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Wednesday, 04 February 2015

なんでもあり

大河ドラマ「真田丸」が決まつたときだつたらうか、三谷幸喜がこんなやうなことを云つてゐた。
「(戦国時代について)よく知つてゐる人は、「なんでもあり」だといふことを弁へてゐる。だから「あれが違ふ」の「これが間違つてゐる」のと文句は云はない。云ふのは半可通である」と。

あー、「新選組!」のときにさんざんあれこれ云はれたんだらうなあ。
新撰組もまあ「なんでもあり」つちやあなんでもありだ。
百年ちよつとしかたつてゐないわりにはわかつてゐないことも多い。
肝心なことがわかつてゐない、とかね。
ただ、幕末好きとか新撰組好きといふ人が多いので、いろいろ知つてゐる人もたくさんゐる。
「好き」といふことは「こだはりがある」といふことである。
「ここまではゆづれるけど、これだけはゆづれない」、そんな思ひを抱く人々だ。

でもまあ、さういふ三谷幸喜だつて、「三銃士」で反戦を説くといふ大失敗をやらかしてゐるんだから、おあひこなんぢやないかな。
「三銃士」もこれまで何度も映像化をくりかえされた作品で、「なんでもあり」である。
本邦でも犬で三銃士とか、アラミスが女だつたりとか、海の向かうでも最近では飛行船が空を飛んぢやう三銃士とか、とにかくほんたうに「なんでもあり」だ。
でも、「三銃士」の原作を尊重するなら、あの作品で戦争反対を訴へるなんぞといふヘマはしないと思ふんだがなあ。
ま、いいか。

「なんでもりあり」といふことではこの作品(といつていいのだらうか)に勝るものもさうないのではないか。
それが三国志(演義)である。
以下、とくに断らないかぎりはすべて「三国志」で統一して賈詡。ぢやなくて書く。

2015年1月31日(土)、横浜産業貿易センターで開かれた「三国志フェス」に行つてきた。
「三国志フェス」とは三国志好きの集まるイヴェントである。
そこでちよつと躊躇する。
はたしてやつがれは三国志が好きだらうか。
うーん……

三国志について云ふと、やつがれは「さだまさしの「まっさん版三国志英雄伝」生まれ、人形劇三国志育ち」である。

正史はところどころしか読んでゐない。
「三国志演義」は読んで、いままた読んでゐるところだ。
吉川英治と柴田錬三郎と「秘本三国志」は読んだ。
「SF三国志」も入れていいのかなあ。
酒見賢一も読んでゐるか。

横山光輝はところどころしか読んだことがなくて、「天地を喰らう」を連載時にちよこつと読んだくらゐ、あとのまんがは読んだことがない。
あ、白井恵理子は途中まで読んでゐるか。

映像化作品でいくと、横山光輝のアニメもところどころしか見てゐなくて、あと于禁が女だつたり孔明がアイシャドウだつたり曹操が金髪で中山仁だつたりするアニメはちよこつと見た。
「レッドクリフ」は日曜ロードショーでかかつた一話完結版を見た。それくらゐだなあ。

ゲームははるか昔にスーパーファミコンで光栄(当時はまだ漢字表記だつたと思ふ)の「三国志III」だつたかをちよこつとやつたのみ。

芝居では先代の猿之助時代のスーパー歌舞伎で「三国志I」と「三国志II」とを見た。

曹操の墓とか最新情報に疎い。
中国には行つたことがない。中国語もわからない。

以上である。

これで「三国志好き」を名乗つていいものだらうか。
なんか違ふんぢやないかなあ。
だいたい三国志を好きといふ人で「まつさん版三国志英雄伝」をいふ人もあまりゐない。

「まつさん版三国志英雄伝」といふのは、もとはさだまさしの深夜ラジオ番組「さだまさしのセイ!ヤング」の中の一コーナーだつた。さだまさしがおもしろをかしく三国志を語る、といふものだつた。
後に二日間だかかけてさだまさしがライヴで語りおろしたものをカセットテープで販売した。全六巻。後にCDにもなつたが現在は入手困難である。
時代なんだらう、「周瑜はですね、いい男だつた。呉の国のフリオと呼ばれゐた。その周瑜がですよ、孔明を呼びます、といふと、「♪ナタリー」」つて、これだけ読んでもなにを云ふてゐるのかわからない。

フリオといふのはフリオ・イグレシアスといふスペインの万能美男子である。
もともとはレアル・マドリードだかのゴールキーパーで、交通事故にあつて歌手に転向した。
おうちは裕福で、本人も確か弁護士の資格を持つてゐる、とかいふ話だつた。
それで歌がうまくてマダームにもてるんですよ。人呼んで「世界の戀人」。
「三国志英雄伝」を録音をしたころちやうど人気があつたんだらう。
ロシア民謡「黒い瞳」を編曲した「黒い瞳のナタリー」といふ歌を歌つてゐた。ゆゑに「♪ナタリー」なのである。本邦では郷ひろみが日本語にして歌つてゐたね。
いまとなつては「Julio, who?」つてな話である。

入りがさういふ「なんでもあり」なものだつたし、その次が「人形劇三国志」といふこれまた「なんでもあり」といふよりはむしろ「ないない尽くし」の作品だつたので、「三国志演義」を読むころには「さうか、この話はなんでもありなんだな」と理解してゐた。

だいたい正史の「三国志」自体の成り立ちがどうにもアレだ。
魏が正当でなければ困る西晋のおえらいさんが「漢から魏にうつつたといふことでひとつ」つてーんで書かせたわけでせう。
それさへなければ世の中に正史「三国志」は存在しなかつたかもしれない。「後漢書」で十分ぢやん。

しかしうつかり正史「三国志」は世に出てしまつた。
そこにあることないこと(ないことないこと)付け足してできたのが「三国志演義」だ。
「三国志演義」自体が「なんでもあり」なわけだ。

なんでもありと理解はしてゐて、しかしゆづれないこともないわけぢやあない。
たとへば髯のない関羽は関羽ぢやない(除女体化)、とかね。
さういふわけでスーパー歌舞伎の「三国志」はやつがれにとつて三国志ではない。
スーパー歌舞伎の「三国志」では劉備が女といふ設定で、しかし世間には男といつてとほしてゐる。これはいい。ありだと思ふ。
でも髯のない関羽はダメ。髯がなかつたら関羽の意味がないぢやんよ。

本題に入るまへに長くなつてしまつた。
三国志フェスについてはまたあらためて賈詡。ぢやなくて書く。

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