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Friday, 12 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 江東の群像

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は、「江東の群像」と題されたケースについて書く。

このケースは、この美術館の中でも一番見やすい大きなケースだと思ふ。主たるケースなんぢやないかな。
今回、人形劇三国志の主題は「赤壁」なので、「江東の群像」がここに入るのも至極当然のことと思はれる。

このケースには、向かつて左側から、闞沢、徐盛、魯粛、小喬、周瑜、孫権、諸葛瑾、呉国太、喬国老、黄蓋、程普の順で並んでゐる。
前後があるので多少順番が違ふかもしれない。

ケースの一番左端にゐるのは、闞沢と徐盛とである。
ふたりでなにごとか語らつてゐるやうに見える。
曹操軍と戦ふことが決まつて、いろいろと相談してゐるのだらうか。
或は、このふたりの話してゐる時点では、まだ決戦とも降伏とも決まつてをらず、どちらになるのか話してゐるのかもしれない。
闞沢は奥にゐて徐盛を見てゐるので、角度によつては表情が見えるやうになつてゐる。
徐盛は奥にゐる闞沢を見てゐるので、残念ながらその表情はよく見えない。
ふたりとも、先月までヒカリエにもゐた。
闞沢は、飯田の方が思慮深げな顔をしてゐるやうに思ふ。あひかはらず髭面なのにどこかをばさんめいた雰囲気もある。
思慮深げなので、話してゐることもおそらくはさしさはりのないことなのではないかなあ、この時点では。
徐盛は弓を手にしてゐて、矢を背負つてゐる。
ヒカリエの徐盛はかなりリアルな顔つきの人形だつた。闞沢はヒカリエの方がデフォルメのきいた顔つきだつたので、対照的ではある。
今回、顔をよく見ることはできないが、横顔は勇ましい武将のやうに見受けられる。
奥を見てゐるので、その衣装を背中からぢつくり見ることができる。

その右斜め前、ケースのかなり前方に魯粛がうつむいて立つてゐる。躰はかなり右を向いてゐる。
この魯粛が、なぜうつむいてゐるのか。
それがちよつと疑問ではあつた。
ケース中央で下知を発してゐるとおぼしい孫権のことばを聞いて頭を下げてゐるのか。
はたまた、魯粛と孫権とのあひだにゐる周瑜夫妻をはばかつて頭を下げてゐるのか。
状況からして、孫権の下知に「仰せのとほりに」とかしこまつてゐるんぢやないかな、とは思ふ。
また行く機会があつたら、もうちよつとよく観察してみたいところだ。
魯粛も先月までヒカリエにゐた。ヒカリエの魯粛は眉とか顔のパーツとかの色が若干淡い色になつてゐる。それでなんとなく気弱げに見えることもないわけではない。
飯田の魯粛の方が、意志は強さう。まあ、ぱつと見てさう思ふだけだけど。

その魯粛のやや右後方に、小喬と周瑜とが並んで立つてゐる。
これが、実にいいんだなあ。
小喬は右にゐる周瑜を見上げてゐて、周瑜は左にゐる小喬を見つめてゐる。
この周瑜の表情のやさしげなことといつたら。
周瑜にもこんな表情ができるのか、などと失礼なことを思ふ。
小喬は前回の展示では姉の大喬と並んでゐて、このときはお世辞にも「銅雀台に並べたい感じぢやないなあ」と思つたものだつた。失礼を承知で書くと、なんとなく「おへちや」な感じに見えた。
それが今回はいいんだなあ。
どうも全体的に人形は顎があがつてゐるとあまりよく見えない気がしてゐる。やつがれの好みの問題だらうが、顎を引いてゐた方がよく見えるやうに思へてならない。
今回の小喬は周瑜を見上げてゐるので顎はあがつてゐるものの、とてもいい表情をしてゐるやうに見えるのである。
横顔しか見えないからかなあ。今回の小喬を正面から見るのはちよつと難しい。
小さいといふのもいいのかも。周瑜の隣に立つてゐると、実に可憐な感じがする。
周瑜と小喬とは、先月までヒカリエにゐて、これもよかつたんだよなあ。
周瑜の肩口からほんのりうち微笑む小喬の顔がのぞくのだ。
幾度このふたりの前で立ち止まつたかしれない。
今回の飯田のふたりもいい。
周瑜は手に赤い牡丹の花を三輪ほど手にしてゐる。
これから決戦だ、といふ心なのらしい。
またこの花が似合ふんだなあ、周瑜は。
魯粛がうつむいてゐるのはこのふたりをはばかつてゐるのでは、と思つてしまふのは、そんな雰囲気が漂つてゐるから、といふのもある。
ケース中央に近い位置にゐるけれど、このふたりだけはふたりだけの別の場所にゐる。
そんな感じがする。

その周瑜の右斜め後方、ケースの中央一番奥に、孫権が立つてゐる。
さう、立つてゐる。
これまで見た中では飯田でもヒカリエでも孫権といへば座つてゐるものだつたのに、今回は立つてゐるのだ。
それも、武将の出で立ちで立つてゐる。
これがねえ、実になんともいい男でねえ。
孫権つて、こんなにハンサムだつたか知らん、と思ふくらゐにいい男である。
ケースほぼ中央手前にゐる諸葛瑾を見下ろしてゐる感じなんだと思ふけれど、まあ、とにかく、惚れ惚れするくらゐいい表情をしてゐるね、今回の孫権は。
晴れて曹操との決戦を決意したから、といふこともあらう。
考へてみたら、かういふ角度で孫権の顔を見たことがないのかもしれない。人形劇でだつて、こんな上の方から見下ろしてくる孫権は見たことがない気がする。
もうね、周瑜夫妻といい、孫権といい、このケース、素敵過ぎるよ。
孫権が手をついてゐる椅子は、おそらく「孔明の大論戦」で孔明が座つた椅子な気がする。

その孫権の視線の先にゐると思はれるのが諸葛瑾である。
ケースほぼ中央手前で、左側を見てぬかづいてゐる。
なぜ諸葛瑾だけ……と思ふが、なにか君命を帯びてゐるのかもしれないし、でもそんなことあつたつけ、と思つたり。
前回の展示では、諸葛瑾は一番右端のケースの一番右端で、困りきつたやうな表情を浮かべてゐた。
もう、なにか困つたことがあるなら云つてくれればいいのに。なにもできないけれど。
見るたびにさう思つたものだ。
今回も、なんか困つたことを命令されてたりするのかなあ。
つひ、そんな風に考へてしまふ。
膝まづいて後ろに長くのびた衣装がきつちり広がつてゐて、うつくしい。このきつちりさ加減がまた諸葛瑾つぽくてよい。

その諸葛瑾の背後、ケースの右端手前には黄蓋が立つてゐる。
諸葛瑾の背中を見る心なのか、心持ちうつむいてゐる。ゆゑにそのガラス(だかアクリルだか)の目は今回よく見えない。
決戦が決まつて、しかし、このままぢやうまくいかないぞ。
そんなことを考へてゐるやうに見える。
苦肉の計を実行しなければ。ここはひとつ自分の出番だぞ。
とかね。

ケース後方、諸葛瑾の右斜め後ろには、呉国太と喬国老とが立つてゐる。
前回の展示でもこのふたりは並んで立つてゐた。このときは、喬国老が左で呉国太が右で、ふたりとも右側を向いて二喬を見つめてゐた。
今回は、立ち位置が逆で、見てゐる方向も左側である。
前回はまるで夫婦のやうに見えたけれど、今回は夫婦らしさは感じられない。
おそらく、孫権を見て「立派になつたのう」とか思つてゐるのではあるまいか。あ、それはこちらの願望か。なにしろ、今回の孫権はそれくらゐいいのだ。
もしかするとふたりの視線は周瑜夫妻に向いてゐるのかもしれない。
また行く機会があつたら確認しやう。

喬国老の右隣、ケース後方右端には程普がゐる。
これはもうね、絶対孫権を見て「立派におなりあそばして」と思つてゐるに違ひないよ。
といふか、さう思つてゐてほしい。
さう思ふ一方で、来る大決戦に思ひを馳せてゐる。
今回はそんな風に程普のことを見た。

以下、つづく。

「荊州の人々」についてはこちら
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