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Friday, 13 June 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 平家一門 前篇

6月6日、7日と、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は展示室内で一番大きなケース「平家一門」について書く。

このケースは、渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーの現在の展示「厳島」とチト似通つたところがある。
どちらも栄耀栄華に浴す平家の一門を展示してゐるからだ。

「平家一門」の特徴は、ほぼすべての人物がある一人を見つめてゐる、といふことだ。
それと、向かつて左側が衣冠束帯の人々、右側が鎧姿の人々といふ点もおもしろい。

ケースが巨大なので、人形は手前と奥とに飾られてゐる。

向かつて左手奥には、重盛がゐる。
奇しくもいまのヒカリエとおなじ位置だな。
そして、ひとり蚊帳の外のやうな印象を受けるところまで一緒だ。
といふのも、重盛は正面を向いてゐるからである。
ほかの人々は、まあ、徳子と安徳帝は別として、みな、中央手前にゐる人物を見てゐる。
重盛だけは、なぜかそちらを見てはゐない。
なぜだらう。
ヒカリエのときもさう思つた。
もう彼岸にあるとの心なのか。
それとも鹿ヶ谷の陰謀に岳父が関はつてゐたことが響いてゐるのか。
と、ヒカリエのときも書いた。
衣装の色もヒカリエの重盛とほぼ同じである。
黒い織り地の衣装で、ヒカリエはおそらく織るときに龍の模様を出してゐると思はれる。これが実にステキでね、といふ話はヒカリエのときにも書いた。
飯田の重盛の衣装は紗綾型だ。紗綾型、多いな。
長く引いた白い裾がいい。
正面を向いてゐるせゐか、ヒカリエの重盛より男前に見える。
どうも人形はあまり上を向かない方がいいやうに思ふ。
例外もあるけれども。
人間もさうか。証明写真を撮るときは顎を引けつていふものな。

そんな重盛の隣にゐるのが、経盛である。
こちらはこちらで驚くほどヒカリエにゐる経盛と似て見えた。
扇を胸元によせ、心持ち心配さうに手前中央の人物を見つめてゐる。
抹茶色の衣装が落ち着いてゐていい。なんとなく「ダンディ」な感じさへする。

重盛の前にゐるのが頼盛だ。
ヒカリエの頼盛には、ちよいと蚊帳の外、といつたやうすがある。
まあ、頼盛だもんなあ、と、そこのところはみんな納得するんぢやあるまいか。
飯田の頼盛は、一番端にゐるものの、ちやんと手前中央の人物を見つめてゐる。
いや、はなれてゐるから、眺めてゐる、くらゐかもしれないな。
そのカシラも落ち着いた表情になつてゐる。
ヒカリエの頼盛は、なんとなく気弱げなところがあるんだよね。それなのに白髪頭で顔にも皺があつたりするので、どうもちぐはぐな印象を受ける。
飯田の頼盛は、ちやんと年相応におとなな感じがする。
実際はさうだつたんぢやないかな。そんなことないかな。
衣装は、ヒカリエの方が素敵だが、飯田の衣装も悪くはない。
この人の衣装の柄は生き物系なのかもしれないな。

その隣に立つてゐるのが宗盛である。
頼盛、宗盛、そしてその先にゐる時忠は、最初に見るときに背後から見るやうになる。手前に並んでゐて、中央を見てゐるから、必然的にさうなる。
さうすると、宗盛は下ぶくれのやうすがありありとわかるやうになつてゐるんだよなあ。
背後から見ると、あきらかに頬の下の部分がぷつくりとふくらんで見えるのだ。
ヒカリエにゐる宗盛よりも下ぶくれだと思ふ。
さらに優柔不断になつた、そんな感じがする。
前回、「やつがれの中では重衡・惟盛・資盛は平氏のこまつたちやん」と書いた。
宗盛はさらにそのうへを行くこまつたちやんである。
ほんたうは、こんなことになるはずぢやなかつたのに。
きつとさう思つてゐるんだらうな。やつがれも、いまになつてさう思ふ。
宗盛は、ああなるはずぢやなかつたのだらう。
衣装は、ヒカリエのものとおなじやうに透けない素材で、色もよく似てゐる。
ぼんやりとした印象で、宗盛にあつてゐるのかもしれない。

その宗盛の隣にゐるのが時忠である。
時忠は、現在のヒカリエの展示では「平家物語」と大書された垂れ幕の前に立つて、見るからに陰謀家といつた面もちで立つてゐる。
いい。
とてもいい。
飯田の時忠は、といふと、これまたなんだか落ち着いてしまつてゐる感じである。
ヒカリエの時忠より老けてもゐる。皺が増えてゐるし、頭にも白いものが見える。
年を経てすこし落ち着いた、といふ心なのだらうか。
目が正面を見てゐるから、あまり陰謀家めいた感じがしないのかもしれないな。
耳の前に短く切りそろへた髪がある、といふのがチトめづらしいしおもしろい。

経盛の隣、中央最奥にゐるのが、浄海入道だ。
表情が心持ちやさしげなのは、自分の前にゐる人物を見てゐるからなのだらうなあ。
衣装の色合ひはヒカリエのそれとほぼおなじである。緋の法衣に金襴を使つた九条袈裟。説明では、 錦を使つてゐるといふ話であつた。
ヒカリエの清盛は、見る角度によつては、まだまだこれからだ、と彼方を見据ゑてゐるやうにも見えるし、とにかくえらさうに見える。
飯田の清盛は、上にも書いたやうに、どこかやさしげだし、清盛にもこんな一面もあつたらう、といつた趣で、これまたいい。

その清盛の手前にゐるのが徳子と安徳帝である。
安徳帝のなんともこどもらしくかはいらしいやうすが、とてもよい。
一門そろふての席ではあるが、幼子だもの、勝手気ままにふるまふこともあらう。
そんな我が子であり帝でもある安徳帝を、徳子は見てゐる。
この徳子は、「女人平家」のときにも見た。
そのときも、なんとなくもつさりした感じだなあ、と思つてゐた。
おそらく、髪型がさう思はせるのだと思ふ。
普通にまつすぐ長くのばしてゐるだけなのだけれども、頭のあたりがちよつとふくらんでゐるやうな感じがするんだよね。これが「もつさり感」の原因だと思つてゐる。
ヒカリエの徳子は川本美人なんだけどなー。
そんなわけで、このふたりは自分たちの手前にゐる人物を見てはゐない。
見てはゐないが、重盛のやうに蚊帳の外といつた感じはしない。
中央にゐるからだらう。

安徳帝の隣には二位の尼が立つてゐる。
二位の尼。
「女人平家」のときにも思つた。
なんとまあ、すばらしい人形なのか、と。
その顔には滋味あふれ、それでゐてどこかしら諦観もあり、なんていふのかなあ、観音様とか聖母マリアのやうな趣がある。
「女人平家」のときには、思はず「波の下にも都の侍ふぞ」などとつぶやいてしまつたくらゐだ。
今回は、手前中央の人物を見つめてゐる。
その表情がまたいいんだよねえ。
二位の尼は現在のヒカリエにもゐる。そちらはチト表情に乏しい気がしてゐる。
人形劇の時子を見るに、飯田のやうに老いるのであらう、といふ気がしないでもない。

次回は鎧姿の人々について書く予定。

麻鳥と蓬子 無常についてはこちら
義経の周辺についてはこちら

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