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Friday, 20 June 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 三国志‐魏・呉・蜀‐ のうち蜀

6月6日、7日と、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「三国志-魏・呉・蜀」について書く。

「平家一門」の大きなケースの右隣にあるケースには、まづ蜀の面々がゐる。
左端手前には趙雲がゐる。
拝命つかまつる、とでもいはうか、うちうつむいたやうすで立つてゐる。
趙雲はちよつと顔を伏せてゐた方がいい男だなあ。
以前の展示で、ケース前方で膝をつき、頭を垂れてかしこまつたやうすでゐたことがあつたけれど、このときの趙雲が実によかつたのだつた。
落ち着いてゐるつていふか、見るからに忠臣といふか。
それでゐてどこか爽やかだしね。
前回の展示では、現在文覚のゐる位置に槍を背負つて立つてゐた。顔は真正面を向いてゐて、さうするとなんだかどことなく険しいやうすに見えるんだよね。
今回は、どうなんだらう、拝命つかまつる、なのか、それとも軍師の説を聞いてゐるといふ心なのか、うつむきがちで、とてもいい。見とれること必至。

趙雲のうしろには淑玲がゐる。
淑玲がゐることで、この場がどんな場なのかわかりづらくなつてゐる。
そのせゐか、前回前々回の展示ではぐつとくるほど可愛かつた淑玲が、今回はそれほどでもない。
この玄徳とのその一味がどんな状態にゐるのかわかれば、まちつと見る側の気持ちも変はるかも。
そんな気もする。
多分、視線の先にゐるのは孔明だと思ふんだけど、淑玲が孔明を見るつて、どういふ場面だ?
ま、いいか。
そのうちわかるかもしれないし。

淑玲の隣が玄徳。
すでにかなり立派な出で立ちをしてゐる。
前垂れの部分が龍、といふのは、今回曹操・玄徳・孫権の共通点なのらしい。
玄徳の龍はこちらを向いてゐる。全体的な色合ひは青。人形劇当初からおなじだな。
玄徳も多分、孔明を見てゐるんだけど……うーん、なんだらう、玄徳の衣装の立派さから考へて、赤壁の戦ひよりあと、といつたところなのかなあ。あ、でもさうしたら淑玲はゐないか。
いづれにしても、孔明が持論を展開してゐる場なんだらうな、といふ気はして、玄徳はそれを聞いてゐる、といつたやうすなのだと思ふ。
あ、聞いてゐるのは玄徳ぢやないか。孔明以外のその場の人々が聞いてゐる、か。

その玄徳の前にゐるのが孔明である。
めづらしく、白い衣装に透ける地の黒い道服をまとつてゐる。
川本喜八郎には、孔明は白、といふのにこだはりがあつたのだらうな。
以前も書いたと思ふが、飯田にゐる人形劇に出てゐた人形のほかに、その後作つた別の人形がある。孔明などは何体もあるのらしい。うち一体は現在ヒカリエで見ることができる。
いまヒカリエにゐる孔明も含めて、「人形劇に出てゐなかつた孔明」を何体か見たことがある。
正直云ふと、中には「これ、やつがれの軍師殿ぢやないし」と思ふものも何体かあつた。
ヒカリエの孔明は、最初の展示のときのやうすが絶妙だつたこともあつて、いいことになつてゐる(なんてエラそー)。
でも、やつぱりなにかが違ふんだよな。
原型からして新たに作られた人形なのだらうから、なにかがちがふのは当然である。
当然ではあつて、それでもなほ、その違ひといふのは何なのか。
つい考へてしまふ。
玄徳もさうだ。
飯田にゐる玄徳には、ヒカリエなどでは見たことのないそこはかとない「色気」とでもいふべきものがある。なんだらう、顔立ち? とくに顔の下半分。そんな気がする。
色気といひ艶といふ、そんなものが、あるんだよなあ。
ヒカリエの孔明とくらべると、飯田の孔明には、いはくいひ難い「妖しさ」のやうなものがある。
玄徳に感じる「色気」とか「艶」とかとおなじものなのかもしれない。
人形も、年を経るとさうした雰囲気がそれとなく醸し出されるものなのだらうか。
あるいは人形劇の収録といふ修羅場をくぐり抜けてきた、歴戦の強者の持つ独特の気なのか。
なにしろ、人形劇三国志の収録は「残酷志」と呼ばれるほどだつたといふからね。
人間でも、「雰囲気のある人」なんてないひ方をすることがある。
飯田の孔明は、まさにそんな感じだ。

その孔明の隣、すこし離れたところに関羽が立つてゐる。
髯に手をやつた姿が、なんともいい。
ここ何度か通つた中では一番……いや、一二を争ふくらゐいい。
だいたい、人形劇でも髯を撫でる関羽つてとつてもいいんだよねえ。
「父子再会」で「戦とはかくもむなしいものか」つて「おまへがそれを云ふな!」つてなせりふを肚裡でつぶやくときも、髯を撫でながらなのでつい見方が甘くなつてしまふ。
関羽も、おそらく孔明を見てゐるのだらうと思ふのだが。
すこしはなれたところにゐるところを見ると、これつて孔明の仕官直後なのかな。
関羽は、まだこの青二才(といつてもそれなりにいい年なやうな気はするが)のやうすを見てゐるつてなところだらうか。

関羽のとなりにゐるのが張飛。
なんだかびつくりしたやうすで立つてゐる。
手を胸のあたりでくんで、おろおろしたやうすにも見える。
うーん、さうすると、孔明仕官直後で関羽と張飛とはまだ孔明を認めてゐない状態、といふやつがれの状況分析は間違つてゐるのだらうか。
そんな気もする。
張飛もこのやうだと孔明の方を見てゐる。
この張飛を見てゐると、「さうなんだよね、張飛つて、可愛いよね」としみじみ思ふ。
人形劇の張飛はなんだか可愛い。やんちやな三男坊つて感じで、いいんだよね。
人形劇では可愛いのは張飛でお茶目なのが曹操だ。

この関羽と張飛との背後に、槍と青竜刀と蛇棒がたてかけてある。趙雲・関羽・張飛の得物だらう。

さらにつづく。

麻鳥と蓬子 無常についてはこちら
義経の周辺についてはこちら
平家一門の前篇はこちら
平家一門の後篇はこちら
木曽と鎌倉はこちら

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