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Wednesday, 11 June 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 麻鳥と蓬子 無常

6月6日、7日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
5月31日に展示替へがあつたからである。
できれば初日に、と思はないでもなかつた。
6月1日が松嶋屋の復帰初日でなければ行つてゐたな。
なんとなく、自分の中の優先順位が明らかになつてしまつた。

もとい。

今回は飯田に行く前に、渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーに寄つてきた。
一日で渋谷と飯田といふのをやつてみたかつたのである。

今回の飯田の展示は「人形歴史スペクタクル 平家物語(以下、「平家物語」)」がメインだ。
ちやうど渋谷でも「厳島」と題して平家一門の勢揃ひが見られるやうになつてゐる。
見比べられるぢやん。

ことはるまでもないが、「平家物語」の人形は、渋谷にゐるのが人形劇に出てゐた方で飯田にゐるのが新たに作られた人形。「人形劇三国志(以下、「三国志」)」はその逆である。

といふわけで、飯田に着いて、展示室に入ると出迎へてくれるのが、麻鳥・蓬子夫婦である。左手に薬箱だらうか、商売道具を提げた麻鳥と、おそらく往診に出かけるのであらう麻鳥を見送る心の蓬子といつたやうすだ。
ぱつと見た感じ、どちらも「なんか違ふ」といふ感じがした。

麻鳥は、渋谷の前回の展示のときにゐた。
ギャラリー外のケースに息子と娘と立つて来館者を出迎へてゐた。
蓬子はゐなかつた。
蓬子は、飯田では見てゐる。一昨年の12月からの展示では「平家物語」は「女人平家」といふお題で展示されてゐた。その中に蓬子もゐた。

麻鳥の印象といふと、崇徳院に仕へてゐたころの、なんとも優男風なやうすを思ひ浮かべてしまふんだよね。
渋谷で見た麻鳥も、実は想像してゐたよりもきりりとしてゐた。子供二人と一緒にゐて、父として立つてゐるからかなぁ、と、そのときは思つてゐた。
飯田の麻鳥は、そのときの渋谷の麻鳥よりもさらにしつかりした印象を受ける。
「え、麻鳥くん、こんなぢやないし」などと思つてしまつたほどだ。
我乍ら、失礼である。

おそらく、飯田の麻島は、医師を志してのち、おのれの目指すところを見据ゑたのちの姿なのであらう。実際、医者の道具とおぼしきものを手に持つてゐるしな。
人形劇のときの麻鳥にはなんとなく茶色つぽい印象がある。
飯田の麻鳥は、眉が黒くきつぱりとしてゐる。それで強い印象を受けるのだ。

蓬子も、前回の展示のときよりも強い印象を受ける。
前回の展示のときは白拍子姿や十二単、鎧姿といつた華やかな面々にかこまれて、ひとり生き生きとしてゐた。あの中で「生きてゐる」と強く感じられたのは、蓬子と政子、そして別格で二位の尼だつた。
このとき、蓬子の顔にはうつすらとあばたの跡が見えてゐた。照明の加減でさう見えたのだと思ふ。
でも、気のせゐかもしれないなあ。
といふのは、今回はそんなやうすは見えないからだ。
また、黒目も前見たときより小さく見える。
展示の仕方、かなあ。
今回は麻鳥を見てゐて、横を向いてゐるからだらうか。
さうさう、今回この二人は向かひあつてゐるのだけれども、正面から見るとちよつと視線がはづれてゐるやうに見える。
でも、蓬子の背後から見ると麻鳥はこちらを見てゐるやうに見えるし、麻鳥の方から見るとやはり蓬子はこちらを見てゐるやうに見える。
ぐるぐるとこの二人のまはりを徘徊してしまふ所以である。

その先のケースには、千手と重衡、その先に後白河法皇がゐる。

千手は「女人平家」のときにも見た。
そのときも、ちよつと影のある美人だな、と思つた。
今回も重衡と一緒にゐるのに、どこか憂ひ顔だ。
そこがまたいい。
白拍子姿で片手をあげて扇をさしのべるやうにして立つてゐる。扇の絵は牡丹かなぁ。ちよつと見ると洋風にも見える。
朱色の長袴のうしろがきれいにのびてないなあ、と、ぱつと見たときは思ふたが、よくよく見たら左右で交差されてゐるのね。それもステキ。

千手の向かつて右に重衡が座してゐる。
琵琶を弾じてゐて、千手はそれに和してゐる、といふ心か。
重衡は、やつがれの中では惟盛・資盛と並ぶ平氏の中の「こまつたちやん」なのだが、飯田の重衡の男前なことといつたら。
実は人形劇ではまだ見たことがないのだ、重衡は。
人形劇でもこんなにいい男なんだらうか。
こまつたちやんなのに。
わづかに顔をあげて、千手を見てゐるのだらう。
淡い水色の透ける素材の衣装に、海老茶、かなぁ、照明の加減でチトはつきりしないが、紫がかつた茶色の袴といふのがこれまたいい。赤味のない水色がすつきりした印象を、海老茶が色気を醸しだしてゐる。
琵琶にはちやんと太い弦と細い弦とが張られてゐる。

この二人、もうこれでお別れ、なのかな。
重衡は、奈良に送られるまへなのだらうか。
そんな説羽詰まつたやうすは感じなかつたけれど、どこかしつとりとした雰囲気のただよふ二人である。

千手・重衡の隣に立つてゐるのは後白河法皇である。
朱色の法衣に金糸をふんだんに使つた九条袈裟を身にまとつた姿は……
うーん、いまひとつ?
といふのも、渋谷のcounter partのやうなアヤシさがないのである。
渋谷の後白河法皇は、見るからに隠謀家の顔つきで、とくにその目まはりの昏い感じなど、ちよつとおそろしいほどである。
それが、なあ、飯田の後白河法皇にはないんだよなあ。
なんといふか、毒気がすつかり抜けてしまつてゐる、といはうか。
そのせゐか、いつそ人の好い感じすらするほどである。
とても大天狗とは思へない。
朱色の衣装は波間に鯉の跳ねてゐる細かい柄。色はちがふが、いま渋谷にゐる諸葛瑾の帯といふか細い前垂れに使はれてゐるのと同じ柄だ。
襟の立ちつぷりなんかは飯田の方がいいのにな。

といふわけで、以下続く。

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