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Thursday, 11 December 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 玄徳の周辺

12月6日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は、「玄徳の周辺」と題されたケースについて書く。

紳々竜々から歓待を受けて、「荊州の人々」のケースの次にあるのが「玄徳の周辺」のケースである。
ほかのケースより若干照明が暗い感じがする。
ケースには、左手入口に近い方から淑玲、美芳、赤兎馬上の関羽と勝平、白竜上の玄徳、趙雲、馬良、馬上の張飛、伊籍の順で並んでゐる。
出陣する玄徳、関羽、張飛、趙雲と見送る人々、といつた感じだらうか。

淑玲は、関羽のそばにゐて、関羽と勝平とを見てゐるのか、とも思へるが、どうもその視線の先にゐるのは玄徳のやうな気がする。
近寄つて武運を祈りたいけれど、それよりも別れを惜しみたいけれど、そばには趙雲もついてゐるし、なにより馬良が重要さうな話をしてゐるし、わたしは遠くから見守つてゐます、といつた感じだらうか。
或は、玄徳の妻となつた身としては、出陣する人々全員、つまり、この場にゐない一兵卒に至るまでを見送る心なのかも……とも思へるが、まあ、そんな印象は受けない。
関羽と勝平と越しに玄徳を見送つてゐる。
そんな淑玲である。
なので可愛い。

美芳は、ケース手前にゐる。
右斜め後方を見て、勝平に向かつて腕をのばしてゐる。
のばした腕に巻き上げた袖がいい。日本舞踊なんかだとかういふ袖の使ひ方、するよね。
美芳については、「張飛は送らなくていいのか」といふ気はあまりしない。勝平のこと、気にかけてたもんね。
上にも書いたとほり、このケースはほかのケースにくらべてわづかながら照明が暗い感じがするのだが、美芳が手前にゐることでなんとなく明るい感じがする。
貴重な存在である。

美芳の右後方に、赤兎馬に乗つた関羽と勝平とがゐる。
関羽がねえ、いいんだよねえ、今回。
いや、今回も、か。
赤兎に乗つて、左手には青竜偃月刀、右手には勝平を抱へた姿は、動きがあつて実にいい。
関羽は、勝平が美芳の方に乗り出してゐるのを落ちないやうに支へてゐる。そのため、支へる方の右肩がちよつと上がつてゐるのが、まづいい。
その肩越しに、勝平を見つめるところがさらにいい。
手綱は左手の方にあつてよく見えないのだが、もしかしたら持つてはゐないのかも? それはないか。
しかし、そんな関羽にこたへるやうに赤兎もおとなしく立つてゐる感じがして、これまたよい。
関羽の衣装の裾が赤兎の尻に向かつてきれいに広がつてゐて、松の絵のところどころに鶴が飛んでゐるのを見ることができる。
人形劇のときとおなじ衣装だと思ふのだが、TVで見てゐたときには鶴には気づかなかつたなあ。
平家物語でもさうだけれども、モニタで動いてゐる人形を見ると、衣装の細かいところまで見えなかつたりするものらしい。
単にやつがれが粗忽なだけか。

勝平は、美芳の方に手を差し出して乗り出すやうにしてゐる。
落ちるから、そんなことしたら。
さうも思ふが、関羽さんと一緒だから安心してゐるのだらう。
これが出陣の場面だとしたら、勝平をつれて行くのも妙な話である。
お父さんを探すためとはいへ、こんな風にこどもをつれていくことはまづないだらうからだ。
でもまあ、野暮は云ふまい。
なにしろこの美芳・勝平・関羽・赤兎の構図はとてもおもしろいからね。

それにしても、人形劇の関羽には妻がゐるわけでもないし(貂蝉とのそこはかとない love affair はあつたものの)、当然こどももゐるわけでもないのに、なにゆゑ斯様にこどもの扱ひがうまいのか。
謎である。
張飛をなだめたりすかしたりするうちにこどもの扱ひを身につけたのか。
勝平に対する感じからだと、相手をこども扱ひしないところに関羽の妙技(?)が光つてゐたやうにも思ふ。

その先にゐるのが白竜に乗つた玄徳である。
こちらはちやんと手綱を持つてゐる。
右前方にゐる馬良の話を聞いてゐる感じだ。
このちよつとうつむいたやうな表情がまたいい男でね。
人形劇のときも時折「ああ、やつぱり玄徳はいい男なのだなあ」と思ふことがあつたが、飯田で会ふ玄徳は例外なく二枚目である。不思議だなあ。
しかも、ものすごく真摯に馬良の云ふことを聞いてゐる表情に見えるんだよね。
玄徳の衣装も裾がきれいに広がつてゐる。よく見えて楽しい。

白竜は、横から見るとこちらを向いてゐる右の目の玉が左に寄つてゐる。
さうするとどうやら左側の目は右を向くのらしい。
横から見てゐるうちはどうといふことはないが、正面から見ると目がロンパリになつてゐてなんとなく妙な感じがする。
白馬で目が大きく、目の玉が青いからよけいに目立つのだらう。

白竜の脇には趙雲が立つてゐる。
手にした槍からはよく手入れされてゐることがわかる。穂先は鋭くぴかぴかで、柄も磨き込まれ、石突もきちんとついてゐる。
紳々の持つてゐる槍とは大違ひだ。
顔は馬良に向けてゐて、ケースの正面から見るとちよつと横を向いた顔を見ることになる。
ちよつと横を向いたときの趙雲は、どちらかといふとおとなしい感じに見える。玄徳さまのおそばに控へる粛然としたやうすにも見える。
その顔を正面から見ると、どこかきかん気の強い男の子のやうに見えるのがまたおもしろい。
趙雲は徒歩なのだらうか、と思つてしまふが、このあといづれどこかで馬に乗るのだらう。

馬良は、玄徳を見上げて立つてゐる。ケース正面から見ると横向きに見える。
玄徳の表情は、馬良の目線から「こんな感じなのか」と見ることはできるが、馬良の表情を玄徳の目線から見ることはできない。まあ、あたりまへだけれども。
玄徳の神妙なやうすからするとなにか重要なことを伝へてゐるやうにも見えるし、玄徳のことだからたいした内容でなくても真面目に聞いてゐるのではないかとも思へる。
たいした内容ではないことつて、たとへば「ご武運を」みたやうなことだけれども。
馬良のやうすからいふと、なにかしら大切なことを話してゐるのではないかな、といふ気がする。「ご武運を」も大切なことといへば、まあさうか。
人形劇では、馬良は馬家の長男といふことになつてゐて、今回説明でもさう云つてゐた。
うーん、馬良は四男坊なんぢやないかなあ。
馬家の五常といふことは、上から伯常・仲常・叔常・季常・幼常なのではないかと思ふのだ。
まあ、わかんないけどさ。

その右やや後方にゐるのが馬上の張飛である。
こちらも手綱を握つてゐる。
張飛は右前方にゐる伊籍の話を聞いてゐる態だ。
それゆゑにうつむいてゐて、妙に神妙に見える。
まるで伊籍とは今生の別れ、とでもいふかのやうな意気消沈としたやうすにも見受けられる。
前回の展示のときも、張飛はちよつとうつむきがちで、その目も下を向いてゐて、なんとなく叱られてゐるこどものやうな趣があつた。
今回もなぜかそんな感じがする。
斯様に別れを惜しむほど伊籍と仲がよかつたらうか、とか、いろいろ考へてしまふが、伊籍がなにかよいことを云つてくれてゐるのかもしれない。
そんな気もする。
張飛の衣装も馬の尻にむかつてきれいに広がつてゐる。張飛なので、ちよつとめくれてゐてもいいやうな気がしないでもないが、これまたよく見ることができてうれしい。

このケースの一番右端にゐるのは伊籍である。
左後方の張飛を見上げてなにかしら伝へてゐる感じである。
伊籍は、以前の展示では「荊州の人々」のところにゐた。
このときはちよつと歯を見せてこちらを威嚇するやうな表情に見えた。
伊籍が? うむ。伊籍が。
今回は横からしか見ることはできないけれど、伊籍の表情はしごく穏やかに見える。出陣前の緊張感はあるものの、張飛のやうすからいつても何かしら心に訴へるやうなことを云つてゐるのではあるまいか。そんな気がする。
心に訴へかけるやうなことでないと、張飛は聞くまいしね。

全体としては、玄徳を中心に非常にバランスがよいケースだ。統一感もあるしね。
次のケースは、個々の人形はバラバラながらもバランスがとれてゐるといふ不思議なケースである。
以下、つづく。

「荊州の人々」についてはこちら

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