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Wednesday, 31 December 2014

ふりかへる

今年を振りかへらうと思つて使つた手帳をそれとなく見返してみたりはした。
やたらと細かい字を紙面いつぱいに埋め尽くしたページがいくつもつづくところは、渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーか飯田市川本喜八郎人形美術館の展示替へ直後の記述だ。
とてもわかりやすい。

そんな感じで、中身までは読めてゐない。
いつたいなにをしてゐたのかね、と思ふが、十二月は歌舞伎座・国立劇場・京都南座で歌舞伎が、国立劇場の小劇場で文楽のあるたいへん忙しい月なのである。
思ひ出す、就職直後の十二月、日々終電に間に合ふかどうかの戦ひで、土日もどちらかは必ず出勤し、でも関西で研修があつたのでそのついでに南座には行つた。
仕事納めの日、家に帰りついたら、40度近い熱を発し、翌日休日診療の病院に行つた。
年末最後のイヴェントには行けず仕舞だつた。

一月は、これまた歌舞伎座・国立劇場・浅草公会堂・大阪松竹座・国立文楽劇場といふ、さらに過酷なスケジュールが待つてゐるが、なに、全部は行かない。
学んだからである。

そんなわけで、この期に及んで今年度の振り返りなどできてゐない。
あみものとタティングレースについては一応ここに書いたとほり。文房具も萬年筆については書いたな。
そんな感じである。

読書については、去年と同様「月に五冊以上、うち一冊は原書」といふ目標を達成した。
来年については「うち一冊は原書」はいいけど、「月に五冊」といふ目標ははづさうかなと思つてゐる。
「月に五冊以上」といふのは、いはゆる「積ん読」を減らすための目標であつた。
月に五冊以上読んで、「積ん読」本は減る気配がない。
そりやさうだな。新たに買つた本や図書館で借りた本を読むこともあるのだもの。この調子では「積ん読」は全然減らない。「全然」は云ひ過ぎか。しかし、減らす目的でこの目標をたてても意味がない。
そんなわけで、来年は「月に一冊は原書を読む」といふ目標だけにしやうかと思つてゐる。
え、「月に五冊以上積ん読を消化する」にはしないのかつて?
ぬー。
あと十時間くらゐ考へることにする。

去年から引き続き、「睡眠時間最優先」といふのが目標であつた。
これは、達成できてはゐないものの、去年よりはましなのではないかなあ。
といふのは、おそらく体力の減少のせゐで起きてゐられなくなつてゐるからだ。
つまり、目標達成ならずとも去年よりはよくやつてゐるとはいふものの、実のところうまくいつてはゐない、といふことである。
それともいつてゐる、と思つていいのかなあ。
ぬー。
来年も「睡眠時間最優先」は目標にするつもりだ。
でも、「毎朝きまつた時間に起きる。誤差プラスマイナス一時間以内」とかなんとか、そんな目標にしたい。
起きる時間が決まれば、寝る時間もおのづと定まつてくるだらうと考へてのことである。

さうさう、起きる時間といへば、この年末年始の休みの目標は、「出勤する日とおなじ時間に起きる」である。
すなはち、夜更かしはしない。
紅白歌合戦などは見ない。
「びじゅチューン!」は見たいけれど、それもあきらめる。録画機が録画してくれるはずだ。
休みに入つて二日。初日は二度寝してしまつて四十分くらゐ起床時間が遅れてしまつたけれども、いまのところ守れてゐる。

なぜこんな目標をたてたのかといふと、休みの日も出勤する日とおなじ時間に起きるやうにすると、休み明けで出勤するときに暗い気分にならなくてすむ、と聞いたからだ。
普段の土日にできないのは、平日たまつてゐる睡眠不足を解消しなければならないからである。
今回は、27、28日と普段の睡眠不足を解消して、29日は出勤したものの早めに帰宅し、それなりに睡眠の足りてゐる状態を作り出すことに成功した。よつて、挑戦してみることにしたのである。
休み明けの出勤を楽にする方法といふのは、これまでもいろいろと試してきた。
そして、すべてうまくいかなかつた。
ひとつだけ「これは効いたな」といふのは、「休日、普段行きたいと思つて行けてゐないところに行く」だ。
しかし、そんなところはさうさうない。あつても、土日だけで行くのはむづかしい場所だつたりすることが多い。
そんなわけで、「これだ!」といふ方法に出会へずにゐるのだつた。
今回はうまくいくといいなあ。

芝居については、来年はまちつと選んで行かうかなあと思つてはゐる。
体力がもたないからだな。
一公演一回にしたいところだ。
したいところだが、三月の「道明寺」は二度は行くかもしれない。
また、毎年遠征は控へるやうな目標をたてるのだが、守れた試しがない。
今年は三回までと決めて、四回行つた。
三月の南座、七月の松竹座、十月の名古屋、十二月の南座の都合四回である。
去年は二回までと決めて三回行つた。
ふむん、といふことは、遠征の回数を決めることには意味があるのかもしれないな。決めた回数より一回多い、といふことは、やはり控へてゐるのだらう。
来年は……来年はどうするかなあ。すでに一月に松竹座に行くことが決まつてゐるしなあ。
来年の問題は六月の博多座と十月の名古屋だ。演目と配役次第では行くやうな気がする。
十二月の南座は行くとして、四回、かなあ。
かうして毎年目標回数が増えていくのだらうか。
抑へたいのにね。

飯田にはこれまで同様年四回、かな。展示替へのときに一回、そのあひだに一回で四回になる。
今年は八月二十三日が休みだつたので、「死者の書」を見に行くことができた。来年は日曜日なので、これまた見に行けるのではないかと思つてゐる。
問題は、八月に行くと、次の展示替へまでに間があり過ぎる、といふことなんだけれどもね。

かういふ目標といふのは、最終的なゴールがあるからこそ意味のあるものである。
でも、いまのところ、やつがれにはさういふゴールはない。
考へても詮無きこと、と思つてゐる。
いまさら「ああなりたい」だの「かうなりたい」だの考へても仕方ないぢやあないか。
さう思つてしまふからだ。

以前、幼い実の子から「お母さんの将来の夢はなに?」と訊かれてかたまつてしまつた、といふ女の人の話を耳にした。
いまさら「将来の夢」といはれてもかたまつてしまふ。
そんなもんだよ。

ただ、万が一長生きしてしまつたときのことを考へて、せめて足腰だけは丈夫でありたいと思ひ、また歩くやうにしてゐる。
外周約1.5kmの公園を、三~四周くらゐ、出かけない休みの日に歩いてゐる。
歩いたからといつていいことはとくにない。
旅先でちよつと歩けるやうになつたかな、といふくらゐか。
でも仕方ないから歩く。
長生きするだけでも迷惑かもしれないのに、この上の迷惑はかけられないからだ。
問題は、夏になると虫が増えることだな。あと蛇が出たりすること。
夏のあひだは別のところを歩くことにするやうだ。

来年もそんな感じでひとつ。

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Tuesday, 30 December 2014

Beeton School Irregulars: NHKスタジオパークの「シャーロックホームズ」展

11月30日から12月28日まで、NHKスタジオパークで「シャーロックホームズ展」が開催されてゐた。
現在ロンドンでも「シャーロックホームズ展」が開催されてゐる。来年の4月までだつたかな。
最初のころ「シャーロックホームズ展」でWeb検索をかけると、ロンドンの方ばかりがひつかかつてきて困つたものだつた。

渋谷のNHKには、11月2日にも行つた。
このときは「NHK文化祭」といふ催しで、「パペットエンターテインメント シャーロックホームズ(以下、人形劇の「シャーロックホームズ」)」の人形などが展示されると聞いて、一も二もなく行つた。
そのときのことはこちらに書いた
その後、11月30日にも行つて、12月28日にも行つた。
こんな短期間にこれだけNHKに行つたのなんて、人形劇三国志以来かもしれないなあ。

昔話はともかく。

「シャーロックホームズ展」では、日曜日に実演ワークショップなるものが開催されてゐた。
なんと、実際に人形遣ひの人々が目の前で人形を操つてくれるのらしい。
行きたい!
行きたいだらう、それは。
それに、行けば謎がとけるかもしれない。
ホームズのカシラのからくりがどうなつてゐるのか、といふ謎が。

「新・三銃士」のときもさうだつたが、ひとりの人形で目の閉ぢるときと目が横に動くときとがあるのが気になつてゐた。
文楽の人形のカシラの場合、通常はひとつのカシラでは目を閉ぢるか目が横に動くかどちらかしかできない。
人形劇三国志のカシラなんかもさうで、そんなわけで周瑜は目をかつと見開いたまま死ぬし、孔明には目が横に動くカシラがあつたりするわけだ。

でも、ひとつのカシラで目を閉ぢたり横に動かしたり、できないことはない。
といふことを、今年の九月、「不破留寿之太夫」といふ文楽で見て来た。
このお浄瑠璃の主人公・不破留寿之太夫(フォルスタッフ)は、目を閉じたり横に動かしたりその他さまざまなことができた。
胴串のまはりがすごいことになつてゐるんだらうけど、できないことはない。
さういや人形劇三国志の仲達のカシラには右眉と左眉とが別々に動くからくりが仕込まれてゐた。
もしかしたら、ダルニャンやホームズのカシラも、不破留寿之太夫のやうなからくりが入つてゐるのかも。

当時まだ「シャーロックホームズ 冒険ファンブック」を入手してゐなかつた。
最寄りの書店になかつたからである。
読んでゐれば訊くこともなかつたのにねえ。
11月30日に行つて、その場にゐるスタッフの方に質問をして、4人目くらゐでやつと正解にたどりついた。
もしかして、質問コーナーが増えたのはそのせゐだつたりするのだらうか。
それはあまりにも自意識が過剰に過ぎるか。

といふわけで、11月30日初日の第三回目のワークショップに行つたのが最初である。
なぜ第三回目かといふと、まあ、有り体に云つて、起きられないからだな。
開始30分前に整理券が配られるといふので、配布5分前くらゐにたどりついたら、余裕で一番だつた。
な、なんだかものすごく好きな人みたやうぢやん。

と、挙動不審になりつつも、「001」と判子の押された整理券をもらひ、展示を見乍ら開始を待つ……つもりだつたが、既に実演ワークショップの会場で場所取りをしてゐる人もゐたので、この日は最前列ほぼ中央やや下手よりで開始を待つた。

ちなみに最終日最終回も一番だつた。
First!

今回のシャーロックホームズ展で一番よかつたのは、人形遣ひの方々から直接お話を伺へたことだ。
なぜか人形遣ひの方といふのはあまり前面に出てこない。
初回の実演ワークショップでは、操演の方に直接質問をしてはいけない、と聞かされた。
おそらく、人形遣ひはあまり表に出てはいけない、といふ不文律があるんだらう。
文楽だと出遣ひとかあるのになあ。

人形劇の「シャーロックホームズ」では、めづらしくキャストの欄で川口氏と友松氏とが最初に出てゐて、このおふたりがホームズとワトソンとを遣つてゐるんだらうなあとわかるやうになつてゐる。
これまでの人形劇ではなかつたことだ。
人形劇三国志なんて、人形操演部分のキャストを見ただけぢや誰が誰を遣つてゐるのかなんてさつぱりわからないよ。
人形遣ひが誰かはわからなくていい。
人形が演じてゐるのだから。
それはさうなんだらうけれど、だつたら声優が feature されるのはをかしいぢやない、と思ふわけだ。
だつて、人形が喋つてゐるんでせう。
声優が出てきて話を聞くことができるのなら、人形遣ひの話だつて聞きたい。
その念願が叶つた。
まことにありがたいことである。

実演ワークショップは、以下のやうな段取りになつてゐた。

  1. 司会のお姉さんの挨拶とワークショップの説明
  2. モニタを使用してシルエットクイズ三題(出てきたのはハドソン夫人、アドラー先生、ロイロット先生)
  3. 人形遣ひの川口英子氏と友松正人氏とが登場。手にはそれぞれ操演してゐるホームズとワトソン
  4. モニタで第一回のホームズとワトソンとの出会ひの場面を視聴
  5. 出会いの場面の音声だけ流して、目の前でおなじ場面を再現
  6. 会場から有志を募つてドレッバーとスタンフォードとを使つた操演
  7. 川口氏と友松氏とによるドレッバーとスタンフォードの操演
  8. 〆の挨拶

実演ワークショップをつづけるうちに、どこかで質問コーナーが増えたやうである。最終日にはあつた。

人形遣ひのおふたりは、出てくると会場をぐるりと回つて、ホームズやワトソンと握手させてくれたりした。
やつがれは初日はワトソンと握手できた。手はふしぎとやはらかな感じだつた。

その後、人形劇についてや人形遣ひについて、それぞれ語つてくれた。
友松氏の話が印象深かつたなあ。
人形は、表情が変はるわけではない。
人形遣ひが場面場面にあはせて、ちよつとうつむいてみたり、元気に空をあふいでみたりなどと動かしてみるけれど、その人形が喜んでゐるのか悲しんでゐるのか、どんな気分でゐるのか、それを感じ取るのは見る側である。
そんなやうな話だつた。

人形はなにも云はない。
今回は展示といふことで命あるもののやうにその場に佇んでゐるけれど、横浜人形の家に飾られてゐる文楽人形を見ると「木偶」であることがよくわかる。
横浜人形の家のお染ちやんの展示はなんとかならないのかと思つてゐるんだが、多分、この「木偶」が床の語りと三味線に合はせて人形遣ひが遣ふとまるで生きてゐるやうに動く、といふのを見せたいんだらうなあと思つてはゐる。
お染ちやんの背後で、「妹背山婦女庭訓」の道行のダイジェストを流してゐるからね。

NHKの人形劇の場合も、人形にセリフがあり、BGMもついてゐる。
そこから人形のやうすを推し量ることができるやうになつてゐる。
しかし、見る方は、そんなことはほとんど意識してゐない。
目に映る人形を見て、そこからいまこの人はなにを考へてゐるのか、どんな気持ちでゐるのかを感じ取つてゐる。
そんな気がする。

あと、人形劇の人形つて、ちよつとした仕種とかがとてつもなくチャーミングだつたりするんだよね。
人形浄瑠璃の人形が初音ミクの歌にあはせて踊る映像がある。
これのなにがステキかといふと、ネギをふりまはすところばかりではなくて、ちよつとうつむく、とか、ちよつと扇で顔を隠すとか、ちよつと空をあふいでみるとか、さういふ些細な「ちよつとした仕種」がメチャクチャ可愛い、といふことだ。

実演ワークショップであらためて感じたことは、ホームズはまばたきするところが実に魅力的といふこと。なんといふか、目をぱちりとするだけで、とても趣があるのだ。
川口氏は「ホームズは考へる人なので「静」を意識した動き」といふやうなことを語つてゐた。
「静」な中にも動きあり、といふのがこのホームズのまばたきにあらはれてゐる。
あと、目を閉じるカシラのときの横目を使つてゐるやうな表情がとてもいい。
目が動くはずがないのに、「あ、いま、目が横を見たな」といふ、そんな感じがするときがある。
そこが実に趣深い。

対するワトソンは振りの大きな動きになるわけだが、友松氏は「止まるところが大事」といつてゐた。それ、「小さいおともだち」向きの発言ぢやないよね、と思ふたけれど、考へてみたら、上に書いた人形の話もさうか。
ワトソンのしぐさで好きなのは、頭をかくところだなあ。あのちよつと照れたやうな面映げな感じがいい。

……長くなつてしまつたな。
やつがれは、シャーロキアンではない。
シャーロック・ホームズものはひととほり読んではゐると思ふけれど、読んでゐないものもあるかもしれない。
しかも、読んでゐてもこども向けの本でしか読んでゐない話もある。
そんなやつがれだが、人形劇の「シャーロックホームズ」は毎回楽しみにしてゐる。

初回の実演ワークショップの〆の挨拶で、川口氏が「人形劇を作つてみてください」と云つてゐた。
あの場にゐた小さいおともだちの中に、実際に作つてくれる人がゐるといいなあ。

展示場は写真撮り放題だつたので、「いいモリアーティ教頭」と「悪いモリアーティ教頭」をば。
Good Moriarty

Evil Moriarty

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2014 タティングレース模様

2014年のタティングレース模様は、といふと、「なにもできあがつてゐない」に尽きる。
昼休みに食事したあとちよこちよこ結んでゐるので、まつたくなにもしてゐないわけではない。
してはゐるけれど、完成品がなにもないのである。
まあ、モチーフとか栞とか、ないわけぢやないけれど。
現にいまもモチーフ量産大作戦決行中だしな。

Motifs Designed by Nina Libin

タティングレースつて、小さいものはさくさくとできて、でも使ひ道がないんだよね。
昨今刊行されたタティングレースの本は、さうした「小さくて比較的早く仕上がる作品」を掲載したものが多い。
でもさー、そんなの、ひとつふたつ作つたら、あとはもういらないんぢやない?
それで、フリーマーケットなどに出て、「作りたい」といふ欲求のもと生み出されたあまたの似たやうなものが売りに出される、といふのが、あみぐるみなどのときにもあつたとほりである。

やはりあるていど大きいものを作りたい。
さうしたら置く場所もできるしさ。
小さいものといふのは案外置く場所に困るのである。
ここのところモチーフは年賀状に貼り付けるやうにしてゐるから作つても困らないやうにはなつたけれども。
そんなわけで、今年はせつせと Jon Yusoff のデザインした The Twirly といふモチーフをつなぎつづけてゐた。
モチーフ増産大作戦中なので、いまは作つてゐない。
このまま作らなくなつてしまふのではないか、といふ気もしないではない。
でもそれは昨日書いたとほり、ここのところ放置してゐたものでも仕上げることが増えてきてゐるので、なんとかなるのかな、と思はないでもない。
だいたい、もう32枚もつないだし。
このままやめてしまつたら、ここまでの苦労が水の泡である。

そんなわけで、来年も引き続き The Twilry をつなぎつづけるかなあ、と思つてゐる。
ほかには、できればドイリーを作つてみたいなあ。
ドイリー、それは使はぬもの、と、ここにも何度も書いてゐる。
作つても使はないけれど、作るとなんとなく達成感があるんだよね、ドイリーには。
如何にもレースつぽいからかもしれない。
できれば、今まで作つたことはないやうなすこし大きめのドイリーを作つてみたい。
でもそれは The Twilry をつないでゐるのとかぶるのかなあ、と思はないでもない。

あとは、ビーズね。
折りにふれ「ビーズと戯れたい」と思ふのだが、ここしばらく戯れてゐない。
あ、今年はあれか、時計のチェインを作つたね、さういへば。
時計が重た過ぎて、タティングレースだと伸びてしまふことが判明したので、これはマクラメかなにかで作りなほしたいなあと思つてゐる。

とりあへず、シャトルと糸とだけは売るほどあるので、ひたすら結びつづけていきたい。
などといひながら、クロバーのシャトルとか、増やしてさうな予感もするなあ。

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Monday, 29 December 2014

2014年のあみもの事情

今年は全然編めてないなあ、と思つて手帳をめくつてみたら、思つたよりは編めてゐた。

今年の特徴は、「年を越えて完成させたものが多い」といふことだ。

たとへば、玉編み模様のスカーフだ。
「風工房のシンプル夏ニット、こもの」に掲載されてゐるスカーフで、ハマナカのポームのレースを使つたものである。
去年の夏に編み始めて、完成できなかつた。
だんだん寒くなつてきて、毛糸を編みたくなつて、途中でやめてしまつたのだつた。
これまでの経験からいくと、これはもう完成しない。未完成のままはふつつておいて、何年後かに糸をほどく。さういふ末路をたどる。
そのはずだつたのだが、なぜか今年は手に取つたんだよね。それでできあがつた。
夏のあひだ使つたし、北欧にも持つていつた。晴れた日の日中はこれで十分といつた感じで、ウメオでもしてゐた。
夏にマフラーなんていらないよなあと思つてゐたが、案外使へるのであつた。

編みかけになつてそのままになつてゐたもの、といふと、Vortex Shawl もある。これはもつと長いことはふりつぱなしだつたんぢやないかな。
Schaefer の Anne で編んだもので、ずつと仕上げたいとは思つてゐたのだつた。もうあとは止めるだけ、といつた状態で二年くらゐには放置してゐたと思ふ。
これを、二月に仕上げた。
Schaefer の Anne にはモヘアが入つてゐるので、ちよつともけもけした編み地になる。
円のショールで、半分に折つて使ふとうすいのにあたたかい。
仕上げてよかつた。

ラグラン袖のタートルネックセーターは、去年編み始めて今年の頭くらゐに仕上がつた。
ずつと編み続けてゐたので、これは「はふつておいたもの」には入らない。
入らないけれど、気分的には「よくぞ編み切つた」と思つてゐる。
もとは「たた&たた夫」さんのパターンで、それを輪に編むやう変更したので、ちやんと着られるものになるかどうか、不安だつたからだ。
ちよつと大きめにできてしまつたものの、これはこれでいいかなと思つてゐる。

ほかには、思つたより大きなものを編んでゐる気がする。
このセーターを編んであまつた毛糸でケープと呼んでもいいやうな大きさのメビウス編みのショールとかね。
これは、春になつてから編み上がつて、ずつと使ふ機会がなかつた。最近、使ふやうになつた。
さうさう、今月の頭に飯田市川本喜八郎人形美術館に行くときに持つて行つたよ。
美術館内は、人形にあはせてあるので冬はちよつと冷えたり夏はちよつと暑かつたりするときがある。
それでこのメビウス編みのショールを持つて行つて、寒いときには羽織るやうにしたのだつた。
このショールは頭からかぶつたときにも肩全体を覆ふことができる。まださういふかぶり方はしたことがないけれど、機会があつたらやつてみたい。

最近編んだものだとこれまたポンチョだ。
「michiyoの編みものワークショップ」に掲載されてゐるポケットつきのポンチョである。
編んでみると、ポンチョといふよりは丈の短い半袖セーターといつた趣だらうか。
指定糸であるハマナカのアメリーで編んでみた。色は臙脂色。自宅専用である。
ポケットはつけやうかどうしやうか悩んだが、つけてよかつた、といふ話は以前書いてゐる。つけた結果、表裏がわかりやすいし、またその部分だけ二重になつてゐるので、おなかがあたたまるといふ利点がある。

ほかにはウメオで買つてきた糸で三角ショールを編んだな。あまつた糸でミトンを編むつもりだつたが、まだ着手できてゐない。

ストックホルムで買つてきた糸でマフラーを編みはじめたが、これは現在放置中。ほかに放置中のものは、「風工房のシンプル夏ニット、こもの」に掲載されてゐる棒針編みの透かし模様のショールがある。
上に書いたやうに放置した作品を完成させることができることが判明したので、つひ編みかけを増やしてしまつてゐる。
いかんなあ。

くつ下は一足だけ、帽子や手袋はひとつも編んでゐない。ネックウォーマはふたつ編んだかな。
そんな感じである。

今年はあまり編めてないなあ。
あみものへの愛が薄れてきたのだらうか。
それもあるかもしれないけれど、これも何度か書いてゐるとほり、自宅で編める時間が減つてゐる、といふのも大きい。
睡眠第一なのでな。
これまでは眠る時間を削つて編んでゐた。
今年はこれをあらためた。
その結果、できあがつた作品が減つた。
至極当然のことである。

来年は、セーターのやうな大きなものよりはくつ下のやうな小さなものを編んでいきたいなあと思つてゐる。
年が明けたら気が変はつてゐる可能性は高いがなー。

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Friday, 26 December 2014

ぬらぬら さらさら するする

今年は萬年筆は買はなかつた。
正確にいふと一本買つたが、現在調整中で使ふことはできない。
といふわけで、とりあへず使へるものは買つてゐない。

ペンクリニックにも行つてゐないなー。
萬年筆への愛がうすれてしまつたのか。
ときどき、そんなことを思ふこともあるが、まあ、たぶん、それはない。
日々手持ちのペンを使つてゐるからね。
結局一番使つてゐる筆記用具は萬年筆だし。
ペンクリニックに関しては、一時よりだいぶ少なくなつた気がしてゐる。
すくなくともやつがれの行ける範囲で開催されるものは減つてしまつたやうに思ふ。
ちよつとさみしい。

現在持ち歩いてゐる手帳は Smythson の Panama である。
Smythson のフェザーウェイトの紙に、中屋万年筆の細軟で書くと、するするとまるで筆圧をかけずに書くことができる。
中屋万年筆のこのペンは、去年の秋に調整してもらつて以来、絶好調だ。
プラチナのブルーブラックを入れてゐるので、Moleskine にも使へる。
いまのところ、Smythson の紙との相性が抜群だなあ。
筆で書くやうな感覚つてこんな感じか知らん、とも思ふ。

まあ、毎回毎回さういふ感じ、といふわけでもないけれどね。
その日の気温とか湿度とか、あとはやつがれの気分とかで変はつてくる。
それを楽しむ余裕があるときはいいんだけれど、ないときもあるのが問題かな。

萬年筆を使ひはじめたころはまつたく考へたことはなかつたけれど、どうやらやつがれは「カリカリ」する書き味があまり好きではないやうだ。
シャープペンシルでも芯のせゐか書き心地が「カリカリ」するときがあつて、これがどうにも耐へられない。
マジックで書くときの「キーキー」いふ感じに近いやうな気がするからかもしれない。
そんなわけで、ナガサワ文具センターの「万年筆をもてなすノート」といふLITEROも、「さらさら書く」スムースと、「ぬらぬら書く」ナチュラルとは入手したが、「かりかり書く」ラフは買つてゐないのだつた。

このノートは、買つてなにを書くか思ひつかなくて、ナチュラルには「史記」から「項羽本紀」、スムースにはおなじく「淮陰侯列伝」を書き写してみることにした。

最初はどちらもおなじペンを使つてみた。
金ペン堂で求めたモンブランの146にウォーターマンのブルーブラックを入れたペンである。
ナチュラルはペン先の吸ひつくやうな感じで、スムースは流れるやうな感じ、だらうか。
書いてゐて、どちらもとても楽しかつた。
あんまり楽しいので、生まれてこの方書いたこともないやうな漢字の羅列を延々一ページ埋め尽くしてしまつたほどである。

とりあへず、この先はまづ「項羽本紀」を書き写さうかなあと思つてゐる。
来年はそんな感じかな。

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Thursday, 25 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 人形アニメーション

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今日は、人形アニメーションの展示について書く。

今回の人形アニメーションの展示は「蓮如とその母」である。
残念ながら見たことがない。一時間半くらゐの作品といふことなので、なかなか見る機会もなささうだ。
来年は蓮如生誕六百年だといふ。それにあはせた展示かな。

見たことがないので、展示とその説明とから得た知識からいくと、主人公は「その母」なのかな、といつたところか。
川本喜八郎がはじめて他人の手による脚本をもとに作成したものだといふ。
そのためもあつてか、作る人形もそれまでとは違ふところがある、といふ旨のことが説明に書いてあつた。

云はれてみると、ギャラリー最奥にあるケースにゐる法住の顔は、それまでの人形アニメーションの人形の顔とはちよつと違ふやうに思ふ。
たとへば「鬼」では、能面のやうだつたり文楽のカシラそのもののやうだつたりした。
「花折り」は、可愛くはあるけれど、やはりお面のやうな顔の登場人物が出てくる。
法住は違ふ。
こんな感じの文楽のカシラもないわけぢやあない。
ないわけぢやあないけど、ではどのカシラがもとになつてゐるのか、と訊かれると、ちよつと答へに困る。
それに、ちよつとばかりバタ臭い感じもする。
彫りが深いからかなあ。
衣装は白地に灰色と紺色、赤の帯状の柄にぼかしの入つたやうなもので、江戸時代の鳶職か火消しを思はせるやう配色になつてゐる。
これもこの人形にとてもあつてゐる気がする。

その向かつて右隣のケースには蓮祐と蓮如とがゐる。
蓮祐は穏やかな顔をしてゐて、憂ひに沈む蓮如を支へてゐる人、といつた感じだ。
蓮如は、「道成寺」に出てきた僧侶の顔をふくよかにおとなしくして、ちよつと年上にしたやうな顔立ちである。
先に書いたやうに、眉間に憂愁を刻み込んだやうな顔をしてゐる。
ひどく悩みが深さうだ。
こんな顔で、笑つたり喜んだりする場面はどうするのだらうと思ふくらゐである。
さう思ふだに、「蓮如とその母」を見たいといふ気持ちが強まる。

その右隣のケースには、若いおれんと長右衛門とがゐる。
おれんとは蓮如の母である。
素性を知られたため、弟・長右衛門とつれだつて里に帰るところ、と説明にはある。
おれんはうつくしく、どこか憂ひ顔である。蓮如の顔と似たところはないが、身と世とを憂ふところは母子で似てゐるやうに思ふ。
そんなおれんのそばにゐる長右衛門は、背が高くて気のいい人といつたやうすである。
深刻さうなおれんをそれとなく励ましてゐる、といつた感じにも見える。
長右衛門の衣装から、その出自がそれとなく知れるやうになつてゐる。

最後のちよつと大きめのケースには、向かつて左から東条坊、叡山の高僧、老いたおれん、おきょう、おてつが並んでゐる。

東条坊はどんぐり眼の乱暴な山伏といつた出で立ちで、その姿も動きがあつてちよつとユーモラスだ。

高僧は赤い豪華な法衣を着て座してゐる。皺だらけの顔からはどちらかといふと痩せた人なのかなといふ印象を受ける。
その場にかたまつたやうに座つてゐるせゐだらうか、世の中のことなど「我関せず」といつたやうすだ。

老いたおれんに若いころの面影を求めるのはチトむづかしい。
皺の刻まれた顔は、苦悩に満ちてゐるやうに見える。
それでゐて、どこか悟りをひらいた人のやうな表情でもある。
指先までとても繊細に表現されてゐて、そこにおれんの信仰心の厚さを見るせゐかもしれない。

おれんの隣には、おきょうとおてつとがゐる。
つれだつて、蓮如の講座を聞きにいく市井の人、と説明書きにはある。
おきょうは、真ん中でわけた長い髪を背中で束ねてゐる。灰色と灰色がかつた淡い桃色の胴抜のやうな衣装を身につけてゐる。鼻緒も薄い灰色だ。
おてつは、玉ねぎ頭で、朱色の地に黒の細かいダイヤ柄の衣装を着て、帯をかなり低い位置でしめてゐる。鼻緒は真赤。
おきょうは岸田今日子の、おてつは黒柳徹子のそつくり人形で、実際に本人が声をあてたのらしい。
実際にも、こんな風につれだつて、「蓮如様のお話を聞きにいきませう」「さうしませう」「今日はどんなお話か知らん」「さうねえ」などとにぎやかに喋りながら、人は蓮如の講座を聞きに行つてゐたのかもしれない。
「蓮如とその母」の展示は全体的に深刻さうだが、おきょうとおてつとにちよつと救はれる思ひがする。

展示室の外、ホワイエの展示は、今回は最小限といつたやうすである。
大きなかぶと三匹のこぶた、ヤンヤンムーくん三態にミツワガールズとほろにがくん、といつたところだ。
ほかにいつも飾られてゐる絵本がある。
その程度である。
今期は、ホワイエを使つた特別な催し物が多いのかもしれない。
そんな期待を抱いてしまふ。
なかなか行くこともできないんだけれどもね。

そんなわけで、全体的に駆け足ではあるものの、今回の展示については以上である。
展示替への前にもう一度くらゐは行きたいと思つてゐる。

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Wednesday, 24 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 平家一門

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は、「平家一門」のケースについて書く。

ギャラリーの最奥向かつて左側のケースには、その名のとほり平家一門の人々がゐる。
向かつて左手から時忠、頼盛、宗盛、経盛、清盛、徳子、忠度、知盛の順で並んでゐる。
中央に清盛と徳子がゐて、左側に文官姿の人々、右側に鎧姿の人々が配されてゐる。
清盛急病を発す、といつた趣のケースだ。

時忠は、一番左側の奥にゐる。少し高いところに立つてゐる。
来るべき時が来た、とでも云ふのだらうか、このケースの中では至極落ち着いたやうすである。
時忠は、ちやうどいま渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーにもゐる。
人形劇の時忠には若いころとすこし年を取つてからとカシラが二種類あるのらしくて、飯田にゐるのも渋谷にゐるのも年を取つてからの時忠である。
前回の飯田の展示で時忠を見たときは、人形劇のときとあまり変はらないな、と思つた。
実際に見比べて見ると、飯田の時忠の方が若干謹厳さうな感じかな。現在の展示内容からさう感じるといふのもあるが、前回の飯田の展示でも時忠からはどこかまぢめに厳しさうな印象を受けた。

その時忠の右にゐる宗盛はこれ以上はないといふくらゐに取り乱してゐる。
なにしろびつくりして尻餅をついたといつた様相だからね。
清盛になにかあつたら、平家の頭領は宗盛だらうに。
それがこのうろたへぶりである。
なんかもう、それだけで一門の未来に暗雲たちこめてゐるのを感じる。
その状態は醜悪そのもの、でも宗盛を責める気にはならない。
宗盛にとつては、父・清盛は絶対の存在だらう。
その父がにはかに倒れたりしたら、腰を抜かすだらう。
いや、まあ、普通だつたらそこまでひどい反応は見せないのかもしれないが。
正直に見せてしまふのが宗盛のいいところ……といひたいところだが、ここはやはり悪いところ、か。
悪いところかもしれないが、この反応は宗盛らしい。

時忠の前の下の段にゐる頼盛にも、取り乱したやうすは見えない。
頼盛は、どちらかといふと、自分は蚊帳の外にゐる、といふ、そんな落ち着きだらう。
頼盛は、ヒカリエの前回の展示のときにゐた。飯田の頼盛の方がしつかりした人物に見える。
自分と自分に連なるものだけは、ほかの平家一門とは袂をわかつて逃げのびる、そんなしたたかさと強さを感じる。
今回、時忠には「来るべきときが来たか」といふ落ち着きを感じるのに対し、頼盛には「自分とはあまり関はりのないことだ」といふ落ち着きを感じるのは、さういふところから感じるものなのかもしれない。

頼盛の右隣にゐる経盛は、心配さうに清盛の方に手をさしのべてゐる。
前回の展示のとき、経盛からは「やさしげなをぢさま」といつた印象を受けた。
一門からの視線を浴びて笛を吹く我が子・敦盛を気遣ふやうな視線がどこかやさしさうで、な。
ヒカリエにも前回の展示のときにゐた。
その経盛が身を乗り出すやうにして清盛に手をさしのべてゐる。
これまた、経盛らしいんだなあ。

この場の注目を集める清盛は、不意の目眩に襲はれたとでもいつたやうすで座してゐる。
その目衰へたやうすはないものの、思はぬ不調にみづから驚いてゐるやうにも見える。
目には力のあるものの、躰には力が入らない。
前回の展示ではこの世の春を謳歌する態を見せてゐたのになあ。
今回は一転して暗雲たちこめるやうすが見える。
衣装は前回とおなじだと思ふんだけれどもね。赤地に金の錦の衣装をまとつた出家後の姿である。

その横に、徳子が不安さうに座つてゐる。
突然倒れかかる父を心配して支へやうとするかのやうに見える。
すでに入内してゐるだらう徳子がこの場にゐるのはをかしいのだが、といふ話もあつて、しかし、この徳子が実にいい。
人形劇の徳子は、川本美人とでも呼びたいやうな美人だつた。
飯田の徳子はチト違ふ。なんといふか、ちよつと野暮つたいところがある。これまでの展示ではそんな風に思つてゐた。
実際の徳子に野暮つたいところがあつたかどうかは知らない。あつてもをかしかないかな、とは思ふ。
思ひはして、でも人形劇のときの徳子はよかつたのになあ、といふ思ひをどこかに抱いてゐた。
それが今回変はつた。
父のやうすを窺ふ憂ひ顔が実にいいんだなあ。
いままで見てきたカシラと変はらないだらうに、この印象の違ひといふのはなんなのだらうか。
病気の親を心配する娘といふのがしつくりきたのだらうか。
さう、ここにゐる徳子は「清盛の娘」であつて、それ以外のなにものでもない。
それがいい。

その右隣にゐる忠度は、これまたどこか落ち着いたやうすでゐる。
前回の展示のときとおなじ鎧姿である。
この忠度の考へてゐることがちよつとわからないんだよなあ。
熊野で生まれ育つたといふことだから、(異母)兄弟とはいへ清盛には、あまり親しさを感じてゐなかつたのかもしれない。
或は平穏さうにしてゐても、心の中は動揺してゐるのかもしれない。
ここは次回があつたらチト確認してみたいところである。

その忠度の右隣、ケース最奥にゐるのは知盛である。こちらも前回同様鎧姿だ。
こちらは半ば立ち上がるといつたやうすで父親の方に乗り出すやうにして手をさしのべてゐる。
落ち着いてはゐるものの、清盛を心配してゐるやうすが見てとれる。
逆かな、心配してゐるやうすはよくわかるものの、それでゐて泰然としたやうすにも見える。
宗盛はあんなに動揺してゐるのになあ。
もしかすると、兄の動揺するやうすを見て、自分はしつかりしなければ、とでも思ふてゐるのかもしれないなあ。

さて、このケースの前にこぶりなケースが二つある。
手前のケースには麻鳥と蓬子、奥のケースには朱鼻伴卜がゐる。

麻鳥と蓬子は、前回の展示のときには現在紳々竜々のゐるケースにゐた。
今回もこのときとおなじやうな姿で立つてゐる。
向かつて左側に麻鳥、右側に蓬子である。
麻鳥は、医者の持つ薬箱のやうなものを手に提げてゐて、これから往診にでも行くといつたところなのだらうか。
蓬子は、その麻鳥を見送る心なのか。
このあたりも前回の展示と一緒である。
違ふのは、説明書きのある方(以下、正面)から見たときに、二人がほぼ真横を見てゐること、かな。
前回の展示では、二人の躰はもうちよつと左右に開いてゐた。
舞台を見る人はわかるかもしれないが、舞台上で二人向かひあはせで喋る場面があつたとして、互ひに互ひの方を完全に向くことはあまりない。客席側に躰を開いて話をする。
前回の展示の麻鳥と蓬子はまさにさういふ「舞台上の二人」の位置関係にあつた。
今回の展示では、ほぼ完全に互ひに互ひを見てゐる。
ケースの裏側から見ると、実にいいんだなあ。
裏側から見ると、蓬子が微笑んでゐるやうに見えるのだ。
そのせゐか、麻鳥の表情もどこかやさしさうに見える。
正面から見るとそんな雰囲気はないのにね。
裏側からこの二人を見ると、なんとはなし、幸せな気分になる。

伴卜は、前回も一人用のケースにゐて座してゐた。座して、吉次のやうすをうかがつてゐた。
今回は「これはしたり」とでも云ひたげに扇を額に当て、片足をもたげたやうな姿で座つてゐる。
「これはしたり」と云ひながら、しかし、そんなに驚いたやうすには見えない。
驚きつつも、内心ではさまざまな計算を働かせてゐる。
そんな感じなのかもしれない。

以下、つづく。

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Tuesday, 23 December 2014

大人失格

タティングレースのモチーフ増産大作戦は粛々と進みつつも、どうやら数が足りないといふことに最近気がついたところである。
ま、なんとかなるか。

年賀はがきも未だに購入してゐない。
年賀状をきちんと出せない人は大人ではないのださうな。郵便局にそんなポスターがはられてゐるといふ話を聞いた。
はいはい。どーせ大人ぢやありませんよ。
そんなこと云はれると意地でもギリギリまで年賀状なんぞ出すものか、と思つてしまふ。
まあ、思はなくてもいつもギリギリなんだがね。
今年の分なぞは、全然書く気にならなくて、年が明けてから書きはじめる始末だつた。

しかし、なぜ書く気にならないのかね。
書かなければならないと思ふからか。
だつたら最初から「書かう」なんて思はなければいいのにね。

今年はタティングレースではほぼ何も作れなかつた。
ずつと The Twirly をつなぎつづけてゐて、これがちつとも形になつてゐないからである。
これは来年もつづける予定。
せつかくここまでつないだのだし、このままではなににもならないので、な。

ほんたうは「一週間に一枚モチーフをつなげる」だとかなんだとか、目標を定めた方がいいのだらうが。
なんかもう、いつぱいいつぱいなんだよね。
日々、気がつくと「もういつぱいいつぱいだよ」と呟いてゐる。
あ、Twitterに、といふのでなくて、実際につてことね。
この「いつぱいいつぱい」といふ気持ちがなくなるといいのになあ、と、いつも思つてゐる。
しかし、もうずつと居座つたままだ。
もしかしたら、「一週間に一枚モチーフをつなげる」だとかなんだとか、目標を決めた方が「いつぱいいつぱい」から逃れられるのだらうか。
来年まだはまちつと間があるし、そのあひだに考へやう。
モチーフを量産しながら。

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Monday, 22 December 2014

編めない毛糸

あみものは相変はらず停滞してゐる。タティングレースのモチーフ増産大作戦実施中だからだ。

その一方で、片づけなども少しづつではあるもののしてはゐる。
「大掃除」と呼ぶにはおこがましいが、まあ、「掃除」くらゐだらうか。いや、「掃除」ともいへないな。
「大掃除」にならないことへの罪悪感から、ほんの少しだけ、休みの日に「今回はここだけ」「次回はここ」などとminimumな片づけをしてゐる。

毛糸の在庫もほんの少しだけ確認した。
毛糸は、もう使ひきれないだらうな、と思つてゐる。
だから最近は毛糸屋にも行かないし、通信販売などで買ふこともない。
ある毛糸から使つていかねば。
日々さう思つてゐる。

しかし、なかなか使へない毛糸といふのもある。
たとへば、片づけをしてゐてでてきたイエーガーのラクジュアリーツイードがそれだ。
おそらく京都駅にあつたマスザキヤで買つたものと思はれる。
京都駅のマスザキヤ、もうないらしいよね。
この前行つたとき確認はしなかつたけれど、マスザキヤのWebサイトからは京都駅店の情報は消へてゐる。
いい店だつたのになあ。
京都に行くときは、意味もなく寄つたりしてゐた。
それで毛糸が増えていくわけだ。

Luxury Tweed は、おそらく最後の何玉かの一部だと思ふ。
Jaeger の毛糸といふと、Matchmaker が好きだつたなあ。中細もDKも両方とも。
マッチメイカーが廃番になつて、それで京都や大阪に行くたびにマスザキヤでちよこちよこ買ひ足してはゐたんだよね。我が家にはそんな半端な毛糸がたくさんある。「くつ下でも編めばいいや」といふので、二玉だとか三玉だとかしかない糸ばかりだ。
Luxury Tweed を買はうと思つた理由は、いまとなつてはわからない。
いまを逃したらもう買ふことはできない、と思つたのかな。
そんなわけで半端に三玉。とはいへ、Luxury Tweed は DK相当の太さがあつて、しかもおよそ 190m/50g といふ糸だから、長さはかなりある。
ウール65%、アルパカ35%の、モヘアのやうな糸だ。

なにを作らう。
いい糸だし、もう買ひ足すこともできないし、なにかいいものを作りたい。
やつがれのできる範囲でできるだけいいもの。
いや、さうすると、背伸びをしすぎる可能異性がある。
やつがれが「これならまあきれいにできる」と思へるやうなもののうち、できるだけいいもの。
そんなものを編みたい。

でも、そんなものはぱつとは思ひうかんだりはしない。
こんなときは Ravelry だ。
Luxury Tweed で検索をかけて、出てきたパターンを端から見やうとして挫折して、三玉くらゐで編めさうなものにしぼつて見てみた。
すなはち、マフラーとかショールとかである。

Ravelry をさんざん見た。
Luxury Tweed からの suggestion には心惹かれるものがなかつた。
それで、patterns からの検索も試みた。
あれこれ見て、やつがれの心にかなふものはなかつた。

Yarn Harlot に、こんなことが書いてある。
「この糸は、叔母がイタリアみやげとして買つてきてくれた糸だから使へない」「この糸は極上の糸だから使へない」「この糸はもう生産されてゐないから使へない」
さうして、手に入れたはいいものの、使へない糸がたまつていく、といふのである。
さうか。それつて、自分だけぢやなかつたんだ。
「この糸は大好きだつた糸で、でも高くて買へなかつたから、二玉だけ買つたけれど、どうしても使ふことができない」といふこの気持ち。
やつがれだけが抱く気持ちぢやなかつんだな。
読んだときにさう思つた。

大抵は、毛糸を購入するときになにに使ふかは決めてゐるんだけけれどもね。あまりそのとほりになつたことはないやうな気がする。
「手袋」とか「くつ下」とか、大ざつぱな決め方の場合はそのとほりになることもあるが、はたしてそれは「決めたとほりになつた」といへるのかどうか、チト疑問である。

そんなわけで、いろいろ考へて、「ぢやあ長いマフラーでも編んでみるかな」とふたつほど試してみたのだが……うーん、なにかが違ふ。
長さがあるので、ちよつとテクスチュアつぽい地にしやうかな、と思ふたのが失敗だつた。
もけもけした糸なので、編み地も当然もけもけしてしまふのである。すなはち、テクスチュアつぽい地にしてもそのテクスチュアつぽさが出ない。
ぬー。
それはそれとして編むかなあ。
それとも、いまはまだ「その時」ぢやあないのか知らん。
いづれ、「この糸にはこれだ!」といふ「まさにその時」といふ moment が訪れて、それでやつとその何ものかを編みはじめられるのぢやあないか知らん。

さう思つて、ひとまづ編むのをやめてみた。

もちろん、そんな moment は永遠にやつてはこないのであるが。

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Friday, 19 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 義経をめぐる人々と木曽と鎌倉

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は、「義経をめぐる人々」と「木曽と鎌倉」について書く。

展示室に入ると、まづ紳々竜々のゐるケースがあり、その先に「荊州の人々」のケース、「玄徳の周辺」のケース、「江東の群像」のケースとつづく。
「江東の群像」のケースの先にあるのが「義経をめぐる人々」と「木曽と鎌倉」のケースである。

ケースには、入口に近い方から弁慶、馬上の義経、鎌田正近、時政、政子、頼朝、葵、馬上の義仲、巴の順に並んでゐる。

弁慶から正近までが「義経をめぐる人々」、時政から巴までが「木曽と鎌倉」である。

弁慶は、前回と似た恰好で立つてゐる。躰は向かつて右の方を向いてゐて、顔は馬上の義経を見上げてゐる。
この表情が、とてもよい。
前回の展示のときも、やはり弁慶は馬上の義経を見上げてゐて、なんとも満足げな明るい表情をしてゐた。
今回もそんな表情をしてゐて、見てゐるこちらにも陽の力がわいてくるやうな気がしてくる。
好漢つて、こんな感じかな。

その弁慶を見下ろしてゐる義経は鎧姿である。赤を基調とした色の鎧を身につけてゐる。
人形劇の義経は、もつとはんなりとした色の鎧を着てゐたやうな気がする。ちやうど今ヒカリエで以仁王が着てゐるやうな藤色の濃淡の鎧だつたと思ふんだけどなあ。
でも、飯田の義経がその鎧を着ると、やさしくなりすぎてしまふかもしれない。
義経は現在ヒカリエにもゐて、見比べると飯田の義経の方が線が細い感じがするからだ。
赤はなにしろヒーローの色だしね。
あ、曹操も赤だけれども。
この見つめ合ふ義経と弁慶とがまたいい感じなんだな。
どちらも、なにかことばを発してゐるといふ感じはしない。
わかりあつてゐる。
そんな感じ。
義経は背に何本か矢を背負つてゐるが、前回は持つてゐた弓は手にしてゐない。

正近は、義経の乗る馬に向かつて立つてゐる。両手をあげて、馬の面倒を見てゐるところだらうか。
正面から見るとなにをしてゐるところなのかちよつと判断しかねるが、背後から見るとあきらかに馬の相手をしてゐるやうすが見てとれる。
正近も前回の展示のときとほぼおなじ出で立ちだと思ふ。黒に近い紺の鎧がとても凛々しく見える。
人形劇のときはもうちよつと目が大きくて、カシラも若干大きかつたやうな気がする。
飯田の正近の方が、なんとなく深みのある性格であるやうに見えるのはなぜかな。人形劇の正近には忠義一途の人といつた印象があるが、飯田の正近にはもうちよつと、なにかしら人間味があるやうに見受けられる。

正近の右ななめ後方には北条時政があぐらをかいて座つてゐる。
少し高いところにゐて、右ななめ前方にゐる娘と婿とを見てゐる、といつたやうすだ。
時政のあたりから見ると、「ふたりを見てゐるんだな」といふくらゐの感想しかない。
それが、政子と頼朝とのゐるあたりから見ると時政の表情が一変する。
胡散臭いものを見るやうな目でふたりを見てゐるぢやあないか。
ふたりの仲を祝福するどころか、どうにかして別れさせられないか、くらゐのことは考へてゐるんぢやないかといつた、そんな不穏な表情である。
時政は、初代執権職についたものの、最後には政子と義時とに追はれてしまふ。
そんな器の小ささを感じないこともない。

政子と頼朝とは、向かひ合つて立つてゐる。
この政子のやうすが実にめづらしい。
政子の衣装は前回の展示のときとおなじものだと思ふ。鄙の女の人をあらはすためだらうか明るい黄緑色の着物の上に、朱赤の衣装をまとつてゐる。
上にまとつた衣装の先を両手で持つて前であはせたやうすが、佐殿の前に出てはぢらつてゐるやうに見えるのである。
はぢらつてゐる。
北条政子が。
おやまあ。
その恰好のおかげでちやうどおなかのあたりがふくらんだやうにも見えるので、「すわ、ご懐妊か?」と思つたりもするが、まあ、単に照れてゐるのだらう。
こんなやうすの政子を見るのはちよつとめづらしい気がするぞ。
なんといつても、見てゐて「可愛い」とか思つてしまふからなー。

一方の頼朝も、そこはかとなくやさしい表情に見える。
頼朝は現在ヒカリエにもゐる。人形劇の頼朝は、人形劇の曹操にとてもよく似てゐる。
不思議なもので、主要人物についていふと、誰かはわからなくてもカシラを見ただけで三国志の人形か平家物語の人形か、だいたい判別がつく。
顔立ちがなんとなく違ふのだ。三国志の人形は三国志らしい、平家物語は平家物語らしいカシラになつてゐる。そんな風に見える。
市井の人々や雑兵たちになると、どちらがどちらか見分けがつきづらい。どちらも似たやうな顔立ちになつてゐると思ふ。
そんな中にあつて、曹操のカシラにそつくりのカシラの頼朝は、人形劇のときはちよつと浮いてゐるやうに見えたこともあつた。
飯田の頼朝は、曹操に似たところはない。人形劇のときと比べるとかなり穏やかな表情をしてゐて、前回の展示のときなどはちよつと茫洋とした雰囲気もあつて、懐の大きい人なのかなあなどと思ひながら見てゐたものだつた。
今回もそんな感じで、人形劇のときにあつた怜悧な雰囲気は頼朝からは感じられない。
人形劇と飯田と、どちらの頼朝が好きかと訊かれると悩んでしまふなあ。どちらもちがつてどちらもいい。

頼朝の右側には鎧姿の葵がゐる。
目だけは向かつて右側を見てゐる。巴に呼び止められたものの、話を聞くつもりはなく単に視線だけそちらに向けた、といつたやうすに見受けられる。
葵・義仲・巴は現在ヒカリエにもゐる。見比べるとおもしろいぞ。
前回の展示のときにも思つたものだが、飯田の葵はどことなく中村福助に似たところがある。人形劇のときよりもやさしげなカシラになつてゐるからかな。

その右やや奥に馬に乗つた義仲がゐる。
義仲は前回も馬上だつたな。今ヒカリエにゐる義仲も馬の上にゐる。
義仲は、巴を見てゐる。そのやうすが、どことなく心配げである。
なにを憂へてゐるのか。
なにを心配することがある。
葵を呼び止め、なにかしら話をしやうとしてゐる巴のことを慮つてゐるのだらうか。
巴と葵とのあひだになにか不穏なことがあるとしたら、その原因は当の義仲その人だといふのに。
そんな異性関係の華やかな義仲くんではあるが、「まあ、仕方ないよな」とは思ふ。
だつていい男だもの。
いまヒカリエにゐて勇ましいやうすで馬をあやつり頼朝の方を見据ゑてゐる義仲はもちろん、飯田で憂ひ顔で巴のやうすを見てゐる義仲も、どちらも様子がいい。
さういへば飯田とヒカリエとで、鎧の色はほぼおなじだが、グラデーションの濃い方と薄い方とが逆だな。どちらも草を思はせるやうな緑の濃淡である。で、紺の地に金糸の模様が入つてゐる衣装に朱色の籠手、といふ、説明だけすると色気違ひとしか思へない服を平然と着こなしてゐる。
馬が黒、といふのがまたいいのかもしれない。

このケースの一番右端にゐるのは巴である。
鎧姿で、呼び止めるかのやうに葵の方に手を伸ばしてゐる。
なにを話さうといふのか。
気になる。
巴は、おそらく義仲の視線には気がついてゐない。気がついてゐたら、葵と話をしやうとはしないのではあるまいか。
或は義仲が見てゐるから、葵ともうまくやつていかなければ、といふ心なのだらうか。
いや、それはないなあ、たぶん。
巴としては、しかし、葵ともうまくやつていかなければ、と思つてはゐるだらう。
さうしないと戦にならない。
内部でいざこざを起こしてゐるやうでは、敵を打ち負かすことなどできやしない。
人形劇に出てくる巴は、さういふことをちやんとわきまへた人だと思ふ。
葵はどうだかわからないがなー。
葵は、個人間のいざこざはどうあれ、戦ひになつたらそんなことはどうでもいい、と、口では云ふし、本人もそのときはそんなつもりでゐる、そんな人のやうに見受けられる。
でも実際の場面でどうなるかはわからないけどね。
義仲の憂ひ顔も、そんなところに原因があるのかもしれない。

以下、つづく。

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Thursday, 18 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 ギャラリー中央

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は、「江東の群像」のケースと「曹操の王国」のケースとのあひだにある二つのケースについて書く。

「江東の群像」と「曹操の王国」とのあひだには、一人~二人用くらゐの大きさのケースが二つある。
ケースとケースとの間隔は人間が二人通れるくらゐ、かな。三人くらゐはいけるかもしれない。
今回は、入口に近い方のケースに孔明、奥のケースに龐統がゐる。
この二つのケースのあひだに存在するなんともいへない微妙な緊張感がたまらない。

一人一ケースなので、どちらもぐるりと360度、いづこからでも見ることができる。
ただし、上から見ることはできない。
大きなケースは天井部分も透明なガラスになつてゐる。その上が真つ暗なので、ガラスに人形がうつつて見える。はなはだぼやけてゐるし、あまり見やすいものではないけれど、擬似的に上から人形を見ることが可能なのだ。
小さなケースは天井部分が照明なのかな、でこぼこした不透明の素材でできてゐる。なので、上からは見えない。ちよつと残念である。

孔明は、躰は入口の方向を向いてゐて、顔は右側の「江東の群像」のケースの方を向いてゐる。龐統に背を向けた形になつてゐる。
前回同様、今回も白い衣装の上に黒い透ける地の服をまとつてゐる。人形劇では水色なんだがな。
公式Webサイトには、川本喜八郎は元々は孔明の衣装を白くしたかつたが、立間祥介に「中国では白は喪の色だ」と云はれて黒にした、と書かれてゐる。
孔明は鶴のイメージ、ともあるので、孔明に白といふのは捨てがたかつたのかもしれないなあ。
さうして見ると、孔明と相対するのは曹操なのかな、といふ気がしてくる。
人形劇の曹操といへば赤地にきんきんらきんの派手な衣装だ。
この曹操の赤(と金)と玄徳の青とが対称になつてゐると思つてゐた。ボクシングとかレスリングとかがそんな感じぢやあないですか。赤のコーナーと青のコーナー、ね。
一方で、曹操の極彩色の赤に対するのは、孔明の無彩色な白(黒)なのかもしれない、とも思ふ。
源平だつて白に赤だしね。
特に人形劇では、孔明のことを一番評価してゐるのは曹操だよなーどう見ても、といふ場面が多々あるので、よけいにさう思ふのかもしれない。
玄徳は案外評価してないよね、孔明のこと。

今回照明の加減で黒い透ける地の衣装の柄がよく見えるやうになつてゐるとのことである。これもまたじつくり見たいところだ。

顔を江東の人々に向けてゐるので、決戦を説くところなのかな。
白羽扇を持つ右手を前に、空の左手を後ろにした背中にそこはかとなく緊張感を覚えるのも、さういふ場面だからなのかも。
或は、背後から視線を感じるからなのだらうか。

龐統は、顔も躰も入口の方、すなはち孔明の方を向いてゐる。ただ、その顔は若干うつむきがちで、あまり遠くを見てゐるやうにも見受けられない。近くで見ると、沈思黙考の態に見える。
しかし、孔明のケース越しに龐統を見ると、こちらを見てゐるやうに感じる。
ちよつと不思議。

衣装は砂色の道服を茶色い綿とおぼしき衣装の上に羽織つた地味な印象のものである。口にはお約束の猫じやらしをくはへてゐる。道服の左前がちよつとたるみのあるところがどことなく龐統らしい。
これまた不思議なのは、躰の正面の茶色い生地と、袖口や裾に見え隠れする模様とが違ふことだ。
茶色い衣装の下にさらに何か着てゐるとして、茶色い衣装は肩口から先がないのかも。
今回、執拗に周囲をぐるぐると回つてみたが、どうなつてゐるのかよくわからなかつた。
次回があつたら確認してみたい。

この、孔明を見てゐるやうな見てゐないやうな龐統のやうすが、なんとも微妙でいいんだなあ。
見てゐるやうでもあり、見てゐないやうでもある。
孔明の方も、そんな龐統の視線を意識してゐるやうでもあり、意識してゐないやうでもある。
上に書いた、背中に走る緊張感の所以は、龐統の視線にあるとも考へられるしね。

人形劇を見てゐたころに「三国志演義」の翻案ものなどを読んでゐて、水鏡先生が玄徳に「伏龍か鳳雛か、どちらかを得れば天下を得ることができる」といふ旨を告げる場面で「さうか、両方を得てはいけないんだな」と思つたものだつた。
この話は幾度か書いてゐる。
大抵は後に龐統を得た玄徳を見て「伏龍と鳳雛と両方そろふて、さあ、これからガンガン行かうぜ」といふ展開を期待するやうなのだが、なんかそれは違ふ気がするんだなあ。
孔明と龐統とが相容れないから、といふのではなくて、玄徳には優秀な軍師を二人も受け入れる能力がないんぢやないかと思つたからだ。
もし玄徳にさういふ能力があるのなら、とつくの昔に軍師の一人も雇つてゐたはずである。
文官がまつたくゐなかつたわけではない。
ないけれど、どうも玄徳にはさういふ人材の必要性がわからないのか、はたまた雇つてはみたものの、のりが合はずにものわかれに終はつてしまつたのか、そんなやうすが見受けられるんだよなあ。
とりあへず孔明を迎へてみて、すこし文官の遇しかたがわかつてきた。
そんな感じなんぢやないかなあ。

そんな玄徳のやうすを見てとつた水鏡先生が、「どちらかを得れば」と云つたのではあるまいか。
考へ過ぎだらうか。
考へ過ぎなのかも。

互ひに意識してゐないのに、わざわざこの二人をほかの人々から離してケースに入れる必要はない。
互ひに相手を見てはゐないし、見てゐる方向はバラバラだけど、意識しあつてゐる、と見るのが自然なのだらうな。
さう考へると、このケースのあひだに流れる緊張感が、実に楽しくなつてくる。

以下、つづく。


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Wednesday, 17 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 曹操の王国

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は、「曹操の王国」と題されたケースについて書く。

「曹操の王国」は、この展示室内のメインケースと思しき「江東の群像」の向かひにある。
メインのケースの対となるケースなのだらうが、なぜだか若干見づらい気がする。
見づらい、といふか、隠し部屋のやうな印象があるケースだ。
メインのケースとのあひだにこぶりなケースがあるからだらうか。
ゆゑに、今回「曹操の王国」となつてゐるケースは、「影のケース」といふ感じがしてゐる。

「曹操の王国」のケースには、入口に近い方である向かつて右側から、蒋幹、蔡中、蔡瑁、夏侯惇、夏侯淵、曹仁、許褚、曹操、程昱、許攸、荀彧、徐庶の順で並んでゐる。

蒋幹、蔡中、蔡瑁のあたりは「間諜コーナー」なのださうである。
考へてみたら、玄徳や孫権のケースにはこんな味方なんだか敵なんだかわからないやうな人物はゐない。このふたりのケースにゐるのは、みな「忠義一途」を絵に描いたやうな人物ばかりである。
それを考へると、曹操はやつぱり懐が深いなあ、と思ふのだ。
だつて、玄徳のケースにも孫権のケースにも蒋幹のやうな輩はゐないよ。

といふわけで、まづは蒋幹である。
蒋幹、蔡中、蔡瑁は先月までヒカリエにもゐた。
蒋幹と蔡中とは、ヒカリエの方もまるで人形劇に出てゐた人形がそのままゐるのではないかといふ感じで、あまりちがつたところが目に付かないやうに感じてゐた。
蒋幹は、しかし、ヒカリエの方が衣装は豪華だつたやうに思ふ。
ヒカリエの蒋幹は、サテン地で明るい牡丹色に黄色などの派手な花の刺繍(もしかするとアップリケ)を散らした衣装、といふところまでは人形劇とほぼおなじだ。
違ふのは、サテン地の衣装の柄である。
ヒカリエの蒋幹の衣装は、織つて紗綾形の模様を浮かび上がらせたものだつた。
飯田の蒋幹の衣装の柄は、角がかなり丸い四角形の中央を丸く抜いた模様をいくつも並べたもので、どことなくプリント柄のやうに見える。
飯田の場合は経年劣化といふことも考へられる。
衣装が大仰なら恰好も大仰で、「きつと落ち着きのない人なんだらうなあ」と思ひながら見る。

蔡中は、甲冑姿で、立つて向かつて右の方を見てゐる。
その表情はひどく狡猾さうだ。
それでゐて、あまり賢さうではない。
ヒカリエの蔡中は、膝をついて手を合はせて差し延ばし、「お願ひします」とでも云ひたげなやうすをしてゐた。
それに比べると、飯田の今回の蔡中はかなりワルさうだ。
顎が細いのも、こずるさうな小物のワルであるやうに感じる所以かと思ふ。

蔡瑁は、その蔡中のやや斜め左後ろに立つて、こちらは向かつて左の方を見てゐる。曹操のやうすをうかがつてゐるのか。或はその手前にゐる曹操配下の武将たちの話を盗み聞きしてゐるのか。
ヒカリエの蔡瑁は、「あんた誰?」といふくらゐ人形劇のときの面影がなかつた。「もしかして、曹豹?」といつた趣であつた。
さうだなあ、人形劇の曹豹をまちつと思慮深げにしたやうな感じ、といへばいいだらうか。
今回飯田の蔡瑁は、人形劇のときの蔡瑁らしさたつぷりである。
前回の展示のときは、「そこらへんにゐるふつーのをぢさん」といつた感じがした。
正面を向いて立つてゐて、目も正面を見てゐたからかもしれない。
別に、玄徳のことを陥れやうだとか、劉表の跡継ぎに自分の甥を押さうだとか、そんな悪巧みをしてゐるやうなやうすはなかつた。
人形劇の蔡瑁といふと、これがもうほんたうにこすつからいワルで、しかも大物感はゼロ、といつた感じであつた。
まあ、蔡中よりは大物だけど。
今回の蔡瑁には、さうした小粒なワル感が感じられる。
かういふ蔡瑁の方が好きだな。

その蔡瑁の斜め左手前にゐるのが、夏侯惇である。
手には槍を持つて、ほぼ左を向いて立つてゐる。
人形劇のときはそれほどでもなかつたのに、飯田の夏侯惇はいつ見てもいい男だ。以前も書いたと思ふが、おそらく人形がよい出来なのだらうと思ふ。
人形劇のときは目に灰色の布を巻いてゐたやうに思ふが、飯田では黒い布になつてゐる。これも印象の違ふ所以かもしれない。黒の方がきりりと引き締まるもんね。
ここでも槍に目がいつてしまふのは、入口にゐる紳々のせゐであることは間違ひない。
趙雲のものと同様、実にほれぼれとするくらゐ手入れのいきとどいた槍である。
夏侯惇は、左を向いて、おそらく許褚の云つてゐることを聞いてゐるのだらう。そんな風情だ。
そのせゐか、夏侯惇のわりには思慮深げに見える。

夏侯惇の左にゐるのが夏侯淵だ。こちらは躰はほぼ正面を向いてゐて、顔を左に向けてゐる。やはり許褚の方を見てゐる心だらう。
夏侯淵には、髭のあるカシラもあるはずだが、未だ見たことがない。見られる日も来るだらうか。
今回は夏侯淵からもどことなく思慮深げな印象を受ける。この四人の中ではさういつた役回りの人物ではある。
曹仁と隣同士で並んでゐて、なんだか妙に仲がよささうだ。肩を並べて立つてゐる、といつた感じがする。
さういへば、ここにゐる四人は乗つてゐる台の高さがみなおなじである。
そんなところにも仲よささうな印象の元があるのかも。

曹仁は、見るたびに印象が違ふ。
夏侯淵とおなじく、躰はほぼ正面、顔は左に向けて許褚を見てゐるといつたやうすだ。
はじめて曹仁を見たときは、おとなしさうな印象を受けた。
曹操配下の武将の中にあつて、猛々しいわけでもなく、かといつて知将といつた印象もなく、中庸な感じの武将だなあと思つたものだつた。正直言ふと、あまり目立たないな、とも思つた。
それが次の展示のときは一転猛々しさいつぱいで、「おなじ人形でも展示の仕方ひとつでこんなに変はるんだなあ」としみじみ感じた。
今回の曹仁は、ちよつとおとなしさうな感じがする。その理由もわかつた気がする。なんとなく、皮膚の色が黄色いのだ。あまり赤みがないので、健康さうな感じがしない。たぶん、さういふことなのだと思ふ。
夏侯淵とならんで仲よささうな感じで立つてゐるのも理由のひとつかと思ふ。

許褚は、向かつて右を向いて立つてゐる。ほかの三人に持論を展開してゐるといつた印象だ。
なんだよー、前回の展示のときはさんざん曹操に叱られてたくせにー、と思つてしまふが、まあ、そこはそれ、だ。
許褚の得物は斧である。長い柄の先にちよつと刃先の鈍い感じのする斧がついてゐる。鈍い感じがするのは重厚感があるからだらう。
いままで許褚のゐない展示を見たことがない気がする。好かれてるのかな。ちよつと愛嬌あるもんな。

その左横、かなり高い位置にゐるのが曹操である。
今回の主題が「赤壁」といふことで、武将の出で立ちで立つてゐる。曹操はこの衣装が一番好きだなー。
躰はほぼ正面を向いてゐる。やや左を見てゐる感じかな。目は左の方を見下ろすやうにしてゐる。その視線の先にゐるのは程昱だ。
前回の展示のとき、曹操はむかつて右側にゐる許褚をものすごい形相で睨みつけてゐた。許褚のあたりから見たときの鬼のやうな顔は忘れられない。
今回は逆を見てゐるだけで、似たやうな表情をしてゐる。でもその表情をおそろしいとは感じない。きつと違ふのはちよつとしたことなのだらうと思ふにつけ、毎回ほんたうにおもしろい。
曹操は、程昱はじめ文官になにか指示を与へてゐるところなのだらうか。
それとも程昱の進言を聞いてゐるといつたところなのかな。
程昱の動きのあるやうすを見ると、程昱の云つてゐることを聞いてゐるといつた心なのかもしれない。

その程昱は曹操の斜め左手前に立つてゐる。今回は横顔しか見ることができない。
手を曹操の方にさしのべるやうしてゐるので、なにがしか献策してゐるのでは、といふ気がする。
人形劇の程昱といふと、どこかこずるい小動物のやうな顔をしてゐる、といふ印象がある。
横顔からはそんな印象は受けないんだなあ、これが。
程昱の横顔は、至極思慮深げに見える。
役回りから考へても当然のことなのだが、いままで人形劇の程昱に対してさういふ印象を持つたことがなかつたし、また実に落ち着いたやうすでもあるのがとても新鮮だつた。
あの程昱のやうすはまた見に行きたいなあ。

ところで、この程昱と許攸、荀彧とは、衣装がなんとも地味な色合ひで、それがまたいい。
三者三様の茶色系の衣装で、見てゐて楽しい。
いまヒカリエがそんな感じなんだよね。をぢさんが多いせゐか、茶色い衣装の人が多くて、でもその茶色がとても多彩なのだ。
程昱、許攸、荀彧の茶色はわりと似たやうな色合ひに見える。よくよく見ると柄が違つたりして、これまたおもしろい。

さて、その許攸である。
位置的にはケースの最後方にゐて、曹操を見上げてゐる。後方にゐるので、仰向いた顔がよく見える。
人形劇を見てゐた当時は知らぬことであつたが、許攸はなんとなく立川志らくに似たところがある。
そつくりといふのではないけれど、ちよつとした感じが似てゐるんだよね。
人形劇では、赤壁の戦ひ前夜までは大活躍だつた許攸であるが、ここでは少し遠慮気味に見えるのは、後方に控へてゐるからか。
人形劇の許攸つて、そんなにヤな感じの人でもなかつたしね。袁紹に衷心からの献策をして受け入れられない悲しい能臣といつた趣だつたからなあ。
現在飯田にゐる許攸からは、そんないい人つぽい雰囲気は感じないけどね。程昱の横顔がいい人めいて見えるから、その分許攸が損をしてゐるのかもしれない。

荀彧は、人形劇に出てきた老齢の人形である。
前回の展示のときにもゐたので「今回、赤壁だし、もしかしたら若い荀彧かも」とちよつと期待したんだけどね。
人形劇の荀彧は、もう出てこないかと思つてゐたところに突然老人態で出てきてすぐ死んでしまふといふあはれな人である。
今回の展示では「赤壁」と思ふからか、そんな悲劇的な感じはしない。
老人なのは、まあ、仕方ないけどね。
荀彧の死については、曹操から空の箱が送られてきて「死ね」といふ符丁だと思つた荀彧が毒をあふる、といふのが巷間伝へられてゐる話だと思ふ。
「我が張子房」とまで呼ばれた荀彧が、そんな仕打ちを受けるだらうか。
長いことつきあつてゐると、そんな心の変化もあるだらう、とは思ふ。
思ふけれど、やつがれは荀彧の死の真相については、「秘本三国志」押しなんだなあ。その方がありさうな気がするんだな。

このケースの一番左端にゐるのは徐庶である。躰はほぼ正面を向いて、その目は右を見てゐる。曹操とその謀臣たちとの話を立ち聞きしてゐるところだらうか。
徐庶は、人形劇では曹操に組みすることをよしとせず、早々と死んでしまふ。
それでも「曹操の王国」のケースにゐる、といふところが不思議なやうでもあり、右端の三人を考へると、徐庶がゐても特に不思議なことはないやうにも思へる。
優秀な人材なら誰でも受け入れる、といふ感じのするところが「曹操の王国」のよさである。
前回のときもさうだつたが、今回も徐庶からはいい男の雰囲気が漂つてゐる。
男気といひ侠気といふ。そんな風情が漂ふきりりとしたいい男だ。
徐庶の衣装も、これはきつと茶色系だらう。その手前の三人よりは濃い、焦茶のやうな色なんではないかと思ふ。

この徐庶と同門のふたりが、今回「江東の群像」と「曹操の王国」とのあひだにゐる。
それは次回の講釈で。

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Tuesday, 16 December 2014

Nina Libin のピコをつなぐ方法

モチーフ増産大作戦は、遅々として進んでゐる。
作戦名称がそのときによつて違ふのは、やつてゐることはおなじだからいいかなつて。

で、写真を載せたいのだが、iPhone で撮つて Flickr に投稿しやうとすると、「できません」とか云はれてしまふので、滞つてゐる。
その後、iOSの更新のお知らせがきてゐるから、更新したらまた Flickr に投稿できるやうになるのかもしれないけれど、それはまだ試してゐない。
あ、eメールで送ればいいのか。まあ、いいやな。

前回も書いたとほり、Nina Libin のデザインしたモチーフばかり作つてゐる。
Tatted Lace of Beads - The Techniques of BEANILE Lace の最初の方にに掲載されてゐる、ビーズを入れないデザインのモチーフである。

Nina Libin のデザインの最大の特徴は、そのビーズの使ひ方にある。
では、今回はビーズは入つてゐないので Nina Libin らしさがないか、といふと、そうでもない。

Nina Libin のデザインのもうひとつの特徴は、「最後にまとめてピコをつなぐ」である。

たとへば、六弁のロゼッタモチーフを作るとする。
中心に六つのリングを作り、外はチェインで花びらを表現するタイプの、タティングレースではよくあるモチーフを想像されたい。

この場合、中央のリングをつなぐには、隣り合つたリング同士をピコでつなぐ方法と、最初のリングに大きなピコを作つて以降のリングをそこにつなげる方法とがある。
Nina Libin のデザインで特徴的なのは、後者の方法をとらない、といふことだ。
かといつて、前者の方法をとるわけでもない。
あ、もちろん、デザインによつては、どちらの方法も取り入れてゐる場合もあるやうだが、ここではおく。

Nina Libin はどうするか。
六つ目のリングを作るときに、ほかのリングのピコを全部さらつて、そこに芯糸を通し、つなげるのである。
わからない?
わからないかー。
Nina Libin のサイトにフリーパターンがいくつか掲載されてゐる。そのうち BNL-119bにはこの方法が取り入れられてゐるやうに見受けられる。確認はしてゐない。
興味のある向きには是非。

どうしてこんなことをするのか。
Nina Libin は、「かぎ針を取り出す手間を少なくするため」といつてゐる。
リングを作るたびにかぎ針を取り出してつなぐのは面倒だ、といふのだ。
いまはないかもしれないが、以前、Nina Libin はタティングシャトルを売つてゐた。
木でできた、細長いものだつたと記憶する。
ビーズを通した糸を巻き付けるのにいい、といふ話だつた。
このシャトルには、角も針もついてゐなかつた。
ピコでつなぐ場合はかぎ針が必要になる。

Nina Libin は、上記の本に、「現代のノマドへ」といふ文章を寄せてゐる。
「現代のノマド」とは、日々通勤通学に時間をかけてゐる人々のこと、すなはち、あなたやわたしのことである。
そんな忙しい生活を送る「現代のノマド」でも、ビーズを通した糸をシャトルに巻いて持ち歩けば、いつでもうつくしいものを作ることができる。
シャトルはたいしてかさばらない。「現代のノマド」にうつてつけだ。
そんなことを云ひたいのだと思ふ。
やつがれが、Nina Libin を愛してやまないのは、かういふ点だ。

そんな「現代のノマド」にとつて、リングやチェインをつなぐ際に毎回かぎ針を出し入れするのは、かなり手間である。
それで、Nina Libin は、最後にまとめてつなぐ方法を提唱してゐる。

実際やつてみると、ピコ部分が重なつて、そこだけちよつと厚みができる。まあ、たいした厚みではないけれど、気になる人は気になるかもしれない。
それと、慣れないと複数のピコに針を入れて糸を引き出すのがなかなかスムースにできない、といふのもある。
使ふかぎ針もいいもの、といふか、使ひやすいものである必要があるんだらう。

そんなわけで、全面的におすすめ、とはいかないが、Nina Libin の思想(といふと大げさだが)を愛してゐるので、それはそれでいいのである。
自分で作るときは、リングやチェインをひとつづつつなぐ方法で作つてもいいしね。

それにしても、ビーズをあしらつたモチーフもいいよなあ。
年賀状には貼りつけられないかもしれないが、とは以前も書いたとほりである。
来年は、もつとビーズと戯れることにするかなあ。
タティングレースにかぎらず、あみものでもさ。

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Monday, 15 December 2014

Tuesday Night Cowl を使ふてみた

Tuesday Knight Cowl

先週は、ローワンのコクーンで編んだ Tuesday Night Cowl を使つてみた。

これが実にあたたかい。
前回使用感を書いた Brioche Stitch のネックウォーマとどちらがあたたかいか、迷ふくらゐにあたたかい。

以前は、顔見世(顔見世といつたら京都南座の顔見世興業である)には何かしら新たに編んだものを持つて行つたものだつた。
極細毛糸のタティングレースのスカーフを顔見世にあはせて作つたこともある。
近年、さういふ意欲がすつかりなくなつてしまつた。

理由のひとつに、南座の中はそんなに寒くないから、といふのがある。
なにか編んで行つても、南座の中では身につけてゐる必要がない。
タティングレースのスカーフならつけてゐても邪魔にはならないけれど、編んだものとなると、ちよつとね。

また、昨今の顔見世はまるで顔見世らしくない、といふのも理由ではある。
顔見世つていつたらさあ、普段はちよつとないやうな大顔合はせで重厚な演目が並ぶでせう、当然。
さう思ふわけだよ。
だいたい、顔見世のチケットつてベラボーな価格だしね。
それくらゐしてくれなきや、といふ気持ちが、見る側にはある。
だがしかし、大幹部が高齢化し、その下の世代もいまひとつ育つてきてゐない現状においては、大顔合はせも重厚な演目もムリである。
大幹部は体力がもたないし、その下の世代では荷がかちすぎる。
いまは過渡期なんだらう。
おなじやうな時期が、過去になかつたわけではない。
さうは思ふけれど、でも「え、これが顔見世?」といふ演目・配役を見せられちやふと、ねえ。

そんなわけで、意欲は減退状況にある。
しかし、冬の京都は寒い。
南座の中はあたたかくても、外は寒い。
以前、京都の町中でバスを待つてゐたら足下からしんしんと冷えがやつてきて、またたくまにおなかが冷えてしまつた、といふことがあつた。
それで気をつけて行くやうになつたら、その日にかぎつて最高気温19度なんてな年もあつたけどね。
とはいへ、基本的には京都の冬は寒い。
今年も寒かつた。
どうやら関東地方もかなり冷えたのらしいが、京都はとにかく寒かつた。寒いのに大原とかに行つたもんだから余計に寒い。
雪は降つてるし、日なたでも寒い。

顔見世に照準を合はせるからいけないのである。
京都行きに照準を合はせればいい。

といふことで、仕上げてから使つてゐなかつた Rowan Cocoon で編んだ Tuesday Night Cowl を首に巻いていつたのだつた。

前回、「Rowan Cocoon はチクチクしない」と書いた。
以前、おなじ毛糸でネックウォーマを編んだことがあるからだ。
しかし、うーん、やはりちよつとチクチクするかな。気になる人はダメなんぢやあるまいか。
手で触つた感じはなめらかですこしもチクチクしたところはない。敏感な人のみ要注意といつたところか。

リッチモアのコパンで編んだ Brioche Stitch のネックウォーマは、糸が二重のふかふかの編み地で実にあたたかい。
こちらはといふと、縄編みによるふつくらとした編み地でこれまたあたたかい。
どちらがよりあたたかいか、といふと……うーん、どちらもそんなに変はらないかも。
といふのは、Tuesday Night Cowl は、かなり首回りにフィットしたネックウォーマだからである。
風を通さない。
ゆゑにあたたかい。

Brioche Stitch の方は糸が二重の上に折つて使ふから、これまたかなりあたたかい。
実際はBrioche Stitch のネックウォーマの方があたたかいのだらう。
やつがれが鈍感なだけで。

そんなわけで、襟元を Tuesday Night Cowl で守り、ダウンのコートなんかを着ると、これでかなり寒さがふせげる……はずなのだが、やはり京都は冷えた。
しかも大原。
歩いてゐるとあたたかくなつてくるから、ネックウォーマなどは不要になるんだがねえ。

先週のエントリで、「冷えのぼせする人は、タートルネックを着ない方がいいと聞いた」といふ話を書いた。
その伝でいくと、冷えのぼせする人にはTuesday Night Cowl は向かない。
もうちよつとゆつたりめに編めばいいのかもしれないが、このネックウォーマは基本的には首に密着するやうに編むものだと思ふ。
さうすると、襟元はしつかり守れて、しかも熱を逃がすところがない。
冷えのぼせの人には向かないよなあ。

向かないのだけれども、あたたかい。
実は今朝も首に巻いてきてしまつた。
生成だから、なんにでも合はせやすいんだよね。
それに今朝は冷えたし。

ところで、Ravelry では、このネックウォーマの名前を「Tuesday KNight Cowl」と登録してゐる。
以前のエントリにも書いたやうに、ナメック星人のつけてゐる首回りのもしやもしやをイメージして編んだからだ。
ナメック星人、といふか、ネイルさん、といふかな。
ネイルさんといふのは、見てゐて「近衛の士官」といふ感じがする。騎士つぽくもある。
そんなわけでそんな名前をつけてみた。
しかし、Tuesday Night Cowl よりは Burberry Inspired Cowl の方がよりナメックである。
残つた Cocoon で編むしかないか。

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Friday, 12 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 江東の群像

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は、「江東の群像」と題されたケースについて書く。

このケースは、この美術館の中でも一番見やすい大きなケースだと思ふ。主たるケースなんぢやないかな。
今回、人形劇三国志の主題は「赤壁」なので、「江東の群像」がここに入るのも至極当然のことと思はれる。

このケースには、向かつて左側から、闞沢、徐盛、魯粛、小喬、周瑜、孫権、諸葛瑾、呉国太、喬国老、黄蓋、程普の順で並んでゐる。
前後があるので多少順番が違ふかもしれない。

ケースの一番左端にゐるのは、闞沢と徐盛とである。
ふたりでなにごとか語らつてゐるやうに見える。
曹操軍と戦ふことが決まつて、いろいろと相談してゐるのだらうか。
或は、このふたりの話してゐる時点では、まだ決戦とも降伏とも決まつてをらず、どちらになるのか話してゐるのかもしれない。
闞沢は奥にゐて徐盛を見てゐるので、角度によつては表情が見えるやうになつてゐる。
徐盛は奥にゐる闞沢を見てゐるので、残念ながらその表情はよく見えない。
ふたりとも、先月までヒカリエにもゐた。
闞沢は、飯田の方が思慮深げな顔をしてゐるやうに思ふ。あひかはらず髭面なのにどこかをばさんめいた雰囲気もある。
思慮深げなので、話してゐることもおそらくはさしさはりのないことなのではないかなあ、この時点では。
徐盛は弓を手にしてゐて、矢を背負つてゐる。
ヒカリエの徐盛はかなりリアルな顔つきの人形だつた。闞沢はヒカリエの方がデフォルメのきいた顔つきだつたので、対照的ではある。
今回、顔をよく見ることはできないが、横顔は勇ましい武将のやうに見受けられる。
奥を見てゐるので、その衣装を背中からぢつくり見ることができる。

その右斜め前、ケースのかなり前方に魯粛がうつむいて立つてゐる。躰はかなり右を向いてゐる。
この魯粛が、なぜうつむいてゐるのか。
それがちよつと疑問ではあつた。
ケース中央で下知を発してゐるとおぼしい孫権のことばを聞いて頭を下げてゐるのか。
はたまた、魯粛と孫権とのあひだにゐる周瑜夫妻をはばかつて頭を下げてゐるのか。
状況からして、孫権の下知に「仰せのとほりに」とかしこまつてゐるんぢやないかな、とは思ふ。
また行く機会があつたら、もうちよつとよく観察してみたいところだ。
魯粛も先月までヒカリエにゐた。ヒカリエの魯粛は眉とか顔のパーツとかの色が若干淡い色になつてゐる。それでなんとなく気弱げに見えることもないわけではない。
飯田の魯粛の方が、意志は強さう。まあ、ぱつと見てさう思ふだけだけど。

その魯粛のやや右後方に、小喬と周瑜とが並んで立つてゐる。
これが、実にいいんだなあ。
小喬は右にゐる周瑜を見上げてゐて、周瑜は左にゐる小喬を見つめてゐる。
この周瑜の表情のやさしげなことといつたら。
周瑜にもこんな表情ができるのか、などと失礼なことを思ふ。
小喬は前回の展示では姉の大喬と並んでゐて、このときはお世辞にも「銅雀台に並べたい感じぢやないなあ」と思つたものだつた。失礼を承知で書くと、なんとなく「おへちや」な感じに見えた。
それが今回はいいんだなあ。
どうも全体的に人形は顎があがつてゐるとあまりよく見えない気がしてゐる。やつがれの好みの問題だらうが、顎を引いてゐた方がよく見えるやうに思へてならない。
今回の小喬は周瑜を見上げてゐるので顎はあがつてゐるものの、とてもいい表情をしてゐるやうに見えるのである。
横顔しか見えないからかなあ。今回の小喬を正面から見るのはちよつと難しい。
小さいといふのもいいのかも。周瑜の隣に立つてゐると、実に可憐な感じがする。
周瑜と小喬とは、先月までヒカリエにゐて、これもよかつたんだよなあ。
周瑜の肩口からほんのりうち微笑む小喬の顔がのぞくのだ。
幾度このふたりの前で立ち止まつたかしれない。
今回の飯田のふたりもいい。
周瑜は手に赤い牡丹の花を三輪ほど手にしてゐる。
これから決戦だ、といふ心なのらしい。
またこの花が似合ふんだなあ、周瑜は。
魯粛がうつむいてゐるのはこのふたりをはばかつてゐるのでは、と思つてしまふのは、そんな雰囲気が漂つてゐるから、といふのもある。
ケース中央に近い位置にゐるけれど、このふたりだけはふたりだけの別の場所にゐる。
そんな感じがする。

その周瑜の右斜め後方、ケースの中央一番奥に、孫権が立つてゐる。
さう、立つてゐる。
これまで見た中では飯田でもヒカリエでも孫権といへば座つてゐるものだつたのに、今回は立つてゐるのだ。
それも、武将の出で立ちで立つてゐる。
これがねえ、実になんともいい男でねえ。
孫権つて、こんなにハンサムだつたか知らん、と思ふくらゐにいい男である。
ケースほぼ中央手前にゐる諸葛瑾を見下ろしてゐる感じなんだと思ふけれど、まあ、とにかく、惚れ惚れするくらゐいい表情をしてゐるね、今回の孫権は。
晴れて曹操との決戦を決意したから、といふこともあらう。
考へてみたら、かういふ角度で孫権の顔を見たことがないのかもしれない。人形劇でだつて、こんな上の方から見下ろしてくる孫権は見たことがない気がする。
もうね、周瑜夫妻といい、孫権といい、このケース、素敵過ぎるよ。
孫権が手をついてゐる椅子は、おそらく「孔明の大論戦」で孔明が座つた椅子な気がする。

その孫権の視線の先にゐると思はれるのが諸葛瑾である。
ケースほぼ中央手前で、左側を見てぬかづいてゐる。
なぜ諸葛瑾だけ……と思ふが、なにか君命を帯びてゐるのかもしれないし、でもそんなことあつたつけ、と思つたり。
前回の展示では、諸葛瑾は一番右端のケースの一番右端で、困りきつたやうな表情を浮かべてゐた。
もう、なにか困つたことがあるなら云つてくれればいいのに。なにもできないけれど。
見るたびにさう思つたものだ。
今回も、なんか困つたことを命令されてたりするのかなあ。
つひ、そんな風に考へてしまふ。
膝まづいて後ろに長くのびた衣装がきつちり広がつてゐて、うつくしい。このきつちりさ加減がまた諸葛瑾つぽくてよい。

その諸葛瑾の背後、ケースの右端手前には黄蓋が立つてゐる。
諸葛瑾の背中を見る心なのか、心持ちうつむいてゐる。ゆゑにそのガラス(だかアクリルだか)の目は今回よく見えない。
決戦が決まつて、しかし、このままぢやうまくいかないぞ。
そんなことを考へてゐるやうに見える。
苦肉の計を実行しなければ。ここはひとつ自分の出番だぞ。
とかね。

ケース後方、諸葛瑾の右斜め後ろには、呉国太と喬国老とが立つてゐる。
前回の展示でもこのふたりは並んで立つてゐた。このときは、喬国老が左で呉国太が右で、ふたりとも右側を向いて二喬を見つめてゐた。
今回は、立ち位置が逆で、見てゐる方向も左側である。
前回はまるで夫婦のやうに見えたけれど、今回は夫婦らしさは感じられない。
おそらく、孫権を見て「立派になつたのう」とか思つてゐるのではあるまいか。あ、それはこちらの願望か。なにしろ、今回の孫権はそれくらゐいいのだ。
もしかするとふたりの視線は周瑜夫妻に向いてゐるのかもしれない。
また行く機会があつたら確認しやう。

喬国老の右隣、ケース後方右端には程普がゐる。
これはもうね、絶対孫権を見て「立派におなりあそばして」と思つてゐるに違ひないよ。
といふか、さう思つてゐてほしい。
さう思ふ一方で、来る大決戦に思ひを馳せてゐる。
今回はそんな風に程普のことを見た。

以下、つづく。

「荊州の人々」についてはこちら
「玄徳の周辺」についてはこちら

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Thursday, 11 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 玄徳の周辺

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は、「玄徳の周辺」と題されたケースについて書く。

紳々竜々から歓待を受けて、「荊州の人々」のケースの次にあるのが「玄徳の周辺」のケースである。
ほかのケースより若干照明が暗い感じがする。
ケースには、左手入口に近い方から淑玲、美芳、赤兎馬上の関羽と勝平、白竜上の玄徳、趙雲、馬良、馬上の張飛、伊籍の順で並んでゐる。
出陣する玄徳、関羽、張飛、趙雲と見送る人々、といつた感じだらうか。

淑玲は、関羽のそばにゐて、関羽と勝平とを見てゐるのか、とも思へるが、どうもその視線の先にゐるのは玄徳のやうな気がする。
近寄つて武運を祈りたいけれど、それよりも別れを惜しみたいけれど、そばには趙雲もついてゐるし、なにより馬良が重要さうな話をしてゐるし、わたしは遠くから見守つてゐます、といつた感じだらうか。
或は、玄徳の妻となつた身としては、出陣する人々全員、つまり、この場にゐない一兵卒に至るまでを見送る心なのかも……とも思へるが、まあ、そんな印象は受けない。
関羽と勝平と越しに玄徳を見送つてゐる。
そんな淑玲である。
なので可愛い。

美芳は、ケース手前にゐる。
右斜め後方を見て、勝平に向かつて腕をのばしてゐる。
のばした腕に巻き上げた袖がいい。日本舞踊なんかだとかういふ袖の使ひ方、するよね。
美芳については、「張飛は送らなくていいのか」といふ気はあまりしない。勝平のこと、気にかけてたもんね。
上にも書いたとほり、このケースはほかのケースにくらべてわづかながら照明が暗い感じがするのだが、美芳が手前にゐることでなんとなく明るい感じがする。
貴重な存在である。

美芳の右後方に、赤兎馬に乗つた関羽と勝平とがゐる。
関羽がねえ、いいんだよねえ、今回。
いや、今回も、か。
赤兎に乗つて、左手には青竜偃月刀、右手には勝平を抱へた姿は、動きがあつて実にいい。
関羽は、勝平が美芳の方に乗り出してゐるのを落ちないやうに支へてゐる。そのため、支へる方の右肩がちよつと上がつてゐるのが、まづいい。
その肩越しに、勝平を見つめるところがさらにいい。
手綱は左手の方にあつてよく見えないのだが、もしかしたら持つてはゐないのかも? それはないか。
しかし、そんな関羽にこたへるやうに赤兎もおとなしく立つてゐる感じがして、これまたよい。
関羽の衣装の裾が赤兎の尻に向かつてきれいに広がつてゐて、松の絵のところどころに鶴が飛んでゐるのを見ることができる。
人形劇のときとおなじ衣装だと思ふのだが、TVで見てゐたときには鶴には気づかなかつたなあ。
平家物語でもさうだけれども、モニタで動いてゐる人形を見ると、衣装の細かいところまで見えなかつたりするものらしい。
単にやつがれが粗忽なだけか。

勝平は、美芳の方に手を差し出して乗り出すやうにしてゐる。
落ちるから、そんなことしたら。
さうも思ふが、関羽さんと一緒だから安心してゐるのだらう。
これが出陣の場面だとしたら、勝平をつれて行くのも妙な話である。
お父さんを探すためとはいへ、こんな風にこどもをつれていくことはまづないだらうからだ。
でもまあ、野暮は云ふまい。
なにしろこの美芳・勝平・関羽・赤兎の構図はとてもおもしろいからね。

それにしても、人形劇の関羽には妻がゐるわけでもないし(貂蝉とのそこはかとない love affair はあつたものの)、当然こどももゐるわけでもないのに、なにゆゑ斯様にこどもの扱ひがうまいのか。
謎である。
張飛をなだめたりすかしたりするうちにこどもの扱ひを身につけたのか。
勝平に対する感じからだと、相手をこども扱ひしないところに関羽の妙技(?)が光つてゐたやうにも思ふ。

その先にゐるのが白竜に乗つた玄徳である。
こちらはちやんと手綱を持つてゐる。
右前方にゐる馬良の話を聞いてゐる感じだ。
このちよつとうつむいたやうな表情がまたいい男でね。
人形劇のときも時折「ああ、やつぱり玄徳はいい男なのだなあ」と思ふことがあつたが、飯田で会ふ玄徳は例外なく二枚目である。不思議だなあ。
しかも、ものすごく真摯に馬良の云ふことを聞いてゐる表情に見えるんだよね。
玄徳の衣装も裾がきれいに広がつてゐる。よく見えて楽しい。

白竜は、横から見るとこちらを向いてゐる右の目の玉が左に寄つてゐる。
さうするとどうやら左側の目は右を向くのらしい。
横から見てゐるうちはどうといふことはないが、正面から見ると目がロンパリになつてゐてなんとなく妙な感じがする。
白馬で目が大きく、目の玉が青いからよけいに目立つのだらう。

白竜の脇には趙雲が立つてゐる。
手にした槍からはよく手入れされてゐることがわかる。穂先は鋭くぴかぴかで、柄も磨き込まれ、石突もきちんとついてゐる。
紳々の持つてゐる槍とは大違ひだ。
顔は馬良に向けてゐて、ケースの正面から見るとちよつと横を向いた顔を見ることになる。
ちよつと横を向いたときの趙雲は、どちらかといふとおとなしい感じに見える。玄徳さまのおそばに控へる粛然としたやうすにも見える。
その顔を正面から見ると、どこかきかん気の強い男の子のやうに見えるのがまたおもしろい。
趙雲は徒歩なのだらうか、と思つてしまふが、このあといづれどこかで馬に乗るのだらう。

馬良は、玄徳を見上げて立つてゐる。ケース正面から見ると横向きに見える。
玄徳の表情は、馬良の目線から「こんな感じなのか」と見ることはできるが、馬良の表情を玄徳の目線から見ることはできない。まあ、あたりまへだけれども。
玄徳の神妙なやうすからするとなにか重要なことを伝へてゐるやうにも見えるし、玄徳のことだからたいした内容でなくても真面目に聞いてゐるのではないかとも思へる。
たいした内容ではないことつて、たとへば「ご武運を」みたやうなことだけれども。
馬良のやうすからいふと、なにかしら大切なことを話してゐるのではないかな、といふ気がする。「ご武運を」も大切なことといへば、まあさうか。
人形劇では、馬良は馬家の長男といふことになつてゐて、今回説明でもさう云つてゐた。
うーん、馬良は四男坊なんぢやないかなあ。
馬家の五常といふことは、上から伯常・仲常・叔常・季常・幼常なのではないかと思ふのだ。
まあ、わかんないけどさ。

その右やや後方にゐるのが馬上の張飛である。
こちらも手綱を握つてゐる。
張飛は右前方にゐる伊籍の話を聞いてゐる態だ。
それゆゑにうつむいてゐて、妙に神妙に見える。
まるで伊籍とは今生の別れ、とでもいふかのやうな意気消沈としたやうすにも見受けられる。
前回の展示のときも、張飛はちよつとうつむきがちで、その目も下を向いてゐて、なんとなく叱られてゐるこどものやうな趣があつた。
今回もなぜかそんな感じがする。
斯様に別れを惜しむほど伊籍と仲がよかつたらうか、とか、いろいろ考へてしまふが、伊籍がなにかよいことを云つてくれてゐるのかもしれない。
そんな気もする。
張飛の衣装も馬の尻にむかつてきれいに広がつてゐる。張飛なので、ちよつとめくれてゐてもいいやうな気がしないでもないが、これまたよく見ることができてうれしい。

このケースの一番右端にゐるのは伊籍である。
左後方の張飛を見上げてなにかしら伝へてゐる感じである。
伊籍は、以前の展示では「荊州の人々」のところにゐた。
このときはちよつと歯を見せてこちらを威嚇するやうな表情に見えた。
伊籍が? うむ。伊籍が。
今回は横からしか見ることはできないけれど、伊籍の表情はしごく穏やかに見える。出陣前の緊張感はあるものの、張飛のやうすからいつても何かしら心に訴へるやうなことを云つてゐるのではあるまいか。そんな気がする。
心に訴へかけるやうなことでないと、張飛は聞くまいしね。

全体としては、玄徳を中心に非常にバランスがよいケースだ。統一感もあるしね。
次のケースは、個々の人形はバラバラながらもバランスがとれてゐるといふ不思議なケースである。
以下、つづく。

「荊州の人々」についてはこちら

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Wednesday, 10 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 荊州の人々

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
見てきた展示について書く。

今回は70体を超える人形が展示されてゐる。うち、およそ7分の4が三国志、7分の2が平家物語、7分の1が人形アニメーション「蓮如とその母」である。

展示室への入口を入ると、向かつて右手のケースには紳々竜々がゐる。
左側に曹操軍の兵士の出で立ちの紳々、右側に平民の衣装の竜々が立つてゐる。
今回の三国志の主題は「赤壁」である。
紳々と竜々とが曹操軍に入つたのは、もつと前の話である。
しかし、この場の雰囲気は、先に曹操軍に入つた紳々が竜々を誘つてゐるやうに見える。
紳々は槍を抱へてゐる。鎧や剣もふくめて、見るからに「お仕着せ」の衣装といつた感じだ。槍などは穂先がところどころ欠けてゐて、柄もそんな感じ、石突もないときてゐる。この後出てくる武将の得物と比べるとおもしろい。
竜々は、紳々に肩をたたかれて、「それぢやオレも」と考へてゐるやうに見える。
さう思つてみるから、といふのも、もちろんある。

向かつて左手のケースには「荊州の人々」といふ題名がついてゐて、入口に近い方から、劉表、蔡夫人、劉琮、劉琦、玉桃の順で並んでゐる。

劉表をこんなに間近で見るのははじめてかもしれない。
もしかしたら最初の人形展のときに見てゐるかもしれないけれども記憶にない。
立つて、やや展示室内部の方を見てゐる。
着付けが若干ゆつたりめに見えるのは、恰幅のよさを表現してゐるのか、はたまたチト老齢であることを示してゐるのか。
衣装の龍の模様がよく見えるのが今回うれしい点だ。
前垂の部分に上下にふたつ丸があつて、それぞれ龍が描かれてゐる。刺繍かなあ。
どちらの龍も三本指で、といふことは雌だらう。
この春、栄西と建仁寺展でたまたま話をした人から、「龍は五本指が雄で三本指が雌」といふ話を聞いた。
五本指の龍を描くのはめづらしいのださうである。実際、海北友松の襖絵の龍も三本指だ。
前回の展示のとき、曹操の衣装に描かれてゐた龍は五本指だつたんだよね。めづらしいのかも。
劉表と劉璋とをならんだところを見てみたいなあ、などと思ふたりした。

蔡夫人は劉琮を守るやうにやや後ろに立つてゐる。
蔡夫人はわづかに左、劉琮はわづかに右を見てゐる。
ふたりして左右に目を配つてゐるやうにも見えるし、互ひにまつたく関係のないことを考へてゐるやうにも見える。蔡夫人は劉琮に劉表のあとを継がせやうと謀つてゐるけれど、劉琮にはまつたくその気はない、とかね。
以前の展示のときも、ふたりの位置関係はこんな感じで、でもおなじ方向を見てゐたやうに記憶する。
ちよつと視線の向きを変へるだけで趣がずいぶんと変はるなあ。
見る角度によつては劉琮は賢さうに見えることもあつて、(人形劇では)早々と死んでしまつたのが惜しまれる。

劉琦は、片手を掲げて展示室奥の方を見てゐる。
左側から見るとこれがなかなか勇ましい感じがする。
劉琦さまなのに。
劉琦さまといへば、やつがれの中では「人形劇三国志一シケ(ほつれ毛)の似合ふ男」であり、憂愁の貴公子である。
福助時代の中村梅玉のイメージなんだよなあ。今でもいいか、高砂屋さん。
なのに勇ましい。
衣装がまた華やかだしね。大輪の菊の花の描かれた衣装は、やさしくもあるが、ぱつと華やかな感じがする。
人形劇でも、出陣するところなんかは勇ましかつたりもしたけれど、印象に薄い。
それが、今回なんだか元気ぢやあないか、と思つて正面や右側から見ると、やつぱり安定の憂愁の貴公子つぷりで、なぜかちよつと安心する。
ところでここまで劉表の家族はみなくつに緑が使はれてゐる。劉表自身のくつは青のグラデーションになつてゐるけれど、中央の濃い青の色が若干緑がかつて見える気がする。お揃ひなのだらうか。

ケースの一番奥には、玉桃がゐる。
玉桃は「人形劇三国志」では、劉表の姪といふことになつてゐて、玄徳の婚約者にどうか、と云はれた娘である。
入口から入つてきて目に入るのは、ちよつと顎を出してうつむいた姿で、控へ目にしてゐるやうに見えないこともないものの、なんだか老けて見える。
正面にまはつて見ると、老けては見えないので、見る位置の問題かな。
玉桃のくつは赤い。姪だけど、家族とは見なされてゐないのかも、といふのはちよつといぢわるなものの見方かな。
それにしても、劉表亡き後、お家騒動があつたり曹操軍が攻めてきたりして、玉桃はどうなつてしまつたのだらう。
一話かぎりの登場ではあつたし、かませ馬的な可哀想な人物ではあつたものの、玉桃のその後が気になるよ。

以下、つづく。

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Tuesday, 09 December 2014

モチーフ増産月間 進行中

モチーフ増産作戦は遅々として進行中である。
つて、毎回書いてるね。
最近のお気に入りは Nina Libin のデザインしたモチーフで、もつぱらそればかり作つてゐる。ビーズの入らないモチーフね。
うーん、ビーズを入れてみてもおもしろいかなあ。ちやんと貼りつけられないか知らん。

昨日もひとつできあがつた。
これで……えー、数へてないや、何枚できたか。
こんな調子では年賀状はいつまでたつても書けない。
そもそも年賀はがきをまだ買つてゐない。
最近では帰るときに最寄り駅で売られてゐたりするので、なんとなく気がゆるみがちである。
以前はねえ、よく売り切れたものねえ。とくにインクジェット専用用紙のものとか。
最近では年が明けてもあまつてゐるやうなので、これまた procrastination に歯止めがかからない要因のひとつになつてゐる。
まあ、いひわけだけれども。

モチーフを増産する所以は、年賀状に貼りつけるためである。
ほんたうは、一年間に作りためたものを貼りつければいいのだが、どうも今年はあまりモチーフを作らなかつたやうだ。
そりやさうか。The Twirly だとか Masquerade だとかを作つてはつなげてゐるんだから、モチーフは作つてもモチーフ単体はほとんどない。あるとしたら、つないでいくうちに失敗したものだけだ。

そもそも、モチーフ作りはそんなに好きでもないしね、といふことは以前も書いた。
なぜといつて、使ひみちを考へつかないからだ。
来年のほぼ日手帳はナイロンのカヴァにした。つまり透明のカヴァ・オン・カヴァがついてるゐるので、カヴァとカヴァ・オン・カヴァとのあひだにモチーフをはさむといふ手が使へないこともない。
ただ、今回のカヴァは「MOTHER2」のオネットの絵柄なんだよなあ。あまりモチーフで隠したりしたくはない。

さうしたら、モチーフなんて何に使ふよ。
ネックレス用の鎖を通してペンダントトップにするか。
或は金具につけてイヤリングやピアスにするか。
さうした使ひ方もあるだらうが、あまり好みにはあはない。

それで「年賀状に貼りつければいいんぢやない?」と思つたのがはじめだつたんだよなあ。
そのときはそんなに作りためなくてもモチーフがある年だつたのだ。多分。

ところで、前回も書いたやうに、家で作るものと出先で作るものとでは道具を使ひわけてゐる。
いまは家では Aerlit、出先では GR-8 を使つてゐる。
ほんたうはおなじものにした方が手の加減とかが変はらなくていいのだが、でもどちらも使ひたいんだもん。

実はクロバーのタティングシャトルも使ひたい。
あれはいいシャトルだ。
なにしろ、タティングレースはあのシャトルではじめたのだ。
「もうタッチングレース(当時はさう呼ばれてゐた)なんてできるやうにならないかも」といふ暗黒の時代を、このシャトルと一緒に過ごした。

今回も、最初のモチーフと次のモチーフくらゐはクロバーのシャトルで作つた。
つづけて使つてゐないのは、糸を巻き取つたり巻き付けたりするのが面倒だからである。

ボビンのシャトルになれてしまふと、そこのところが一番ネックになるんだよなあ。
ボビンだつたら、糸端を持つてボビンを下に落とせば糸がほどけるもんね。
糸を巻くのだつてボビンだつたらかんたんだ。

一応、クロバーなどのシャトル用に糸巻き補助具のやうなものをふたつほど持つてゐたりはするけれど、糸を巻き付けるのには便利でも、糸をほどくのにはそれほど便利とは思はない。もしかしたら、なにか便利な使ひ方があるのかなあ。やつがれにわからないだけで。

そんなわけで、「だつたらクロバーのシャトルを買はうかなあ」と思つてしまふのがいけないところである。
ここのところ、行動半径内にクロバーのシャトルを扱つてゐる店がないので、そこに至らずには済んでゐるけれどもね。

それにしても、なんでシャトルつてこんなに増えるんだらう。
糸の太さによつて変へる必要はほぼないし、一度に使ふのはせいぜい二個、使つても四個くらゐが関の山だといふのにね。

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Monday, 08 December 2014

Brioche Stitch のネックウォーマを使ふ

先週 Brioche Stitch のネックウォーマを装着してみた。
突然冷えてきたからである。

Brioche Stitch Cowl

結論からいふと、ちよつと分厚すぎる。
かなりの寒冷地仕様だ。
極太の毛糸を Brioche Stitch にしてゐるんだから、当然か。
Brioche Stitch、すなはち、まあ、イギリスゴム編みといつてもいいかと思ふ。

はじめてイギリスゴム編みに出会つたのは、高校生くらゐのころだつたやうに思ふ。
レッグウォーマをイギリスゴム編みで編む、といふ作品だつた。
レッグウォーマには愛がない。
これまでにレッグウォーマを編んだことは一度しかない。
なぜ愛がないかといふと、冷えるのは足先だのにその足先をあたためやうといふ気がレッグウォーマにはまるでないからだ。
去年思ひたつて一足だけ編んでみた。
理由は、ひとつにはパピーのブリティッシュエロイカがちやうど四玉くらゐあまつてゐたこと、もうひとつには果たしてレッグウォーマといふのはほんたうにあたたかいのか確認したかつたこと、のふたつかな。

その前に、フィギュアスケートの選手は練習中どのやうにして体温の低下を防いでゐるか、といふ記事を読んでゐた。
手首や足首をあたためる、といふ内容だつた。
云はれてみれば、練習中のフィギュアスケートの選手つてかなり薄着な気がするけど、手首と足首とはあたためてゐるやうな印象がある。
だつたら足をあたためるにはレッグウォーマだらう。
さう思つた。

ブリティッシュエロイカで、縄編みの入つてゐるレッグウォーマを編んでみた。
これがかなりの難産だつた。
特に最初の片方がなかなか編めなくてね。
どうやら気分が落ち込み気味のころだつたのらしい。編み気が落ち込んでゐたんだらう。もう片方は比較的すんなり編めた。
編んで使つてみてどうだつたかといふと、うーん、「ないよりまし?」といつた感じだつた。
やはり冷えるのは足先なんだよなあ。つま先といふか。
やつがれに必要なのはレッグウォーマではなくて、室内履のやうなものなのかもしれない。
そのときにさう思つた。

イギリスゴム編みの話からはなれてしまつたな。
レッグウォーマに興味はないが、イギリスゴム編みには興味があつた。
それで、高校生のそのときに、編み方だけ練習してみたんだね、余り毛糸か何かで。
編んでみて、進まないのなんのつて。
編まない糸を針にかけるとはいつても、引き上げ編みのやうなものだ。
そらー長さは稼げないわな。
編み地は厚くふかふかにはなるけれど、この進まなさは如何せん。
それで、イギリスゴム編みもその後やつたことはなかつた。

イギリスゴム編みをする気になつたのは、以前より速く編めるやうになつたからだらう。
また、レッグウォーマのやうに長さの必要なものではなく、帽子とかネックウォーマとかそんなに長くも深くもないものを編むやうになつたからかもしれない。
イギリスゴム編みの帽子、いいよね。二色で編んで折り返してかぶるやうなのを編んでみたいなあとつねづね思つてゐる。

今回編んだネックウォーマも、折り返して使ふことを考へて編んだ。
折り返すと、かなり首に密着する。
極太の糸を二重に使つてゐて、しかも弾力のある糸なもんだから、ふかふかだ。折り返して使ふと、風を通さない。
あたたかい。
非常にあたたかい。
しかし、このあたたかさが、東京近郊に住まひする人間に必要だらうか。
それは疑問である。
とくに電車に乗るといけない。
電車の中は暑いからなあ。
まあ、即取ればいいわけではあるけれども。

ところで、先日テレビで「冷えのぼせの人はタートルネックなどを着てはならない」といふ話を聞いた。
どうも、タートルネックのセーターなどを着ると、襟元から熱が逃げないので、頭に熱がのぼるのだ、といふことらしい。
そのくせ、「冷えのぼせの人は首や肩を冷やしてはならない」といふではないか。
どうしろつていふんだよ。なあ。

のどといふか気管支といふかがそれほど強くないので、寒くなつてくると襟の高い服を着ることが多いのだが、それがいけないのかなあ。
肝要なのは足を暖めることらしいんだけどね。

さうすると、このイギリスゴム編みのネックウォーマなんか、まさに身につけてはいけないものになつてしまふんだが、さて。

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Friday, 05 December 2014

さまよへる和漢蘭人

このBlogの題名は、「さまよへるオランダ人」のもぢりである。
いふまでもないか。
「和漢蘭」といふのは、柴田錬三郎の「眠狂四郎」シリーズで見かけたのをそのままもらつてきた。
「眠狂四郎」シリーズに立川談亭といふ講談師が出てくる。この談亭が、ものをたづねられて「和漢蘭ことはなんにもない」と大見得を切る場面がある。
それをいただいたといふわけだ。
談亭のセリフの意味は、日本のことももろこしのことも、そしてオランダすなはち西洋のこともといふことだ。すなはち、なんでも知つてゐる、知らないことはなんにもない、といふ意味である。
随分と大きくでたものだ。

談亭のセリフからもらつてきたからといつて、やつがれはなんでも知つてゐる、といふわけではない。
「さまよへる」といふことばと結びつけることで、寄る辺のなさをあらはしてみたつもりである。
和漢蘭人とは、住むべき国を持たない人間だと思ふからだ。
和人でもない。
漢人でもない。
蘭人でもない。
敢へていへば、地球が栖といへるだらうが、そんな人間は依るべき国を持たない人だらう。
実際は、遠海漁業に従事してゐる人や、潜水艦の乗組員、宇宙飛行士といつた人々はそんな感じなのかもしれないけれどね。

依るべきところが曖昧といふのは、常に境界に住んでゐたからかもしれない。
こどものころから市と市との境や区と区との境、といふやうなところで暮らして来た。川の向かうは隣の国といふ時期もあつた。
境界で暮らしてゐると、かへつて自分の住むところへの意識が強くなる面もある。
一方で、ひよんなことで、境の向かうで暮らしてゐたかもしれない、と思ふこともある。

さういふ足元の定まらない不安定な名前、それがこのBlogの題名である。

もうひとつ、和漢蘭とつけたのは、「なんでも取り扱ひますよ」といふ気持ちからだつた。
談亭は、「ありとあらゆること」といふ意味で「和漢蘭」と云つた。
実際は、取り扱ふ内容をしぼりつつあるけれど、たまには初心に返つてみやうかと思つたりもするのだつた。

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Thursday, 04 December 2014

川本喜八郎人形ギャラリー 木曽挙兵

渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーの入り口を入つて左に折れて真正面にあるケースには、「木曽挙兵」といふ題名がついてゐる。

ケースの向かつて左端にゐるのは、赤子を背負つた斎藤実盛である。
若い。
こどもを背負つてゐるので、腰が曲がつてゐるし、そんなに若々しくは見えないかもしれないが、しかし、若い。
斎藤実盛といふと、なんとなく「お爺さん」といふ印象がある。
保元の乱とか平治の乱のときは若かつたんだらうけれど、はじめて知つた逸話が、「老人とあなどられないやう髪の毛や髭を黒く染めて戦つてゐた」といふ話だからなあ。当然眉も染めてゐたのだらう。或は眉は白いままだつたのかなあ、「白眉」とか云ふて。それぢやあ三国志か。
もとい。
説明には、実盛は三歳の駒王丸の命を助けた、といふ旨のことが書かれてゐる。
すると、背中に負つてゐる赤子は誰であらうか。三歳にしては幼すぎる感じがする。
こどもをおんぶしてゐる関係だらう、自分とこどもの上から女物の小袖かなにかを羽織つてゐる。
この衣装の色がふんはりとやはらかい色なのが、余計に実盛の困惑した表情を引きたててゐる気がする。
なんで困つたやうに見えるのかなあ。見るこちらがさう思つて見るからか。
それと、この衣装、ちよつといいものなんだよね。こどもは高貴の家のものだらうといふ想像が働く。
義仲がどれくらゐいい環境で生まれてきたのかはチト謎ではあるけれどもね。義朝が東に下つた後嫡男になつた義賢は、結局廃嫡されてるし。

その右側手前には駒王丸と駒王丸のしとめただらう狼がゐる。
駒王丸は片足を前に出して体重をかけ、もう片足は後ろに長くのばしてゐる形。狼のやうすを窺ふやうにしてゐる。
この駒王丸が凛々しいんだなー。
考へてみたら、この駒王丸の子が表のケースにゐる義高だ。父子して凛々しい。
身につけてゐるものは麻か綿か、いづれにしても質素なもので、身軽な感じがするし、青系なのでさはやかさもある。

その駒王丸がしとめただらう狼は、見るからに「これ、羊の毛だよね」といふ素材でできてゐる。
赤い舌を出して、苦しさうではあるものの、なんとなく可愛い。
羊の皮ならぬ羊の毛をかぶつた狼だからか。

その駒王丸と狼とを見守るやうにして立つてゐるのが、中原兼遠だ。
人形劇で見たときはもうちよつとやさしさうだつたやうな気がするが、わりと「食へない親父」といつたやうすで立つてゐる。
目が細いからさういう感じがするのかな。
状況からいつて、駒王丸を見守つてゐることは確かなので、さう思つてみるとまた印象は変はるのかもしれない。
茶色系のこれまた簡素な衣装で、鄙の人らしい感じがする。

その右側手前には、根井幸親、楯親忠、樋口兼光、今井兼平の義仲の四天王が並んでゐる。
幸親は、髭面の年相応に落ち着いた感じの武将といつた趣だ。ちよつと年寄りだからさうなるか。
草摺が、焦茶色からだんだん薄くなつてゆくグラデーションになつてゐて、渋い。いい。昨日書いた和田義盛の海松茶とどちらがいいかといふくらゐ、いい。
カシラを含め人形としての作りがさうなんだらうけど、ちよつと重鎮めいたところもある。

それで、隣にゐる親忠がより若くて張り切つてゐるやうに見えるのだらう。
表情にもどこかしら生意気盛りといつたやうすが見える。
兼平もちよつと似た感じだが、兼平の場合は「生意気」といふやうには見えない。
親忠は若さゆゑの血気盛ん、兼平はもうさういふ性格、といつた感じかな。
衣装が青いのも、若さを強調してゐるやうに思ふ。
ところで親忠は幸親のこどもである。
この時代の人つて、親子とか兄弟とかで名字が違ふのがまたややこしいんだよね。大庭景親と俣野五郎とか、ここでも中原兼遠、樋口兼光、今井兼平とか。

その樋口兼光は、四人の中では一番落ち着いた感じに見える。
幸親のところでも「落ち着いた」と書いたけれど、それは年相応の落ち着きで、樋口二郎はちよつと賢さうに見える。
芝居ものにとつて樋口二郎といふと、「ひらかな盛衰記」の「逆櫨」だ。見るより先に樋口二郎を知つてゐたので、「なぜ樋口二郎が舟に乗つてゐる?」と驚いたものだつたけれども、いまではまつたく違和感がない。
さういふ目から見ると、渋谷の樋口兼光はとても落ち着いたやうすに見えるんだなあ。なにしろ、「逆櫨」の樋口は最後髪の毛を捌いて顔に血糊をつけて大立ち回りを演じるからね。
草摺は赤茶、とでもいふのかなあ。梶原景時のときも「明るい茶色」と書いたけれど、平三の方は赤茶で、樋口は漆器の朱をちよつと暗くしたやうな色に見える。
以前もちらつと書いたとほり、今回茶色系の衣装の人形が多くて楽しい。茶色にもいろいろあるんだなあとつくづく思ふ。
朱漆のやうな色の鎧が、ほんのちよつぴり色気を醸し出してゐるやうな着もする。

兼平は、草摺などが革である。
今まで見て来た中で、そんな鎧を着てゐる人は見たことがない。
木曽の山中でしとめた獲物から作つたんだらうか。
そんな想像をしてしまふ。
親忠のところでちらつと書いたけれど、兼平はきかん気の強さうな表情をしてゐる。
兄(樋口)が落ち着いてゐると、弟はやんちやになるのかもしれない。
いや、人形劇の樋口が落ち着いてゐたかどうかはよくわからないのだが。
革の鎧といふのも暴れん坊つぽさを強調するのかもしれないな。紐で作るより強さうだもの。

四天王の背後には、両手に花の義仲がゐる。
向かつて左側に巴、右側に葵、ともに馬上で長刀をかまへてゐる。
いやー、「愛・平家物語」ではありませんか。
などと云ひつつ、葵が義仲を独占しやうとして、巴とその子とに義仲を会はせないやうにする下りでは、「はいはい、わかつたから物語を進めやうぜ」と思つてしまつたやつがれである。
なんか、あんまし、さういふのに興味がないのだ。
巴は、白い馬に乗つてゐる。
飯田にゐる巴よりもカシラはおとなしげな気がする。
鉢巻(なのかな)はきんきらきんだ。
射籠手などに巴紋があしらはれてゐて、いろいろ細かい。
草摺は赤系で、微妙にグラデーションになつてゐる感じかな。
赤は強い色ではあるが、巴の印象は、ふんはりとやさしげな感じである。
「巴御前」といふと、いさましい女武者と思つてゐたが、だいぶ考へが変はつた。

葵は鹿毛の馬に乗つてゐて、右側を睨んでゐる。
その先に山吹がゐるのか、それがわかつてゐたら射られたりはしないので、単に何か気配を感じてゐるのか。そんな感じだ。
葵もまた、射籠手などに葵の文様があしらはれてゐる。
草摺は白が基調で真ん中に三角形に色が配置されてゐる感じ、とでもいはうか。黄色や赤、明るいお納戸色が使はれてゐる。
白い鉢巻にいろいろと装飾されてゐる。
目の動く人形といふこともあるが、その表情はきつい。見るからに気が強さう。

そんな巴と葵とのあひだに、義仲がゐる。
黒い馬に乗つてゐて、馬はわづかに前脚をあげた感じで、義仲はそれを制してゐるといつた趣だ。
右の方を睨むやうにしてゐて、頼朝のところにも書いたやうに、頼朝を見据ゑてゐる心なのだらう。
義仲は、野生児が成長するとかうなります、といつた感じである。
草摺は緑色のグラデーションで、これが実にいい緑なのだ。緑にもいろいろあるけれど、草を思はせるやうな色の濃い薄いなところがどこかさはやかである。
衣装はすこし明るい感じの紺地に金色で模様が入つてゐて、射籠手には赤が配されてゐたりする。
下手をすると色気違ひのやうになるところなんだが、きれいにきまつてゐるんだよなあ。
頼朝はつめたい感じがするけれど、義仲は熱血漢。
そんな風に見える。

葵の右側には、山吹がゐる。
ひざをついて弓を引き絞り、今にも矢を放たんとしてゐる。
衣装は質素に綿素材だらう、色は赤の強い明るい小豆色といつたところか。髪は垂らして後ろで束ねてゐる。
火曜日まで飯田にゐた山吹は憎悪の表情でとても怖かつた。
渋谷の山吹からはさういふ印象は受けない。
説明によると山吹は葵付きだつたが、ひよんなことから義仲の目にとまり、それを妬んだ葵によつて雑兵に落とされてしまふのらしい。
今まさに恨みを晴らさうといふ瞬間に、恨みはわすれてゐるのかもしれない。

ケースとケースとのあはせ目部分には、「平家物語」の垂れ幕を背負つて覚明が立つてゐる。
手には巻物を持つて、ぐつと手前に差し出してゐる。
覚明も火曜日まで飯田にゐた。
飯田の覚明は、これも食へない親父といふか、胸に一物ありさうな感じの坊主だつた。
渋谷の覚明は、非常に neutral な表情をしてゐる。
巻物をつきだすやうにしてはゐるものの、その表情は穏やかで、心もおそらく鏡面のやうな水の如しといつた感じなのではあるまいか。
「飯田の」とか「渋谷の」とか書いてはゐるけれど、おなじ渋谷に飾られてゐても、前回と今回とではまた違つた趣なのがおもしろいんだよね。それで行くのをやめられない、といふ話もある。
覚明は義仲の参謀的存在だ。飯田で見たときは、陰謀家かなといふ気がしたが、渋谷の覚明はまちつとおとなしい感じだ。
垂れ幕を背負つてゐるから、さう見えるといふこともあるのかもしれない。


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Wednesday, 03 December 2014

川本喜八郎人形ギャラリー 頼朝蜂起

渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーの入り口を入つて左に折れて右側にあるケースのうち、手前側の「令旨発す」についてはすでに書いた。
今回はおなじケースの奥にある「頼朝蜂起」について書く。

ケース手前には入り口に近い方から、土肥実平、和田義盛、梶原景時が並んでゐる。

土肥実平は、見るからに実直さうなカシラで、鎧の草摺は左側が朱色といふか赤茶色といふかそんなやうな色で、右側は草色とでもいひたいやうな緑色である。
ここのところ、ジョニー大倉、菅原文太と、中村吉右衛門の「武蔵坊弁慶」を思ひ出す人々の訃報に接した。
ジョニー大倉は伊勢三郎、菅原文太は源頼朝だつた。
それは覚えてゐるけれど、土肥実平はいつたい誰だつたらうか。
記憶にないなあ、と思つてwebで検索したら、金内吉男だつたのらしい。
なぜ覚えてないかなあ。
和田義盛や梶原景時はもう少し後に滅ぼされてしまふが、実平の家系は残つたといふことだ。
この実平を見ると、「いい人だつたから?」とも思ふが、取り入るのがうまかつたのかもしれないし、危険人物と見なされてゐなかつたのかもしれない。

和田義盛は、「近江源氏先陣館」は「盛綱陣屋」に出てくる人物といふ認識である。
歌舞伎座こけら落としでは、片岡仁左衛門の盛綱に中村吉右衛門の和田兵衛で、これが実によくてねえ。
以前、播磨屋の盛綱で見た中村富十郎の和田兵衛もよかつた。
さういふ印象を持つてゐる。
説明には「愚直」と書かれてゐる義盛のカシラはやはりそんな感じで、強さうであり、頑固さうな感じもある。
鎧は、これは、海松茶、といふのかなあ。
茶色がかつた濃い深緑で、とても好きな色である。こんな色のインキを萬年筆に入れたいなあと思つてゐる。
和田義盛は、三浦一族の頭領と見られてゐた節もあり(義村をさしおいて、ね)、一大勢力と思はれてゐたんだらうな。
誰につて、この場合は北条氏だらうか。

実平、義盛と正面を切つて立つてゐるのに、梶原景時はちよいと斜を見て立つてゐる。
わづかにうつむき顎に手をやつて、右側を見据ゑてゐる感じだ。
見るからに悪さうである。
さう思つて見るからかもしれないが。
草摺は明るい茶色で、その下に着てゐる衣装は黒地に細い赤で模様が入つてゐる。
鎧はともかく、衣装の方はなんとなく「悪者」感をいやましにしてゐるやうに見える。
景時は昨日までは飯田市川本喜八郎人形美術館にもゐた。
こちらはそんなに悪さうに見えなかつたんだよなあ。
景時が悪者なのは、義経のことを讒言したからだらう。
或はインテリだつたから悪者にされたといふ可能性もある。
橋本治が「かぶきのようわからん」で「日本ではインテリは悪者にされる傾向にある」といふやうなことを書いてゐた。東映時代劇を例にとつて、「たとへば山形勲は悪者が多い」とか書いてあつたと思ふ。
飯田の景時もさうだつたが、渋谷の景時もちよつとカシラが大きいやうに見える。とくにほかの人形より大きい、といふわけではないとは思ふが、心持ちそんな風に見える。
どうやら渋谷の景時も拝領の頭巾を縫ひ縮める必要はなささうだ。

実平・義盛・景時の後ろには、馬上の頼朝がゐる。
馬の頭は右側で、頼朝はわづかに左側を振り返るやうにしてゐて、その目は左側を睨んでゐる。
義仲を睨む心か、と思ふ。
これが曹操によく似てゐるんだよねえ。
あ、「人形劇三国志」の曹操に、ね。
頼朝も昨日まで飯田にゐたが、どうやら次回の展示にもゐる予定なのらしい。見比べられるのがうれしいやね。
飯田の頼朝はもうちよつと穏やかな顔つきなんだな。
人形劇の曹操といへば、赤地に金色のきんきら派手な衣装である。
一方の頼朝は、黒地に白の衣装で、これが実にひきしまつた印象を与へてゐてよい。
ゆゑになんだかとつても悪さうでもある。
射籠手はちよつと派手で、そこもいい。
さういへばこのケースは男だらけだ。そこも曹操に通じるものがあるなぁ。

ケースの一番左端には文覚がゐる。
轟天だなあ、と見るたびに思ふ。
文覚も、昨日まで飯田にゐた。
飯田の文覚の方がもうちよつとワイルドな印象かなあ。衣装のよれ具合とかからさう思ふ。色は青錆色でおなじやうだとは思ふんだけれどもね。
または飯田の方が間近で見られたのでさう感じるのかもしれない。
角材のやうなものを手にしてゐて、これもまた衣装といふか文覚の小道具のひとつなのかな。

以下、つづく。

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Tuesday, 02 December 2014

忘れものをしたくない

タティングレースモチーフ三昧の日々はつづいてゐる。
つづいてゐるものの、成果はあまりあがつてゐない。
家で作るものと外で作るものとをわけてしまつたのがよくないのかもしれない。

家で作るものと外で作るものとをわけてしまつた理由は、帰宅後、かばんの中からタティングレース用具一式を取り出す手間をはぶくためであつた。

「そんなこと?」と思はれるかもしれないが、取り出すといふことは、漏れなくまた仕舞ふといふ作業がある、といふことである。
取り出したはいいけれど、そのままかばんに入れるのを忘れてしまつたらどうだらうか。
翌日の外出中はずつとなにもできないことになつてしまふ。

それを避けるために、かばんに入れたものは入れつぱなしにして、家では別のものを作るやうにしたのである。
別のもの、といふか、外で使ふのとは別のシャトルや糸を使つてモチーフを作ることにした。

NHK教育テレビに「0655」といふ番組がある。
この番組で「忘れもの撲滅委員会」といふ歌を流すことがある。
この歌を歌ふと、「携帯電話、財布、鍵、定期(券入れ)、手帳、名刺入れ、社員証」を忘れるのを防止できる。
重宝な歌だが、実際に歌ふことは滅多にない。
そんな余裕がないからだ。
この歌を歌ふのは、朝ではなくて夜が正しい。
そんな気もする。
どうせなら「2355」で流してくれたら、と思はないでもない。

やつがれの場合、この中では「名刺入れ」は持ち歩かないことにしてゐる。
常に職場においてゐて、必要なときだけ持ち歩く。
これで忘れものをふせいでゐるわけだ。
ほんたうは社員証も持ち歩きたくない。
持ち歩く必要がないからだ。
携帯電話は、「携帯」といふくらゐだから持ち歩いて使ふことが前提である。電話用途だけでなく、eメールやWebブラウズにも使へるから、外でも使ふ。
財布は、持ち歩かないでどうする、といつた持ちものだ。
鍵も同様。家の中に置きつぱなしにしても役に立たないものである。
定期券。家の中で使へるだらうか。使へるとしても、本来の用途では使へないと思ふ。
手帳は、ちよつと微妙だなあ。しかし、「手のひらサイズ」といふことは、携帯して使ふことを意図して作られたものといふことだ。だからこれも持ち歩く。
しかし、社員証は家に持ち帰つても使ふ用途がない。通勤途上でももちろんない。
職場でしか必要のないものである。
なぜこれを毎日家に持ち帰らなければならないのか、理解に苦しむ。

もとい。
つまり、忘れものを避けるには、できるだけ持つて歩くものを減らすことが肝要である。
さういふことだ。

さういへば、以前も書いたな。
手ぶらで出かけることにあこがれてゐる、と。
釣りヴェストでも着れば可能かなあ、と、思はないでもない。
釣りヴェストならファスナーのついてゐるポケットもあるから、財布や鍵を入れてもちよつとは安心だ。
さうか、釣りヴェストか……

釣りヴェストの場合でも、タティングレース用具は収納可能だらうか。
ものによるなあ。
いまはナスカがま口に全部入れてゐるので、釣りヴェストのポケットにも入るだらう。
考へてみれば、「タティングレース用具」に限ると、実にコンパクトに持ち歩けてゐると思ふ。
現在の持ちものでなにか足りなくなることがあるとすれば、それは糸だ。
でもボビンに糸を巻くタティングシャトルを使つてゐるので、予備のボビンに巻いておけば糸の不足もふせげる。
そして、ボビンといふのはそんなにかさばらないものだ。

完璧だな。
圧倒的ぢやないか、我が軍は。
そんな田中崇の声が聞こえてきさうである。

問題は、完璧なのはタティングレース用具だけである、といふことだ。
その他の荷物もあはせると、混沌としてしまふ。
わざと忘れものを増やさうとしてゐるのではあるまいか。
そんな気さへしてきてしまふ。

あとはかばんを変へない、といふ手があるが。
それができれば苦労はしないんだよなあ。

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Monday, 01 December 2014

2014年11月の読書メーター

2014年11月の読書メーター
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:2344ページ
ナイス数:10ナイス

Change by Design: How Design Thinking Transforms Organizations and Inspires InnovationChange by Design: How Design Thinking Transforms Organizations and Inspires Innovation感想
小耳にはさんだ「デザイン思考」なるものがなんだかアヤシい感じがしたので読んでみた。読んでみて、システム思考つて一つ要素を逃すと影響がデカくなり過ぎるけど、早め早めのプロトタイプを提唱するデザイン思考とあはせるといいのでは、と思ふたら、もうさう考へてゐる人がゐるんだな。人間つてそんなものか。
読了日:11月10日 著者:TimBrown
文楽のこころを語る文楽のこころを語る感想
読んでゐるとお浄瑠璃を聞きたくなつてくる。プレゼンテーションの極意に通じるところもあるのがおもしろい。結局は「エトス」だよね、といふかね。
読了日:11月11日 著者:竹本住大夫
日本人のための日本語文法入門 (講談社現代新書)日本人のための日本語文法入門 (講談社現代新書)感想
普段使つてゐる「主語」といふことばには「主語」といふ意味と「主格」といふ意味が混在してゐるといふ説明になんとなく納得する。さうするとドイツ語の平叙文の場合、先頭にくる単語(といふか)が主語なんだな、主格か目的格かに関はらず。さう考へるとなんだかすつきりする。日本で生まれて暮らさないと日本語を使ひこなせるやうにならないといふのは、裏返しもまた真なりつてことなんだらうな。「書ける」は「書かれる」が、「読める」は「読まれる」が短縮されたものだから、ら抜きことばも同類ほか、楽しい一冊だと思ふ。
読了日:11月13日 著者:原沢伊都夫
乱世から大帝国へ 春秋戦国―秦・漢 (中国人物伝 第I巻)乱世から大帝国へ 春秋戦国―秦・漢 (中国人物伝 第I巻)感想
もうちよつと新しい切り口とかがあるともつとおもしろいんだがなあ。と思ふたら、過去に書いたものを集めて加筆したりしたものなのか。これつて紀伝体を意識した本なのか知らん。だとしたら全巻通して読んだらおもしろいのかも。
読了日:11月17日 著者:井波律子
公武権力の変容と仏教界 (中世の人物 京・鎌倉の時代編 第三巻)公武権力の変容と仏教界 (中世の人物 京・鎌倉の時代編 第三巻)感想
名前だけは知つてゐるけれど、どんな事件だか何をした人だか知らないことが次々と出てきてそれだけでおもしろい。その分、仏教周辺のことは知らないことばかりなので、この本を読む前にもうちよつと初心者向けの本を読んでおけばよかつたなあ。おもしろいと思つたのは、北条義時、源実朝、三浦義村、大江広元、かな。
読了日:11月21日 著者:
ミンコット荘に死す (扶桑社ミステリー)ミンコット荘に死す (扶桑社ミステリー)感想
いろいろ考へるとなんだかとてもブラックなのに、あまりそんな雰囲気を感じることもなく読める。久しぶりにとても翻訳推理小説らしい文体の小説を読んだ気分。
読了日:11月25日 著者:レオ・ブルース
泣き虫弱虫諸葛孔明 第四部泣き虫弱虫諸葛孔明 第四部感想
宇宙はどうした、孔明! と云ひたいところだが、出てこないところで宇宙してゐるのだらう。多分。曹操が生きてゐるころの曹丕と曹植との仲の話とか、「そーだよねー」とうなづく部分もあるのが楽しい。
読了日:11月30日 著者:酒見賢一

読書メーター

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分厚くてまだ使へない

あひかはらず編んではゐないが、先週は cowls をふたつ仕上げた。

ひとつはリッチモアのコパンで編んだ Brioche Stitch の cowl、もうひとつはローワンのコクーンで編んだ Tuesday Night Cowl である。

どちらもかなり編み地が厚いので、まだ外で使つたことはない。もうちよつと寒くならないとなあ。

Brioche Stitch Cowl

Brioche Stitch といふか、イギリスゴム編みといふかでは、以前単色でネックウォーマを編んだ。
今回は二色。
毛糸だまを並べたときに、灰色と紫とがいい組み合はせに見えた。
でも実際に編んでみるとそれほどでもない。
毛糸だまで見たときと、編んでみたときとでは印象が変はるんだよね。
以前、かぼちや色とちよつと渋めの黄緑色の毛糸が並んでゐてとてもよかつたので、細い縞の模様で膝掛けを編んでみたことがある。
ダメだつた。
どちらもそんなに濃い色ではないので、すこしはなれて見たときに色がまざつてぼんやりと濁つた色に見えてしまふのだ。
それでも最後まで編んだけどね。
今年はまだ出してゐないけれど、いまでも使つてゐる。

かういふ色の組み合はせは、ドミノ編みがいいのかもしれない。
或は太い縞模様。
太い縞と細い縞でもいいかな。
編んでみないとわからないといふことか。
このネックウォーマには灰色も紫も一玉づつ使つた。
まだ一玉づつあまつてゐる。
なにがいいか、ちよつと考へてみるか。

編み地は、そんなにチクチクしない方だと思ふ。
敏感な人は敏感だからなあ。
「チクチクは一切ダメ!」といふ人以外はマフラーなどに使つても大丈夫なんぢやないかな。

Tuesday Knight Cowl

Tuesday Night Cowl は、在庫の中から Rowan の Cocoon が出てきたので、急遽編んでみることにした。
毛糸だまの数からみて、ネックウォーマあたりが無難である。
色からいつて、なんとなくナメック星人的なネックウォーマがいいんぢやないかといふ気がした。
ナメック星人といつても、ピッコロさんといふよりはネイルさんである。
ピッコロさんも確かに首回りに白くてもしやもしやしてゐるものを身につけてはゐるが、あれはマントの一部だらう。
ナメック星のおそらくは戦闘系ナメック星人が首に巻いてゐるもの、あれに近いものを編みたいと思つた。

以前は、Burberry Inspired Cowl を編んだ。
このときは、Carpe Diem を使つた。残念ながら白い糸が手に入らなかつたので、淡いピンクの糸で編んだ。

今回、白い Cocoon が手に入つたので、もう一度 Burberry Inspired Cowl を編んでみてもよかつた。
でも気が変はつた。
Tuesday Night Cowl と Burberry Inspired Cowl の類似点は、大きな縄編みを使つてゐる、といふところだらう。
8目×8目とか9目×9目とかの縄編みを端とまん中とに散らして入れる。
さうすると、なんとなくネイルさんが首に巻いてゐるやうなものができあがる。

Tuesday Night Cowl よりは、しかし Burberry Inspired Cowl の方がネイルさんつぽいかもなあ。ぬかつた。
Tuesday Night Cowl のよいところは、糸の太さに応じた編み方が掲載されてゐることだらう。編み目と段数を増やしただけのものだけれども、親切設計だと思ふ。

Burberry Inspired Cowl も Tuesday Night Cowl も、最初は別糸を使つたくさり編みに編みつけていく作り目ではじめて(くさり編みでなくてもいいけどね。いづれにしても、あとでほどける作り目にしておくと仕上がりがきれい)、最後はメリヤスはぎにする。
糸が太いので、そんなに大変ではない。

Cocoon の編み地をチクチクすると感じる人はそんなにゐないんぢやないかな。
編み地はふんはりとしてやはらかい。

どちらのネックウォーマもふかふかとした編み地である。
早く使ひたい気もするが、でもそれつて寒いといふことなので、ちよつと複雑な心境である。

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