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Friday, 06 June 2014

旅の空の下漢詩は流れる

うつかりしてスタイラスを忘れてきてしまつた。
仕方がないのでソフトキーボードで打つてゐる。
iPadだとそれなりに打ちやすいんだけど、iPad miniだとちよつと打ちづらいかな。
といふわけで、現在旅の空の下である。
展示替へがあつたので、飯田に来てしまつた。
明日も行くので詳細はまた後ほどねちねち書く。

今回行きの道中では、中村吉右衛門の「漢詩紀行百選」を聞いてゐた。
それもいつも聞いてゐる三国志関連の巻ではなく、DVDの最終巻。
李白や杜甫、王安石に蘇軾、李煜に陸游と、唐以降の有名どころが並んでゐる。
旅の友は岩波文庫の「蘇東坡詩選」。

漢詩、もうマイブームとは云はないのかもな、ここまで続いてゐると。

以前も「詩心のないやつがれがなぜ漢詩」といふことを書いた。
その時は、「漢文書き下し文が好きだからだらう」と思ふた。

今回また考へてしまつた。
なぜ和歌ではダメなのか。

和歌でもいいぢやん。
ことばのやさしさやはらかさといふ点では漢詩より上である。

また、欧米の詩でもいいぢやあないか。
題材の豊富さといふことでは漢詩をはるかに凌駕するし、戦前訳されたものならことばもゆかしい。

いろいろ考へて、「漢詩が一番 masculine だからだらう」といふ結論に達つした。
どこが、とか、なにが、と訊かれると、さらに考へ込んでしまふ。
しかし、和歌と比べたら漢詩は masculine だらう?
漢詩にも閨怨詩とかあるし、色つぽい詩もないわけぢやあない。
しかし、漢字からの印象か、どこか骨つぽくて漢つぽい感じがする。
そこが好きなんだな、どーも。

もうひとつ好きな理由は、昔のことを知つてゐれば知つてゐるほどおもしろい、といふところかな。
といふ話は後日の講釈で。

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