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Thursday, 17 July 2014

とりとめのないノートの話

あひかはらずアサヒ屋紙文具店のクイール・ノートを愛用してゐる。

使ひはじめたのが四月十七日。もう三ヶ月も使つてゐる。
三ヶ月も使つてゐるのには理由がある。
ひとつは、方眼罫で升目がちいさいため、書き込む文字も小さくなるからだ。
線を無視して記入すればいいのだが、なぜだかそれはむづかしい。
いきほひ字が小さくなるから、書ける量も増える。
たとへば、Moleskineの罫線ありポケットサイズの場合、だいたい一ページに400字くらゐ書く。
クイール・ノートだと、670字前後といつたところだ。すくなくとも五割は多いことになる。

ほかの理由として、Moleskineの方が気軽に書き込むことができる、といふのもある。
その訳は文具仲間が云ふてゐたことなので、ここには詳しくは書かない。

でも、なるほどなあ。
ふしぎな話だが、仕事に関するメモなども、Moleskineにであれば抵抗なく書き込むことができる。
なのに、なぜだかクイール・ノートには書く気にならない。
Smythsonのノートでもさうだな。
GMUNDなら書く気になるかも。

なぜクイール・ノートやSmythsonのノートに仕事のことを書きたくならないかといふと、それは、「もつたいないから」に尽きる。
あるいは、「そんなことで自分の愛するノートを汚したくないから」。
さうも思ふ。

最近は、クイール・ノートに5×3カードをはさんで持ち歩いてゐて、なんとなくノートに書きづらいことは、カードに書くやうにしてゐる。
高校生のときに5×3カードの使ひ方を習つた。
主に、論文用の文献の書き方やそこからの引用の書き方だ。
その後の生活に役に立つてゐるか、といふと、うーん、どうだらう。
ただ、たぶん、正しい引用文の書き方を知つてはゐるんぢやないかな。
役に立たないけど。

情報カードについては、京大カードがいいといふ話もある。
B6サイズのノートは大好きだし、一時使つてみたこともある。
どうにもあれは大きくていけない。
なかなか持ち歩けないのだ。
大きいからいろいろ書けて、それこそノートの代はりになるんだけどねえ。
持ち歩くことを考へたらやはり5×3ノートだらう。
最近は飯田に行くとキング堂で買ふことが多い。見つけやすい場所にあるからだ。

高校生のときに習つたのは、完全に自分の外の情報の書き方だつた。
上にも書いたとほり、文献の書き方とそこからの引用文の書き方のふたつを習つた。
自分の考へをカードに書いてとつておく、といふことは、そのときは考へたこともなかつた。
でも、なにを書いてもいいんだよね。
そんなわけで、最近書いたことをさらしておくと、「文章は経国の大業にして不朽の盛事なり」といふ曹子桓の「典論」の書き出し部分とか、「ポワレつて具体的にどんなもの?」といふメモとその答へとかだつたりする。

情報カードの話はまたの機会に。

といふわけで、クイール・ノートを使つてゐるわけだ。
ところで、長々とクイール・ノートを使つてゐる理由がもうひとつだけある。
それは、「最近なんだか何も書く気にならないから」だ。

つかれてゐる、のだらうな。
なんにも頭に浮かばない。
二月頃、「ユビキタス・キャブチュアのまねごとをはじめた」と書いたが、それもつづかなくなつた。
書きたいことがなにも浮かばないからである。

これまたふしぎなもので、でも何か書きたいのである。
何か。
文字、だな。
できれば太字や極太の萬年筆で、くろぐろと、何かを書きたい。

あるとき気がついた。
仕事で煮詰まつてくると、反故紙の裏に、覚えた詩を書いてゐることに。

最近のやつがれのことだから漢詩が多いけれど、「Annabel Lee」だとか「Richard Cory」を書いてゐることもある。それは、カリグラフィーペンを持ち歩いてゐることとも関係がある。
カリグラフィーを習つたこともないし、教則本を見たこともない。
でも、こんな感じだらうな、といふので、「It was many and many a year ago, In a kingdom by the sea」とか書いてみるのは、これはとても楽しいことだ。

そして、驚くなかれ、カリグラフィーペンで漢詩を書くのも、思ひのほか楽しい。もちろん縦書きだ。あ、でも横書きもいいかもな。今度試してみん。

さうやつて、自分のことばではない、他人のことばを書いてゐると、なんとなく頭の中がすつきりしてくる。
考へなくていいからだ。
考へることなく、思ひ浮かんだことばを、それも時を経てきたすばらしいことばを、次々に書き散らす。

いい。
これはいい。
かんたんながら大変な気分転換になる。

そんなわけで、最近は疲れてくると、反故紙に詩を書いてゐる。
別に詩でなくたつて、たとへば覚えてゐるといへば「二都物語」の出だしと終はりとか、「論語」の一部とかだつていいぢやあないかと思ふけれど、なぜだか詩の方がいいんだな。
詩心なんてまるでないけどね。
或は詩心がまるでないからいいのかもしれない。

最近は、家でもカリグラフィーペンを出してきてノートに詩を書き散らしたりしてゐる。
そんなに疲れてゐるのか。
疲れてゐるんだらうな。

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