今月来月の芝居からの連想など
来月京都南座で「流星」といふ踊りがかかる。
昔、大阪中座で見た。
坂東八十助、後の十代目坂東三津五郎の「流星」だつた。
そのまへに歌舞伎座で当時猿之助を名乗つてゐたいまの猿翁が踊るのを見たことがある。
「流星」は七夕の日、年に一度の逢瀬を喜ぶ織姫と彦星のもとに、「ご注進ご注進!」と流星が飛び込んでくる、といふ内容である。
ご注進の内容は、雷一家のけんか騒ぎだ。
雷さまとその奥さん、赤ちやんからおばあさんまでを、お面をつけかへながら踊り分けるのが眼目である。
猿之助の流星は、夏の芝居らしく(といつて、旧暦七月は秋だけれども)、スケスケでちよつと目のやり場に困るやうな衣装だつた。
衣装とおなじやうに軽快に踊り分けてゐた。
夏の中座で見た流星は、唐風の重たさうな衣装であつた。
でも、揚げ幕の向かうから聞こえる「ご注進、ご注進」の聲からして、なにかこれからいいものが見られるぞ、と期待させるやうな、うきうきした聲だつた。
おもしろかつたねえ。
いまに至るまで所作事の楽しみ方のわからぬやつがれではあるが、中座で見た「流星」はいまだに忘れられない舞台のひとつだ。
見てゐるうちにお面をつけかへてゐることさへ忘れて、ただただ無心に「おもしろいなあ」と思ひながら見てゐた。
踊りのわからない人間を夢中にさせる。
そんなところが八十助/三津五郎にはある。
今月歌舞伎座の夜の部で、「陣門・組討」がかかつてゐる。
今後、もうこんなすごくてすばらしい「陣門・組討」が果たして見られることがあるのだらうか。
そんな芝居である。
この「陣門・組討」の小次郎と敦盛とを、かつて勘九郎と名乗つてゐた当時の中村勘三郎と、ちよつと間をおいて坂東八十助とで見たことがある。
劇評はどちらかといふと勘九郎の方がよかつたやうに記憶してゐる。
勘三郎は、かういふ前髪の二枚目が實にいい役者だつた。
いまの勘九郎の襲名披露興業で勘三郎の白井権八を見た人なら大きくうなづいてゐることだらう。
前髪の二枚目には、どこか冷めたところがある。
自分のこと以外にほとんど関心がない。
戀人に対してもちよつとつれなかつたりする。
それでゐて、なんともいへない甘さのあるところが、勘三郎の二枚目はよかつた。
小次郎/敦盛もそんな感じだつた。
三津五郎の二枚目はといふと、非常に清々しい印象が強い。
甘さ控へめさつぱりすつきり。
それでゐて薄情な感じはあまりしない。
「鎌倉三代記」の三浦之助なども、もうそのまま人形にしたいやうな二枚目ぶりだつた。
当時、十二月の公演といふと、どこの劇場でも歳末助け合ひ運動がさかんだつた。一月にも引き続きおこなつてゐる場合があつた。
南座などだと、幕間に役者が並んで色紙にサインを書いてくれたりしてゐた。
「鎌倉三代記」は国立劇場だつた。
幕間に、芝居を終へてこしらへをしたままの中村福助の時姫と八十助の三浦之助がロビーに出てきて募金を呼びかけた。
福助の時姫がうつくしいのは当然として、八十助の三浦之助の麗しかつたこと。
やつがれは、舞台が終はつたらそれまで、と考へてゐる。
カーテンコールでこしらへをしたままの役者が出てくるのは、わけがわからない。
役のままなのか、あるいは役者として出てきてゐるのか。
役者として出てきてゐるのなら、そのけばけばしい化粧や現実の生活にはそぐはない衣装はなんなのか。
さう考へるたちである。
それが、このときはちがつたんだなあ。
こんなことは、それ以前にもそれ以降もない。
今月大阪松竹座で「吃又」がかかつてゐる。
見に行きたいが見に行けてはゐない。
「吃又」とは、せりふと踊りとを取り上げられた役者の縛られた演技を楽しむ芝居である。
その楽しさを存分に味ははせてくれたのは、中村富十郎と坂東三津五郎とであつたらう。
三津五郎は、ウソのせりふをほんたうにする役者である。
舞台の上で八十助の殿様が「あれを見よ」となにもない方を指さすと、自然とそちらを見てしまふ。
河内山の名ぜりふも、三津五郎が口にすると単なる名ぜりふの域を超えて、「ああ、さうさう。さうだよねえ」といちいちうなづけるものになる。
その三津五郎がせりふも踊りも取り上げられて演じる吃りの又兵衛のよいことといつたらない。
踊りはほんとによくわからない。
中幕は寝落ちの幕になりがちだ。
でもなあ、襲名披露の「越後獅子」とか、よかつたよなあ。
筋書には「浜踊りでお客さまにゆつたりした気分になつてもらへれば」といふやうなことが書かれてゐた。
實に實に、まさにそのとほりの踊りだつた。
さらしを両手に春風駘蕩、ふんはりと浜風が客席にまで流れてくるかのやうな、襲名披露の演目とは思はれぬほど力の抜けた踊りだつた。
いつまでも見てゐたい。
今度いつ見られるのかな。
そんな一幕だつた。
十一年前の拙blogでおなじやうなことを書いてゐる。
今後もおなじことを書くつもりでゐた。
多分今後も書くだらう。
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