒に持ち歩いてゐるのはプラチナポケットである。やつがれのペンは銀色のキャップに赤い軸のものだ。
ペンとインキの組み合わせはいかのとほりだ。

  • プラチナポケットにプラチナのブルーブラック
  • 中屋万年筆の細軟にコンヴァータをつけてプラチナのブルーブラック
  • 中屋万年筆の中軟にプラチナのブルーブラック
  • 大橋堂の細字にセーラーの青墨
  • ボールペンではJet8
  • パイロットのPRERAにドクター・ヤンセンのフレドリック・ショパン
  • ナガサワ文具センターオリジナルの透明軸スチールペンにナガサワのルノワール・ピンク

ショパンとルノワールは裏抜けしないわけぢやないが、やつがれとしては許容範囲だ。
ショパンは感想用に使用してゐる。
Moleskine以外のノートを使ふ場合は、プライヴェートリザーヴのアヴォカドもよく使ふ。感想は緑色で、と決めてゐるのでね。
PRERAは細字で、しかもやつがれの筆圧が低いのであまり裏抜けしないんぢやないかな。
ルノワールは追記用だ。
追記用なのでノートの端に書き付けることが多く、裏抜けしてもあまり気にならない。まあ、云ふほど裏抜けしてゐない気もする。
そのほか、「ええい、ままよ」といふので裏抜けすることがわかつてゐて使ふペンもあつたりする。

「なんでも書き留める用」ノートはMoleskineのポケットサイズかせいぜい大きくても文庫本サイズなので(前回はトラベラーズノートだつたけど)、もつとぱつと思ひついたやうななんでもないことを書き留めるやうにしたい。
でも実際は一ページまるまる埋めるやうなことを書いてしまふことが多い。
いつそのこと、ポケットサイズのノートには思ひつきを書き留めることにし、あるていど長さのあることはトラベラーズノートに書くやうにしやうか知らん。
と、これはここでしつこく書いてきたことではある。
書いてきたことではあるのだが、なかなかふんぎりがつかない。
あれはあちらのノート、これはこちらのノートでは、どこにこ何が書いてあるかわからなくなりさうな気がしてな。
どちらも一冊づつのうちはいい。
でも何冊も使ふやうになつたら、わからなくなるんぢやないか。
そんな気がする。

Moleskineのポケットサイズにしても、SmythsonのPanama Notebookにしても、貯金通帳サイズながらあるていど長いことでも書き留められるからかうなつちやふんだなあ。
書き留められる、といふか、書いてゐて「小さいよ!」といふ不満を感じない、といふかね。
A4サイズくらゐの紙にのびのびと何かかきたいといふこともある。
でも、この貯金通帳サイズが絶妙な気がするんだなあ。

時折くるほしく他人様のノートの使ひ方が気になることもあるけれど。
結局自分の使ひたいやうにしか使へないしね。
五年もつづいてゐるといふことは、いまの使ひ方が自分にあつてゐるといふ証でもあらうし。

こんな感じで今後もノートを使ひつづけていくのだらう。
なにしろいまの使ひ方なら数年は十分もつくらゐ、ノートを手元に抱へてゐるからね。

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Wednesday, 27 May 2015

テレビを見るとやる気を失ふ

テレビ番組を見てゐると、働く意欲を失ふことが多い。
たとへば増税のニュースとかね。
こちらの生活が上向きだといふのなら、まあいい。
上向いた分のうち幾分かを税金に振り当てる、といふのなら、仕方がないかな、とも思ふ。
日々の暮らしに余裕のない中、ただひたすら増税されていくと聞くと、なんかもう、そんなに一生懸命に働かなくてもいいかな、と思つてしまふ。
いま一生懸命働いて、残業もして、残業代をもらふとする。
その残業代は翌年の税金額の指標になる。
もし来年そんなに仕事がなかつたら? 残業なんて到底できないやうな状態だつたら?
しかもその上に増税されたら?
さう考へたら働くのがバカバカしくなつても誰も責めたりしないはずだ。
しかも、その増税分の使ひ道がこれまたバカバカしかつたりして、ますます働く意欲が落ちていく。
至極普通のことだと思ふ。

あるいは先週の「オイコミノア」だ。
「子育ての経済学」といふ副題で、就学前教育でこどもの非認知能力を育むことの大切さなどを取り扱つてゐた。
不明にして知らなかつたが、2000年にノーベル経済学賞を受賞した研究なのらしい。
認知能力とは学力やIQのやうなテストでわかるもの、非認知能力とは一見わかりづらい個人の形質をいふのらしい。
有り体にいふと、非認知能力とは協調性とか我慢強さ、発想力、さういつたものをさすのらしい。

この番組を見て、「ああ、自分がダメなのは非認知能力が低いからなのか」としみじみ思つた。
そして、どうも番組の感じからすると、非認知能力は六歳までの育て方が重要なのらしい。
もういまさらどうにもならない感じなのだつた。

2000年にノーベル経済学賞を受賞したヘックマンは、その後の論文で、「非認知能力」を「性格スキル(character skills)」と言ひ換へたといふ。
そして、性格スキルは大人になつてからでも変へられるともいふてゐるのらしい。

でもさ、「性格スキル」つてぱつと見た感じではわからないものなんでせう。
どうも精神論とかでねぢふせてくる相手が出てきさうな気がして仕方がない。
「いまあなたの収入が低いのは性格スキルが低いからです。性格スキルをあげれば収入増間違ひなしですよ」と云つてやつてくるのはアヤシげな新興宗教まがひの詐欺師なんぢやあるまいか。
まあ、さういふ手合ひにだまされないのも「性格スキル」のうちなのだらうが(ゆゑに「性格スキル」と名付けたのはどうかと思ふわけだが)、そもそもその性格スキルが低いから日々苦労してゐるわけであつてさ。

などと、思考はどんどん暗い方向に向かつてゆく。
ちなみにやつがれは、学校に通つてゐたころはほぼ無遅刻だつた。
高校生のときにバス通学だつたので、バスのせゐで遅れたことが何度かあつたくらゐである。
それ以外の徒歩や自転車で通学できるあひだは無遅刻だつた。
これは「性格スキル」の中では「真面目さ」に分類される。
そして「真面目さ」は「性格スキル」の中でもかなり重要であるのらしい。
あー、さうなんですか、と、我と我が身を振り返つて思ふ。
「性格スキル」も案外信頼するに足らないものなのかも?

あとこれは少し前の放映になるけれど、「忍たま乱太郎」で食堂のをばちやんがやる気を失ふといふ話があつた。
「忍たま乱太郎」の食堂のをばちやんといへば、「お残しは許しまへんで」で有名な、下手すると番組一の猛者である。
そのをばちやんが、「毎日毎日生徒や先生のために食事ばかり作つてゐて、あたしこれでいいのかしら」と悩む。
あのをばちやんでさへ、悩む。
さうなんだ、あんな、食堂のをばちやんであることが天職で、日々生き甲斐に燃えてゐるをばちやんでさへ、悩むんだ。
食堂のをばちやんは、また、番組一性格スキルの高い登場人物でもあると思はれる。
そのをばちやんにして、自分が日々やつてゐることに疑ひを持つ。

結局、乱太郎の描いた働くをばちやんの絵を見て、をばちやんはやる気を取り戻す。

残念ながらやつがれにはをばちやんにとつての乱太郎にあたる人物がゐない。
自分でなんとかしなければならない。

テレビ番組を見て落ち込む所以である。

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Tuesday, 26 May 2015

進んだやうなさうでもないやうな

The Twirly をつなぐプロジェクトは、二段目も最後のモチーフの糸始末だけとなつた。

The Twirly は、Jon Yusoff のデザインしたタティングレースのモチーフである。六角形で風車のやうな形をしてゐる。
これをたくさんつないで最小的にはちよつと壊れた大きな六角形を作るのが「The Twirly をつなぐプロジェクト」である。

まだまだ「どこが六角形?」といつた形をしてゐるけれど、思へば遠くへ来たものだ。
つないだモチーフは49枚になる。
その前に失敗してお蔵入りになつたものをあはせると、70枚だ。
……あまりたいしたことないか。

以前作つた極細毛糸のタティングレースのスカーフは100枚つなぐつもりで、64枚くらゐつないだところで求める長さになつてゐたのでそのあたりでやめた記憶がある。
極細毛糸で作つたときは、シャトルひとつでできるモチーフだつたからかんたんだつた、といふ話もあるか。中央のリングから一段あがるときにスプリットリングを作るくらゐだつたかな、ちよつと手間だつたのは。シャトルをふたつ用意するのは面倒だつたので、フィンガータティングだつたしね、スプリットリング部分は。

しかし、現在49枚で、まだ同じ数を超えるモチーフをつなぐことを考へると、果たしてほんたうに完成できるのだらうかといふ気がしてくる。

The Twirly をつなぐプロジェクトをはじめたわけは、タティングレースで大きいものを作りたかつたからだ。
小さいものもいいけれど、いつのまにかなくなつてしまふんだよね。
作る楽しみはあつて、その後の楽しみはあまりない。
使へばいいのかもしれないけれど、タティングレースものつて、ちよつと使ふのははづかしいものができたりしませんか? やつがれだけかな。
もうちよつと、甘さ控えめのものが作れたらいいのかもしれないけれど、なんとなく、如何にも「レース!」といふものができてしまつたりしがちである。
如何にも「レース!」作品は、作るのは楽しいんだけれども、使ふとなると、ちよつと、ね。

そんなわけで、同じ作るなら大きいものを作つてみやうぢやあないか。
さう思つたわけだ。
以前も何度かさう思つて巨大なものを作るために糸を買ひ求めたことがある。
そのままになつてゐるけれどもね。
The Twirly をつなぐプロジェクトが完成した暁には、買ひ求めたまま眠つてゐる糸もなんとかしたい。
さう心の中では思つてゐて、しかし、The Twirly をつなぐプロジェクトにこれだけ時間がかかつてゐることを考へると、それも無謀なのかな、とも思ふ。

ドヰ手芸にいくと、タティングレースのショールなどが飾つてあつたりする。
作るのにどれくらゐかかつたのかなあ。
ものすごく手の早い人が作つてゐるのだらうか。
それはありうる。タティングレースも早い人はほんとに早いもんね、手の動きが。

やつがれはどうもこれ以上手が早くなりさうもない。
あとはもうタティングをする時間を増やすしかない。

さう考へると、タティングレースで大きいものを作らうとするのは無謀で、やはり小さいものをちよこちよこ作つてゐた方がいいのかなあ、といふ気もしてくる。
The Twirly をつなぐプロジェクトはいけるところまでいくつもりだがね。

いけるところまでいくとして、目下の悩みは、「最後ちやんと整形できるのだらうか」といふことである。
現在、かなりぐちやぐちやだからね。
これをきちんと整形できるのか……
なんだかできないやうな気もしてゐる。

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Monday, 25 May 2015

眠らなくては

かぎ針編みのプルオーバーは、あまり進んでゐない。
帰宅後一時間くらゐ編む時間を作つてゐるのだが、先週はその時間にあまり編む気にならなかつたんだな。

ひとつには、本屋で見かけた「おとなのブレスレット」といふやうな題名の本のせゐである。
この本は、かぎ針編みやビーズなどでおとなが身につけてもをかしかないやうなブレスレットを手作りしませう、といふ内容の本だ。
本の冒頭に掲載されてゐたかぎ針編みのブレスレットは、タティングレースで作つてもよささうな感じだつた。
そんなわけで、家に帰つてきてからシャトルに糸を巻いて似たやうなものを作りはじめたりしてしまつたんだね。
作りはじめたわりにはなかなか進まないのは、DMCコットンパール12番ではじめたからだ。
コットンパールの12番は細くてタティングレースに向いてゐるとは思ふのだが、如何せんそんなに結びやすいものではない。
刺繍糸だから色はきれいなものが多いんだけどねえ。
そんなわけで、「うまくいかないなあ」と思ひながらタティングしたり、かぎ針編みをしたりしてゐたのだつた。
すなほにレース糸で作りはじめてゐたらよかつたのかなあ。

もうひとつには疲れがたまつてゐるのかなあ、と思つてゐる。
ここにも何度か書いたやうな気がするが、どうも連休前からあまり眠れてゐない。
眠れてゐないわりには日中は元気なんだけれどね。
その分、帰つてきてからがつくりきてしまつて、なにもする気がなくなつてしまふのらしい。
その疲れが先週、たうとうたまりきつてしまつたのかもしれないなあ。
そんな風に思つてゐる。

とにかく寝るやうにしないとなあ。
ほかのことは結構かうと決めたらできるやうに思ふのだけれども、睡眠時間だけはどうにもならない。
寝た方がいいとわかつてはゐるのにね。

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Friday, 22 May 2015

Can You Tell Me How to Get to Yellowstone Park?

テレビを見なくなつて久しい。
まつたく見ないわけではない。
朝のニュースと夜の地域のニュースとは見る。
日曜日はテレビ朝日の特撮系とプリキュアとを見る。その後はNHK教育の「日曜美術館」から将棋を見て、NHKでニュースを見る。たまに浅草演芸ホールの録画を見ることもある。
これは以前も書いたな。
そのときと変はつてゐない。
見たい番組が終はつたら、テレビを消す。
テレビをつけるといつまでもダラダラと見てしまふといふ向きもあるやうだが、それはないな。

テレビ番組は、録画されたものを見る。
これが見事にこども向けの番組ばかりなんだなぁ。
さうでないのは「ブラタモリ」と壇蜜見たさに見てゐる「テレビで中国語」くらゐか。
あ、「心に刻む風景」もあつたか。それと「オイコノミア」。
それ以外は自分で録画してゐるものも録画機が勝手に録画するものも、大半はこども向けの番組だ。
「アンパンマン」とかね、「忍たま乱太郎」、「おじゃる丸」、「にほんごであそぼ」に「ドラゴンボール改」、「びじゅチューン!」。
ほかの番組も、なぜかアニメーション番組率が高い。
で、まあ、見ちやふんだね、録画されてると。少なくとも一度は見る。「わしも」は何度か見て、見ないやうになつてしまつた。

見るのは、もちろんおもしろいからだ。
たまにドラマが勝手に録画されてゐることがあるけれど、「忍たま乱太郎」には面白さにおいて遠く及ばない。
大人つて、かういふのがおもしろんだ。
そんなことも思ふ。

気がつくとインターネットで見る動画もこども向けのものばかりになつてゐる。
夕べも過去の「セサミストリート」の動画ばかりを見てゐた。
きつかけは、たまたま検索結果にプレーリー・ドーンの動画がひつかかってきて、それをうつかり見てしまつたからだつた。
プレーリー・ドーンといふのは、マペットで、小さくておかつぱの可愛い女の子だ。
大抵マペットたちを率いて音楽劇を上演し、失敗するといふ役回りを演じる。
ピアノを弾きながら歌ふその聲がまた可愛くてね。
昨夜見た動画では、3匹のブタたちと一緒に歌つてゐた。
3匹のブタ、その名もオインカー・シスターズ、といふのに思はず吹き出してしまつた。
ポインター・シスターズのパロディだよね。

そこからもう止まらなくて、カーミット・ザ・フログとドン・ミュージックのシリーズを中心に、ガイ・スマイリーやカウント・フォン・カウント、果ては「マペット・ショー」のビーカーの歌やスウェーデン人シェフまで見てしまつた。

カーミットとドン・ミュージック、楽しいねぇ。
「Row, row, row your boat」が「Drive, drive, drive your car」にメタモルフォーゼしていくさまとか、もーをかしくてたまらんよ。
「セサミストリート」の主題歌でセサミストリートへの道を訊くはずなのに、いつの間にかイエローストーンパークへの行き方を訊いてたりとかね。晴れた日の歌のはずなのに、ものすごい嵐の日の歌になつたり。
「メリーさんのひつじ」が「メリーさんの自転車」になるのもいい。メリーさんが自転車に乗ると、いつでもタイヤがパンクするんだよ。思はず吹き出すよ。

楽しいねぇ。
こんなに楽しいテレビ番組、ちよつとない。
とくにこの頃はカーミットをジム・ヘンソンがやつてるしね。
もう最高。

こども向けの番組にはおもしろいものが多い。
こども騙しの番組はダメだけどね。
「ビタコラスイッチ」をおもしろさの点で超える番組がいくつあるといふのか。
と、言ひ訳したところで、今夜は「テレタビーズ」でも見やうかと思ふてゐる。
Eh-oh!

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Thursday, 21 May 2015

Apple Watch 買ふか否か

Apple Watch はいづれは買ふつもりでゐる。
即買つてもよかつたのだが、なんとなく見送つてしまつた。
手元不如意だから、といふこともある。

使つてゐる人の感想などを読むと、「Apple Watch はいらないかな」と思ふ。
なにがよくないかといふと、通知が来るといふ点だ。

たとへば仕事中、Apple Watch が振動で「メールが来てますよ」とか「Twitter で mention されましたよ」とか「LINE になんか来てますすよ」とか教へてくれるわけでせう。
それつて、仕事と関係ないから。
iPhone は仕事には使つてゐない。
iPhone に来るメールや連絡は、すべて個人的なものである。
それを仕事の最中にいちいち連絡されたら鬱陶しいよ。

芝居を見てゐる最中は、iPhone の電源を切るので通知は来ないだらうから心配いらないけど、仕事中は困るよなあ。
あるいは夜寝てゐるときとか。
それは iPhone 側をおやすみモードにすればいいのか知らん。

仕事中は Apple Watch をはづせばいいのかもしれないけれど、さうしたらなくすよね、きつと。

そんなわけで、「Apple Watch、いらないかもなあ」と思ふやうになつた。
Apple Watch に通知を送るか送らないかをアプリケーション単位で細かく設定できればいいのかもしれないが、どうもさういふことはいまのところできないやうである。
今後できるやうになつたら、また考へるかなあ。

と、そんな風に思つてゐたのだが。
先日、「もしかしたら、Apple Watch、役立つかも?」と思ふことがあつた。

やつがれは、電車の中では iPhone を使はない。
すくなくとも、立つてゐるときはほぼ使はない。
iPhone 6 は大きすぎて、電車内で立つてゐるときに取り出したりしまつたりするのが不安だからである。取り落としさうでな。
それに、電車の中で立つてゐるときは、大抵つり革か手すりにつかまつてゐる。つまり、片手しかあいてゐない状態だ。
そこで iPhone 6 サイズのものを取り出すのはひどく不安なのである。
もちろん、取り出すこともあるけどね。

もともと、電車やバスの乗り降りをするときは、iPhone は必ずかばんにしまふやうにしてゐた。
取り落とし防止のためだ。
電車の中から勢ひよく人が飛び出してくるかもしれないし、こちらが降りる前に乗り込んでくる不心得者がゐるかもしれない。
そんなときに iPhone を取り落としたらどうなるだらう。
最悪、線路の上に落ちてしまふ。
それは避けたいよねえ。

などと考へてゐるのは、やつがれだけなのかな。
世の中の人は平気で携帯電話やスマートフォンを片手に、ときに操作しながら電車の乗り降りをしてゐるもんね。

そんなわけで電車の中で iPhone を取り出すとしたら、座れたときくらゐだ。

ここに Apple Watch からあつたらどうだらう。
iPhone を取り出さなくても、メールが来てゐることはわかる。
誰からどんな題名で来てゐるかくらゐはわかるんぢやあるまいか。
片手はつり革をつかんでゐるから、内容を確認することはできないかもしれないが、そこは Siri が使へるかもしれない。
さうしたらいままであきらめてゐた「電車内でいろんな通知を確認する」ことができるやうになるんぢやあるまいか。
こちらから発信するのはむづかしさうだけど、Apple Watch で確認した内容によつて iPhone を取り出すといふ暴挙を敢へておかすか否か判断できるんぢやないかなあ。

それで Apple Watch がほしくなつたか、といふと、うーん、それほどでもないんだけどね。

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Wednesday, 20 May 2015

ポメラDM100 を使ふ

ポメラDM100 を愛用してゐる。

使ひはじめて二年が過ぎた。
買ふまでにちよつと時間がかかつてゐるのは、初代ポメラ DM10 を持つてゐたからである。
初代がまだ使へるのに、二台め(二代目)を買つてよいものだらうか。
さう思つてゐたからだ。

DM100を買つた理由は、以下のとほりだ。

  • いつ店頭から消へるかわからない
  • 専用アプリケーションでiPhoneとつなぐことができる
  • eneloopが使へる

初代ポメラでもeneloopは使つてゐたけれどもね。でもキングジムからは「使はないでね」といふ話があつたはずだ。

DM10 と DM100 とを比較する……のはムリがあるが、敢へてすると、厚みがあるよりも長い方が持ち歩きやすい、といふことがわかつた。
すくなくともやつがれの場合はさうだつた。
重さからいつても DM10 の方が軽い。
でも、DM10 よりも DM100 の方が圧倒的に持ち歩いてゐる率が高い。
かばんにおさまりやすいからだ。
DM10 ならル・ボナーのコンフェッティにも入るけれど、厚みのある分、ほかのものが入らなくなつてしまふ。
コンフェッティを持ち歩くときは DM100 は端から荷物に入れない。
さういふ割り切りをしてゐる。

あと、キーボードは折りたたみ式ではない方が安定して打てる。
あたりまへのことかもしれないが、実際に打つてみてはじめてわかつた。
DM10 のキーボードも打ちやすい。
でも、かな入力ものにはチトつらい配列ではある。
「け」とか「ろ」とかを打つときに間違ひやすかつたし、シフトキーを押さうとして別のキーを押して四苦八苦、なんてなこともよくあつた。
DM100 はかな入力ものでも問題なく打てる。
かな入力なんてしてる人ゐないよ、といふ向きもあるかもしれないが、案外ゐるものなのだよ。
誤入力誤変換などを見てゐると、「ああ、この人はきつとかな入力だな」といふのがわかる。
ローマ字入力しかしない人にはわからないかもしれないが。

もとい。

そんなわけで、DM100 を買つたのは正解だつた。
初代がまだ元気なのに二代目だなんて、とか迷つてゐたのがばかばかしくなるくらゐ快適に打ててゐる。
この blog のエントリも九割方 DM100 で打つてゐる。この文章もさうだ。

もうせん、「ATOKでは三国志演義の主要登場人物の名前すらまともに打てない」と嘆いてゐた。
なにしろ「孔明」すら出ないんですよ、奥さん。
しかし、嘆いてゐても仕方がないので、つひ先日、思ひつくままに単語登録をした。
いまなら「しせるこうめいいけるちゅうたつをはしらす」と打つて、「死せる孔明生ける仲達を走らす」と変換できる。「しせる」がちよつと微妙だけど。
JISに字のない名前は変換できないのが難点だけど、それは仕方がない。
単語登録をすると電池の寿命が短くなるが、それもまた仕方がないことだ。
それよりも、たいして三国志の話をするわけでもないのに登録する手間をかけるなんて、どうかしてゐる、といふ方が問題だと思ふ。
……三国志の話をするやうにすればいいのか。

目下の悩みは DM100 が壊れたらどうしやう、だ。
先日、喫茶店でポメラを取り出したら、再起動をくり返すばかりで、全然使へないといふ事態に遭遇した。
「すわ、これまでか」と思つたが、その後問題なく使へてゐる。
でも、いつまたおなじやうなことが起こるかわからない。

かつて NEC の MobileGear を使つてゐた。俗にいふ「ドスモバ」である。
これもかなり愛用してゐたのだが、ある日電源が入らなくなつた。
電池を替へたりアダプタをさしたり、すこし放置してみたりといろいろやつてみたが、たうとう還つてはこなかつた。
ポメラもまたああなるのではあるまいか。
まあ、なるだらうね。いづれはなるだらう。
そのとき、まだポメラは店頭にあるだらうか。
中古とかであつたりするかな。
HP200LXは一時買ひ占めた人々がゐたといふけれど、DM100 も買つておいた方がいいのか知らん。
使はないマシンは早くダメになるといふ話もあるので、それも躊躇してゐる。
似たやうな製品があるでなし、ね。
ポメラには末永く元気でゐてほしい。

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Tuesday, 19 May 2015

糸始末に悩む

The Twirly をつなぐプロジェクトはもう少しで二段目が完成する。

説明しやう。
The Twirly とは Jon Yusoff のデザインしたタティングレースのモチーフである。風車に似た六角形のモチーフだ。
これをたくさんつないで最終的にはちよつと壊れた大きな六角形にするのが The Twirly をつなぐプロジェクトである。

The Twirly

昨日、モチーフを作つてゐるあひだにタティングシャトルに巻いた糸が足りなくなつてしまつた。
糸を切り、シャトルに糸を足して糸始末をしながらモチーフの作成に戻らうとした。
そこで問題が起こつた。

糸を足しづらいのである。
正確には、糸始末をしづらい。
どうやらチェインを作りながら糸始末をしてゐるのが原因らしい。

通常、糸始末をしながらタティングをする場合、リングを作りながらのことが多いことに気がついた。
あ、あくまでやつがれ個人の話ね。

単に慣れてゐないからやりづらかつただけなのか。
それともチェインの方がリングよりやりづらい理由があるのか。

リングの場合、芯糸に巻き付く糸を指で固定してゐるのがやりやすい理由かもしれないな。
チェインの場合は、別シャトルなり糸玉なりに糸がつながつてゐて、指に巻きつけただけの状態になつてゐる。
リングのときよりも不安定でやりづらいといふことは考へられる。

チェインでも糸始末に慣れるやう、今後はしばらくチェインを作りながら糸始末をすることにするか。
はたまた、やりづらいんだから糸始末はできるだけリングを作るときにするか。
リングを作るときに糸始末、かな。

今回もほんたうはリングを作る時に糸始末をするつもりだつた。
目算をあやまつたんだな。

このプロジェクトをはじめてもうずいぶんたつが、一向にできあがるやうすがない。
糸はまだあるし、つづけるつもりでゐるけれど、ここまでくるとサンクコスト化してゐるんぢやあるまいか、と不安になる。
まあタティングレースでほかにものすごーく作りたいものがあるわけでもないし(時折くるほしくビーズを入れたものを作りたくなることはあるけれど)、いけるところまでいくかな。

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Monday, 18 May 2015

かぎ針編みで好きな模様

かぎ針編みのプルオーバーを編んでゐる。
「毛糸だま 2015年春号」に掲載されてゐるパイナップル編みのものだ。
パピーのピュアシルクで編んでゐて、絹100%の糸にもだいぶ慣れてきた。
進み具合はといふと、こんな感じでひとつめのパイナップルが見えてきたところだ。

かぎ針編み

あとふたつ、パイナップル模様が入ることになつてゐる。

それにしても、これ、パイナップルかね?
どうも松ぼつくりに見えて仕方がない。
かつて、パイナップル編みの「パイナップル」といふ名前がイヤだ、といふてゐる人がゐた。
なんだかトロピカルで、かぎ針編みの印象とそぐはない、といふのである。
なるほどね。
では「松ぼつくり編み」ではどうだらうか。
それでもやはり「かぎ針編みの印象にそぐはない」といふ人はゐるんだらうな。
カタカナといふことだけで「パイナップル」の方がいいといふ人もゐさうだし。

かぎ針編みでは、このパイナップル編みと貝がら編みとが好きである。
貝がら編みはときに松編みともいふか。
以前持つてゐた本では、長編みの束の中央にくさり編みが入るものを「貝がら編み(シェル編み)」、入らないものを「松編み」と記してゐた。
松編みといふか貝がら編みといふかシェル編みといふかは、とにかく手が進む。しかも途中でなかなかやめられない。
くさり編みをくるんで長編みなり細編みなりを編みいれるのが好きらしいんだな。
ゆゑにやつがれにとつては完成する率のとても高い編み方だ。
パイナップル編みには貝がら編みが入つてゐる場合が多い。今回も入つてゐる。
その割に進まないのは、パイナップル編みだからだらう。

パイナップル編みは好きなのだが進みが悪い。
ゆるまないやうに編まなければ、と思ひながら編むからだらう。
たとへば、パイナップルの根本(といふのかね)の長編みや長々編みだ。今回は長々編みである。
とくに長々編みの場合は、気をつけないと編み目がゆるんできてしまふんだな、やつがれの場合。
あとくさり編みをくるんで編む細編みもゆるみがちである。
毛糸なら多少はゆるんでもいいかな、とも思ふけれど、綿や絹の糸だとちよつとね。
しかも今回着るものだし、糸の量も多くなるはずなので重たくなる。
きつちり編んでおかないと、あとでだれること必至だ。
そんなわけで、やつがれにしては結構きつく編んでゐる。
手が慣れてきたのか、それほど気にしなくてもきつちり編めるやうになつてきてゐる気はする。

首から下に向かつて編んでゐるので、次第に一周の目数が増えてゐる。
それも進まない理由のひとつかな。

先日、できあがつても暑くて着られまい、といふやうなことを書いた。着るには涼しくなるのを待たねばならないだらう、とも。
できあがつたらそのまま放置するやうな気もするな。
編むのが楽しいのであつて、別段着るものがほしいわけではないからだ。
着るか着ないかはできあがつてから考へるとするか。

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Friday, 15 May 2015

挫折して考へる

今日は東京国立博物館の「鳥獣戯画 京都高山寺の至宝」展に行くつもりだつた。
開館直後から入館待ち100分と聞いて、あきらめてしまつたのだつた。
金曜日だし、夜は七時半まで入館を受け付けてゐるはずなので、それにあはせて行つてもよかつたなあ、と帰つてきてから後悔してゐる。

この展覧会、ものすごい人気だ。
公式Twitterアカウントの呟きによると、今日は入館までの待ち時間が最大で130分、中に入つてから鳥獣人物戯画の甲巻を見るための待ち時間が最大で170分だつたらしい。
あはせて400分、といふことはないのだらうが、それにしてもすごい。
中に入るまで二時間もかかり、甲巻を見るのに三時間もかかる。
残念乍らやつがれにはそんな体力はない。
外で一時間待てるかどうかだなあ。
それでも中に入つたらとりあへず座りたいと思ふんぢやあるまいか。
しかもその後電車で立ちつぱなしで家まで帰ることを考へたら、とてもとても二時間待つだなんてできやしない。
さう思ひつつも、ほかの人にできて自分にできないことがあるだらうか、とも思ふ。

展覧会はいつでも混んでゐる。
さういふ印象がある。
小学生のときに一度だけ家族で展覧会に行つたことがあつた。
上野のどこかで開催されたピカソ展だつた。
五月の連休中だつたと思ふ。
これがまたものすごい人出でね。
ピカソの絵だと教へられなければわからないやうな若いころの普通の絵の前は結構ガラガラだつたけれど、如何にもピカソな絵の前はものすごい人だかりだつたと記憶してゐる。

その次が中学生のときに行つたアングル展だ。これも上野だつた。
このときは学校の先生と有志の生徒とで行つた。
そんなわけで日曜日に行つたわけだが、やはりこのときも大変な人だつた。
「オシアンの夢」とか、ちやんと見ることができたけどね。

やつがれのやうに年に二回展覧会に行くかどうかといふやうな人間がたくさん行くやうな展覧会は混むのだらう。
さう思ふてゐたのだが、さうでもないのかもしれない、と思つたのは、根津美術館で開催されてゐる「燕子花と紅白梅」も大変な混み様だと聞いたからだ。

去年、東京国立博物館に「栄西と建仁寺」展を見に行つたときにも思つた。
そのころにはもうキトラ古墳展もはじまつてゐて、キトラ古墳展の方は入場待ちの長い列ができてゐた。
おかげで「栄西と建仁寺展」の方は入館のために待つことはなかつたが、しかし中は結構混雑してゐた。
もしかしたらキトラ古墳展の行列に嫌気がさしてこちらに来たといふ人もゐたのかもしれない。
そのときはさう思つたが、しかし、どうも違ふのではあるまいか。
世の中にはちよくちよく展覧会に赴く人がたくさんゐるのだ。
それも平日の昼間から行くやうな人がかなりゐる。
たまたまやつがれの周囲にはさういふ人がゐないだけで、この世には平日の日中自由になる時間のある人がたくさんゐるのに違ひない。
有り体にいつて、高齢者、だらうな。
展覧会の入場料は大抵映画代よりも安い。
あ、映画はシルバー割引とかあるのか。
しかし、映画ならせいぜい二時間くらゐで追ひ出されてしまふが、展覧会ならさういふことはない。

と、そこまで考へて、定年してとくに仕事もしてゐないやうな高齢者が120分も待ち、さらには展示物を見る余裕があるのだらうか、といふ疑問も浮かんでくる。
さういやサントリー美術館の「若冲と蕪村」展も混んではゐたけれど、ある時点で人が減つてくるのを感じた。若冲の「象と鯨図屏風」なんか、近くでまぢまぢと見、はなれて全体を見る余裕があつた。
おそらく、ここにたどり着くまでに脱落した人が多かつたのに違ひない。

さう考へると、「鳥獣戯画」展も、中にさへ入れればなんとかなるんぢやあるまいか、といふ気がするのだが。
どうやらさう甘くはないやうなんだな。

いづれにしても、展示替へには間に合はないやうなので、見るとしても後期展示だけになつてしまふ。
でも、ちよつとこの「なんで展覧会は混むのか」といふのを考へるためにも見に行きたいと思つてゐる。

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Thursday, 14 May 2015

生きた証拠

手帳やノートを使つてなにをしてゐるのかといふと、巷でいふ「ライフログ」とか「ユビキタス・キャプチャー」とかだ。

やつがれなりの解釈では、ライフログといふのは生活の記録である。
何時に起きて何時に寝て実質何時間眠つた、とか、朝食にはなにを食べたか、とか、映画館に行つてこんな映画を見た、とか、さうしたことはライフログだと思つてゐる。

ではユビキタス・キャプチャーとはなにかといふと、朝いつもより爽やかに目覚めた、とか、今日見た映画はこれこれこんなわけで全然おもしろくなかつた、とか、かな。

ライフログは iPhone に記録してゐる。
起きた時間と寝た時間とかね。
食事の記録とか、小遣ひ帳、いつどこに行つたとか、あの劇場のあの演目の配役はどうで座席はどこに座つてチラシはどんなだつたか、とか、さうしたことは iPhone にある。
使つてゐるアプリケーションはさまざまだが、ほぼ Evernote に集約されてゐる。
Evernote は無料のプランで使ひつづけてゐて、いまのところ無料であるゆゑの不自由は感じてゐない。

Smythson の SCHOTT'S MISCELLANY DIARY にもライフログをつけてゐる。
職場で iPhone を出すのがはばかられるやうなときにはこれだ。
そもそもスマートフォンつていつでもどこでも手にできるものではない。
たとへば芝居などを見に行くと上演中はスマートフォンの電源は切る。
職場でも、個人持ちのスマートフォンは持ち込めないなんてなところもある。
さういふときのため、といふ名目で使つてゐる。
実際は使ひたいだけである。

ライフログとユビキタス・キャプチャーとどつちつかずなのがほぼ日手帳だ。
SCHOTT'S MISCELLANY DIARY が単語だけの世界もしくは体言止めの世界なら、ほぼ日手帳は文章の世界である。
でもあまり感想めいたことは書かない。
書いても最小限にとどめる。
ほぼ日手帳、いらないぢやん、と思はれるかもしれないが、これはこれで貴重な存在なのだ。
一日一ページの威力がある。
ただのノートに書き付けてゐると、毎日毎日おなじことを書いてゐるやうな気がしてくるがほぼ日手帳なら毎日おなじでもあまり気にならない。
昨日と今日とは別のページ、すなはち別の日だからだ。
だから毎朝のやうに「今朝もだるい」とか「起き難きを起き」とか書いても、あまり気にならない。
「この日もいつもの一日だつんだなあ」と思ふくらゐである。

感想や思ひついたことなどは、現在は Moleskine のポケットブック無地に書き付けてゐる。
その前はトラベラーズノートの方眼罫であることは昨日も書いたとほりだ。
書き付けるときはある程度の長さがほしいと、これまた昨日書いた。
なので、もうユビキタス・キャプチャーの域は越えてゐるのかな、と思はないでもない。

電車の中などでとつさに筆記用具を取り出せないときには iPhone を使ふ。
概ねそんな感じかな。

なんでそんなに記録を残すのか、といふと、残してないと生きてゐたかどうか確信が持てないから、だな。
実はつけた記録をあとで見返すのが楽しいから、といふのも理由のひとつになんだけれどもね。
「去年のいまごろはあんなところに行つたんだなあ」「二年前はかうだつたのか」と見返すだけでなんとなくおもしろい。
自分 Entertainment、とは、これまた以前から何度か書いてゐることだ。

しかし、記録しないと生きてゐた気がしないといふのはまた因果なことではある。
なんかもつと楽に暮らせるといいんだがね。

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Wednesday, 13 May 2015

飛び出さないけど仕掛けノート

月曜日から Moleskine Alice's Adventures in Wonderland を使ひはじめた。無地のポケットサイズである。

Moleskine Alice Edition

Moleskine は罫線のある方が好きなんだけど、表紙の「Curiouser and curiouser!」に負けてしまつた。
びつくりした感じが出てるよね、「Curiouser and curiouser!」。
負けじと「Wonderfuler and wonderfuler!」とでも云つてみるか。
……云はないな。

それまではトラベラーズノートのブルーエディションを使つてゐた。
リフィルもパンナム仕様の方眼罫ノートだつた。
これがよかつたんだよねえ。
なにがよかつたのかといふと、A4サイズの紙を貼り込むことができる点だ。
このノートを使ひはじめたのは三月末だつた。
おなじころ「フィルムで見る川本アニメーション作品上映鑑賞会」に行つた。
このとき配布されたA4の資料を感想を書いたところに貼りつけたのがはじまりだった。

それまでも、トラベラーズノートのクラフトノートリフィルにチケットの半券などを貼りつけて保存したりはしてゐた。
でも、このスクラップブックもどきはあまり見返すことがない。
単に半券やチラシの類が貼つてあるだけだからだ。
一言感想などを書き添へたりもしたけれど、でも、それはもう Moleskine なり Panama Notebook になり書いてあることだ。
それをもう一度、それも半券を貼つてあまつたせまいスペースに書くのか?
書いたけど、楽しくなかつた。

そこで、トラベラーズノートにまづ感想などを書き付けて、その上にA4の短い方の端だけにのりをつけてはりつけてみたらどうだらう。
A4の資料をめくると、感想が書いてある。
これ、いいぢやん。

といふわけで、その後半券なども、まづ感想を書き、その上にかぶせるやうにして端だけのりなりマスキングテープなりで貼つてみた。
半券をめくると、感想がある。
なんだか楽しい。

受験勉強をしてゐたころ、社会科の科目のノートはこんな風にしてゐた。
まづ、教科書なり参考書なりから抜き出したり授業で習つたりしたことをノートに書きつける。
その後、模擬試験などで新たに得た情報を、ちよつと小さめの紙に書いてノートの該当個所に貼りつける。
このとき、小さめの紙の一方の端だけを貼るやうにして、めくるとすでに書いてあることが出てくるやうにしてゐた。

仕掛け絵本のやうな感じかな。
絵本の中には窓の戸が開けるやうになつてゐて、開けると家の中の人物の絵が描いてある、なんてな仕掛けがあつたりした。これとおなじやうな感じだと思ふ。

トラベラーズノートは、とくにノートの最後の方で貼りつけるものが多かつた。
その時点ではすでに次の手帳は Moleskine のポケットサイズにするつもりでゐた。
でも、トラベラーズノート、いいぢやん。
ル・ボナーのコンフェッティにも入ることがわかつたしさ。

しかし、当初の予定どほり次の手帳は Moleskine になつた。

Moleskine になつた途端、それまでよりも頻繁にノートに書き込むやうになつた。
さういふ周期だといふこともある。
でもやつぱり書きやすいんだらうな。

日曜日に文楽を見てきたのだが、幕間にちよつとなにか書き付けたいと思つても、トラベラーズノートは取り出すのが面倒くさい。
ちよつと大きすぎるし、ゴムが案外とりはづしにくいのだ。
そこへ行くと Moleskine のポケットサイズは、さつと取り出せる。しかも表紙がかたいので書かうと思へばどこででも書ける。

だいたい、書きたいんだよね。
ノートには文字を書きたい。
一度に原稿用紙一枚分ちよいは書きたい。
やつがれが書くと、Moleskine のポケットサイズだとだいたい一ページがそれくらゐの分量になる。

芝居のチケットの半券くらゐなら Moleskine にも貼りつけられる。
これまで Moleskine になにかはりつけた記憶はないが、今回はやつてみやうかな。
問題はA4などの大きいサイズの資料などだ。
これはいづれトラベラーズノートを日誌にして、貼りつけていくやうにしやうかなあ、とは今は考へてゐる。
現在日誌はほぼ日手帳なので、さうするとほぼ日手帳を使はなくなるといふことになるのだが……
そこは、まあ、考へてみるつもりだ。

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Tuesday, 12 May 2015

タティングレースの行事

この土日は連休のおまけといつた気分で、かばんを持ち替へて出かけてみた。
その結果、昨日は The Twirly をつなぐプロジェクトをかばんに入れ替へるのを忘れてしまつた。
タティングレース用具なしで出歩くなんて……。
とはいひながら、連休明けからプロジェクトはそれなりに進んでゐる。

いつもの説明をしておく。
The Twirly とは Jon Yusoff のデザインしたタティングレースのモチーフである。風車のやうな六角形のモチーフだ。
これをたくさんつないで最終的にはちよつと壊れた大きな六角形を目指す、それが The Twirly をつなぐプロジェクトである。

毎回この説明を入れるのは、The Twirly が Jon Yusoff のデザインしたもの、といふことを明記するためだ。
あしからず。

「タティングレース用具なしで出かけるなんて……」と書きながら、ここのところ持ち歩きはするものの外でタティングすることはない。
外でタティング。Tat in Public (Tatting in Public の方が一般的かな)、略して TIP、とでもいはうか。

Knit in Public、略して KIPは、毎年六月の第二土曜日に全世界的に催される。
この日は World Wide Knit in Public Day (略して WWKIP Day) と呼ばれてゐて、今年は10周年記念の年にあたるのださうな。
この日には予定が入つてはゐるが、どこかでこつそり(?) KIP するつもりでゐる。

WWKIP Day に対して、WWTIP Day といふのはないのか。
Web検索をかけても出てこない。
個人的に、とか、ごくごく内輪の仲間同士で、TIP といふのはある。
でも WWKIP Day のやうに、Webなどで呼びかけて世界中でやらう、といふ動きはないやうだ。

タティングレースには International Tatting Day といふのもある。
毎年四月一日がその日にあたる。
もう四十年以上もつづいてゐるといふのだが、やつがれがはじめて聞いたのは数年前だつたかなあ。
最初はなにかの冗談かと思つたほどだ。
だつて四月一日に聞いたんだもの。
「え、マヂ?」つて思ふでせう。

International Tatting Day には、タティングレースを寿ぎ、そのすばらしさと技法とを友人などに教へるのらしい。「タティングレースを教へる」といふのがこの日の重要な活動であるやうだ。
個人のblogなどを見てゐると、いつもどほりタティングを楽しんで、お祝ひとしてちよつとぜいたくなチョコレートだとかケーキを食べる、などといふ人もゐる。
祝ひ方は人それぞれのやうだ。

日本でぼんやり暮らしてゐると、さういふ行事あることにも気づかずに日々が過ぎてゆく。
だいたい四月一日といふ日程がなんとかならないのかね、とも思ふ。
これはほかにもさう思つてゐる人がゐるらしくて、タティングフォーラムなどで「四月一日つてなんとかならないの?」といふてゐる人もゐる。
四十年もつづいてしまふといまさら日にちは動かせないのかもしれないけれどもね。

もう今年の四月一日は過ぎ去つてしまつたので、来年の International Tatting Day に向けて計画を練り始めるとしやうか。
どうやら生きる気満々だね。

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Monday, 11 May 2015

パイナップル編みのプルオーバー着手

くつ下完成ののち、かぎ針編みをはじめた。

Crochet

編んでゐるのは「毛糸だま 2015年春号」のパイナップル編みのプルオーバーだ。
写真は編み始めた日に撮つたものである。
現在は「パイナップル編みつぽくなつてきた」といふところまで進んでゐる。

かぎ針編みは久しぶりだ。
去年、その前年から持ち越してゐたスカーフを編んで以来だから、十ヶ月ぶりだ。
ほぼ一年か。
その後、非定期にではあるが、時折狂ほしく「かぎ針編みをしたい」と思ふこともあつた。ここにも何度かさう書いてゐる。
しばらくはおさまることであらう。

「毛糸だま 2015年夏号」を買ふ決心のつかぬまま春号を見てゐたら、編みたいなと思ふものが何点かあつた。あ、くつ下以外で、ね。
そのうちのひとつがパイナップル編みのプルオーバーだ。
指定糸は、スキー毛糸のアイラである。
しかし、アイラには気に入つた色がなかつた。
雑誌ではベージュのやうな色の糸で編んでゐる。
もつと黒つぽい色で編みたいんだけどなー。
さう思つてゐたときに、はたと思ひつくことがあつた。
たんすの中で寝てゐるパピーのピュアシルクがあるぢやあないか。

取り出してみると、アイラとほぼゲージは一緒である。
これで編んぢやふもんねー。
アイラは絹と綿と化繊との混紡らしいが、まあ、絹だけでもいいだらう。
写真では黒つぽく写つてゐるが、実際はブロンズ色の糸だ。
かういふ色でレースを編むといいんだよね。

もうひとつ、アイラよりいい点がある。
パピーのピュアシルクは40g玉だ、といふことだ。
アイラは25g玉だ。ゆゑに一玉の糸が短い。つまりしよつ中糸始末をする必要がある。
パピーのピュアシルクはアイラよりも一玉の糸が長い。糸始末の回数もその分減る。
このプルオーバーは輪に編むので、糸始末する場所を考へるのも面倒なんだよね。
まあ、考へないけどね。
糸端が来たら、それはそれ、だ。

編み始めた直後は絹独特のきしきしいふ編み心地がちよつと気になつた。
でももう今は慣れたかな。
3/0号針で編んでゐる。
棒針編みよりはかぎ針編みの方が若干手がきつくなるものの、でも世間の人々よりはまだゆるいのらしい。
世間の人々、といふか、あみもの雑誌のサンプルを編むやうな人々よりは、かな。
したがつて、雑誌の指定よりはすこしばかりゲージが大きくなつてしまつた。
いや、小さくなつてしまつた、なのかな。
いづれにせよ、書いてあるとほりに編むと大きく編めるといふことだ。
まあ、ドルマンスリーヴだし、ケープを編むつもりでいけばいいかな。
いまのところ、袖は作るつもりだけれども、裾はそんなにしぼらないつもりでゐるしね。

完成までにはちよつとかかりさうで、完成しても暑苦しくて着られないかなと思つてゐる。
なにを云ふても「春号」に掲載されてゐるものだ。
着られるとして、ちよつと涼しくなつてきたら、かなあ。
まだだいぶ先の話だ。

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Friday, 08 May 2015

横浜人形の家 シャーロックホームズの世界展に行く

五月六日(水)、横浜人形の家に行き、「シャーロックホームズの世界展」を見てきた。
五月三十一日(日)まで開催される。

シャーロックホームズの世界展

横浜人形の家は、一昨年の夏に川本喜八郎の南総里見八犬伝の人形を見に来て以来だ。
ここでは、フラッシュさへ焚かなければ写真撮影が許可されてゐる。「シャーロックホームズの世界展」のやうな特別展示は展示によつて許可だつたり不許可だつたりする。
しかし、写真撮影の許可が思はぬ落とし穴になつてゐやうとは、あ、お釈迦様でも気がつくめぃ。

閑話休題。

横浜人形の家は建物の二階に入口がある。
「シャーロックホームズの世界展」の会場は三階の奥にある企画展示室だ。
会場の入口を入ると、まづ右側にビートン校の廊下のセットがある。
覗いて見ると木々やベンチがあつて、青いシロクマがゐたり、ベイカー寮遊撃隊の一員がゐたりする。
これをいちいち覗くのが楽しい。
箱の中になにかを仕込んで覗かせて、それが楽しい、みたやうな感じかな。
モンティ・パイソンだつたか、観光地にそんな箱があつて、覗くととある紳士の奇行を見ることができる、といふのがあつたやうに思ふ。
望遠鏡や顕微鏡、カメラの楽しさも「覗いて」見る、「覗いて」撮るところにある気がする。
最近の望遠鏡や顕微鏡、カメラは覗かなくても見たり撮れたりするんだがね。

その先にケースがふたつあつて、手前にはジェイベス・ウィルソン、アブドラ、ヘレン・ストーナー先生がゐる。奥のケースには、アイリーン・アドラー先生、ホームズ、アガサがゐる。
展示は、NHK文化祭やNHKスタジオパークでのシャーロックホームズ展よりも見やすい。
ケースが大きくて前面がガラスで中が白く明るいからだ。
また個人的なことだが、人形の顔の位置が自分の目線にあつてゐるのも見やすい所以かと思ふ。
小さいおともだちだとちよつと見づらいのかな、とも思ふが、NHKでの展示のときよりは低い位置にゐると思はれるので、あまり気にしなくてもいいかもしれない。

間近で見ると、アブドラの髪の毛の先がマーブル模様になつてゐるのがよくわかる。とつてもきれい。
ジェイベス・ウィルソンと並んでゐると、彫刻めいた風貌の人形がふたり並んでゐるといつた感じだ。
アブドラの左隣にゐるヘレン・ストーナー先生が妙に影がうすく見えるのもそのせゐか。いや、もともとストーナー先生はどこか影のうすい人か。

アドラー先生は、おとなしやかに佇んでゐて、ちよつと物足りない。
それはホームズもおなじかな。
このケースではアガサがひとり気を吐いてゐる。といふか、可愛い。
でも去り際に再度見たらアドラー先生にはやつぱりちよつとゾクゾクしたけどね。

奥のケースのあたりからちよつとひらけた部屋になつてゐて、左手のケースには粘土の胸像が主に飾られてゐる。
この場にはゐないウィルスン・ケンプ、マイクロフト、ミルバートン先生にバスカーヴィルくんなどの胸像がある。ほかにはワトソンやシャーマン、イザドラ・クラインのものもあつた。
このケースの記憶はちよつと曖昧だ。
ミルバートン先生の胸像は、目が横を向いてゐるやうに見えたな。それで人形劇のときとはちよつと違ふ印象を受けた。狡猾な感じ、かな。
胸像によつては背後に色指定の紙が貼られてゐる。実際に人形がこの場にゐるイザドラの指定などは人形と見比べるとおもしろい。

アドラー先生・ホームズ・アガサのケースの向かひには、ガルシア、イザドラ、ヘンダーソンの人形がゐる。
と書いて、ガルシアとヘンダーソンとの印象がほとんどないことに気づく。
イザドラ、インパクトあるわー。
目玉の塗りなんか輝いてゐるしね。
これはほかの人形もさうなのかと思つていろいろ見てみたが、よくわからなかつた。
イザドラは目が大きいので塗料のメタリックな感じがよく見えるだけなのかもしれない。
あるいは、今回展示されてゐる人形のうちきらきらした塗料を目に使つてゐるのはイザドラだけといふ可能性もある。
それだけイザドラの印象が強い。

その右のケースには、メアリー・モースタン、ワトソン、ジョナサン・スモールがゐる。
メアリー、可愛いぢやあないか。人形劇のときは賢しいタイプかと思つてゐたけれど、今回の展示の感じだと「ワトソンが惚れるのもわかる」と思ふ。
ワトソンはNHKでの展示と比べるとおとなしい感じかなあ。これはホームズにも感じたつけか。
ジョナサン・スモールはほかの人形とちよつと顔立ちが違ふ。カシラもちよつと小さいんぢやないか知らん。イザドラとかガルシア、ヘンダーソンのカシラが大きすぎるからさう思ふのか。

その右はセットになつてゐて、学校の裏庭のやうな感じかな。オルムシュタイン校長の胸像があつて、ラングデール・パイクがひとり宙に浮かんでゐるやうな感じでゐる。
パイク、NHKの展示でもこんな感じだつたね。
ネズミとかリスとか、ちいさい齧歯類が飛び跳ねてゐるやうに見えるよ。

その右にモニタがあつて、Blue-ray BOX の特典映像を流してゐた。
Blue-ray BOX は買つてはゐないのだが。
特典映像を見て、買ふかなあ、と悩んでゐるところである。
特典映像は、舞台裏を映したものだ。
たとへば人形劇のこのシーンはどう撮つたでせう、といつたやうな動画が収録されてゐる。
かういふのつていままでもあつたのかな。三銃士のときはあつたのかも?
NHKでのシャーロックホームズ展のときにちよつと書いたやうに、人形劇の人形遣ひつてあんましfeatureされない気がする。
声優はだいぶ取り上げられるやうになつてきたし、それでなくても聲を聞けば誰だかわかるけど(信乃さんは近石真介だ、とかさ)、人形遣ひを見分けるのは、残念ながらやつがれには無理だ。
「人形劇三国志」のエンドロールを見ても、人形遣ひの人々は年功序列の五十音順なんぢやあるまいか、くらゐのことしかわからない。
「シャーロックホームズ」では、川口英子と友松正人との名前が操演者の中でも最初に書かれてゐて、「このふたりがホームズとワトソンとを遣つてゐるのだな」といふのがわかるやうになつてゐた。これはめづらしいことだと思つてゐる。
人形浄瑠璃を見に行く場合、誰がどの人形を遣ふかといふのは重要な情報だ。
人形浄瑠璃ではなくても、人形遣ひとはさういふ存在だと思つてゐる。
その一方で、「芝居の中の三国志」で加藤徹が云ふてゐたやうに、人形劇においては人形遣ひは存在しない存在である、といふ話もある。
たぶん、そんなわけでいままであまり表に出てこなかつたんぢやないかなあ。
そんな気がする。
ただ、見るときは舞台裏がどうなつてゐるかといふことは忘れて見たい。
片岡孝夫(当時)もかつてこんなことを云つてゐた。
「役を演じる上で「ここが大変なんですよ」といふと、客はそこばかり見てしまふ。ゆゑにあまり云はないことにしてゐる」、と。

その右にはシャーマンの飼育小屋のセットがあり、トビィ、ベイカー寮遊撃隊、シャーマン、ロイロット先生、ソフィーがゐる。
ロイロット先生、よかつたね、シャーマンの隣にゐられて。
そんなことを思つてしまふ。
それにしてもロイロット先生、ほんとにカシラがデカいね。
横にゐるシャーマンがいつにも増して可愛く見えるぞ。

部屋の中ほど、入口に近いあたりに小道具をおさめたケースがある。
円形でテーブルのやうな形をしてゐて、中が六つくらゐに仕切られてをり、仕切はガラスになつてゐる。「ワトソンの持ち物」とか「ホームズの持ち物」とか「消えたボーイフレンドの謎」「赤毛クラブの冒険」とかひとつひとつ題名がついてゐる。
このケースも多分NHKの展示のときよりは高い位置にあるんぢやないかなあ。少なくとも、ケースの底は高いやうに思ふ。
仕切がガラスになつてゐるから裏側もよく見える。

その先にひとり用のケースがふたつあつて、手前にモリアーティ教頭、奥にオルムシュタイン校長がゐる。このふたりは360度ぐるりと全部見られるやうになつてゐて嬉しい。
このふたりが見やすい所以は、照明の加減にもあるのかもしれないな。ケースへの反射がすくないのだ。
オルムシュタイン校長は、操作の仕掛け部分も見られる。
モリアーティ教頭は背中に回した手の先まで美しい。
このふたつのケースの周囲はぐるぐると回りたくなること必定だ。

シャーマンの飼育小屋の先に別の部屋があつて、正面の舞台のやうになつてゐるところにユニオンジャックの衣装のホームズと、シャーロックホームズ賞仕様のホームズとが飾られてゐる。
かうして見ると、ホームズのカシラは三つはあるといふことか知らん。それとももつとあつたりするのか知らん。
左側の壁には井上文太の絵、右側には秋赤音の絵が飾られてゐる。
左側の壁の絵はモノクロで、紙のサイズに比して絵がわりと小さい。うさぎの耳のシャーマンとか、芍薬シャーロック、眼帯シャーロック(とあと一枚なんだつたか忘れてしまつた……)など、童話の挿し絵のやうな感じだ。可愛い。
右側の絵は鮮やかな色合ひの絵である。この対比がまたおもしろい。

会場を出たところに、ミステリースタンプラリー in 横浜の横浜人形の家のスタンプがあり、その横にガチャガチャがある。
ガチャガチャはボールチェーンキーホルダーとカンバッチ、かな。
はい、やりませんでした。

と、ここまで書いてきて、やはりあまり覚えてゐないんだなあ。
写真撮影可の副作用だ。
写真を撮ると、それで満足しちやふんだらう。
「あとで写真を見ればいいや」とかね。
渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーや、飯田市川本喜八郎人形美術館だと写真は撮れない。その分とにかくひたすら見る。
また、渋谷だと「また近いうちに来ればいいや」といふ油断があるためか、あまり記憶に定着しないけれど、飯田は「次はいつになるかわからない」といふ思ひがあるためか、覚えてゐることが多い。
展覧会の図録なんかもさうで、買つてしまふと「あとで図録を見ればいいや」になつてしまふことがある。
でもこの前「三原順復活祭」の行つて思つたけれど、印刷するとどうしても落ちる情報つてあるんだよね。まんがと図録との印刷は違ふのかもしれないけれど、それでも印刷つてそのものそのままを表現できるところまでいつてゐないんぢやないかな。

などと書きながら、次に横浜人形の家に行くときはちやんとカメラを持つて行かう、などと考へてゐるのだから、どこまで本気なのか自分にもよくわかりはしないのだがね。

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Thursday, 07 May 2015

川本喜八郎人形ギャラリー 劉備主従

四月二十四日(土)、展示替へに合はせて渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーに行つてきた。
今回は入口を入つて右側のケースについて書く。

このケースには「劉備主従」といふ題名がついてゐる。
入口から一番遠い左側から龐統、趙雲、白竜に乗つた玄徳、赤兎馬に乗つた関羽、関平、馬上の張飛の順に並んでゐる。
「劉備主従」といふ題名であり、赤壁の戦ひ時点でここに龐統を入れるのはどうかと我ながら思ふ。公式ウェブサイトでも龐統は「赤壁大戦」に入つてゐる。
ケース単位といふことで、こちらに書くことにする。

このケースの人々には共通した点がある。
見てゐる方向がおなじだといふ点だ。
視線の先には大敗を喫する曹操軍があるのだらう。

中でも龐統は一番落ち着いてゐる。
連環の計が功を奏した結果である、といふ喜びの表情はない。
淡々とその場の状況を見てゐる。分析してゐるといつてもいい。
人形劇の 統は愛嬌のある顔立ちをしてゐた。可愛い感じ、といふのかな。
ヒカリエの龐統には、大人びた雰囲気がある。
初回の展示のときには正面から見るとどこを見てゐるのかわからなくて、風狂の人といつた趣でちよつと怖かつた。
それがちよつとななめから見ると、遠く未来を見はるかしてゐるかのやうな表情をしてゐて、とても凛々しかつた。
今回の龐統もきりつとした表情をしてゐる。
様子がいい。

人形劇三国志で「凛々しい」といへば趙雲だ。
槍を抱へて遠くを見てゐる表情である。
ヒカリエの趙雲は、人形劇のときのやうに眉間に皺が寄つてゐたりしないので、どの角度から見ても爽やかな感じがする。
さういへば、飯田の今月末までの展示でも趙雲は徒なのであつた。どこかに馬がゐるんだらう、とは飯田のときにも書いた。
あるいはこの後すぐに舟に乗るはずなので、とくに馬はゐないのかな。
あ、でも去年のいまごろの展示では趙雲は馬上にゐたのだつた。
どこか近くに馬をとめてゐるのだらう。

白竜に乗つた玄徳は、たぶん、胸の内では「大変なことになつた」と思つてゐるのだらう。
「大変なことになつた」と書くと他人事のやうだが、玄徳にはどことなくいつでもなんでも「他人事である」ととらへてゐるやうなところがある。
自分勝手に「noble indifference」と呼んでゐる、高貴の人の持つ無関心さが玄徳にはある。
自分の身になにか起きても「困つたなあ」と云ひながら、さして困つたやうすもなく過ごしてしまふ。そんな感じだ。
面倒なことは周囲の人間がなんとかしてくれる。
さう思ふ一方で、内心は動揺ないし昂揚してゐて、でも表情はあくまでも平静、といふ感じもする。
赤壁時点にしては衣装が豪華なのだが、曹操、孫権とつりあふ出で立ちだ。

人形劇に出てゐた白竜は、白馬の王子さまの乗る馬、といつた趣だつた。
今月末まで飯田にもゐる。
飯田の白竜は目が大きくて空色で、茶目つ気のある可愛い顔立ちをしてゐる。
白いし、西洋のおとぎ話に出てきてもをかしかない。
ヒカリエの白竜は、それよりもぐつと落ち着いた雰囲気の馬だ。
白馬だし、目も青いんだけどね。
さういへば、人形劇に出てきた動物は愛嬌があつて可愛いものが多かつた。
黄巾討伐のころ、董卓の幔幕の入口から顔をのぞかせてゐるラクダには、「これから出番があるのか知らん」と期待したくなる愛嬌があつた。残念ながらこれといつた出番はなかつた。
張飛に退治される虎も、人食ひ虎かもしれないけれど、なんだか可愛い。張飛に会ひさへしなければ殺されずに済んだのに。
あの可愛らしさはTV用だつたのか知らん。

落ち着いてゐるといへば、関羽も至極落ち着いてゐる。
赤兎馬は今回馬の中では一番動きがある。
この対比がおもしろい。
関羽がびつくりしてゐるところとか、あまり記憶にないなあ。
あ、貂蝉絡みではあるか。張飛にひやかされた場面とか、貂蝉を助けて別れる場面とか。
さうさう、今回曹操のカシラが人形劇の「赤壁の戦い」のときに使はれてゐたものとよく似てゐる、特別な怒りの形相のカシラなのだが、関羽にもこれとおなじやうなカシラがある。
一度は千里行のとき滎陽で火攻めにあつて「もうこれまで」と思ふ場面で出てきて、もう一度は「関羽の死」の回で致命傷を受けたときに使はれた。
「関羽の死」の収録を見学に行つたとき、川本喜八郎みづからこの関羽の特別なカシラを見せてくだすつた。「使はないかもしれないけどね」とにつこり笑つた姿が思ひ出される。
用意して、でも使はないかもしれないんだ、といふのが、強烈に印象に残つてゐる。
関羽のこのカシラもどこかにあるのかなあ。見たいやうな気もして、しかし、関羽がずつとあのカシラでゐたらちよつとショックかも、といふ気もする。
趙雲が槍を抱へてゐたやうに、関羽も偃月刀を手にしてゐる。張飛も蛇棒を持つてゐて、得物は身につけてゐることになつてゐるやうだ。

待つてました、赤兎馬。
「人中の呂布、馬中の赤兎馬」なのかもしれないが、「人形劇三国志」を見てきたものとしては、やつぱり関羽と一緒の赤兎馬も見たいんだよねえ。
いつ見られるのかと首を長くして待つてゐた。
我が家には赤兎馬に乗つた関羽のB全くらゐあるポスターがあつて、「魔除け」と呼ばれてゐる。かつては玄関先にあつて、たまに来る宅配便の配達員の人などを驚かせてゐたものだつた。
このポスターの写真が、飯田市川本喜八郎人形美術館の回数券の表紙に使はれてゐる。
不思議なもので、関羽と赤兎馬を見ると、呂布と赤兎馬も見たくなる。わがままである。

赤兎の隣に関平が立つてゐる。
関平は、以前ギャラリー外のケースにゐた。
人形劇のときは勝平のころの面影を残した顔立ちになつてゐたけれど、ヒカリエの関平はもうちよつと厳しい顔立ちをしてゐる。
人形劇のときは人がよささうでもあつた。渋谷の関平さんは、「若武者」といふ感じがする。
以前はひとりだつたけれど、今回はみんなと一緒で、それに関羽の隣でよかつたねえ、などと近所のをばさんめいたことを考へてしまふ。
関平は、ちよつとななめから見たときになんとなく(当代の)中村勘九郎に似てゐるんだなあ。ほかの角度から見たときは全然似てないけど。

一番入口に近いところにゐるのが馬上の張飛である。
乗つてゐる馬には「張飛の馬」といふ名前がついてゐる。
ケースの横にあるパネルに人形の顔の写真がついてゐて、そこにさう書いてある。
白竜、赤兎馬ときて、名前がないわけにはいかなかつたのだらう。
「吾が輩は馬である。名前はまだない」といつたところか。
関羽が落ち着いたやうすでゐるのにくらべて、張飛は「どうなつてるんだ」「よく見えんぞ」と背伸びをするやうにして遠くを見てゐる。
かういふところが張飛はいいんだよなあ。
張飛がそんなやうすのためか、馬はちよつとおとなしめな感じがする。

ギャラリー外のケースには小喬がゐる。
小喬は去年のいまごろは周瑜の背後に立つてゐて、ほんのりほほえんでゐた。
今回はひとりでケースの中に立ち、やさしく出迎へてくれる。
衣装の色や柄のせゐかもしれないけれど、小喬には少女のやうな愛らしさがある。
大喬がゐたら、一緒だつたのかな。
上に書いた張飛のそばにあるパネルには、どうやら渋谷で会へる人形劇三国志の人形の写真が載つてゐるやうで、その中に大喬はゐない。
孫策もゐないしね。
パネルのやうすから行くと、これまでの展示でまだ出てきてゐないのは劉璋と法正と、かな。
いづれ会へるものと思つてゐる。

義仲上洛についてはこちら
平家都落ちについてはこちら
赤壁大戦その一はこちら
赤壁大戦その二はこちら

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Wednesday, 06 May 2015

川本喜八郎人形ギャラリー 赤壁大戦 その二

四月二十四日(土)、展示替へに合はせて渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーに行つてきた。
今回は、入つて一番最初に目に入る大きなケースの向かつて右側について書く。
左側には曹操とその配下の人々がゐる。前回書いたとほりである。
曹操の先には、右から闞沢、黄蓋、周瑜、孫権、諸葛瑾、魯粛がゐる。魯粛の先、ケースとケースの合はせ目に孔明がゐる。

闞沢は、去年のいまごろの展示のときにもゐて、今月末までは飯田市川本喜八郎人形美術館にもゐる。
人形劇のときの闞沢は、どこかをばさんめいた風貌だつた、とは何度か書いた。
髭面なんだけどね。どこかをばさんつぽいんだよね。
くせのある髪の毛がをばさんパーマを思はせるといふこともあるし、大きな目やふつくらした頬がをばさんっぽいのかもしれない。
渋谷の闞沢はそんなことはなくて、前回の展示のときは、「人形つぽい顔だちになつたな」と思つた。人形劇のときの方がリアルな顔立ちだつた気がした。
たぶん、目の形が違ふんだと思ふ。
渋谷の闞沢の目はちよつと上がくぼんでゐて、三日月型が横になつて太つたやうな形をしてゐる。
これが人形つぽさの所以なんぢやないかと思ふ。
それが今回は、前回と印象が違ふ。
竹簡を右手に正面を切つて立つてゐて、なんだか凛々しいのだ。
人形は前回と変はらないはずなのにね。
たぶん、単身曹操を訪れて黄蓋が躰を張つた計略を実現せんといふところなんぢやないかな。
「きつとかういふ場面だらう」と自分で思ひ描くだけで、全然見え方が違つてくる。
やつがれは人間がぼんやりしてゐるので、展覧会の類に行つてもただぼんやりと眺めてしまふ質である。横にある説明なんかもあんまり読まないので、あとで「しまつた!」と思ふことが多い。
ヒカリエなんかでもつひさうなつてしまふのだが、ぼんやりしてゐるだけぢやダメなんだなあ。
と、闞沢に教へられた。

闞沢のやや右前に黄蓋と周瑜とがゐる。
黄蓋は周瑜に向かつて首を垂れてをり手を前でくんでゐる。
周瑜は黄蓋を向いて立つてはゐるものの、どこかあらぬ方向を見てゐる。
おそらく、黄蓋から苦肉の計の献策があり、その手しかないとは思ひつつも周瑜は逡巡してゐるところだ。

黄蓋は、こちらから見ると横を向いてゐて、しかも面を伏せてゐるので、その表情はよく見えない。
そのはずなんだけれども、忠義一徹、頭も切れて実行力もあるやうすが見てとれる。
黄蓋も、去年のいまごろの展示のときにゐて、闞沢とおなじやうに人形劇のときに比べてだいぶ人形めいた表情になつたな、と思つてゐた。
これまた黄蓋も今月末まで飯田の美術館にゐる。
人形劇の黄蓋はヒカリエに比べて凹凸に富んだ顔立ちをしてゐる。
あと、いまの飯田の黄蓋からはちよつとわかりにくいけれど、目にはガラスかアクリルかなにか光る素材が使はれてゐる。ほかの人形より目の印象が強い。
渋谷の黄蓋はといふと、皺は多いもののなんとなく平面的な顔をしてゐて、目は大きいがほかの人形とおなじやうな作りの目になつてゐる。大きい分、目の玉の塗りが平坦な感じがする。
いや、「した」といふべきだな。
自分でドラマを組み立てられると、おなじ人形でも見え方がまつたく違つてくる。
ぼんやりしてゐる場合ぢやない。

そして、黄蓋の向かひに立つ周瑜が今回とても素敵なのである。
「義仲上洛」について書いたとき、冒頭で「今回の展示は曹操か周瑜」と書いた、その周瑜である。
憂ひ顔なんだよ。
悩める周瑜。
つねづねいい男だとは思つてゐたけれど、こんなによかつたか知らん。
さう思ふくらゐ、いい。
周瑜も今月末まで飯田の美術館にゐる。
飯田の周瑜もこれまで見たことのなかつたやうなやうすで立つてゐる。
小喬の前に立ち、赤い牡丹の花を手にした姿のやさしさうなやうすといつたらどうだらう。
こんなやはらかな表情を浮かべることもできるんだねえ、と感じ入ることしきりであつた。
渋谷の周瑜には、悩みを抱へる人の色気に満ちてゐる。満ちすぎてじわじわとあたりにその色気が流れ出てゐる。
さういへば、人形劇でもあつたな。
孔明に「二喬を差し出せば曹操との戦は避けられる」と云はれて逆上し、開戦派に転じて孫権から大都督に命ぜられ剣を受け取つた後、その剣をかるく鞘から出してまたおさめ、「やられた」とうめく、といふ場面が周瑜にはある。
この「やられた」とうめいて壁によりかかる、その姿が好きでね。
一瞬弱さを見せる場面なのだと思ふ。
そこに色気を感じたんだな。
今回の渋谷の周瑜もちよつとそんな感じだ。

黄蓋と周瑜との背後には孫権と諸葛瑾とがゐる。
孫権は椅子の脇に立つてゐて、諸葛瑾を見てゐる。話をしてゐるのか、なにごとか命じてゐるのか、はたまた諸葛瑾がなにか云ふてゐるのか、そんな感じだ。
このふたりも今月末まで飯田にゐる。
いまの飯田の孫権が実に素敵でね。
孫権つてこんなにいい男だつたつけか、とは、以前も書いてゐる。
孫権といふと、圧倒的に座つてゐる展示が多い。
今回は渋谷でも立つてゐる。
横を向いてゐるといふのもめづらしいかも。孫権は正面を向いて座つてゐるといふ印象が強い。ただその目が横を見てゐたりすることがあるくらゐで。
さういや、飯田の展示でも孫権は諸葛瑾になにごとか命じてゐる、といつた雰囲気なんだよな。
渋谷のふたりはもうちよつとおだやかに話をしてゐる感じだ。

渋谷の諸葛瑾はちよつと爽やかな印象がある、とは、以前も書いた。
衣装に緑色が入つてゐるのと、顔立ちからさういふ印象を受けるのだと思ふ。
人形劇のときの諸葛瑾は、謹厳実直、一身に苦悩を背負つてゐるやうな困り顔の印象が強くてな。
いま飯田の展示でも、ケースの脇、闞沢と徐盛とのあひだから諸葛瑾を見ると、照明のあたり具合で影ができて、しかも右肩の方がわづかに下がつてゐて、「失意の諸葛瑾」といふやうに見える。
ヒカリエの諸葛瑾には苦悩の人といつたやうすはない。
また、ヒカリエの諸葛瑾と孔明とは顔立ちがなんとなく似てゐる。人形劇のときにはそんなことはなかつた。
そんなわけで人形劇のときより「エラそー」に見えるのかもしれない。

諸葛瑾の前には魯粛がゐて、右上方を見てゐる。
視線の先には孔明がゐる。
闞沢はひとり、あとは黄蓋と周瑜、孫権と諸葛瑾、魯粛と孔明といふ感じでそれぞれ物語が展開されてゐるといつたところだ。
見上げてゐるといふところに魯粛の立場があらはれてゐる、と書くとちよつといぢわるだらうか。
見上げてゐる所以は、おそらく孔明は七星壇にゐて東南の風を祈つてゐるところだからなのだらうとは思ふ。
でも「平家物語」の展示から行くと、高低差は重要な気がして、な。
さういや、孫権と魯粛とはふたりともくつの先が両方とも見えてゐる。
文官系の人はたいてい片方のくつの先だけが見えてゐることが多い。
孫権も魯粛もくつの先がほかの人々に比べて飾りが多いので両方見せてゐるのかもしれない。

孔明は今回も「三国志」といふ垂れ幕を背負つて立つてゐる。
白羽扇を掲げ、やや天をあふぐやうなやうすで、いままで見たことのある孔明の中ではもつとも動きのある姿である。
孔明は展示のときも動きが少ないので、「今回はちよつと前かがみだな」とか「どことなく風の吹いてゐる感じがするな」とかさういふ印象を持つことが多い。
今月末までの飯田の展示だと、「なんとなく背中に緊張感が走つてゐるな」だとかね。
その飯田の孔明も、今回はちよつと動きがあるかな、と思つて背中を見て「このせゐかな」と思ふことがあつた。
下に着てゐる白い衣装の背中の中心は躰の中心とあつてゐるのだが、上に着てゐる黒い薄地の服は背中の中心が下に向かつて少しづつ右側にずれてゐるのだ。
そのせゐで、動いて止まつた直後のやうに見えるのだと思ふ。
動きの少ない人だからこその演出かとも思はれる。
孔明のくつの先は片方だけ見えてゐる。

以下、もうちよつとだけつづく。
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Tuesday, 05 May 2015

連休も終はる

タティングしてないな、この連休中。

五月一日、二日と飯田に行つてきた。
道中、ちよこつとだけ _Tatting with Visual Patterns_ に出てゐる Black Magic に着手してみたけれど、車窓を流れる景色を見てゐるうちに手の方が疎かになつてしまつた。
往きは各駅停車のみを利用した。
飯田線に乗つたころには「もう二度とやらない」と思つたものだが、そこまではわりといい気分でゐた。
車窓の景色が楽しかつたからだ。
萌えいづる緑の葉が日の光を受けて輝いて見えた。
帰りは高速バスを利用した。
バスはバスで景色が違つて、山ばかり見てゐた。
さういへば、往きに見た富士山と帰りとでは全然違つて見えた。
雪の量がまつたく違つた。
一日でこんなに減るのかね。
車内のほかの客もおなじことを云つてゐた。
バスでは隣に人が座つてゐたので、タティングはあきらめた。
できないことはないけれど、まあ、そんなに車内が広いわけでもないしね。

タティングはもうしないのか。
そんなことはないと思ふ。
はじめると楽しいしね。
ひとたび結びはじめると、「ああ、やつぱりタティングはいいなあ」と思ふ。
ここにも何度か書いたやうに、手の動きが好きなのだ。
シャトル(ニードル)を持つて手を動かしてゐるだけで気分がよくなる。
楽しくならないときは、まあ、ちよつと精神的によろしくない状態のときだ。
これはあみものでもいへることである。
編んでゐて全然楽しくなつてこないときは、ちよつとヤバいな、と思ふ。

昨日、「毛糸だま 夏号」を買へなかつた話を書いた。
それでまたくつ下でも編むか、と思つてゐた。
だが待てよ。
タティングレースがあるぢやないか。
さう思つて、The Twirly をつなぐプロジェクトを進めやうかと思つた矢先のことである。
「毛糸だま 春号」に載つてゐて、ちよつと編みたいなーと思つたけれども、指定糸に好みの色がないのであきらめてゐたかぎ針編みのプルオーヴァがあつた。
ふと、手持の糸で編めるのではないかといふことに気がついた。
出して来てみたら、どうやら指定糸とゲージがほぼ同じである。
これは編むしか。
といふわけで、気がつくとかぎ針編みをはじめてゐた。
かぎ針編みは何ヶ月ぶりだらう。
どうやら、去年の七月にスカーフを仕上げたのが最後で、それ以来のやうだ。
ここにもくどいくらゐ「かぎ針編み、したいんだけどね」などと書いてゐた。
「毛糸だま 夏号」を買つて、ブリューゲルレースを編んでゐるはずだつたんだけどなあ。
でもまあいいか。

といふわけで、タティングはせず仕舞である。

The Twirly をつなぐプロジェクトは完成するのだらうか。
いつもの説明をしておくと、The Twirly は Jon Yusoff のデザインしたタティングレースのモチーフである。六角形で風車のやうな形をしてゐる。
これをたくさんつないでちよつと壊れた大きな六角形を作るのが、The Twirly をつなぐプロジェクトだ。
糸は十分ある。
あとはつなぎつづけるだけなんだけどね。

連休も残すところあと一日。
明日は The Twirly をつなぐプロジェクトにかけるかな。

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Monday, 04 May 2015

本屋も手藝屋も

くつ下が編み上がつた。

Socks

毛糸は Opal の Graefin Annabelle (Farbe 4002)、針は0号五本針を使ふた。
つま先から Figure 8 の作り目で12目作り、2段に4目増目して68目まで増やした。
模様編み部分は二目ゴム編みの変形版で、2段二目ゴム編みを編んで2段メリヤス編みのくり返し。
かかとは Wrap & Turn で12目まで減らした。

ちやうどよいので、「毛糸だま 夏号」を見て、次に編むものを決めやうと思つてゐたのだが。
五月二日に行つたら最寄り駅のそばにある本屋にはなかつた。
今日また行つてみたのだが、やはりない。
「毛糸だま」は扱はなくなつてしまつたのだらうか。
駅の向かうにもう一軒本屋があるのだが、行く気力をなくしてしまつて行けなかつた。
うーん、春号はあつた気がしたんだけどなあ。

今日、歌舞伎座の昼の部を見に行つたので、帰りに越前屋に寄つてみたらばこは如何に。
「日曜・祝祭日は休み」といふ貼り紙がしてあるではないか。
日曜は休みだつたけれど、祝祭日も休みだつたつけか。
祝祭日は開店してゐたやうな気がしたんだけどなあ。
さうでないと、越前屋にはほとんど行けやしない。
DMC コットンパールの五番がほしかつたんだがなあ。
地元駅最寄りの手芸屋にはDMC コットンパールなんておいてゐない。
もともと駅周辺に毛糸と刺繍糸・その他手藝用品・布団屋と、本店と支店2軒の3店舗あつた。
それがいつの間にか毛糸と刺繍糸を主に扱つてゐた店だけが残つた。
ここにビーズその他の手藝用品も集まつてきたので、毛糸の品揃へなどはすこし劣化した。
仕方のないことなんだけれどもね。

地元の手藝屋の品揃へがいま一歩である→ネット通販で毛糸を買ふ→地元の手藝屋の品揃へがますます劣化する→さらにネット通販に頼るやうになる→地元の手藝屋が閉店する

この負のスパイラルから抜けられないんだよなあ。
ネット通販のできるやうになる前は、そこに「ユザワヤ」だとか「オカダヤ」だとかが入る。
オカダヤは最近行動範囲の中にないのでわからない。
でも、ユザワヤもおさみしい状況になつてゐたりするんぢやないかなあ。

本屋も似たやうな状態だ。
かつて我が家のそばには手藝店も本屋も2軒づつあつた。
いまはどれもない。
それで困つてゐないのか、といふと、うーん、困つてはゐないかも。
本屋には職場からの帰宅時に駅のそばの店に寄るし、そんなにしよつ中手藝用品を買ひ求めたりしないからだ。
その代はり、たまの休日にぶらりと歩いて本屋や手藝屋をひやかすなどといふことはできなくなつてしまつた。
「毛糸だま」1冊買ふのにも、4kmくらゐ行かねばならない。
それでうつかりネットで買つてしまつたりする。
どうせもう近所に本屋はないのだから、負のスパイラルなどとは思はない。
思はないけれども、かうなる前になんとかならなかつたのかな、とは思ふ。

「毛糸だま 夏号」がまだ手に入らないので、仕方がないから次のくつ下でも編みはじめるかな。

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Friday, 01 May 2015

川本喜八郎人形ギャラリー 赤壁大戦 その一

四月二十四日(土)、展示替へに合はせて渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーに行つてきた。
今回は、入つて一番最初に目に入る大きなケースについて書く。
最初に目に入る所以は、めらめらと燃え上がる炎をイメージしたタペストリがあるためだ。
実に印象的なタペストリである。

と、書くつもりでゐたのだが。
二十九日に行つたところ、二十四日時点とはポージングの変はつてゐる人形がゐる。
びつくりしたなあ、もう。
覚えてゐるかぎりのことを書くことにする。

入口を入つて正面のケースは「人形劇三国志」のケースで、曹操と孫権と、あとそれぞれの配下の人々が飾られてゐる。
入口から一番遠い左端から、郭嘉、夏侯惇、夏侯淵、程昱、夏侯淵と程昱とのうしろに許褚と曹操が並んでゐる。

ギャラリー全体の照明が以前より暗くなつてゐるといふこともあるのだが、郭嘉のゐるあたりはさらに暗い。
「赤壁の戦ひに郭嘉?」と思つたが、おそらくあの世にゐる心なのだらう。ひとりだけちよつとはなれたところに立つてゐるしね。
去年のいまごろの展示で、重盛がやはりこのあたりの後方にゐた。
我が世を謳歌する平家一門の中で、ひとりだけ蚊帳の外といつた感じで立つて天を仰いでゐた。
多分、あの重盛も彼岸の人、すくなくとも半分くらゐは彼岸の人といふことだつたのだらう。
この位置は彼岸なのかもしれない。
郭嘉は、あの世から曹操とその軍との悲惨なやうすを沈鬱な表情で見てゐる。
そんな感じがする。
照明が暗いこともあつて、その顔に落ちる影も濃く、もの思はしげな表情になつてゐる。
曹操は「郭奉孝が生きてゐたら」と云つたといふが、郭嘉は「自分が生きてゐたら」とは思つてゐないだらうな。
でも「ああ、あんなことになつて……」と嘆いてはゐるんだらう。

郭嘉からすこしはなれたところに夏侯惇が片膝をついてゐる。片手で顔のあたりを覆ひ、もう片方の手で胸のあたりを抑へてゐる。
夏侯惇も戦ひに馳せ参じたのだらうか。
船上で呉の攻撃にあひ、揺れに勝てずに膝をついてしまつた、といふ感じに見える。
「人形劇三国志」ならいいかもとは思ふけれど、典韋を出すわけにもいかないしね。
いろいろ考へての人選だつたのかもしれない。

その隣に夏侯淵がやや右側を向いて立ち尽くしてゐる。
すくなくとも二十四日の時点ではさうだつた。
白目をむいて、手はだらりとさげて外に向け、足を肩幅よりやや広いくらゐに開いてただただ立ち尽くしてゐた。
それを見て、「白目むいてる場合ぢやないだろう!」と思ふたものだつた。お前が戦はんでどーする!
そんなに呉に敗れたことがショックだつたのだらうか。
それが、二十九日に行つてみたらばこは如何に。
白目は向いてないぢやあないか。
しかも、ただただ立ち尽くしてゐるといふやうすだつたはずなのに、いつのまにか俯いて腕を組み、なにやら思案にくれたやうすで立つてゐる。
この方がこの時点での「人形劇三国志」の夏侯淵らしいとはいへる。
まあそれでも「考へ込んでる暇があつたら戦へよ!」ともいへるわけだが。

夏侯淵の右側、ややはなれたところに程昱が尻餅をついてゐる。
これも、二十四日時点ではさうだつた。
船の揺れに足を取られて尻餅をついてしまつたのだらう。
袖で顔を覆ひ、衣装の裾から両の足がのぞいてゐる。
さう、足が見える。くつつてかうなつてるんだ、といふのがとてもよくわかる。
文官の足を拝める機会なんてさうさうないよ。これからは来るたびに見ることができるんだな。
と、二十四日はさう思つてゐたわけだ。
ところが、二十九日に行つてみたらばこは如何に。
程昱は尻餅なんぞついてはゐなかつた。
膝をついて後方にゐる曹操を見上げ、なにやら献策をしてゐるやうに見えた。あるいは取り乱してゐる曹操の正気を取り戻さうとしてゐたのかもしれない。
至極落ち着いた表情で、横顔つてやつぱり正面から見たときと印象が変はるんだな、と思つた。

夏侯淵も程昱も、川本喜八郎オフィシャルウェブサイトには二十四日時点の写真が掲載されてゐる。
この写真もいつまで見られるかわからないけれど。
(追記: 5/3 既に写真も差し代はつてゐる)

夏侯淵と程昱とのうしろ、すこし高いところに、許褚と曹操とがゐる。
倒れ伏して孫権を、周瑜を、孔明を呪ふ曹操を助け起こさうとしてゐるところだらう。
「しつかりしてくだされ、殿」とかなんとか云つてゐるのぢやあるまいか。
許褚は人形劇のときよりだいぶリアルな顔になつてゐるので、その場の緊迫感にそぐつてゐるやうに思ふ。
人形劇のときの許褚は、ちよつと可愛い顔立ちだものね。

そして、初回に「今回の展示は曹操と周瑜とでせう」と書いた、その曹操である。
倒れ伏し、それでも頭をややあげて、忿怒の表情を浮かべ、すつかり我を失つてゐる。
このカシラ、人形劇で使はれたものぢやないか知らん。
赤壁の戦ひのときのあのカシラぢやないか知らん。
青黛の目立つカシラで、「人間、本当に心の底から怒ると青ざめるんだな」と思つたものだつた。
「赤壁の戦い」の回で、黄蓋の苦肉の計と龐統とにまんまとだまされた曹操は、燃える船上で夜空に向かつて吠える。
策を弄して天下取りまであと一歩のところまでやつてきたこの自分が、策をもつて大敗しやうとしてゐる。
周瑜か。
いや、その背後には諸葛孔明がゐるはずだ。
ここで、人形劇では夜空に孔明の影が浮かんで、大笑するといふ映像がうつる。
孔明、ヒールだな。
はじめて見たときにさう思つた。

許褚と曹操との背後に、最初に書いた炎のタペストリがある。
このタペストリと許褚と人の変はつたやうな表情の曹操との取り合はせが実にいい。
また、やや左寄り、許褚の頭を頂点とした三角形の構図もすばらしい。
近くに寄つては食ひ入るやうに眺め、はなれては全体的な構図を楽しむ。
いいぞいいぞ。

といふわけで、まだつづく。
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2015年4月の読書メーター

2015年4月の読書メーター
読んだ本の数:9冊
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ナイス数:11ナイス

「穴」を探る「穴」を探る感想
「二十世紀末は考えることを遊ばなければ、生きのびられない(P85)」。どうやら私は死んでいるのらしい。
読了日:4月3日 著者:草森紳一
His Last BowHis Last Bow感想
これで最後? ご冗談でせう、といつたところだが、いろいろきれいにおさまつてはゐるのかな。もちろん「事件簿」があるわけだけど。
読了日:4月6日 著者:SirArthurConanDoyle
女の魅力百景 (1) (ワニ文庫)女の魅力百景 (1) (ワニ文庫)感想
色気系の話とか下ネタとかあんまし興味ないんだよねー、と思ひつつ読んでしまつたのは、「なんなの、その観察眼は!」といふ点に恐れ入つたから、かも。しかし、色気とかつて、めんどくさいね。
読了日:4月8日 著者:草森紳一
読み忘れ三国志 (小学館文庫)読み忘れ三国志 (小学館文庫)感想
「三国志演義」を主軸に時々正史からの話なんかも入れ乍ら、物語の登場人物の言動をまるで現実の人物のそれのやうに分析したやうな内容。時折いい加減な記述も見られるが、大らかでよい。
読了日:4月13日 著者:荒俣宏
ロジックの世界 論理学の哲人たちがあなたの思考を変える (ブルーバックス)ロジックの世界 論理学の哲人たちがあなたの思考を変える (ブルーバックス)感想
まんが仕立てにしたからといつて、わかりやすくなるとは限らない。
読了日:4月15日 著者:ダン・クライアン,シャロン・シュアティル,ビル・メイブリン
唐詩選〈中〉 (岩波文庫)唐詩選〈中〉 (岩波文庫)感想
しばらく寝かせてあつたのを手に取つて、寝かせてあつた理由を思ひ出す。まちつともつと昔の中国の古典を読んでからにしやうと思つてゐたのだつた。ま、いいか。
読了日:4月19日 著者:前野直彬
チェコ手紙&チェコ日記――人形アニメーションへの旅/魂を求めてチェコ手紙&チェコ日記――人形アニメーションへの旅/魂を求めて感想
携帯電話も電子メールもなく、自由に海外に出られなかつた時代ゆゑの濃さかと思ふ。いまだつたらスマートフォンで写真を撮つて終りになりさう。日本にゐる仲間をほんとに「仲間」と思つてゐたんだらうな、とも思ふ。人なつこい人だつたんだらうな、とも。
読了日:4月21日 著者:川本喜八郎
中国雑話 中国的思想 (文春新書)中国雑話 中国的思想 (文春新書)感想
中国拳法や武術者の話がおもしろい。ここからいくらでも話を膨らませて物語ができさうな気がするが、すでに映画とかになつてゐたりするのか知らん。資料が残されてをらず、また消失してしまつたといふのはとてつもなく惜しいことだが、ゆゑに想像(あるいは妄想)のひろがる余地もあるのではなからうか。
読了日:4月22日 著者:酒見賢一
The Case-Book of Sherlock Holmes (English Edition)The Case-Book of Sherlock Holmes (English Edition)感想
前書きがすべてな気もする。もつと他のことが書きたかつんだよね。それでもなほここに集められた話にはおもしろいものもあるんだなあ。
読了日:4月30日 著者:SirArthurConanDoyle

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