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Wednesday, 17 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 曹操の王国

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は、「曹操の王国」と題されたケースについて書く。

「曹操の王国」は、この展示室内のメインケースと思しき「江東の群像」の向かひにある。
メインのケースの対となるケースなのだらうが、なぜだか若干見づらい気がする。
見づらい、といふか、隠し部屋のやうな印象があるケースだ。
メインのケースとのあひだにこぶりなケースがあるからだらうか。
ゆゑに、今回「曹操の王国」となつてゐるケースは、「影のケース」といふ感じがしてゐる。

「曹操の王国」のケースには、入口に近い方である向かつて右側から、蒋幹、蔡中、蔡瑁、夏侯惇、夏侯淵、曹仁、許褚、曹操、程昱、許攸、荀彧、徐庶の順で並んでゐる。

蒋幹、蔡中、蔡瑁のあたりは「間諜コーナー」なのださうである。
考へてみたら、玄徳や孫権のケースにはこんな味方なんだか敵なんだかわからないやうな人物はゐない。このふたりのケースにゐるのは、みな「忠義一途」を絵に描いたやうな人物ばかりである。
それを考へると、曹操はやつぱり懐が深いなあ、と思ふのだ。
だつて、玄徳のケースにも孫権のケースにも蒋幹のやうな輩はゐないよ。

といふわけで、まづは蒋幹である。
蒋幹、蔡中、蔡瑁は先月までヒカリエにもゐた。
蒋幹と蔡中とは、ヒカリエの方もまるで人形劇に出てゐた人形がそのままゐるのではないかといふ感じで、あまりちがつたところが目に付かないやうに感じてゐた。
蒋幹は、しかし、ヒカリエの方が衣装は豪華だつたやうに思ふ。
ヒカリエの蒋幹は、サテン地で明るい牡丹色に黄色などの派手な花の刺繍(もしかするとアップリケ)を散らした衣装、といふところまでは人形劇とほぼおなじだ。
違ふのは、サテン地の衣装の柄である。
ヒカリエの蒋幹の衣装は、織つて紗綾形の模様を浮かび上がらせたものだつた。
飯田の蒋幹の衣装の柄は、角がかなり丸い四角形の中央を丸く抜いた模様をいくつも並べたもので、どことなくプリント柄のやうに見える。
飯田の場合は経年劣化といふことも考へられる。
衣装が大仰なら恰好も大仰で、「きつと落ち着きのない人なんだらうなあ」と思ひながら見る。

蔡中は、甲冑姿で、立つて向かつて右の方を見てゐる。
その表情はひどく狡猾さうだ。
それでゐて、あまり賢さうではない。
ヒカリエの蔡中は、膝をついて手を合はせて差し延ばし、「お願ひします」とでも云ひたげなやうすをしてゐた。
それに比べると、飯田の今回の蔡中はかなりワルさうだ。
顎が細いのも、こずるさうな小物のワルであるやうに感じる所以かと思ふ。

蔡瑁は、その蔡中のやや斜め左後ろに立つて、こちらは向かつて左の方を見てゐる。曹操のやうすをうかがつてゐるのか。或はその手前にゐる曹操配下の武将たちの話を盗み聞きしてゐるのか。
ヒカリエの蔡瑁は、「あんた誰?」といふくらゐ人形劇のときの面影がなかつた。「もしかして、曹豹?」といつた趣であつた。
さうだなあ、人形劇の曹豹をまちつと思慮深げにしたやうな感じ、といへばいいだらうか。
今回飯田の蔡瑁は、人形劇のときの蔡瑁らしさたつぷりである。
前回の展示のときは、「そこらへんにゐるふつーのをぢさん」といつた感じがした。
正面を向いて立つてゐて、目も正面を見てゐたからかもしれない。
別に、玄徳のことを陥れやうだとか、劉表の跡継ぎに自分の甥を押さうだとか、そんな悪巧みをしてゐるやうなやうすはなかつた。
人形劇の蔡瑁といふと、これがもうほんたうにこすつからいワルで、しかも大物感はゼロ、といつた感じであつた。
まあ、蔡中よりは大物だけど。
今回の蔡瑁には、さうした小粒なワル感が感じられる。
かういふ蔡瑁の方が好きだな。

その蔡瑁の斜め左手前にゐるのが、夏侯惇である。
手には槍を持つて、ほぼ左を向いて立つてゐる。
人形劇のときはそれほどでもなかつたのに、飯田の夏侯惇はいつ見てもいい男だ。以前も書いたと思ふが、おそらく人形がよい出来なのだらうと思ふ。
人形劇のときは目に灰色の布を巻いてゐたやうに思ふが、飯田では黒い布になつてゐる。これも印象の違ふ所以かもしれない。黒の方がきりりと引き締まるもんね。
ここでも槍に目がいつてしまふのは、入口にゐる紳々のせゐであることは間違ひない。
趙雲のものと同様、実にほれぼれとするくらゐ手入れのいきとどいた槍である。
夏侯惇は、左を向いて、おそらく許褚の云つてゐることを聞いてゐるのだらう。そんな風情だ。
そのせゐか、夏侯惇のわりには思慮深げに見える。

夏侯惇の左にゐるのが夏侯淵だ。こちらは躰はほぼ正面を向いてゐて、顔を左に向けてゐる。やはり許褚の方を見てゐる心だらう。
夏侯淵には、髭のあるカシラもあるはずだが、未だ見たことがない。見られる日も来るだらうか。
今回は夏侯淵からもどことなく思慮深げな印象を受ける。この四人の中ではさういつた役回りの人物ではある。
曹仁と隣同士で並んでゐて、なんだか妙に仲がよささうだ。肩を並べて立つてゐる、といつた感じがする。
さういへば、ここにゐる四人は乗つてゐる台の高さがみなおなじである。
そんなところにも仲よささうな印象の元があるのかも。

曹仁は、見るたびに印象が違ふ。
夏侯淵とおなじく、躰はほぼ正面、顔は左に向けて許褚を見てゐるといつたやうすだ。
はじめて曹仁を見たときは、おとなしさうな印象を受けた。
曹操配下の武将の中にあつて、猛々しいわけでもなく、かといつて知将といつた印象もなく、中庸な感じの武将だなあと思つたものだつた。正直言ふと、あまり目立たないな、とも思つた。
それが次の展示のときは一転猛々しさいつぱいで、「おなじ人形でも展示の仕方ひとつでこんなに変はるんだなあ」としみじみ感じた。
今回の曹仁は、ちよつとおとなしさうな感じがする。その理由もわかつた気がする。なんとなく、皮膚の色が黄色いのだ。あまり赤みがないので、健康さうな感じがしない。たぶん、さういふことなのだと思ふ。
夏侯淵とならんで仲よささうな感じで立つてゐるのも理由のひとつかと思ふ。

許褚は、向かつて右を向いて立つてゐる。ほかの三人に持論を展開してゐるといつた印象だ。
なんだよー、前回の展示のときはさんざん曹操に叱られてたくせにー、と思つてしまふが、まあ、そこはそれ、だ。
許褚の得物は斧である。長い柄の先にちよつと刃先の鈍い感じのする斧がついてゐる。鈍い感じがするのは重厚感があるからだらう。
いままで許褚のゐない展示を見たことがない気がする。好かれてるのかな。ちよつと愛嬌あるもんな。

その左横、かなり高い位置にゐるのが曹操である。
今回の主題が「赤壁」といふことで、武将の出で立ちで立つてゐる。曹操はこの衣装が一番好きだなー。
躰はほぼ正面を向いてゐる。やや左を見てゐる感じかな。目は左の方を見下ろすやうにしてゐる。その視線の先にゐるのは程昱だ。
前回の展示のとき、曹操はむかつて右側にゐる許褚をものすごい形相で睨みつけてゐた。許褚のあたりから見たときの鬼のやうな顔は忘れられない。
今回は逆を見てゐるだけで、似たやうな表情をしてゐる。でもその表情をおそろしいとは感じない。きつと違ふのはちよつとしたことなのだらうと思ふにつけ、毎回ほんたうにおもしろい。
曹操は、程昱はじめ文官になにか指示を与へてゐるところなのだらうか。
それとも程昱の進言を聞いてゐるといつたところなのかな。
程昱の動きのあるやうすを見ると、程昱の云つてゐることを聞いてゐるといつた心なのかもしれない。

その程昱は曹操の斜め左手前に立つてゐる。今回は横顔しか見ることができない。
手を曹操の方にさしのべるやうしてゐるので、なにがしか献策してゐるのでは、といふ気がする。
人形劇の程昱といふと、どこかこずるい小動物のやうな顔をしてゐる、といふ印象がある。
横顔からはそんな印象は受けないんだなあ、これが。
程昱の横顔は、至極思慮深げに見える。
役回りから考へても当然のことなのだが、いままで人形劇の程昱に対してさういふ印象を持つたことがなかつたし、また実に落ち着いたやうすでもあるのがとても新鮮だつた。
あの程昱のやうすはまた見に行きたいなあ。

ところで、この程昱と許攸、荀彧とは、衣装がなんとも地味な色合ひで、それがまたいい。
三者三様の茶色系の衣装で、見てゐて楽しい。
いまヒカリエがそんな感じなんだよね。をぢさんが多いせゐか、茶色い衣装の人が多くて、でもその茶色がとても多彩なのだ。
程昱、許攸、荀彧の茶色はわりと似たやうな色合ひに見える。よくよく見ると柄が違つたりして、これまたおもしろい。

さて、その許攸である。
位置的にはケースの最後方にゐて、曹操を見上げてゐる。後方にゐるので、仰向いた顔がよく見える。
人形劇を見てゐた当時は知らぬことであつたが、許攸はなんとなく立川志らくに似たところがある。
そつくりといふのではないけれど、ちよつとした感じが似てゐるんだよね。
人形劇では、赤壁の戦ひ前夜までは大活躍だつた許攸であるが、ここでは少し遠慮気味に見えるのは、後方に控へてゐるからか。
人形劇の許攸つて、そんなにヤな感じの人でもなかつたしね。袁紹に衷心からの献策をして受け入れられない悲しい能臣といつた趣だつたからなあ。
現在飯田にゐる許攸からは、そんないい人つぽい雰囲気は感じないけどね。程昱の横顔がいい人めいて見えるから、その分許攸が損をしてゐるのかもしれない。

荀彧は、人形劇に出てきた老齢の人形である。
前回の展示のときにもゐたので「今回、赤壁だし、もしかしたら若い荀彧かも」とちよつと期待したんだけどね。
人形劇の荀彧は、もう出てこないかと思つてゐたところに突然老人態で出てきてすぐ死んでしまふといふあはれな人である。
今回の展示では「赤壁」と思ふからか、そんな悲劇的な感じはしない。
老人なのは、まあ、仕方ないけどね。
荀彧の死については、曹操から空の箱が送られてきて「死ね」といふ符丁だと思つた荀彧が毒をあふる、といふのが巷間伝へられてゐる話だと思ふ。
「我が張子房」とまで呼ばれた荀彧が、そんな仕打ちを受けるだらうか。
長いことつきあつてゐると、そんな心の変化もあるだらう、とは思ふ。
思ふけれど、やつがれは荀彧の死の真相については、「秘本三国志」押しなんだなあ。その方がありさうな気がするんだな。

このケースの一番左端にゐるのは徐庶である。躰はほぼ正面を向いて、その目は右を見てゐる。曹操とその謀臣たちとの話を立ち聞きしてゐるところだらうか。
徐庶は、人形劇では曹操に組みすることをよしとせず、早々と死んでしまふ。
それでも「曹操の王国」のケースにゐる、といふところが不思議なやうでもあり、右端の三人を考へると、徐庶がゐても特に不思議なことはないやうにも思へる。
優秀な人材なら誰でも受け入れる、といふ感じのするところが「曹操の王国」のよさである。
前回のときもさうだつたが、今回も徐庶からはいい男の雰囲気が漂つてゐる。
男気といひ侠気といふ。そんな風情が漂ふきりりとしたいい男だ。
徐庶の衣装も、これはきつと茶色系だらう。その手前の三人よりは濃い、焦茶のやうな色なんではないかと思ふ。

この徐庶と同門のふたりが、今回「江東の群像」と「曹操の王国」とのあひだにゐる。
それは次回の講釈で。

「荊州の人々」についてはこちら
「玄徳の周辺」についてはこちら
「江東の群像」についてはこちら

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