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Friday, 23 January 2015

くだらん、実にくだらん

長いこと、自分の好きなことはすべて「くだらないこと」だと思つてゐた。

去年、意識してさう考へないやうにしてみた。
してみた、とは書いてみたものの、ここまで生きてきてずつと「自分の好きなことは「くだらないこと」だ」と思つてきたわけだ。なかなか意識の転換はできない。

自分が好きなことはくだらないこと、と考へるのは、それほど悪いことではない。
問題なのは、「他人の好きなことも「くだらないこと」だ」と考へてしまふことだ。
考へてしまふ、といふか、考へるまでもなくさう思つてしまふ。
他人の好きなことを尊重できなくなつてしまふのだ。

たとへば、ここにあるアイドルのことが大好きな友人がゐるとする。
その友人が「これまでずつと応援してきたそのアイドルが結婚してしまふ」と嘆いてゐるとしやう。
さうすると、やつがれは自然に「そんなくだらないこと」と思つてしまふのである。

まあ、思つてしまふのは個人の自由かもしれない。
でもそれつて、なんかよくないよね。
だいたい思ふといふことは、態度にも出てしまふ可能性が高い。
可能性が高いぢやなくて、出てるんぢやないかな。

自分の好きなことはくだらないこと、と考へる所以は、こどものころから親にさう云はれて育つたからである。
「またそんなくだらないことして」としよつ中云はれてきた。
なにをしてもさうだつた。
読書にしてもさうで、「またそんなつまらないもの読んで」と云はれてしまふ。
あとに続くことばは、「早く寝なさい」か「外に遊びに行きなさい」か「早くかたづけなさい」か、とにかくさうしたことだ。
親の意にそまぬことはすべて「くだらないこと」だつたんだらう。
ゆゑに、一日の中でくだらなくないことをしてゐる時間といふのは、職場にゐる(「働いてゐる」とはいはない)時間だけだ。
あ、あと友人と会ふとき、かな。母は友人と出かけるといふと喜んでゐたからな。

そんなわけで、あみものもくだらなければ、タティングレースもくだらない。紡ぎもさうなら芝居見物もさうだ。渋谷行きに飯田行き? くだらないことの極地だらう?
ゆゑにせつせと「隙あらばヒカリエ」とかやつてゐる自分は、ほんたうにいつたいなにをくだらないことをしてゐるのだ、といふ感じだ。
芝居見物にしてもさうだな。なにを毎月毎月歌舞伎座くんだりまで出かけていくのか。実にくだらん。

さういへば、岸田今日子の「ムーミン」にそんな人といふか麝香鼠がゐたね。なにかといふと「くだらん」とかいふ。あれは原作にもゐるのだらうか。

それを、極力「くだらなくない」「くだらなくない」と心の中で唱へつづけたのが去年のことである。
その成果はあつたのだらうか。
実のところはよくわからない。
とりあへず、誰かに何かが好きでねえと云はれても、「くだらない」と思はないやうにしやうとするやうにはなつた、と日記には書いておかう。

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