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Thursday, 12 June 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 義経の周辺

6月6日、7日と、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は展示室内のうち「義経の周辺」について書く。

「義経の周辺」といつて、一番最初にゐるのは西行である。
西行は、まだヒカリエでは見たことがない。
いつ出てきてもをかしかないのだが、なぜか見ない。
そのうち出てくるだらう。
人形劇で見たときの印象と比べると、飯田の西行の方が老けて見える。
笠を目深にかぶり、そのわりには顎はちよつとあがつてゐる。ゆゑに、顔はよく見えるものの、笠の陰ができてゐる部分もあつて、それでなんとなく暗い雰囲気に見える。
照明の具合もある。
「春死なむ」といふよりは、「晩秋死なむ」といつた趣だ。
そして、それゆゑにだらう、とても老けて見える。
かつての美男子。
そんな風にも見える。
いつたいいくつくらゐの西行を想定してゐるのか。
チトわからない。
白い帷子の上に黒い法衣、袈裟をかけて草鞋を履いた姿は、旅の途中なんだらうな。

その隣が弁慶。
弁慶もまだヒカリエで見たことはない。
いつつも「そろそろ出てくるんではあるまいか」と思ひつつ、いまだまみえる機会を得ずにゐる。
弁慶は、すつくと立つて、右の方向を見上げてゐる。
そちらには馬上の義経がゐる。
御曹司を見上げる心なのだらう。
この表情がとてもいい。
西行とちがつて、弁慶の表情は明るい。
照明のあたり具合もちがふし、なにしろ、とにかくいい顔をしてゐるのだ。
希望に満ちた表情、とでもいはうか。
頭にはいつもの頭巾をかぶり、法衣の下は黒い鎧、袴の裾は短くて、高足の下駄を履いてゐる。
なにしろ、デカい。
歌舞伎の化粧声とよばれるものに、「でーっけぇー」といふのがある。
大きいことは正義なのだとか。
そこでいふと、飯田の弁慶はまがふことなく正義そのものである。
人形劇のときは、5kgもあつたのだとか。デカいし、鎧も着てるからなあ。

その隣に、馬上の義経がゐる。
馬はもちろん白馬。
烏帽子をかぶつて、赤の印象の強い鎧を身につけ、背には矢を、手には弓を持つてゐる。
義経も、まだヒカリエでは見てゐないんだよなあ。
牛若丸のころの人形は前回の展示で見たけれど。
ヒカリエの前回の展示で見た牛若丸は、どこか昔の猿之助、当時の亀治郎に似たところがあつた。とくに正面から見るとよく似てゐた。
それが育つとかういふ顔には……ならないな。うむ。
芝居でいふと、女方の演じる義経、といつた趣がある。
とても繊細な顔立ちなのだ。
もう少しきりりとした感じがあつても、とも思ふが、まあ、そこは好きずきだらう。
弓は立派なもので、どうしてどうして、落としたからといつて拾ひにいく必要などないやうに見える。
さう思つて、ほかの人の持つてゐる弓と見比べやうと思つたら、今回は弓を手にしてゐる人形がほかにゐなかつた。
もしかしたら展示側の心遣ひだらうか。
さうねえ、鎮西八郎だつたら、もつと強い弓を持つてゐるかもねえ。
でも叔父さんと比べたら義経が可哀想だらう。
なにしろ体格もちがひさうだからなあ。
ところで、女方の演じる義経の趣、といつておいてなんなのだが、見る角度によつてはなんとなく中村歌昇の面影のあつたことも書いておく。

その隣でこれまた御曹司を見上げてゐるのが鎌田正近だ。
烏帽子に黒にも見える紺色の鎧姿である。
正近は、前回のヒカリエの展示で見た。このときは山伏姿であつた。
当時の人だらうに茶色くてメッシュに入つたやうな感じの髪の毛で、大きな目のつりあがつた強面の山伏だつた。目が大きい分、ちよつとその強さが減じられてはゐたけれども。
飯田の正近は、そのつりあがつた目が細い。細いといふか、小さい。
飯田の正近しか知らなければさうしたものと思ふのだらうが、ヒカリエで見てるからなあ。
さらに口元がなんとなくへの字なので、愉快な人物には見えない。
愉快な人物には見えないが、どことなく満足さうでもある。
それはやはり御曹司を見上げてゐるからだらうなあ。
黒に近い紺色の鎧といふのもいい。とてもひきしまつて見える。

その隣が静。
白拍子姿である。
静は、以前飯田で「女人平家」といつて展示があつたときに見てゐる。
そのときも思つたのだが、「静御前」といつたときに抱くイメージとはちよつと違ふ感じである。
なんといふか、憂ひに欠けるんだな。
顔は正面を向いてゐて、大きな目をぱつちりとあけてゐる。
この大きな目に、憂ひの色がない。
明るくて、あまりものごとにこだはらない、逆境にあつてもなにごともないかのやうに過ごしてゆけさうな、そんなやうすに見える。
考へてみれば、静御前に憂ひがある、といふのはこちらの勝手な思ひこみだ。
もしかすると、こんな感じの人だつたのかもしれないなあ。
静御前も、未だヒカリエで見たことはない。前回の展示のときに幼少期の姿があつたのみだ。
ヒカリエの静御前も楽しみである。出てくるよね、絶対。

「義経の周辺」の最後が藤原秀衡である。
これがね、もう、ぱつと見た瞬間、「勝新太郎だ!」と思ふくらゐ、「勝新入つてゐる」表情をしてゐる。
秀衡は、前回のヒカリエの展示にゐた。
お大尽然とした、立派な人物、といふやうに見えた。前途ある若者を前にした春秋を経た人物。そんな趣だつた。
飯田の秀衡は、なにしろ勝新なので、見るからになにかやらかしさうな感じがする。
おもしろいなあ。
衣装は、ヒカリエの方が豪華だつた。上に羽織つてゐたのが黒地に嵐のやうな雲を散らして金糸銀糸の縫ひとりがあつた。
飯田の秀衡は、羽織つてゐるのはベージュ地に人形にしては大柄な模様を散らした衣装である。下に着てゐるものはヒカリエと同じやうな感じかな。黒を基調にした亀甲模様で、やはり金糸銀糸の縫ひとりがある。
勝新太郎の秀衡か。見てみたかつたやうな気もする。

といふわけで、次はこの展示室で一番大きいケースについて書く予定。

麻鳥と蓬子 無常についてはこちら

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