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Friday, 25 July 2014

わかりやすい文章を求めて

ここのところ、どうやつたらわかりやすい文章を書けるのかについて、考へてゐる。

結論は出てゐない。
そして、やつがれは「わかりやすいものなんて、おもしろくないぢやん」と思つてゐる。

しかし、世の人はなにかといふと「わかりやすい」ものを求めてゐる。
仕事をしてゐると、30秒で云ひたいことを相手に伝へろ、なんてなことをいふ人もあるほどだ。これを「エレヴェータトーク」などといつたりする。会社で社長や部長とエレヴェータに乗り合はせたとき、一緒にゐる短い時間の中で相手に自分の話を理解してもらへるやうに話す、みたやうな話だ。
世の中、せはしないことこのうへない。
さういふ話を聞くと、どうも反発したくなつてしまふんだよねえ。

だが、それとこれとは話が別だ。
どうやつたらわかりやすい文章が書けるのだらう。
もつと云ふと、人はなぜわけのわからない文章を書くのだらう。

さう、なぜ世の中にはわけのわからない文章が多いのだらう。
「てにをは」が間違つてゐることくらゐは、まあ、ちよつとなほせばいい問題かな、といふ気がする。
或は、もしかすると方言なのかもしれない、と思ふこともある。そんなことばの使ひ方はないよ、と思つてゐたら、その人の土地の方言だつた、といふことはままあることだ。
これもまあ、仕方がない。

困るのは、どこからどう突つ込んでいいのかわからない文章や、日本語としてはをかしいところはないのにわからない文章だ。
なほしやうがわからない。
しかもさういふ文章を上司が書いてメールで送つてきた日にやあつてな話である。
や、実際あつたんだよね、さういふことが。
何が書いてあるのか、何を云ひたいのかまつたくわからないメールを書く上司だつたんだよね。
過去形で幸ひである。

まあ、やつがれがここに書いてゐる文章もさういふ文章だと思はれてゐるのだらうけれどもな。

もとい。

わかりやすい文章やよい文章を書くには、本を読むことだ、とはよく云はれることである。
本は選ばないといけないと思ふがね。
たとへば翻訳書ばかり読んでゐたら翻訳調の文章を書くやうになつてしまふかもしれない。いまはだいぶましになつた……といひたいところだが、とんでもない翻訳といふのはまだまだたくさん存在する。「だつたらヲレに訳させろ!」とはよく思ふことである。

明治以降昭和初期までの日本文学を読むといい、といつたのは水村美苗だ。
しかし、それもどうなんだらうか。
いい文章ではあるだらう。だが、自分の書くときの参考になるかといふと、とくにビジネスの場で参考になるかといふと、チト首を傾げてしまふ。

「わかりやすい文章を書くには、本を読むことだ」といふのは、即効性のある対処法ではないといふことだらう。
もつといふと、ある程度の年を取つてから読みはじめて、はたして役に立つのだらうか、といふ疑問はある。

と、くさしておいてなんだが、いままで出会つた中で本をよく読む人でわけのわからない文章を書くといふ人はまづゐない。
つまり、「本を読むこと」には効果があるといふことだ。
問題は、みな、幼少時からたくさん本を読んでゐる、といふことである。
おとなになつて必要にかられて本を読み始めて、さてそれがわかりやすい文章を書く助けになるのかどうか、それは定かではない。

ほかには、「自分の云ひたいことをまづ考へてから書く」といふのがある。
そんなの当然ぢやん、と思ふが、仕事上で読む文章は、まづ「あんた何が云ひたいの?」と問ひつめたくなるやうな文章ばかりである。
仕事でいやいや書くからか?
それとも仕事で時間に追はれて書くからか?
おそらく両方だらう。
時間のないときほど基本に立ち返るべきなのだが。
さう書きながらやつがれも、そんなことはすつかり忘れてしまふことの方が多い。といふか、忘れてばかりである。

自分の云ひたいことを、「誰に伝へるか」を考へるのも大事だといふ。
社内で目にする文章は、そこのところがすつぽりと抜け落ちてゐるものが多い。
きみはこれを誰に向かつて書いたつもりなんだね。
さう訊きたいやうな、そして、訊いたところで「さあ……」といふ返事が来るだけだらうといふやうな、そんな気持ちでいつぱいだ。
書けと云はれたから、とか、仕事で書かねばならぬから、といふやうな理由で書いてゐると、ここのところがおろそかになつてしまふのであらう。
経験があるからよくわかる。

さうか、やつがれが目にする「わけのわからない文章」の大半は、職場で目にするものである。
つまり、「仕事といふことで書きたくもないのに書かされてゐる」といふのがいけないのだらうか。
もしかして、「どうしても書きたい!」といふ強い思ひのもとに文章を書いたら、それまでわけのわからないメールを出してゐた人でも、意味のよく通じる文章を書いたりするのだらうか。

…………自分で書いてゐて、それはないなあ、といふ気もする。

とにかく、この「どうしたらわかりやすい文章を書けるやうになるのか」といふことと「なぜ人はわかりにくい文章を書くのか」といふことについては、ちよつと考へていきたい。

まあ、いいんですよ、わかりにくくてもね。
おもしろけりやね。
問題はおもしろくもない、といふことなのである。

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