講演「川本喜八郎 その人と作品」を聞く
三月十日火曜日、「川本喜八郎 その人と作品」といふ公演を聞きに東京藝術大学馬車道校舎に行つてきた。
正式な名称は「文部科学省スーパーグローバル大学創成支援事業東京藝術大学 川本喜八郎生誕90年記念講演「川本喜八郎 その人と作品」」、かな。
まづ、東京藝術大学教授でありアニメーション作家でもある山村浩二から、この講演が文科省の「スーパーグローバル大学創成支援事業」の一環であり、作品はとても日本的である川本喜八郎を取り上げる理由はこの講演を通じてわかるといふやうな説明があつた。
うーん、日本的な作品だからグローバルに通用するんぢやないの?
とも思ふたが、そこはおく。
説明にも、「「スーパー」グローバルといふことは、日本的といふことでもあつて」といふやうなことばもあつたことだし。
講演者はフランス人のセルジュ=エリック・セグラ。
とくに研究機関に属することなく個人的にアニメーションなどの研究をしてゐるとのことだ。
川本喜八郎へのロング・インタヴューを行つたこともあり、川本喜八郎から数多の資料を受け取つて研究をつづけてゐる。
途中、アニメーション監督コ・ホードマン自身による談話もあつた。
通訳は、東京藝術大学グローバルサポートセンター特認准教授のイラン・グェン。
セグラ氏と一緒にパリで川本喜八郎関連の講演を開催したことがあるとのことだ。
講演は途中十五分の休憩をはさんで午後四時から午後八時半といふ長丁場で、しかし、それでも最後ははしより気味になつてゐた。
セグラ氏の持つ川本喜八郎の資料が膨大だつたからである。
川本喜八郎がそれだけの資料を送つたといふことだ。
川本喜八郎の誕生直後から没するまでの資料がほぼ時系列に沿つてスライド形式で表示され、セグレ氏が説明してグェン准教授が通訳するといふ形式で、ときにグェン准教授の意見なども交へられることもあつた。
写真は、飯田市川本喜八郎人形美術館の年表に見られるものも多かつた。
母親と写つてゐる写真や、祖母の写真などがそれだらう。
さらに、時折川本喜八郎作品の抜粋が上映された。
ほろにが君とかね。個人的にはミツワガールズが見たかつたなあ。もうないのか知らん。
「鬼」や「道成寺」「火宅」などは「そこで切るか!」といふやうなところで切られてゐて、なんともむづがゆい感じがした。そこがいいんだけどね。
そんな大量の資料をここでくくつてしまふのはどうかとは思ふが、敢ていふと、川本喜八郎の生涯は実にグローバルであつた。
と書いて、実は納得できないところがある。
「グローバル」つてなんだよ、といふことだ。
デジタル大辞泉をひいてみたところ、「世界的な規模であるさま」だとか「全体を覆うさま」「包括的」とか書いてある。
だつたらさういへばいいのに。
川本喜八郎は世界的な作家である。
それでいいではないか。
ダメなのかな。
「チェコ手紙&チェコ日記」を読んでゐてもわかる。
川本喜八郎の視線は世界に向けられてゐる。
本人は意識してさうしてゐたのだらうか。
この本からはさうは思へない。
自然にさうなつてゐたのではないか。
そんな気がする。
うまく説明できないのがもどかしい。
川本喜八郎は別段世界に出ることを求めてチェコスロヴァキアに行つたわけではないのだと思つてゐる。
チェコスロヴァキアに空前にして絶後といふ巨匠がゐて、その人のもとで学びたい、といふので出て行つたのだらう。
その巨匠が日本にゐたら、日本で学んでゐただらう。
世界をまつたく意識してゐなかつたわけではないとは思ふ。
「チェコ手紙&チェコ日記」には、チェコスロヴァキアでの滞在が自分の想定してゐたものと違ふことになるのであれば英語やフランス語など世界的にひろく通用する言語を学びつつシナリオを書きたいといふやうなことも書かれてゐるし、手紙の相手が行く末について悩んでゐると知ると「英語を学ぶといい」といふ助言を与へてもゐる。
それはさうなのだけれども、川本喜八郎の中には、最初から「世界」があつたのだといふ気がする。
「日本」に対する諸外国としての「世界」ではなく、日本も含めた「世界」をみづからの活躍の場ととらへてゐたのではあるまいか。
そこが、現在云ふところの「グローバル」と川本喜八郎にとつての「世界」との違ひであり、ゆゑに「スーパーグローバル」といふことばに違和感を覚える所以である。
世に云ふ「グローバル」は「ローカル」や「ドメスティック」の対局にあるものだと思はれる。
国内経済に対するグローバル経済。
国内産業に対するグローバル産業。
国内戦略に対するグローバル戦略。
いづれも「国内」と「グローバル」とは対立するものとして使はれてゐる。
川本喜八郎は世界的な作家である、といふときの「世界」と「日本」とは対局にはない。
この場合の「世界」と「日本」との間に垣根は存在しない。
講演この方考へてゐたが、うまくまとめられない。
不徳の致すところである。
話を戻すと、川本喜八郎の生涯は実にグローバルであつた。
そのことは、セグラ氏の講演から、またコ・ホードマン監督の話からよく理解することができた。
「その人」はそのとほりだ。
では「作品」は?
最初に「とても日本的な」と紹介された川本喜八郎作品のどのあたりがグローバルなのだらうか。
この点については、残念ながらやつがれの力及ばず理解しきれずに終はつてしまつた。
作品について、印象に残つた話を記しておく。
セグラ氏の説明を通訳したグェン准教授が、おそらくみづからの意見を述べた点である。
「鬼」と「道成寺」と「火宅」とは、「不条理三部作」と呼ばれることがあるのだといふ。
中でも最後の「火宅」はそのすばらしさがよく語られるのだが、しかし「鬼」も「道成寺」も「火宅」に劣るわけではない。
「道成寺」にはことばが極めて少ない。
「鬼」には無声映画のやうなせりふやト書きの文字がときに表示され、「火宅」にはナレーションがついてゐる。
「道成寺」にはナレーションはないし、出てくる文字も極めて少ない。
ゆゑに、よけいに人形が生きてゐるやうに感じられる、といふのである。
「人形の息遣ひさへ聞こえてくるやうな」といふやうな表現をグェン准教授はしてゐたやうに思ふ。
「道成寺」ははじめて見たときから好きな作品だつた。
それは、女が寡婦であるからだ、と思つてゐた。
清姫ではない。娘ではないのである。
ゆゑに生じる執着がいい。
さう思つてゐた。
それはさうなのだらうけれど、なるほど、そこか、と、とても納得したのだつた。
「日本的」な方が「グローバル」といふことについては、よく語られることなので、ここには記さない。
さういふ説明を超えたものが川本喜八郎作品にはある、と思ふてはゐる。
残念ながら身菲才にしてわからなかつたけれども。
「日本的」といふことでいふと、最後の質疑応答で、セグラ氏に対して「日本の作家である川本喜八郎に惹かれるのはなぜか」といふ質問があつたのが、「スーパーグローバル」とやらを標榜する国の現実だよなあ、と思つた。
「日本の作家である」は不要だ。
「川本喜八郎に惹かれるのはなぜか」。
それでよいではないか。
それに対するセグラ氏の回答は実に熱いものだつた。
フランス語だからなにを云つてゐるのかわからなかつたけれども、その熱意と愛とは伝はつてきた。
なかでも川本喜八郎について「ことばを通じて伝へていかねばならない」といつてゐたらしいことも強く印象に残つてゐる。
アニメーションといふことばに頼むところのすくないものを、ことばにして伝へていく。
それを使命と思つてゐるのだらう。
「死者の書」で、大伴家持が「あきらめない人間がこの世界を作つていく」といふやうなせりふをつぶやく場面がある。
このせりふについては以前も書いた。
今回の講演で、この世界を作つていくのは、熱い人間なんだらうな、と思つた。
あきらめない人間は、すなはち熱い人間でもあらう。
川本喜八郎も、さういふ人であつたらう。
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