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Monday, 25 August 2014

暮らしに必要ない紡ぎ

アナンダ本店の荷開き祭に行つてきた。

先週は金曜日に飯田行つて、翌日8/23の川本喜八郎の命日に上映される「死者の書」を見て、その後飯田線と中央線を乗り継いで山梨県は北杜市で一宿一飯の恩義を受けることになつた。
翌日の早朝、萌木の村の入り口のところでセグウェイに乗り、それからアナンダに向かつたといふ寸法。

「死者の書」は折口信夫の原作をもとにした川本喜八郎の人形アニメーションである。
現在飯田市川本喜八郎人形美術館で、その人形の一部が展示されてゐる。
圧巻なのは、郎女と語り部の媼とともに展示されてゐる織り機である。
織り機には、細い糸がかけられてゐて、すでに織り地ができあがりつつある
原作では、蓮の糸といふことになつてゐるけれど、あの光沢は絹だらう。或はレーヨンか。
織り機に糸がはられてゐて、すでに織り地ができあがりつつある、といふことは、そこまでは誰かが織つたといふことだ。
撮影用に人形サイズの織り機を作り、糸を張つて、撮影するに足る部分まで織つたのだ。
人間が。

「死者の書」の話は後日にゆづるとして、原作でも映画でも、中で蓮糸の扱ひに難儀する、といふ話が出てくる。
麻とおなじやうに績んで、繊細な糸にはなつた、でもなんだか強くない、まちつとどうにかしないと、といふやうな話になる。

蓮の糸といふのは、Web検索をかけるとわかるけれど、扱ひが大変なものなのらしい。
蓮の茎を折つて引けば出てくるものなのらしいが、引き加減で糸が途中で切れてしまふのだといふ。かなり気を遣ふ作業のやうだ。

そして、藤原南家のお姫さまである郎女は、さうした作業を一切したことがない。
織りはともかく、裁縫さへしたことがない。
なにしろ、写経してゐればいいやうなご身分なので、さうもあらう、といつたところだ。

そして、蓮の糸で曼荼羅を作ることにしても、織りと縫ひと彩色は郎女が手がけたことになつてゐるが、蓮を沼から取つてきて、糸を引き出し紡ぐところまでは、下女たちの仕事といふことになつてゐる。

さういや、今回の展示には「ねむり姫あるいはいばら姫」のねむり姫もゐる。ここでは姫の視界に紡ぎ機を入れるな、といふ展開になる。
お姫さまは紡がないのだらう。
お城で働く人が紡ぐくらゐで。

お姫さまは紡がない。
でも、その他の下々のものたちにとつては、糸が紡げるか紡げないかは死活問題だつたらう。
リトアニアでは、ひととほり糸を紡げるやうにならないとお嫁にいけない、といふやうな話があつたやうだ。おなじやうな話は世界各地にあることだらう。
なにしろ、糸が紡げなかつたら、縫ひ糸ひとつ手には入らないのだ。

これは想像だが、各村々には紡ぎや織りの名手がゐて、たとへば船の帆を作るなら糸は誰に頼んで織りは誰に頼む、とか、特別なときに着る服地を作るなら糸はまた別の誰かに頼んで織りも違ふ人に頼む、とか、さういふことがあつたんではあるまいか。

そんなことを考へてゐたせゐか、今回はアナンダではなにも買ふまい、と、心に誓つて行つたはずなのに、うつかり毛を買つてきてしまつた。
ポロワスのトップを100gとスコットランドの毛の細いののトップを200g、買ふてしまつたのだ。
どちらも、ふれたとたん、ふんはりとやはらかくすべすべとなめらかで、たまらなかつた。
とくに、スコットランドはその毛で紡いだのだらう糸もおいてあつて、これがやはらかくて大変によかつた。
それで、来月にはまた買物の予定が控へてゐるといふのに、思はず両方とも買つてしまつたわけだ。

昼はともかく、夜の飯田はとても涼しかつたし、山梨県に入つてからもさうだつた。
アナンダについた時点では、まだそれほど暑いといふこともなかつた。
それでこの暑い時期に毛なんぞ買つてしまつたのだらう。

自分でもさう思つてゐた。
実際、昨日帰宅したら家の中の蒸し暑さといつたら。
しかし、なんとなく紡ぎはじめてしまつたのが、これである。

Polowarth on Greensleeves Spindles' Trifle

スピンドルは、Greensleeves SpindleのTrifle。だいたい35gくらゐだ。それなりに重たいが細い糸が紡げるのは、重心が真ん中にあつまつてゐるからだらうと推測してゐる。違ふかな。
最後に紡いだのはおそらく去年の12月なので、だいぶ時間があいてゐる。
やりたいと思ふたときにやつておかないと、次がいつになるかわからない。

スピンドルは、腿の上をすべらせるやうにして回す。
以前指で回してゐたところ、指が痛くなつてしまつたことがあつた。
は! 前回手藝をしてゐて手とか痛めたことがあまりない、とか書いてゐたが、これがあつたぢやん。
さう、スピンドルの回し過ぎで指が痛くなつてしまつたことがあつたんだね。
それで、スピンドルの芯の部分を腿でこするやうにして回すやうになつたのであつた。
この方法だと、スピンドルの回転速度がめちやくちや速くなることがある。
速くなり過ぎて糸を引くのが間に合はなくなることもある。
そんなわけで、早くなりすぎないやう、また勢ひがつきすぎてスピンドルが上下左右にブレたりしないやう、うまく回さないといけない。
上に書いたやうに、すべらせるやうに、といふか、腿をなでるやうにするとうまくいくやうだ。

Trifleはおもり部分の直径が短い。
さうすると回転速度は速くなるが回転時間は短くなる。
フィギュアスケートのスピンでも、両腕を広げて回るとスピードはゆつくりだが長く回つてゐられる。両腕を閉じて回るとスピードがあがつて回つてゐられる時間も短くなる。

だが、そこはスピンドルを作る人もいろいろと工夫してゐるやうだ。
このTriflesもスピンドルに衝撃をあたへるやうなことをしなければ、いつまでもいつまでも回つてゐる。そんなスピンドルである。

紡いでゐて思ふことは、紡いでできた糸の善し悪しであれこれ判断される時代に生まれなくてよかつたなあ、といふことだ。
そんな時代だつたら間違ひなく最低レヴェルの人間だものな。
楽しいから紡ぐ。
そんな時代でよかつたよかつた。

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