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Friday, 19 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 義経をめぐる人々と木曽と鎌倉

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は、「義経をめぐる人々」と「木曽と鎌倉」について書く。

展示室に入ると、まづ紳々竜々のゐるケースがあり、その先に「荊州の人々」のケース、「玄徳の周辺」のケース、「江東の群像」のケースとつづく。
「江東の群像」のケースの先にあるのが「義経をめぐる人々」と「木曽と鎌倉」のケースである。

ケースには、入口に近い方から弁慶、馬上の義経、鎌田正近、時政、政子、頼朝、葵、馬上の義仲、巴の順に並んでゐる。

弁慶から正近までが「義経をめぐる人々」、時政から巴までが「木曽と鎌倉」である。

弁慶は、前回と似た恰好で立つてゐる。躰は向かつて右の方を向いてゐて、顔は馬上の義経を見上げてゐる。
この表情が、とてもよい。
前回の展示のときも、やはり弁慶は馬上の義経を見上げてゐて、なんとも満足げな明るい表情をしてゐた。
今回もそんな表情をしてゐて、見てゐるこちらにも陽の力がわいてくるやうな気がしてくる。
好漢つて、こんな感じかな。

その弁慶を見下ろしてゐる義経は鎧姿である。赤を基調とした色の鎧を身につけてゐる。
人形劇の義経は、もつとはんなりとした色の鎧を着てゐたやうな気がする。ちやうど今ヒカリエで以仁王が着てゐるやうな藤色の濃淡の鎧だつたと思ふんだけどなあ。
でも、飯田の義経がその鎧を着ると、やさしくなりすぎてしまふかもしれない。
義経は現在ヒカリエにもゐて、見比べると飯田の義経の方が線が細い感じがするからだ。
赤はなにしろヒーローの色だしね。
あ、曹操も赤だけれども。
この見つめ合ふ義経と弁慶とがまたいい感じなんだな。
どちらも、なにかことばを発してゐるといふ感じはしない。
わかりあつてゐる。
そんな感じ。
義経は背に何本か矢を背負つてゐるが、前回は持つてゐた弓は手にしてゐない。

正近は、義経の乗る馬に向かつて立つてゐる。両手をあげて、馬の面倒を見てゐるところだらうか。
正面から見るとなにをしてゐるところなのかちよつと判断しかねるが、背後から見るとあきらかに馬の相手をしてゐるやうすが見てとれる。
正近も前回の展示のときとほぼおなじ出で立ちだと思ふ。黒に近い紺の鎧がとても凛々しく見える。
人形劇のときはもうちよつと目が大きくて、カシラも若干大きかつたやうな気がする。
飯田の正近の方が、なんとなく深みのある性格であるやうに見えるのはなぜかな。人形劇の正近には忠義一途の人といつた印象があるが、飯田の正近にはもうちよつと、なにかしら人間味があるやうに見受けられる。

正近の右ななめ後方には北条時政があぐらをかいて座つてゐる。
少し高いところにゐて、右ななめ前方にゐる娘と婿とを見てゐる、といつたやうすだ。
時政のあたりから見ると、「ふたりを見てゐるんだな」といふくらゐの感想しかない。
それが、政子と頼朝とのゐるあたりから見ると時政の表情が一変する。
胡散臭いものを見るやうな目でふたりを見てゐるぢやあないか。
ふたりの仲を祝福するどころか、どうにかして別れさせられないか、くらゐのことは考へてゐるんぢやないかといつた、そんな不穏な表情である。
時政は、初代執権職についたものの、最後には政子と義時とに追はれてしまふ。
そんな器の小ささを感じないこともない。

政子と頼朝とは、向かひ合つて立つてゐる。
この政子のやうすが実にめづらしい。
政子の衣装は前回の展示のときとおなじものだと思ふ。鄙の女の人をあらはすためだらうか明るい黄緑色の着物の上に、朱赤の衣装をまとつてゐる。
上にまとつた衣装の先を両手で持つて前であはせたやうすが、佐殿の前に出てはぢらつてゐるやうに見えるのである。
はぢらつてゐる。
北条政子が。
おやまあ。
その恰好のおかげでちやうどおなかのあたりがふくらんだやうにも見えるので、「すわ、ご懐妊か?」と思つたりもするが、まあ、単に照れてゐるのだらう。
こんなやうすの政子を見るのはちよつとめづらしい気がするぞ。
なんといつても、見てゐて「可愛い」とか思つてしまふからなー。

一方の頼朝も、そこはかとなくやさしい表情に見える。
頼朝は現在ヒカリエにもゐる。人形劇の頼朝は、人形劇の曹操にとてもよく似てゐる。
不思議なもので、主要人物についていふと、誰かはわからなくてもカシラを見ただけで三国志の人形か平家物語の人形か、だいたい判別がつく。
顔立ちがなんとなく違ふのだ。三国志の人形は三国志らしい、平家物語は平家物語らしいカシラになつてゐる。そんな風に見える。
市井の人々や雑兵たちになると、どちらがどちらか見分けがつきづらい。どちらも似たやうな顔立ちになつてゐると思ふ。
そんな中にあつて、曹操のカシラにそつくりのカシラの頼朝は、人形劇のときはちよつと浮いてゐるやうに見えたこともあつた。
飯田の頼朝は、曹操に似たところはない。人形劇のときと比べるとかなり穏やかな表情をしてゐて、前回の展示のときなどはちよつと茫洋とした雰囲気もあつて、懐の大きい人なのかなあなどと思ひながら見てゐたものだつた。
今回もそんな感じで、人形劇のときにあつた怜悧な雰囲気は頼朝からは感じられない。
人形劇と飯田と、どちらの頼朝が好きかと訊かれると悩んでしまふなあ。どちらもちがつてどちらもいい。

頼朝の右側には鎧姿の葵がゐる。
目だけは向かつて右側を見てゐる。巴に呼び止められたものの、話を聞くつもりはなく単に視線だけそちらに向けた、といつたやうすに見受けられる。
葵・義仲・巴は現在ヒカリエにもゐる。見比べるとおもしろいぞ。
前回の展示のときにも思つたものだが、飯田の葵はどことなく中村福助に似たところがある。人形劇のときよりもやさしげなカシラになつてゐるからかな。

その右やや奥に馬に乗つた義仲がゐる。
義仲は前回も馬上だつたな。今ヒカリエにゐる義仲も馬の上にゐる。
義仲は、巴を見てゐる。そのやうすが、どことなく心配げである。
なにを憂へてゐるのか。
なにを心配することがある。
葵を呼び止め、なにかしら話をしやうとしてゐる巴のことを慮つてゐるのだらうか。
巴と葵とのあひだになにか不穏なことがあるとしたら、その原因は当の義仲その人だといふのに。
そんな異性関係の華やかな義仲くんではあるが、「まあ、仕方ないよな」とは思ふ。
だつていい男だもの。
いまヒカリエにゐて勇ましいやうすで馬をあやつり頼朝の方を見据ゑてゐる義仲はもちろん、飯田で憂ひ顔で巴のやうすを見てゐる義仲も、どちらも様子がいい。
さういへば飯田とヒカリエとで、鎧の色はほぼおなじだが、グラデーションの濃い方と薄い方とが逆だな。どちらも草を思はせるやうな緑の濃淡である。で、紺の地に金糸の模様が入つてゐる衣装に朱色の籠手、といふ、説明だけすると色気違ひとしか思へない服を平然と着こなしてゐる。
馬が黒、といふのがまたいいのかもしれない。

このケースの一番右端にゐるのは巴である。
鎧姿で、呼び止めるかのやうに葵の方に手を伸ばしてゐる。
なにを話さうといふのか。
気になる。
巴は、おそらく義仲の視線には気がついてゐない。気がついてゐたら、葵と話をしやうとはしないのではあるまいか。
或は義仲が見てゐるから、葵ともうまくやつていかなければ、といふ心なのだらうか。
いや、それはないなあ、たぶん。
巴としては、しかし、葵ともうまくやつていかなければ、と思つてはゐるだらう。
さうしないと戦にならない。
内部でいざこざを起こしてゐるやうでは、敵を打ち負かすことなどできやしない。
人形劇に出てくる巴は、さういふことをちやんとわきまへた人だと思ふ。
葵はどうだかわからないがなー。
葵は、個人間のいざこざはどうあれ、戦ひになつたらそんなことはどうでもいい、と、口では云ふし、本人もそのときはそんなつもりでゐる、そんな人のやうに見受けられる。
でも実際の場面でどうなるかはわからないけどね。
義仲の憂ひ顔も、そんなところに原因があるのかもしれない。

以下、つづく。

「荊州の人々」についてはこちら
「玄徳の周辺」についてはこちら
「江東の群像」についてはこちら
「曹操の王国」についてはこちら
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