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Monday, 30 June 2014

子曰はく

ときどき、自分は芝居なんか全然好きぢやないんぢやないか、と思ふことがある。

将棋の対局を見るやうになつて、もう十年くらゐたつ。
でも、全然指せるやうにはならない。
詰め将棋も、最近はやつてないなあ。
でもまあ、たまにやる。
なぜといつて、詰め将棋はひとりでもできるからだ。

思ふに、囲碁を打つたり将棋を指したりできるやうにならないのは、自分ひとりではできないからだ。
対局、といふからには、もう一人必要なのである。

もとい。

囲碁や将棋はひとりではできない。
コンピュータ相手に練習するといふ手もあるけれど、どうもそれがうまくいかなくてね。
ああいうのは、初手は対面で習はないとダメなんぢやなからうか。
そんな気がする。

芝居見物は一人でもできる。
だいたい見に行くときは一人だ。
しかし、出かけなければならない。
大抵劇場といふのは都会にある。
さうでなければ人の多いところにある。
混雑した電車に揺られ、人の波をかきわけるやうにして劇場にたどりつく。
ついたらついたで、広いはずの劇場内が狭く感じられるほど人がたくさんゐる中を、なんとか自分の取つた席にたどりつく。
幕間は幕間で、押し合ひへし合ひする人をできるだけ避けるやうにして移動する。
帰るときは、イヤホンガイドを返却するので滞る人の流れを気にしつつ、人の殺到する出口に向かはなければならない。

疲れる。
とにかく疲れる。
芝居を見る以前の段階で、疲れてしまふのである。

つまり、やつがれは「一人ででき」て「でかけなくてもできる」ことが好きなのだ。
それが一番楽しい。

「論語」に、こんなことばがある。

子曰知之者不如好之者好之者不如楽之者

あることを知らうと学ぶ人はそれを好む人にはかなはず、好む人は楽しむ人にはかなはない。
そんな意味だと思ふ。

「学ぶつてことはさー、それなりに好きつてことでせう?」
と、やつがれなんぞは思ふわけだが、仕方なく学ぶ人もゐるだらう。
芝居ならば、別に好きでもなんでもないけど、一応たしなみとして見ておかう、なんてな人は、芝居か好きで好きでたまらない、といふ人にはかなはないわけだ。

……かなはないつて何が?
と、いまふと疑問が首をもたげてきたが、とりあへずここではおく。

で、芝居が好きで好きでたまらないよ、といふ人でも、芝居を楽しむ人には到底及ばない。

そこでいふと、おそらくやつがれは芝居のことは好きなのだ。
好きだけど、楽しんでゐない。
だつて人が多いんだもん。
行き着くまでと帰るときの苦行が耐へ難いんだもん。

で、結局何が楽しいのか。
あみものとかタティングレースとかだよなあ。
家でひとりでできるもの。
あと、最近出かける予定のない休みの日にのんびり飲みつつ本を読むのも楽しい。
酔つてゐるからかもしれないけれど、折に触れ「なんて楽しいんだらう」と思ふことがあるくらゐだ。

楽しい。
楽しいけれど、それでぢやあ「知之者」とか「好之者」とかに及んでゐるのか、といふと、うーん、そんなことはない気がするんだよねえ。

でもまあ、楽しければ、いいか。

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Friday, 27 June 2014

これがやりたかつたのか

今月の歌舞伎座の興行は6/25(水)に千秋楽を迎へた。

初日に昼の部だけ見て、21日に夜の部を見に行つた。
夜の部の喜利は「名月八幡祭」だつた。
吉右衛門の縮屋新助。演目と配役が発表になつたときに、「それは楽しみだな」と思つた。

思つて見に行つて、結果、なんだか予想のななめ上をいく良さだつた。
さう、よかつたのである。
予想のはるか上をななめにいく感じでよかつた。
見て、「ああ、播磨屋さんはこれがやりたかつたのか」としみじみ思つた。

芝居を見に行く人は、大抵は好きな役者の出る好きな演目好きな役の芝居を見に行くのだらう。
ご多分にもれず、やつがれもさうである。
やつがれはねえ、「伽羅先代萩」の仁木弾正と細川勝元とがどちらもいい役者が好きでねえ。
「伽羅先代萩」の対決と刃傷とが出るときは、かなりうきうきと見に行くことが多い。まあ、配役次第だけど。

しかし、今回、「これがやりたかつたのか」といふ芝居を見るのも、いいもんだと思つた。
それが好きな役者だつたらなほさらだ。

実は、「これがやりたかつたのか」と思つて、見に行つてよかつたな、と思つた芝居が、半年前にもあつた。
十二月の国立劇場、「弥作の鎌腹」がそれである。
主役の弥作はやはり吉右衛門。
もしかしたら地下鉄で見るからに鄙な里の猟師といふか農夫といふかそんな出で立ちの播磨屋が大根を肩に担いでゐるポスターを見たことのある向きもあるかもしれない。

どんな芝居かも知らないし、最初はあまり期待しないで見に行つた。
さうしたところ、どうだらう。
これがねえ、よかつたんだよねえ。
決して好きな芝居ではない。
決して好きな役ではない。
しかし、「あー、これがやりたかつたのかー」といふ、腑に落ちた感覚。しかも、登場人物それぞれにすばらしい演技。
いやー、見に行つてよかつたねえ。見に行かなかつたら、この感動は得られなかつたのだ。

かういふ芝居もあるのだねえ。
あらすじとか、具体的にどんな芝居だつたのか、といふことは、おそらくすでにあちらこちらで書かれてゐることだらう。
ゆゑに、ここではいちいち書かない。
「弥作の鎌腹」も「名月八幡祭」も、どちらも後味のいい芝居ではない。
それが、よかつた。
それだけのこと。

「これがやりたかつたのかー」といふ芝居の見られる、といふのは、実に貴重なことだと思ふ。
大抵の人間は、やりたいことはやれないからだ。

以前、まだ「ニュースステーション」だつたころ、ヨーヨー・マが出たことがあつた。
「若い頃は、認められるのに必死だつた。やつと最近、自分の好きなやうに演奏できるやうになつてきた」といふやうなことを云つてゐた。
ヨーヨー・マにしてさうなのか。
そのときさう思つた。

歌舞伎でいふと、今月はこんな座組で、こんな芝居をやつて、「でもオレはこれはやりたくない」とかいろいろもめて、最終的に「まあこれだつたらいいか」といふ線に落ち着くのではないかなあ。
それもそれができるのは大幹部だけで、その他の人々は、割り当てられた役を演じてゐるのぢやないか知らん。

そんな中で、「これがやりたい」といふ芝居をして、しかも客に「これがやりたかつたのかー」と思はせることのできるといふのは、これは実に稀有なことなのだ。
さう思ふ。

そして、そんな場に居合はせることのできた喜びをかみしめるのだ。

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Thursday, 26 June 2014

片岡愛之助式読書

歌舞伎役者の片岡愛之助は、食事はほぼ外食で、バランスを取るために「パスタが食べたい」と思つたときには和食、「寿司が食べたい」と思つたときには洋食、といつたやうに自分の食べたいものとは別のもの、いはば「食べたいものと反対のもの」を食べるのださうである。
なるほど。
それがストレスにならない人は、それがいいのかもしれない。

昨日、出先で読む本を選ぶときに、この方法を採つてみた。
「荘子」を読みたいと思つたので、「論語」を手にしてみたのである。

……それつて、「読みたいものと反対のもの」になつてゐるのか。
チト自信はない。
自信はないけれども、そんなに間違つてはゐないと思ふ。

そんなわけで、昨日から貝塚茂樹版の「論語」をちびちびと眺めてゐる。

この読書方法になにかいい点はあるのか。
わからないねえ。
まだはじめたばかりだし。

悪い点はいくらでも思ひつくがね。
たとへば、「読みたくもない本を読むほど、人生は長くない」といふこととかね。
いつごろからだらうか、今後生きてゐるあひだに読める本について思ひを馳せるやうになつたのは。

「この本は、残された我が人生をかけてまで読むべき本か」

本を読むときに、ときどきさう考へてしまふ。
人生は短い。
「少年老い易く学成り難し」つて、朱子も云つてゐるつていふ話ぢやん。
意味の取り方がちがふかもしれないけどさ。
そして、「論語」を読むやうになつて、どうもやつがれが好かんなあと思ふてきたのは、孔子の教へではなくて、朱子学とかなんとか、さういふ後から出てきたものらしいといふことがわかつてきたんだけどさ。

いづれにしても、人生は短い。
だつたら読みたい本を読みたいときに読めよ。
心底さう思ふ。

おそらく、片岡愛之助式読書(と、ここでは名付けることにしやう)が効力を発揮するのは、人生の中で春秋に富んだ時期に限るのぢやああるまいか。
すなはち、吸収力も時間もあるころ。
世の中のあらゆることに目を向けるべき時期。

そんなものは、とつくに過ぎ去つてしまつたがね。

孔子も「論語」で云ふてゐるやうに、あるものごとを見るときに、いろんな側面から見てみるのはいいことだ。
自分の意見とは対立する意見のことも読む。
自分は思ひもよらなかつた意見のことも読む。
その理想を現実のものとするには、片岡愛之助式読書はよい読書法なのではあるまいか。

少なくともやつがれの場合は、「世の中の役に立ちたくない」だとか「役に立つものなんてくだらない」と考へがちなので、たまには「論語」とか読んでみるのはいいことなのだと思ふ。
といふか、さういふことにしたい。

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Wednesday, 25 June 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 三国志‐魏・呉・蜀‐のうち魏

6月6日、7日と、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「三国志ー魏・呉・蜀ー」のうち、魏について書く。

今回の魏のテーマは、「許褚を叱る曹操」なのださうである。
ええー、なにをしたの許褚。

まづは向かつて左から見て行かう。
一番左側の手前に夏侯淵が立つてゐる。許褚の方を見てゐるとおぼしい。
そのやうすが、なんとも云ひがたい。
なんとなく、「そら見たことか」と云つてゐるやうにも見えるし、「あーあ、云はんこつちやない」と云ふてゐるやうにも見える。
どつちもあんまり変はらないか。
夏侯淵のくせに生意気だぞー、と、人形劇を見てゐた身としては思ふ。
夏侯淵は、人形劇のかなり初期から出てゐて、それゆゑにか、性格のなかなか定まらなかつた人物である。
一等最初はそれなりにやうすよく登場したものの、そのうちなんだかちよつと三枚目な演技をしてみたり、あ、さうさう、曹操の父親の護衛とかもしてるんだよね。夏侯淵がついてゐながら、曹嵩はまんまと殺されてしまふのである。
それがそのうちそれなりにやうすよくなるわけなんだが。
そんな輩にとやかく云はれたくないよなあ、許褚だつて。

その夏侯淵のすこし後ろにゐるのが荀彧である。
人形劇の荀彧なので、老人態である。
なぜここに荀彧。
ふしぎだが、おそらくは全体のバランスのため、だらう。
曹操を忠臣に文官と武官とをふたりづつ、といふバランスのためにつれてこられたのにちがひない。
曹操の謀臣はほかにもゐるが、多分、それもバランス的に荀彧が一番ふさはしいと思はれたのだらう。
仲達ぢやあこの場にそぐふまい。脇でさらなる陰謀をたくらんでゐるやうに見えてしまふ。
荀攸だと郭嘉と似通つてゐるからね、見た目的に。
荀彧は、曹操をなだめやうとしてゐるやうにも見えず、ただそこに控へてゐる、といふやうに見える。
人形劇の荀彧はほとんど出番がないからなあ。曹操の悪行三昧を表現するためにだけ登場したやうなものだし。
さういふ影の薄さはあるともいへる。

この場の中心にゐるのはもちろん曹操である。
前回も書いたけれど、曹操・玄徳・孫権の共通点として、前垂れ部分の絵が龍、といふのがある。
曹操の龍が一番いいねえ。
例によつて曹操は真つ赤な出で立ちで、前垂れだけが水墨画のやうな趣になつてゐる。白と灰色と黒となのだが、金糸や銀糸をあしらつてあつて、豪華だ。
玄徳と孫権と、どちらも龍は前を向いてゐるのだが、曹操のだけは横顔になつてゐる。しかも玉を持つ手が描かれてゐて、五本指だ。
雄か。
衣装の華やかさも目を引くが、その表情も実にいい。
向かつて右前方、許褚の方をぐつとにらんでゐる。
この表情が見る角度によつて全然ちがふんだよねえ。これが実におもしろい。
正面から見たら単に睨んでゐるだけのやうに見える。
これが許褚のあたりから見ると、まことにおそろしい形相に見える。ケースの横から見ても同様。
うわー、怒らせちやつたよ。
そんな感じだ。
いつたい許褚はなにをそんなに怒らせるやうなことをしてしまつたのか。
とにかく、この曹操はいろんな角度から見ることをおすすめする。

曹操がそんな形相だから、許褚はすつかりしよぼんとしてしまつてゐる。
愛嬌のある顔をうつむけて、意気消沈といつたやうすだ。
前回前々回その前と、許褚はいま義仲や頼朝のゐるケースの一番左端にゐた。この許褚をして「口さへあけてゐれば阿の仁王様である」と書いたことがある。
そんな勇ましいやうすをしてゐた許褚が一転、どうしたしょぼくれやうだらう。
いつたいなにをしでかしたんだか。
だいたい許褚がそんなにやらかすことがあるのか。
とても気になつてしまふ。
上にもかいたとほり、許褚のあたりから見た曹操の顔は鬼の形相だからね。
そら顔をも得あげぬ、といつたところだらう。

そんな許褚の斜め後ろにゐて、曹操にとりなしてゐるのが郭嘉である。
うーん、飯田の郭嘉はやはりそんなにいい男ではない。
をかしいなあ。人形劇のときはあんなにいい男だつたのに。
しかし、この場で曹操をなだめることができるのは、郭嘉しかゐない、といつたところなんだらうなあ。
なにしろ曹操は何かにつけて「郭嘉が生きてゐれば」とか云ふてゐたし。人形劇の中でもね。
また多分とりなし方がいいのだらう。
あまり情によらず、理によつたとりなしかたをするのにちがひない。
この郭嘉はね。

以下、もう少しつづく。

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Tuesday, 24 June 2014

やる気も力も情熱もない

そして、タティングレースはやはりすこしづつではあるものの進んでゐる。

Untitled

家でもJon Yusoffの本を見てモチーフとか作つてるしね。
作つてはゐるのだが、昨日なんかもぐるつと一周して戻つてきたらつなぐピコが足りない。
よくよく見たら一番最初のところでつなぎ間違へてゐる。

……「モルダー、あなた疲れてるのよ」つて、きつとかういふ時に使ふセリフなんだらうな。
やつがれはDVDで見たからモルダーは小杉十郎太でスカリーは相沢恵子なんだけれども。
確か「シンプソンズ」にモルダーとスカリーが出てきたときも、吹き替へはこのふたりだつた気がする。

いや、それはどうでもいい話か。

つまり、さう、なんといふか、もう最近なにもやる気がしないのである。
もともとやる気のないたちだ。
「世の中の人つて、なんであんなに情熱にあふれてゐるんだらう」とふしぎでならない。
世の中の人つて、情熱にあふれてゐるよね。
ちよつとついていかれないなあ、としみじみ思ふ。
たとへばやつがれの場合はお芝居にしたつて、日曜日にはめつたに行かない。
日曜日は翌日からの work days にそなへてのんびりする日、といふことになつてゐる。
土日連続で出かけることはまづない。ほとんどない。めつたにない。
そんなことしたら、体力がもたないもの。

さうか、世の中の人は情熱といふよりは体力にあふれてゐるのかな。

やる気も情熱も体力もないやつがれは、おそらく、基本的に心の体温が低いのだと思ふ。
んで、世の中にはさういふ人もたくさんゐるんだらうと思つてゐる。ただ、目立つ要素がないから目立たないだけなのだ。

いい例が、サッカーのワールドカップだ。
日本代表のことは、応援してゐる。
応援してゐるといふことでいへば、もうずいぶん長いこと応援してゐる。
メンバーが替はつても、変はることなく応援してゐる。
やつがれが見始めたころ、「日本の守護神」は松永だつた。10番は木村和司。
あれから幾星霜、いろいろあつたねえ。
もとい。
それでゐて、やつがれは、俗に言ふ「ジョホールバルの悲劇」を悲劇ともなんとも思つてゐない。
だいたいジョホールつていつたらマレー戦線だらうよ。
あ、それも、もとい。
ジョホールバルであつたことは、フットボールではよくあること。
さう思ふてゐる。
勝てばうれしいし、負ければ残念に思ふ。
ただ一喜一憂して大騒ぎしないだけなのだ。
きつと、世の中のサッカーの日本代表を応援してゐる人の多くは、やつがれと似たやうな感じなのだと信じてゐる。
ただ、目立たないだけで。
渋谷の町にどつとくり出して大騒ぎする方が絵になるし、なにしろ目立つ。
それだけのことなのだ、と。

問題は、心の体温が低いと、あまり多くのことを経験することもなく、もともと面白味がなのにますます面白味のない人間になつてしまふ、といふことだ。

まあでも、他人を entertain するために生きてゐるわけでもないしね。
かう考へるところがすでにダメなのか。ダメなのかも。

それはさておき、日々ちよこちよこと結んではゐる。
そんなわけで、The Twirlyをつないだもの(作品、とも呼べないし、なにになるかはまだ謎なので「もの」としかいへないのだが)も、少しづつ大きくなりつつある。
なんか、そんな感じでいいんぢやないかな。

世の中を動かしてゐるのはやる気も根気も体力もあつて、情熱にあふれた人なのかもしれないが。
ひつそり穏やかに暮らしていく人間がゐてもいいぢやあないか。

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Monday, 23 June 2014

好き嫌ひの屁理屈

あみものをする手の動きをして「フィンガーダンス」と呼んだのは、たた&たた夫さんだつたと記憶する。

フィンガーダンス。
あみものの手の動きは、まるで指が踊りを踊つてゐるかのやうだ、といふのだ。
うまいこと云ふなあ。
やはり、長くあみものを愛してきた人はいふことが違ふよなあ。

実はそれまで、あみものをするときに指の動きを意識したことはほとんどなかつた。
それで下手だつたのかなあ、とも思ふが、意識するやうになつてからもうまくなつたわけではないので、それは関係あるまい。

手の動きは意識してゐた。
あみものをするとき手の動きが好きだなあ。
長いこと、さう思つてゐた。
いまも思つてゐる。

おそらく、やつがれが刺繍だとか縫ひものをしないのは、手の動きがそれほど好きではないからである。
春秋を経てきた人々にはお馴染みの由利徹の持ちネタに、縫ひものをする女の人の形態模写がある。
あれはすばらしかつたし、あんな風に縫ふことができたら、もしかしたらやつがれだつて縫ひものを好きになれたかもしれない。
さう思はないでもない。
さう思はないでもないけれど、やはりあの手の動き自体はそれほど感銘を受けるものではない。
お笑ひだから、とか、形態模写だから、ではない。
自分で実際にやつてみてさう思ふのである。

なんだらうな、扱つてゐるものが大きすぎるかもしれないな。
雑巾ならいざ知らず、縫ひものといふのは基本的に大きなものを扱ふ。着るものだからね。
ボタン付けひとつとつてみても、ボタンは小さいけれど、その下のシャツやジャケットはかなり大きい。取り回しが不便だ。

あみものも、やつがれがあまり着るものを編まないのは、実はさういふところがあるのだと思ふ。
前身頃とか後ろ身頃とか、大きすぎるでせう。
あれを前に後ろにひつくりかへしつつ編むのには、ちよつと気構へがゐるんだよね。

刺繍ならハンカチといふのもあるが……考へてみたら、やつがれも長いことレース編みなどをやつてゐるが、ついぞハンカチの縁の飾りなど編んだことはない。
縫ひつけないといけないからだ。
編みながら編みつけていく方法や模様もあるにはあるけれどね。
一度はやつてみたいなあと思ひつつ、やつてことはない。
多分、ハンカチに興味がないからだらう。
興味がないといふか、洗つたらアイロン必須、といふところがハンカチは敷居が高いのである。
やつがれが手ぬぐひを愛用する所以のひとつでもある。

縫ひものとあみものとで、手の動きのどこに違ひがあるのか。
縫ひものはあまりやつたことがないので、しかとは云へない。
思ふに、手の動く範囲ぢやないかなあ。
手といふよりは腕かもしれない。
なんとなく、縫ひものの方が腕の動く範囲が大きいやうに思ふのだ。
縫ひものだつて、大きいものを縫ふにしても、手で布をたぐりよせながら縫ふのであつて、とくに腕が大きく動く、といふことはないのだらうとは思ふ。
でもなあ、なんとなく、こー、縫つたあとをしごいたりなんだりするでせう。
あみものでも、ひつくりかへして編む場合は、それなりに腕の動くものだ。
ただ、やつがれの編むやうなものは、ほとんど肘から下は動かないやうなものが多いんだよね。
実際は肘の動きが重要だつたりはするんだけどね。

さういふところが、好きなんぢやないかなあ。

タティングレースもそんな感じだと思ふ。
リングの糸を引くときに、ちよつと肘が動くけど(そしてやはり実際は常に肘の動きは重要なのだけれど)、でも、シャトルを動かしてゐるあひだは、さほど肘は動かない。

と、好き嫌ひの理屈はいくらでもつけられるものなのである。
ほんとは縫ひものが好きだつたらいいなあとは思ふんだけれどもねえ。
もし生まれ変はることがあつたなら、料理と掃除と縫ひものが好きな人間に生まれたい。
さうしたら、人生どれほど楽しいことか。
などと思ひながら、あみものをしたりするのである。

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Friday, 20 June 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 三国志‐魏・呉・蜀‐ のうち蜀

6月6日、7日と、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「三国志-魏・呉・蜀」について書く。

「平家一門」の大きなケースの右隣にあるケースには、まづ蜀の面々がゐる。
左端手前には趙雲がゐる。
拝命つかまつる、とでもいはうか、うちうつむいたやうすで立つてゐる。
趙雲はちよつと顔を伏せてゐた方がいい男だなあ。
以前の展示で、ケース前方で膝をつき、頭を垂れてかしこまつたやうすでゐたことがあつたけれど、このときの趙雲が実によかつたのだつた。
落ち着いてゐるつていふか、見るからに忠臣といふか。
それでゐてどこか爽やかだしね。
前回の展示では、現在文覚のゐる位置に槍を背負つて立つてゐた。顔は真正面を向いてゐて、さうするとなんだかどことなく険しいやうすに見えるんだよね。
今回は、どうなんだらう、拝命つかまつる、なのか、それとも軍師の説を聞いてゐるといふ心なのか、うつむきがちで、とてもいい。見とれること必至。

趙雲のうしろには淑玲がゐる。
淑玲がゐることで、この場がどんな場なのかわかりづらくなつてゐる。
そのせゐか、前回前々回の展示ではぐつとくるほど可愛かつた淑玲が、今回はそれほどでもない。
この玄徳とのその一味がどんな状態にゐるのかわかれば、まちつと見る側の気持ちも変はるかも。
そんな気もする。
多分、視線の先にゐるのは孔明だと思ふんだけど、淑玲が孔明を見るつて、どういふ場面だ?
ま、いいか。
そのうちわかるかもしれないし。

淑玲の隣が玄徳。
すでにかなり立派な出で立ちをしてゐる。
前垂れの部分が龍、といふのは、今回曹操・玄徳・孫権の共通点なのらしい。
玄徳の龍はこちらを向いてゐる。全体的な色合ひは青。人形劇当初からおなじだな。
玄徳も多分、孔明を見てゐるんだけど……うーん、なんだらう、玄徳の衣装の立派さから考へて、赤壁の戦ひよりあと、といつたところなのかなあ。あ、でもさうしたら淑玲はゐないか。
いづれにしても、孔明が持論を展開してゐる場なんだらうな、といふ気はして、玄徳はそれを聞いてゐる、といつたやうすなのだと思ふ。
あ、聞いてゐるのは玄徳ぢやないか。孔明以外のその場の人々が聞いてゐる、か。

その玄徳の前にゐるのが孔明である。
めづらしく、白い衣装に透ける地の黒い道服をまとつてゐる。
川本喜八郎には、孔明は白、といふのにこだはりがあつたのだらうな。
以前も書いたと思ふが、飯田にゐる人形劇に出てゐた人形のほかに、その後作つた別の人形がある。孔明などは何体もあるのらしい。うち一体は現在ヒカリエで見ることができる。
いまヒカリエにゐる孔明も含めて、「人形劇に出てゐなかつた孔明」を何体か見たことがある。
正直云ふと、中には「これ、やつがれの軍師殿ぢやないし」と思ふものも何体かあつた。
ヒカリエの孔明は、最初の展示のときのやうすが絶妙だつたこともあつて、いいことになつてゐる(なんてエラそー)。
でも、やつぱりなにかが違ふんだよな。
原型からして新たに作られた人形なのだらうから、なにかがちがふのは当然である。
当然ではあつて、それでもなほ、その違ひといふのは何なのか。
つい考へてしまふ。
玄徳もさうだ。
飯田にゐる玄徳には、ヒカリエなどでは見たことのないそこはかとない「色気」とでもいふべきものがある。なんだらう、顔立ち? とくに顔の下半分。そんな気がする。
色気といひ艶といふ、そんなものが、あるんだよなあ。
ヒカリエの孔明とくらべると、飯田の孔明には、いはくいひ難い「妖しさ」のやうなものがある。
玄徳に感じる「色気」とか「艶」とかとおなじものなのかもしれない。
人形も、年を経るとさうした雰囲気がそれとなく醸し出されるものなのだらうか。
あるいは人形劇の収録といふ修羅場をくぐり抜けてきた、歴戦の強者の持つ独特の気なのか。
なにしろ、人形劇三国志の収録は「残酷志」と呼ばれるほどだつたといふからね。
人間でも、「雰囲気のある人」なんてないひ方をすることがある。
飯田の孔明は、まさにそんな感じだ。

その孔明の隣、すこし離れたところに関羽が立つてゐる。
髯に手をやつた姿が、なんともいい。
ここ何度か通つた中では一番……いや、一二を争ふくらゐいい。
だいたい、人形劇でも髯を撫でる関羽つてとつてもいいんだよねえ。
「父子再会」で「戦とはかくもむなしいものか」つて「おまへがそれを云ふな!」つてなせりふを肚裡でつぶやくときも、髯を撫でながらなのでつい見方が甘くなつてしまふ。
関羽も、おそらく孔明を見てゐるのだらうと思ふのだが。
すこしはなれたところにゐるところを見ると、これつて孔明の仕官直後なのかな。
関羽は、まだこの青二才(といつてもそれなりにいい年なやうな気はするが)のやうすを見てゐるつてなところだらうか。

関羽のとなりにゐるのが張飛。
なんだかびつくりしたやうすで立つてゐる。
手を胸のあたりでくんで、おろおろしたやうすにも見える。
うーん、さうすると、孔明仕官直後で関羽と張飛とはまだ孔明を認めてゐない状態、といふやつがれの状況分析は間違つてゐるのだらうか。
そんな気もする。
張飛もこのやうだと孔明の方を見てゐる。
この張飛を見てゐると、「さうなんだよね、張飛つて、可愛いよね」としみじみ思ふ。
人形劇の張飛はなんだか可愛い。やんちやな三男坊つて感じで、いいんだよね。
人形劇では可愛いのは張飛でお茶目なのが曹操だ。

この関羽と張飛との背後に、槍と青竜刀と蛇棒がたてかけてある。趙雲・関羽・張飛の得物だらう。

さらにつづく。

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Thursday, 19 June 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 木曽と鎌倉

6月6日、7日と、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は展示室内で「木曽と鎌倉」について書く。

「平家一門」のケースの向かひに、「木曽と鎌倉」と題して源氏にゆかりの人々が並んでゐる。
ケースの一番右のスペースはあいてゐる。ここには前回前々回さらにそのまた前と許仲康が仁王様よろしく立つてゐたところだ。
このケースで一番右端にゐるのは、山吹である。
山吹は義仲の妾・葵に仕へてゐた。義仲の手がついたところ、葵が妬んで山吹を雑兵に落としてしまつた。それを恨んだ山吹が、倶利伽羅峠の戦ひのときに、葵に毒矢を射かけてみごと命中させる。その後葵は毒に苦しむことになる。
この逸話を聞いて浮かぶ印象からさう違ふことのない人形が、そこに立つてゐる。
最初に嫉妬したのは葵だらうに、山吹の形相も凄まじい。恨みばかりではなく妬みも深い、そんな女の人に見える。
着てゐるものは十二単風で結構豪華だ。葵の側仕へでもこんな衣装が着られるのか、或は義仲の手がついたからさういふ着物も着られるやうになつたのか。ちりめんで、人形にしては大柄な衣装である。華やかだがどことなくあか抜けない感じの柄だ。
いづれにしても、山吹はすこしも幸せさうではない。
このケースの中でただ一人、憎悪をたぎらせてゐる。
そんな感じがする。

山吹の左隣には、それぞれ馬上の葵・義仲・巴が並んでゐる。
葵と巴とは、「女人平家」のときも見た。
葵は伊那の出身なのださうである。
鎧姿で脛当てなどに葵模様が入つてゐる。
「女人平家」で見たときは、葵の方が「巴御前」としてこちらの抱いてゐるイメージに近いな、と思つた。
きりりとした表情をしてゐるからだ。
もつといふと、きつい性格なんだらうな、といふか、ね。
「女人平家」のときは確か目が横を睨んでゐたやうに思ふけれども、今回は正面を見てゐる。
なんとなく中村福助に似て見える。

両手に花の義仲は、黒い馬に乗つてゐる。あ、葵は茶色ね。
鎧はtealとでもいはうか、緑がかつた青のグラデーションがとても印象的である。統一感があつて、すつきりして見える。
膝などの部分に、菊の紋章のやうなものがあしらはれてゐて、これが見やうによつては朝日のやうに見える。多分、それを意識して義仲につけたんだらうな。

義仲といふと、やつがれは倶利伽羅峠が印象に深い。なぜといつて、こどものころはじめて義仲を知つたのが、倶利伽羅峠の戦ひの話でだつたからだ。
その後、こども向けの「平家物語」を読んで、「これはどうやらとんでもない人だぞ」と思ふやうになつた。
平家一門が都落ちして、京の都に入つた朝日将軍・義仲は、どうにも困つたちやんだつたからだ。
牛車の乗り降りの仕方を知らないのはともかくとして、貴族たちに酒肴をふるまふときに、「たらふく食べてください。反吐が出るほど、腹が割けるほど」と云つて、相手を辟易させた、といふのがね、どうもこども心に許せなかつた。
だつてそんなこと云はれたら、食べる気を失ふでせう。
だいたい、反吐が出るほど腹が割けるほど食べるつて、そりや「人生狂騒曲」のMr.クレオソートだよ。

しかし、川本喜八郎は、そんな義仲の肩を持つのだ。
上にも書いたインタヴューDVDで、川本喜八郎は、「新・平家物語」の中で一番気になる人物は義仲だ、といふてゐる。
生まれ故郷といはれる地にも行き、「よくぞこんな鄙な地に生まれ育つて都を目指さうと思つたなあ」と感慨にふけつたのださうな。
また、貴族に悪く云はれるのも可哀想に思ふたやうである。
悪く云はれて当然だと思ふがなあ。
もちろん、木曽ではMr.クレオソートでよかつたのかもしれないが。
郷にいれば郷に従へつていふのに。

いづれにせよ、川本喜八郎は義仲が気に入つてゐたのらしいことは確かだ。
人形を見てもそんな感じがする。
鎧の色合ひとつ取つても、ね。

その隣に白馬に乗つた巴がゐる。
構へた長刀が鋭い。
しかし、その表情は穏やかである。
色白で(葵も山吹も白いが)、もつちりした肌の、やはらかい雰囲気の美人。
それでゐて強い。武術においては葵よりも上だらうなあ。
そんな印象である。
おそらく目の閉じるカシラであらう。
巴紋の膝当てをしてゐたりする。
巴御前といつたらもつと強さうな感じなんだけどなあ、と思はないでもないが、見てゐるうちに「なるほど、これはこれでありかなあ」といふ気もしてくる。

その左隣に、覚明。義仲の参謀である。
参謀は坊主、なのかね。学があるからさうなるのかもしれない。
義仲が如何に強いとはいへ、やはりよい参謀は不可欠であらう。
義仲にはそれなりによい部下もゐたと思ふんだがなあ。一応四天王と呼ばれる人々もゐたわけだし。
それでも即ダメになつてしまつたのはどういふことなのか。
たとへば覚明は、戦にはその能力を発揮したけれども、まつりごととなるといまひとつだつたのかなあ、などと考へてしまふ。
カシラからすると、そんなに賢さうには見えないしなあ。目などは細くて鋭くて、陰謀家の趣はあるけれども。
衣装は茶色。

覚明の隣には頼朝がゐる。ここから「鎌倉」になるといふ寸法だ。
頼朝はすこし上の方を見てゐる。もしかしたら向かひにゐる清盛を見てゐる心の中もしれない。
頼朝は前回のヒカリエの展示で見た。
曹操によく似た感じだつた。
飯田の頼朝は、といふと、曹操めいたところはほとんどない。
渋谷の頼朝が胸に一物も二物もありさうな表情をしてゐたのに比べて、飯田の頼朝は、どこか茫洋とした表情をしてゐる。それでゐて、食へない奴にも見える。
どちらがいいか、と訊かれると、どちらも、と答へたくなつてしまふなあ。
衣装は黒地に松と鶴の細かい模様。これもなんとなくやさしい感じがする所以なのかもしれない。

その隣に政子が立つてゐる。
小袖の前をくつろげて、下の衣装が見えるやうにしてゐるのだとか。
政子も「女人平家」のときに見てゐて、蓬子とこの政子と、どちらがより生き生きして見えるか、といふくらゐ、生きて見えた。目が横を向いてゐたからかなあ。
今回は正面を向いてゐて、とても怜悧な印象を受けた。
隣にゐる頼朝よりもデカいことをしさうだ。
それに、ひどく冷たい性格のやうにも見受けられた。
政子はヒカリエの前回の展示のときにゐた。笠をかぶつてゐたので顔はよく見えなかつたが、こんなきつい顔はしてなかつたと思ふんだがなあ。
まあ、そのうちまた出てくるやうな気もするので、そのときに改めて見比べてみたい。
衣装には黄緑色があしらはれてゐて、裾にむかつて大きな花柄になつてゐる。黄緑といふところが鄙の女といふことをあらはしてゐるのかもしれない。

その政子の前には父・時政が座つてゐる。
時政も、ヒカリエの前回の展示のときに見た。
飯田の方がいいね。
渋谷の時政は、単に田舎のヲヤジといつたやうすで座してゐた。田舎のお山の大将。そんな趣だつたやうに思ふ。
飯田の時政は、衣装も座するその姿も、前回の渋谷の時政とほとんど変はらない。カシラ自体もそれほど大きくは変はらないのに、飯田の方が老獪な人物に見える。とりあへず娘婿に働かせておいて、いづれ見てろよ、とでもいひたげな、そんな表情を浮かべてゐる。
時政といつたら、こつちの方がイメージに近いかな。
もしかすると、ほんたうは「単なる田舎のヲヤジ」風だつたのかもしれないけれどもね。

政子の隣に梶原景時。黒い衣装を身にまとつて立つてゐる。
梶原景時といへば悪役と相場は決まつてゐる。
たしかに、いろいろたくらんでゐさうな表情をしてはゐる。
してはゐるけど……そんなに悪さうには見えないんだよなあ。
梶原景時といふと、芝居では「石切梶原」といふ演目があつて、この景時が実にいい役なんだよなあ。揚幕の開くチャリンといふ音がして、しばらくすると、実にさはやかないい声が聞こえてくる、といふのが、やつがれの「石切梶原」の景時に持つてゐるイメージである。
まあ、飯田の景時には「石切梶原」のイメージもないけどね。
しかも、頭も小さくはないから、拝領の頭巾を縫ひちぢめる必要もなささうだ。
飯田の頼朝は頭が小さいからなあ。

ケースの一番左端にゐるのが、文覚だ。
くすんだ青の目の粗いやれた衣装を着てゐて、手には角材のやうなものを持つてゐる。錫杖ぢやないよなあ、どう見ても。
文覚は、出家前の姿をヒカリエの最初の展示で見てゐる。
そのときも、「轟天に似てゐるなあ」としみじみ思つてゐた。
轟天といふのは、劇団☆新感線の橋本じゅんの演じる登場人物である。千葉真一をモデルにしてゐると思はれる。
なので、文覚には千葉真一めいたところもあるのだけれども、どちらかといふと轟天なんだよなあ。
飯田の轟天……ぢやなくて文覚も、実に轟天つぽくていい。
なんだかとつても生きてゐる。そんな感じがする。

といふわけで、平家物語の面々はここで終はり。
次から人形劇三国志の面々について書く予定。

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Wednesday, 18 June 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 平家一門 後篇

6月6日、7日と、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は展示室内で一番大きなケース「平家一門」の続きを書く。
鎧姿の人々についてである。

ケースの中央手前には、平敦盛がゐる。
鎧姿で、床几のやうなものに腰掛けて、笛を吹いてゐる。
笛は青葉ではなくて小枝の笛。ちやんと蒔絵のやうな模様が入つてゐるところにぐつとくる。
この敦盛を、巨大なケースにゐるほぼ全員の人形が見てゐる。
そりやあ経盛も心配顔になるはずだよなあ。
敦盛は、渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーの現在の展示にもゐて、やはり笛を吹いてゐる。こちらは青葉の笛、といふことになつてゐたと思ふ。烏帽子を被り、お貴族さまのやうな出で立ちである。
やはりといふかなんといふか、鎧姿の方が凛々しくてよいね。
基本的には、人形劇に出てゐた人形の方がいい、と思ふことが多い。
後白河法皇がさうだし、徳子もさうだなあ。
でも、「基本的に」といふのはやつがれの思ひ込みなのかもしれないと思ふこともある。
重盛は、いまの展示のやうすからいふと、飯田の方がずつといい。
このあと出てくる人形劇三国志の小喬も、渋谷の方が断然可愛い。
頼朝は甲乙つけがたい。
衣装やポージングの違ひで生じることなのかもしれないが、必ずしも人形劇に出てゐた方がいい、とは云ひきれないなあ、と、思ふ所以である。
敦盛も、人形劇に出てゐたらう渋谷の敦盛よりは、新たに作られた飯田の敦盛の方がいい。
満座の注目を集めるに足る。
そんなよさがある。
敦盛本人は、そんなに意識してゐないのかもしれないが。
すくなくとも、この後の熊谷次郎とのことなどは、知る由もなからうが。

敦盛の横、といふか、二位の尼のやや斜め前に知盛が立つてゐる。
渋谷の知盛と色合ひは一緒だ。白を基調にした鎧姿である。
カシラは、渋谷の知盛より奇異な印象を受ける。
おそらく眉毛の上がり具合がさう思はせるのだらう。
あるいは単に首の傾げ具合でさう見えるだけなのかもしれない。
よくよく見ると、渋谷の知盛とそれほどの差異はないやうだからだ。
なんとなく奇異な表情でゐながら、知盛からは滋味がにぢみだしてゐるやうに見える。
惻隠の情、といふのかなあ。
昔、山藤章二が週刊誌かなにかで似顔絵塾を開いてゐた。
投稿された似顔絵の中に、とあるプロレスの選手を描いたものがあつた。
山藤章二はこれを表して「チャンピオンには負けた相手に対する惻隠の情が不可欠である。この絵はこの選手がこの情に欠けることをよくあらはしてゐる」と云つてゐた。
さう云はれてみると、これまで見てきた横綱でやつがれが「イヤな横綱だなー」と思ふのはみなこの「惻隠の情」に欠ける人ばかりだ。
飯田の知盛には、これがある。
まあ、最後に負けるのは知盛側なんだけれども。
でも、なんていふんだらう、相手に対する思ひやりつてぇのかな、さういふものがあるんだよね、知盛には。

その知盛の後方には、やつがれの中では平氏三大こまつたちやんの一人・惟盛が立つてゐる。
「平氏三大こまつたちやんの一人」などと書いたが、この鎧姿の惟盛がこれまたやうすがいいんだよねえ。
いま渋谷にゐる惟盛は青い衣装で笙だかなんだかを吹いてゐる。その姿はさはやかなのかもしれないが、いまひとつ魅力に欠ける。
飯田の惟盛は、白を基調としてやはり青い印象の強い鎧をつけてゐる。
これが実に凛々しい若武者ぶりなんだよなあ。
富士川の合戦とか知らなかつたら、なんてすてきな武士だらう、と思ふにちがひない。
人形劇の「平家物語」は、清盛とそれに連なる平氏は悪、源氏といふか義経は善、といふ風に描かれてゐるといふけれど、それに対する川本喜八郎なりの返答なのかもしれないなあ、とも思ふ。
新たに重衡とか惟盛とかをやうすよく作つてゐるのは、ね。

惟盛の隣が忠度。
緑と紫とを組み合はせた色合ひの鎧が、なんとなく鄙の侍めいた印象を醸し出してゐる。
忠度は、渋谷の方が凛々しいなあ。
渋谷の忠度は小鼓を打つてゐて、正面を見据ゑてゐる。さぞかし小鼓も善く打つのだらうと思はせるものがある。
飯田の忠度は、敦盛を見てはゐるものの、なんとなくちよつとみんなの輪からはづれた感じがする。
一番端にゐるからかもしれないし、照明のあたり具合のせゐかもしれない。

忠度の前、知盛の隣、ケースの一番右端手前にゐるのが教経である。
教経は、もう最期の姿なのだらうか。
髪の毛は捌けてゐて、兜も烏帽子もつけてはゐない。
この髪の毛が細かく波打つてゐるのが、おもしろい。
歌舞伎では、性格の強い人物の髪の毛はうねつてゐる、と相場が決まつてゐる。
いま歌舞伎座でかかつてゐる「実盛物語」には瀬尾といふ悪役が出てゐて、この瀬尾の髪の毛はぐるぐると波打つてゐる。
教経の髪の毛も、さういふ意なのかな。
教経は、現在のヒカリエのケースでも一番右手の手前にゐる。こちらはきちんと烏帽子をかぶつてゐて、表情は険しい。
ヒカリエの平家一門は、若人の演奏をみんなで聞いてゐる、といふ趣になつてゐる。
「そんなことしてゐる場合か!」と、教経は思ふてゐるのかもしれない。
鎧の色合ひは、飯田も渋谷も黒。
飯田の教経の方が目は小さいかな。しかし、きりりと目尻があがつてゐて、きつい性格をあらはしてゐるのはどちらも同じだ。

さて、このケースとその次のケースとのあひだに、ふたつの小さなケースがある。
どちらも一人用で、そのケース二つ分くらゐの間隔をあけて並んでゐる。
片方のケースには朱鼻伴卜、もう片方のケースには金売り吉次が座つてゐる。
座つてゐて、どちらも相手のやうすをうかがつてゐる。
これが今回、とてもいいんだよねえ。

一応、ここからは「木曽と鎌倉」といふ展示内容なのらしい。
伴卜は、桃色がかつたベージュの地に、かたばみか何か四つ葉を散らした柄の衣装を着てゐる。男物の羽裏なのださうである。ところどころ、つやつやとした糸で刺繍が入つてゐる。
袴がターコイズブルーのサテン地といふのは渋谷でみたのとおなじだ。
躰は平家一門の方を向いてゐて、しかし、顔は吉次の方を見てゐる。
見てゐるといふよりは、まさにやうすをうかがつてゐる、とでもいふかのやうな表情をしてゐる。

一方の吉次は、大柄の茶色系の衣装で落ち着いた感じがする。
吉次の表情は、伴卜よりもおとなしい。おとなしいが、元々のカシラのやうすから、厳しい印象も受ける。

伴卜は清盛に取り入り、吉次は秀衡のもとにて商ひで儲けやうとした商人だ。
この、平家対奥州藤原氏といふ対立がおもしろい。
争つてゐたのは、武士ばかりではないし、平家と源氏とばかりでもない、といふわけだ。

伴卜の背後から吉次を見ると、伴卜の手前のガラスに吉次を見やる伴卜の姿が映る。
これがまたいい。
伴卜の背と、こちらを見る吉次と、そしてそんな吉次を見る伴卜とを一度に見ることができるのだ。
もちろん、吉次の背後から見たらその逆を見ることができる。
このケース間の緊張感がたまらないぞ。

といふわけで、以下まだつづく。

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Tuesday, 17 June 2014

タティングレースの時計の鎖

タティングレースはそこそこ進んでゐる。

おそらく、あみものをしない分タティングレースに流れてるんだな、やる気とかが。
新しいGR-8 Tatting Shuttleを買ふたのがきつかけだ。
きつかけは新しいシャトルで、でもそればかり使つてゐるかといふとそんなことはない。
どちらかといふといままで持つてゐたシャトルの方が出番が多いかな。
The TwirlyといふモチーフではAerlitを使つてゐるし、ここのところ久しぶりにビーズを入れてたタティングをしてゐてこちらはクロバーのタティングシャトルを使つて作つた。
すなはち、これである。

Tatted Chain

ずつとMONDAINEのペンダント型の時計を愛用してゐた。
ある日、紐が切れてしまつた。
この時計にはブレスレットにもなるやうにくさり型のバンドもついてゐた。でも手首にするのだつたらわざわざこの時計を選びはしない。
さういふわけで、「ぢやあ自分でなにか作らう」と思つて、ずつと放置したままだつた。

先日、家にゐるのになにもやる気にならなくて、これはヤバい、と思つた。
ヤバい、と思ふのは常のことではある。
なにもやる気にならないのもいつものこと。
吁嗟誰知吾苦艱、といつたところか。
それはともかく、そんなわけで、「時計を使へるやうにしやう」と思つて、急遽レース糸にビーズをとほしてみたといふわけだ。

糸は、Lisbeth 40#のDenim Blue Ltである。あまい水色だ。ふと気がつくと「戀は水色」なんかを鼻歌で歌つてゐたりする、そんなやうな色である。
これにトーホーの丸小ビーズNo.21をとほしてスプリットリングで鎖を作つてみた、といふ寸法だ。
スプリットリングの大きさは、2:4:2:3:2……のくり返し。以前おなじやうな比率でリングの大きさを変へておなじやうな鎖を作つた。個人的には気に入つてゐる。
今度はくり返しのないランダムなサイズのリングの並ぶくさりを作つてみたいと思つてゐる。ビーズの数をランダムにするとか比率で変へるとかも楽しさうだよね。

使ふまへからうすうすわかつてはゐたことだが、実際に使つてみると、時計が重過ぎてリングが伸びてしまつた。
こればつかりはリングをしめるときにきつく糸を引いても回避できさうにない。
タティングレースはこの時計をぶらさげるのに向かないのだらう。タティングレースは、といふか、このデザインは、か。

といふわけで、そのうち別のものを作る予定でゐる。
今度はマクラメで作つてみるかなあ。それだつたら時計の重さには負けまい。
或は、タティングレースてもう一度なにか別のものを作つてみるかなあ。今度は絹糸かなにかで。

今回、あらためて思つたのは、ビーズと戯れるのはやはり楽しい、といふことだ。
きらきらした小さなビーズは眺めてゐるだけでもきれいだし、自分で作つたものに活かせるといふのはさらにいい気分になるものだ。
今回は糸の色との相性もよかつたし。
ビーズはそれこそ一生のうちに使ひきれないほど持つてゐるので、今後もなんとかしてもつと使つていきたいなあ。
タティングレースにだけでなく、あみものにもね。

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Monday, 16 June 2014

寄る辺なきくつ下編み

編んでゐない。

かう書くのも何週めであらうか。
Katnissといふ名のくつ下は、かかとに入る手前で止まつたままである。

もうこのまま編まないのかも。
さう思はないでもない。

これまで何足もくつ下を編んできたが、大抵は完成させてゐる。
すくなくとも、最初の片方を完成できたくつ下は、もう片方も編み上げてゐる。
これが我ながら不思議なのだ。
最初の片方で飽きてしまふといふことはないのか。
気持ちの問題でいふと、もちろんある。
「あー、まだもう片方あるよー」と思ふことがあるからだ。

くつ下完成の秘訣は、片方を編み上げたら即もう片方に着手する、だ。
作り目をして、数段編めばいい。
理想をいへば、履き口から編み始めるならゴム編みが終はるところまで編んだ方がいいし、つま先から編むなら増やしめの終わるところまで編むといい。
だが、これはあくまでも理想である。
片方を編み終へたら、すかさずもう片方を編み始める。
これがくつ下に限らず、手袋とか、セーターの袖、ヴェストやカーディガンの前身頃を完成させる秘訣だ。

おそらく、やつがれはこの秘訣を信じてゐるのだ。
もう片方も編み始めちやつたんだから、これはもう必ず完成する。
根拠なくさう信じてゐるのだらう。
さらには、「すでに片方仕上げてゐるのだから、もう片方も絶対できるはず」といふ、これまた根拠のない自信も関係してゐるやうな気がする。
「すでに片方編んでしまつたのだから、もう片方も仕上げねば」といふ義務感のやうなものもあるな、多分。
それでいままでは完成にこぎつけてきたのだと思ふ。

だが、最初の片方さへ編み終はらない場合は、これはもうどうしやうもない。
なにも信じられるものがないからだ。

そして、一足同時編みの場合、全部編まないとなにもできあがつてゐるものがないので、信頼するものがなにもないのである。

……などと、屁理屈だけはいくらでもつくんだよなあ。

考へてみたら、かかとをどう編むか決めてゐないんだつた。
それで止まつてゐるのかもしれん。
なんとなく、引き返し編みのかかとになりさうな予感はしてゐる。
なにも考へられないからだ。
いや、「なにも考へたくない」が正しいかな。

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Friday, 13 June 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 平家一門 前篇

6月6日、7日と、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は展示室内で一番大きなケース「平家一門」について書く。

このケースは、渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーの現在の展示「厳島」とチト似通つたところがある。
どちらも栄耀栄華に浴す平家の一門を展示してゐるからだ。

「平家一門」の特徴は、ほぼすべての人物がある一人を見つめてゐる、といふことだ。
それと、向かつて左側が衣冠束帯の人々、右側が鎧姿の人々といふ点もおもしろい。

ケースが巨大なので、人形は手前と奥とに飾られてゐる。

向かつて左手奥には、重盛がゐる。
奇しくもいまのヒカリエとおなじ位置だな。
そして、ひとり蚊帳の外のやうな印象を受けるところまで一緒だ。
といふのも、重盛は正面を向いてゐるからである。
ほかの人々は、まあ、徳子と安徳帝は別として、みな、中央手前にゐる人物を見てゐる。
重盛だけは、なぜかそちらを見てはゐない。
なぜだらう。
ヒカリエのときもさう思つた。
もう彼岸にあるとの心なのか。
それとも鹿ヶ谷の陰謀に岳父が関はつてゐたことが響いてゐるのか。
と、ヒカリエのときも書いた。
衣装の色もヒカリエの重盛とほぼ同じである。
黒い織り地の衣装で、ヒカリエはおそらく織るときに龍の模様を出してゐると思はれる。これが実にステキでね、といふ話はヒカリエのときにも書いた。
飯田の重盛の衣装は紗綾型だ。紗綾型、多いな。
長く引いた白い裾がいい。
正面を向いてゐるせゐか、ヒカリエの重盛より男前に見える。
どうも人形はあまり上を向かない方がいいやうに思ふ。
例外もあるけれども。
人間もさうか。証明写真を撮るときは顎を引けつていふものな。

そんな重盛の隣にゐるのが、経盛である。
こちらはこちらで驚くほどヒカリエにゐる経盛と似て見えた。
扇を胸元によせ、心持ち心配さうに手前中央の人物を見つめてゐる。
抹茶色の衣装が落ち着いてゐていい。なんとなく「ダンディ」な感じさへする。

重盛の前にゐるのが頼盛だ。
ヒカリエの頼盛には、ちよいと蚊帳の外、といつたやうすがある。
まあ、頼盛だもんなあ、と、そこのところはみんな納得するんぢやあるまいか。
飯田の頼盛は、一番端にゐるものの、ちやんと手前中央の人物を見つめてゐる。
いや、はなれてゐるから、眺めてゐる、くらゐかもしれないな。
そのカシラも落ち着いた表情になつてゐる。
ヒカリエの頼盛は、なんとなく気弱げなところがあるんだよね。それなのに白髪頭で顔にも皺があつたりするので、どうもちぐはぐな印象を受ける。
飯田の頼盛は、ちやんと年相応におとなな感じがする。
実際はさうだつたんぢやないかな。そんなことないかな。
衣装は、ヒカリエの方が素敵だが、飯田の衣装も悪くはない。
この人の衣装の柄は生き物系なのかもしれないな。

その隣に立つてゐるのが宗盛である。
頼盛、宗盛、そしてその先にゐる時忠は、最初に見るときに背後から見るやうになる。手前に並んでゐて、中央を見てゐるから、必然的にさうなる。
さうすると、宗盛は下ぶくれのやうすがありありとわかるやうになつてゐるんだよなあ。
背後から見ると、あきらかに頬の下の部分がぷつくりとふくらんで見えるのだ。
ヒカリエにゐる宗盛よりも下ぶくれだと思ふ。
さらに優柔不断になつた、そんな感じがする。
前回、「やつがれの中では重衡・惟盛・資盛は平氏のこまつたちやん」と書いた。
宗盛はさらにそのうへを行くこまつたちやんである。
ほんたうは、こんなことになるはずぢやなかつたのに。
きつとさう思つてゐるんだらうな。やつがれも、いまになつてさう思ふ。
宗盛は、ああなるはずぢやなかつたのだらう。
衣装は、ヒカリエのものとおなじやうに透けない素材で、色もよく似てゐる。
ぼんやりとした印象で、宗盛にあつてゐるのかもしれない。

その宗盛の隣にゐるのが時忠である。
時忠は、現在のヒカリエの展示では「平家物語」と大書された垂れ幕の前に立つて、見るからに陰謀家といつた面もちで立つてゐる。
いい。
とてもいい。
飯田の時忠は、といふと、これまたなんだか落ち着いてしまつてゐる感じである。
ヒカリエの時忠より老けてもゐる。皺が増えてゐるし、頭にも白いものが見える。
年を経てすこし落ち着いた、といふ心なのだらうか。
目が正面を見てゐるから、あまり陰謀家めいた感じがしないのかもしれないな。
耳の前に短く切りそろへた髪がある、といふのがチトめづらしいしおもしろい。

経盛の隣、中央最奥にゐるのが、浄海入道だ。
表情が心持ちやさしげなのは、自分の前にゐる人物を見てゐるからなのだらうなあ。
衣装の色合ひはヒカリエのそれとほぼおなじである。緋の法衣に金襴を使つた九条袈裟。説明では、 錦を使つてゐるといふ話であつた。
ヒカリエの清盛は、見る角度によつては、まだまだこれからだ、と彼方を見据ゑてゐるやうにも見えるし、とにかくえらさうに見える。
飯田の清盛は、上にも書いたやうに、どこかやさしげだし、清盛にもこんな一面もあつたらう、といつた趣で、これまたいい。

その清盛の手前にゐるのが徳子と安徳帝である。
安徳帝のなんともこどもらしくかはいらしいやうすが、とてもよい。
一門そろふての席ではあるが、幼子だもの、勝手気ままにふるまふこともあらう。
そんな我が子であり帝でもある安徳帝を、徳子は見てゐる。
この徳子は、「女人平家」のときにも見た。
そのときも、なんとなくもつさりした感じだなあ、と思つてゐた。
おそらく、髪型がさう思はせるのだと思ふ。
普通にまつすぐ長くのばしてゐるだけなのだけれども、頭のあたりがちよつとふくらんでゐるやうな感じがするんだよね。これが「もつさり感」の原因だと思つてゐる。
ヒカリエの徳子は川本美人なんだけどなー。
そんなわけで、このふたりは自分たちの手前にゐる人物を見てはゐない。
見てはゐないが、重盛のやうに蚊帳の外といつた感じはしない。
中央にゐるからだらう。

安徳帝の隣には二位の尼が立つてゐる。
二位の尼。
「女人平家」のときにも思つた。
なんとまあ、すばらしい人形なのか、と。
その顔には滋味あふれ、それでゐてどこかしら諦観もあり、なんていふのかなあ、観音様とか聖母マリアのやうな趣がある。
「女人平家」のときには、思はず「波の下にも都の侍ふぞ」などとつぶやいてしまつたくらゐだ。
今回は、手前中央の人物を見つめてゐる。
その表情がまたいいんだよねえ。
二位の尼は現在のヒカリエにもゐる。そちらはチト表情に乏しい気がしてゐる。
人形劇の時子を見るに、飯田のやうに老いるのであらう、といふ気がしないでもない。

次回は鎧姿の人々について書く予定。

麻鳥と蓬子 無常についてはこちら
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Thursday, 12 June 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 義経の周辺

6月6日、7日と、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は展示室内のうち「義経の周辺」について書く。

「義経の周辺」といつて、一番最初にゐるのは西行である。
西行は、まだヒカリエでは見たことがない。
いつ出てきてもをかしかないのだが、なぜか見ない。
そのうち出てくるだらう。
人形劇で見たときの印象と比べると、飯田の西行の方が老けて見える。
笠を目深にかぶり、そのわりには顎はちよつとあがつてゐる。ゆゑに、顔はよく見えるものの、笠の陰ができてゐる部分もあつて、それでなんとなく暗い雰囲気に見える。
照明の具合もある。
「春死なむ」といふよりは、「晩秋死なむ」といつた趣だ。
そして、それゆゑにだらう、とても老けて見える。
かつての美男子。
そんな風にも見える。
いつたいいくつくらゐの西行を想定してゐるのか。
チトわからない。
白い帷子の上に黒い法衣、袈裟をかけて草鞋を履いた姿は、旅の途中なんだらうな。

その隣が弁慶。
弁慶もまだヒカリエで見たことはない。
いつつも「そろそろ出てくるんではあるまいか」と思ひつつ、いまだまみえる機会を得ずにゐる。
弁慶は、すつくと立つて、右の方向を見上げてゐる。
そちらには馬上の義経がゐる。
御曹司を見上げる心なのだらう。
この表情がとてもいい。
西行とちがつて、弁慶の表情は明るい。
照明のあたり具合もちがふし、なにしろ、とにかくいい顔をしてゐるのだ。
希望に満ちた表情、とでもいはうか。
頭にはいつもの頭巾をかぶり、法衣の下は黒い鎧、袴の裾は短くて、高足の下駄を履いてゐる。
なにしろ、デカい。
歌舞伎の化粧声とよばれるものに、「でーっけぇー」といふのがある。
大きいことは正義なのだとか。
そこでいふと、飯田の弁慶はまがふことなく正義そのものである。
人形劇のときは、5kgもあつたのだとか。デカいし、鎧も着てるからなあ。

その隣に、馬上の義経がゐる。
馬はもちろん白馬。
烏帽子をかぶつて、赤の印象の強い鎧を身につけ、背には矢を、手には弓を持つてゐる。
義経も、まだヒカリエでは見てゐないんだよなあ。
牛若丸のころの人形は前回の展示で見たけれど。
ヒカリエの前回の展示で見た牛若丸は、どこか昔の猿之助、当時の亀治郎に似たところがあつた。とくに正面から見るとよく似てゐた。
それが育つとかういふ顔には……ならないな。うむ。
芝居でいふと、女方の演じる義経、といつた趣がある。
とても繊細な顔立ちなのだ。
もう少しきりりとした感じがあつても、とも思ふが、まあ、そこは好きずきだらう。
弓は立派なもので、どうしてどうして、落としたからといつて拾ひにいく必要などないやうに見える。
さう思つて、ほかの人の持つてゐる弓と見比べやうと思つたら、今回は弓を手にしてゐる人形がほかにゐなかつた。
もしかしたら展示側の心遣ひだらうか。
さうねえ、鎮西八郎だつたら、もつと強い弓を持つてゐるかもねえ。
でも叔父さんと比べたら義経が可哀想だらう。
なにしろ体格もちがひさうだからなあ。
ところで、女方の演じる義経の趣、といつておいてなんなのだが、見る角度によつてはなんとなく中村歌昇の面影のあつたことも書いておく。

その隣でこれまた御曹司を見上げてゐるのが鎌田正近だ。
烏帽子に黒にも見える紺色の鎧姿である。
正近は、前回のヒカリエの展示で見た。このときは山伏姿であつた。
当時の人だらうに茶色くてメッシュに入つたやうな感じの髪の毛で、大きな目のつりあがつた強面の山伏だつた。目が大きい分、ちよつとその強さが減じられてはゐたけれども。
飯田の正近は、そのつりあがつた目が細い。細いといふか、小さい。
飯田の正近しか知らなければさうしたものと思ふのだらうが、ヒカリエで見てるからなあ。
さらに口元がなんとなくへの字なので、愉快な人物には見えない。
愉快な人物には見えないが、どことなく満足さうでもある。
それはやはり御曹司を見上げてゐるからだらうなあ。
黒に近い紺色の鎧といふのもいい。とてもひきしまつて見える。

その隣が静。
白拍子姿である。
静は、以前飯田で「女人平家」といつて展示があつたときに見てゐる。
そのときも思つたのだが、「静御前」といつたときに抱くイメージとはちよつと違ふ感じである。
なんといふか、憂ひに欠けるんだな。
顔は正面を向いてゐて、大きな目をぱつちりとあけてゐる。
この大きな目に、憂ひの色がない。
明るくて、あまりものごとにこだはらない、逆境にあつてもなにごともないかのやうに過ごしてゆけさうな、そんなやうすに見える。
考へてみれば、静御前に憂ひがある、といふのはこちらの勝手な思ひこみだ。
もしかすると、こんな感じの人だつたのかもしれないなあ。
静御前も、未だヒカリエで見たことはない。前回の展示のときに幼少期の姿があつたのみだ。
ヒカリエの静御前も楽しみである。出てくるよね、絶対。

「義経の周辺」の最後が藤原秀衡である。
これがね、もう、ぱつと見た瞬間、「勝新太郎だ!」と思ふくらゐ、「勝新入つてゐる」表情をしてゐる。
秀衡は、前回のヒカリエの展示にゐた。
お大尽然とした、立派な人物、といふやうに見えた。前途ある若者を前にした春秋を経た人物。そんな趣だつた。
飯田の秀衡は、なにしろ勝新なので、見るからになにかやらかしさうな感じがする。
おもしろいなあ。
衣装は、ヒカリエの方が豪華だつた。上に羽織つてゐたのが黒地に嵐のやうな雲を散らして金糸銀糸の縫ひとりがあつた。
飯田の秀衡は、羽織つてゐるのはベージュ地に人形にしては大柄な模様を散らした衣装である。下に着てゐるものはヒカリエと同じやうな感じかな。黒を基調にした亀甲模様で、やはり金糸銀糸の縫ひとりがある。
勝新太郎の秀衡か。見てみたかつたやうな気もする。

といふわけで、次はこの展示室で一番大きいケースについて書く予定。

麻鳥と蓬子 無常についてはこちら

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Wednesday, 11 June 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 麻鳥と蓬子 無常

6月6日、7日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
5月31日に展示替へがあつたからである。
できれば初日に、と思はないでもなかつた。
6月1日が松嶋屋の復帰初日でなければ行つてゐたな。
なんとなく、自分の中の優先順位が明らかになつてしまつた。

もとい。

今回は飯田に行く前に、渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーに寄つてきた。
一日で渋谷と飯田といふのをやつてみたかつたのである。

今回の飯田の展示は「人形歴史スペクタクル 平家物語(以下、「平家物語」)」がメインだ。
ちやうど渋谷でも「厳島」と題して平家一門の勢揃ひが見られるやうになつてゐる。
見比べられるぢやん。

ことはるまでもないが、「平家物語」の人形は、渋谷にゐるのが人形劇に出てゐた方で飯田にゐるのが新たに作られた人形。「人形劇三国志(以下、「三国志」)」はその逆である。

といふわけで、飯田に着いて、展示室に入ると出迎へてくれるのが、麻鳥・蓬子夫婦である。左手に薬箱だらうか、商売道具を提げた麻鳥と、おそらく往診に出かけるのであらう麻鳥を見送る心の蓬子といつたやうすだ。
ぱつと見た感じ、どちらも「なんか違ふ」といふ感じがした。

麻鳥は、渋谷の前回の展示のときにゐた。
ギャラリー外のケースに息子と娘と立つて来館者を出迎へてゐた。
蓬子はゐなかつた。
蓬子は、飯田では見てゐる。一昨年の12月からの展示では「平家物語」は「女人平家」といふお題で展示されてゐた。その中に蓬子もゐた。

麻鳥の印象といふと、崇徳院に仕へてゐたころの、なんとも優男風なやうすを思ひ浮かべてしまふんだよね。
渋谷で見た麻鳥も、実は想像してゐたよりもきりりとしてゐた。子供二人と一緒にゐて、父として立つてゐるからかなぁ、と、そのときは思つてゐた。
飯田の麻鳥は、そのときの渋谷の麻鳥よりもさらにしつかりした印象を受ける。
「え、麻鳥くん、こんなぢやないし」などと思つてしまつたほどだ。
我乍ら、失礼である。

おそらく、飯田の麻島は、医師を志してのち、おのれの目指すところを見据ゑたのちの姿なのであらう。実際、医者の道具とおぼしきものを手に持つてゐるしな。
人形劇のときの麻鳥にはなんとなく茶色つぽい印象がある。
飯田の麻鳥は、眉が黒くきつぱりとしてゐる。それで強い印象を受けるのだ。

蓬子も、前回の展示のときよりも強い印象を受ける。
前回の展示のときは白拍子姿や十二単、鎧姿といつた華やかな面々にかこまれて、ひとり生き生きとしてゐた。あの中で「生きてゐる」と強く感じられたのは、蓬子と政子、そして別格で二位の尼だつた。
このとき、蓬子の顔にはうつすらとあばたの跡が見えてゐた。照明の加減でさう見えたのだと思ふ。
でも、気のせゐかもしれないなあ。
といふのは、今回はそんなやうすは見えないからだ。
また、黒目も前見たときより小さく見える。
展示の仕方、かなあ。
今回は麻鳥を見てゐて、横を向いてゐるからだらうか。
さうさう、今回この二人は向かひあつてゐるのだけれども、正面から見るとちよつと視線がはづれてゐるやうに見える。
でも、蓬子の背後から見ると麻鳥はこちらを見てゐるやうに見えるし、麻鳥の方から見るとやはり蓬子はこちらを見てゐるやうに見える。
ぐるぐるとこの二人のまはりを徘徊してしまふ所以である。

その先のケースには、千手と重衡、その先に後白河法皇がゐる。

千手は「女人平家」のときにも見た。
そのときも、ちよつと影のある美人だな、と思つた。
今回も重衡と一緒にゐるのに、どこか憂ひ顔だ。
そこがまたいい。
白拍子姿で片手をあげて扇をさしのべるやうにして立つてゐる。扇の絵は牡丹かなぁ。ちよつと見ると洋風にも見える。
朱色の長袴のうしろがきれいにのびてないなあ、と、ぱつと見たときは思ふたが、よくよく見たら左右で交差されてゐるのね。それもステキ。

千手の向かつて右に重衡が座してゐる。
琵琶を弾じてゐて、千手はそれに和してゐる、といふ心か。
重衡は、やつがれの中では惟盛・資盛と並ぶ平氏の中の「こまつたちやん」なのだが、飯田の重衡の男前なことといつたら。
実は人形劇ではまだ見たことがないのだ、重衡は。
人形劇でもこんなにいい男なんだらうか。
こまつたちやんなのに。
わづかに顔をあげて、千手を見てゐるのだらう。
淡い水色の透ける素材の衣装に、海老茶、かなぁ、照明の加減でチトはつきりしないが、紫がかつた茶色の袴といふのがこれまたいい。赤味のない水色がすつきりした印象を、海老茶が色気を醸しだしてゐる。
琵琶にはちやんと太い弦と細い弦とが張られてゐる。

この二人、もうこれでお別れ、なのかな。
重衡は、奈良に送られるまへなのだらうか。
そんな説羽詰まつたやうすは感じなかつたけれど、どこかしつとりとした雰囲気のただよふ二人である。

千手・重衡の隣に立つてゐるのは後白河法皇である。
朱色の法衣に金糸をふんだんに使つた九条袈裟を身にまとつた姿は……
うーん、いまひとつ?
といふのも、渋谷のcounter partのやうなアヤシさがないのである。
渋谷の後白河法皇は、見るからに隠謀家の顔つきで、とくにその目まはりの昏い感じなど、ちよつとおそろしいほどである。
それが、なあ、飯田の後白河法皇にはないんだよなあ。
なんといふか、毒気がすつかり抜けてしまつてゐる、といはうか。
そのせゐか、いつそ人の好い感じすらするほどである。
とても大天狗とは思へない。
朱色の衣装は波間に鯉の跳ねてゐる細かい柄。色はちがふが、いま渋谷にゐる諸葛瑾の帯といふか細い前垂れに使はれてゐるのと同じ柄だ。
襟の立ちつぷりなんかは飯田の方がいいのにな。

といふわけで、以下続く。

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Tuesday, 10 June 2014

「生産的」に毒される

タティングレースはやはりそれなりに進んでゐる。

Untitled

昼休みにやる、と決めてゐるのがいいんだらうな。
昼休みいつぱい使つて食事することはまづないし。
そのかはり、昼休みにほかのことができないといふ弊害がないわけではない。
ほかのこと、といふのは、たとへば外食する、とかだな。
外食にはいろいろ問題があるから、まあ、それでもいいんだけれども
外食で傷害になるのは、「好き嫌ひが多い」といふ点だ。
以前、森博嗣が、「食べきれない量のものは最初から頼まないし、好きな料理であつても残すやうなものがある皿よりは、それほど好きでなくても食べきれるものばかりの皿を選ぶ」といふやうなことを書いてゐた。
奥方はさうではないのだ、とも。たとへば、缶コーラを買ふから飲みきれるのかと思ふたら、半分くらゐ飲んで残りは森博嗣にくれるのだといふ。
森博嗣は、飲みきれないのなら最初から買はなければいいのに、と思ふのだが、奥方はさういふ考へ方をしないのらしい。

やつがれはどちらかといふと森博嗣派だ。
好きなものよりも食べきれるものを選ぶ方が多い。
うまくきれいに残せないから、といふのが一番の理由だ。
もつときれいに残せたらねー、多分、好きなものを選んでゐるやうな気がする。

もとい。
昼食時といふのは、なんだかよくわからないが、「サービス」と称していろいろ余分なものがつくことがある。
それがいちいち嫌ひなものだつたりするんだな、やつがれの場合は。
それで、時間の短い昼休みに外食といふ危険を冒すことを厭ふわけだ。

……なんの話だつたか。
あ、さうか、昼休みにやると決めると進む、といふ話か。
ほかにすることがないからな。

家でも編んだりタティングしたりはしてゐるんだけれど。
でもここ二週間くらゐは家ではろくになにもしてゐない。
なんか、もう、帰りつくとなにもできない気分なのだ。
なにもできなくてなにをしてゐるのかといふと、まあ、一応、ラジオ講座の録音分を聞いて、あとはなにもしてゐないに等しい。
せいぜいWebを徘徊するくらゐか。
生産的ぢやないねえ。

しかし、この「生産的」といふことばが、案外足かせになつてゐるんぢやないか。
さう思へてならない。
別に、人生「生産的」でなくてもかまはないのだ。
誰だ、人生は「生産的」でなくてはならない、とかいひ出したのは。

などといひながらも、やつがれもまたこの「生産的」といふことばに毒されてゐるものなのであつて、それであみものとかタティングレースとかを無駄にしてしまふのだらうとは思ふてゐる。
あみものやタティングレースをすると、なにかしら「自分がやつた」ことが残るではないか。
それでやつてゐるのだらう、といふことは、以前もすこし書いたとほりである。

生産的。
そんなこと云つてるか精神病んぢやう人が増えるんだぜ。

さう思ふんだけどねえ。

といふわけで、自宅ではほとんどなにもしてゐなくて、「結局、自分はあみものやタティングレースなんか好きでもなんでもなかつんだな」とか思ふたりする今日この頃なのである。

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Monday, 09 June 2014

決断力

あみものに不可欠なのは決断力である。

あみものに限らず、手藝全般にいへることだ。

もつといふと、生きていくうへで決断力は必要不可欠なものなのだが……しかし、趣味によつてはそれほどでもないこともある。
たとへば読書だ。
趣味で読む読書には、さほど決断力は必要ない。
せいぜい本屋で「この本を買ふか否か」と迷ひ、買ふなり借りるなりして入手した後、「今読むべきか読まざるべきか」を迷ふくらゐだらう。
読んでゐる途中でおもしろくなくなり、「読むのをやめるべきか否か」を悩むことはあるかもしれない。
あと、おもしろくなり過ぎてしまつて、「今中断して眠るべきか否か」といふこともあるか。
読み終はれば、「手放すか否か」といふのもあるかな。

でもまあ、ぱつと思ひつくのはそれくらゐだ。

あみものはどうだらう。
まづ、編むべきか否か、からはじまる。
編むべきか否か。
つまり、あみものをするべきか否か、だ。
それは、あみものといふ行為自体のこともあるし、また本などですてきなセーターを見かけて「これを編むかどうか」といふのを迷ふことだつたりもする。
いづれにせよ、編むか編まないか。
ここからはじまる。

編むと決めて、次はなにを編むか、である。
上のセーターの例のやうに編みたいものが決まつてゐる場合は次の段階にうつる。
これといつて具体的に編みたいものが決まつてゐない場合は、手持ちの本をひつくり返す。あるいはblogやRavelryなどで他人の編んだものを見たりする。
あれも編みたい。これも編みたい。
或はぴんとくるものが見つからない。
ここで大いに悩む。
なにかオリジナル作品を編まうといふ場合、編み図や編み方を考へる必要がある。
その段階でまたいろいろと決断が必要になるわけだが、それは省く。

編むとして、ではそれを完成するのにかかる時間をはたして今かけられるだらうか。
ここにも判断が必要だ。
たとへば、三月ごろ、まだ寒い時期に編み込みのごつついセーターを編みたくなつたとする。
今から編んでも完成するころには暖かくなり過ぎてゐて着られない。
それでも編むか。
編んで、次の冬にそなへることにするか。
それとも今回はやめておくか。
これも毎度悩まされる問題である。

編むことにしたら、次は何で編むか、だ。
本なりなんなり手本があるとして、そのとほりに編むか。
毛糸はどうするか。手本にある毛糸を選ぶとして、色はどうしやう。
できればすでに持つてゐる毛糸で編みたいけれど、果たしてちやうどよいやうな毛糸があるだらうか。
ここで在庫をあさつて、また判断を迫られる。
ぴつたりとはいへないけれどもなんとなくイメージにあふ毛糸がある、とか。
使へさうな毛糸がいくつもある、とか。
はたまた使ひたい毛糸が出てきて、それは今編みたいと思つてゐるものとは全然別のもので、では今編みたいものをやめて目の前のこの毛糸を使ふものを編むとにするか否か、とか。
針は? ゲージを取つてから決めるか。

ちやうどよい毛糸や針がなければ買ふことになる。
買ひ物で悩むのは、なにもあみものに限つたわけではないので、ここでは端折る。
なにか別の物の買ひ物でも、買ふつもりだつたものとは別のものを買つたりとか、しかも本来買ふつもりだつたものは買つてゐないとか、さういふことはありがちなことだし。

編み始めに、どの作り目にするかを決める必要のある場合もある。
本邦の場合は、大抵は指にかけて作る作り目か、くさり編みの目を拾つてあとでほどける作り目かの二択が多い。
でも、ゴム編みからはじまる場合はゴム編みの作り目にするかとか、くつ下を履き口から編み始める場合でゴム編みの作り目が作りづらい場合に、普通の作り目より伸縮する作り目にするかとか、いろいろ悩むものである。
作り目の種類を決めたあとは、端糸をどれくらゐ取るかも重要な点だ。よく実際に編みたい長さの三倍を取るといふが、セーターを前後見頃にわけて編む場合は、脇の綴じにこの端糸のあまりを使ひたかつたりするので、ちよつと長めに取りたい。また、きつかり三倍では不安といふ向きもあらう。
ちよつとしたことだが、ここにも決断が必要になる。

編み始めたら、気になるのは、「このまま編み続けるか否か」だ。
たとへば、下の方に誤りを発見してしまつた。
どうするか。
そこまで全部ほどいてやりなほすか。
或は一部分だけなので、そこだけ縦にほどいて目を拾ふことにするか。
はたまた、大した失敗でもないので、見なかつたことにするか。
それとも、それはもうさういふ模様として、この後も定期的にくり返すことにするか。
モヘアを編んでゐる場合、それもかぎ針で編んでゐる場合は、ほどけないといつても過言ではないから、あまり悩む余地もないがな。

あるていど編めて、できあがりの大きさが把握できるやうになつたら、次はどれくらゐ編むか、或はこのサイズでは小さすぎるので編みなほしか、考へねばならない。
手本のある場合、つねに手本どほりに編むか、それとも自分にあはせて改変するか、判断を迫られる。

……いちいちあげて行かうかとも思ふたが、まあでもこれくらゐで、如何に人は逐一決断を迫られながら編んでゐるか、がわかると思ふ。
長いことあみものをしてゐる人は、無意識のうちにやつてゐることばかりかもしれない。
そして、決断することを苦にしない、といふ向きも多からう。そんな気がする。
さうして悩んで判断する一連の作業もまた、あみものの一環だ、と、とらへてゐる人もあらう。

やつがれはとかく決断力に乏しくて、できれば人生なにも決断しないで生きていけたらと思ふくらゐだ。
おそらく、全決断力をあみものとタティングレースに使ひ切つてしまつてゐるのに相違ない。

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Friday, 06 June 2014

旅の空の下漢詩は流れる

うつかりしてスタイラスを忘れてきてしまつた。
仕方がないのでソフトキーボードで打つてゐる。
iPadだとそれなりに打ちやすいんだけど、iPad miniだとちよつと打ちづらいかな。
といふわけで、現在旅の空の下である。
展示替へがあつたので、飯田に来てしまつた。
明日も行くので詳細はまた後ほどねちねち書く。

今回行きの道中では、中村吉右衛門の「漢詩紀行百選」を聞いてゐた。
それもいつも聞いてゐる三国志関連の巻ではなく、DVDの最終巻。
李白や杜甫、王安石に蘇軾、李煜に陸游と、唐以降の有名どころが並んでゐる。
旅の友は岩波文庫の「蘇東坡詩選」。

漢詩、もうマイブームとは云はないのかもな、ここまで続いてゐると。

以前も「詩心のないやつがれがなぜ漢詩」といふことを書いた。
その時は、「漢文書き下し文が好きだからだらう」と思ふた。

今回また考へてしまつた。
なぜ和歌ではダメなのか。

和歌でもいいぢやん。
ことばのやさしさやはらかさといふ点では漢詩より上である。

また、欧米の詩でもいいぢやあないか。
題材の豊富さといふことでは漢詩をはるかに凌駕するし、戦前訳されたものならことばもゆかしい。

いろいろ考へて、「漢詩が一番 masculine だからだらう」といふ結論に達つした。
どこが、とか、なにが、と訊かれると、さらに考へ込んでしまふ。
しかし、和歌と比べたら漢詩は masculine だらう?
漢詩にも閨怨詩とかあるし、色つぽい詩もないわけぢやあない。
しかし、漢字からの印象か、どこか骨つぽくて漢つぽい感じがする。
そこが好きなんだな、どーも。

もうひとつ好きな理由は、昔のことを知つてゐれば知つてゐるほどおもしろい、といふところかな。
といふ話は後日の講釈で。

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Thursday, 05 June 2014

ヤな輩の宝庫

どうしても、他人のことを一言批判せずにはゐられない。

小学生のとき作文にクラスのお楽しみ会の感想を書いたことがある。
お楽しみ会といふのは、授業をつぶしてクリスマス会だとかお別れ会だとか称してなかよしグループごとに演しものをする会のことである。
いまはさういふの、ないのかなあ。
すくなくともやつがれが小学生のときはやつてゐた。
「クリスマス」会と称すると宗教色が出るので、「お楽しみ会といふことで」と云ふ教師もゐた。

いづれにせよ、おなじクラスの仲のよい同士が四五人づつ組んで、手品を披露したりちよつとしたお芝居を演じたりしたのだつた。

読み返してみると、当時のやつがれは、他人のグループのことをまつたく誉めてゐない。
いや、よくよく読めばちやんと誉めてゐる。
誉めてはゐるが、必ず否定から入る。
なんだよ、ヤな輩だな。
しかも自分たちのやつたことはそれなりに誉めてゐたりする。
念入りにヤな輩だな。

みづからのその欠点に、その当時気づいてゐればよかつたのだが。
気づくこともなく、ここまで来てしまつた。
或は気づいてはゐたのかもしれない。
気づいてはゐて、しかし、なほすことはできなかつたのだ。

なんで、かう、世の中にたいして、まづ反対するやうな態度を取つてしまふかね。
かういふのつて、遺伝なんぢやないかなあ。
生まれてからの環境や親のしつけのせゐでさうなるとはチト思へない。
それほど環境の違はないだらう兄弟のやうすを見てさう思ふ。
まあ、遺伝でも兄弟に出ないのはをかしいやうな気もするが、そこはそれ、あつちには遺伝しなかつたんだ、と思へば済む話である。
たとへば、我が家にはほぼ隔世で喘息持ちがゐて、やつがれは喘息持ちだが兄弟や従兄弟はさうでもない。あ、ひとりだけ従兄弟にゐたな、喘息持ちが。そんな程度だ。

遺伝だから仕方がない。
自分のせゐぢやないもんなあ。
さう思ふとちよつと気が楽になる。
わかつてゐるんだつたらなほせよ、といふ意見もあらう。
だが、実際になほさうとしてみると、生まれつき批判的なものの見方をしない人間との差が気になるのだ。
所詮、生まれつきよい性質を持つた人間には、どうやつてもかなはない。
相手は最初からものごとを肯定的にとらへる。
こちらは最初は何かを見て否定的にとらへてしまひさうになつて「あ、いけない」と思つて肯定的に見やうとする。
全然違ふだらう?

そんなわけで、とくにもうこの年になつたら、さういふ自分と折り合ひをつけていくしかないんぢやないかな、と、そんなことを思つてゐる。

なんでそんなことを考へたのかといふと、「世説新語」の三巻を読んでゐるからだ。
平凡社東洋文庫の「世説新語」の三巻は、「賞誉篇」からはじまる。その次が「品藻篇」。どちらも人物批評の篇で、「賞誉篇」は他人を誉めたもの、「品藻篇」は誉めたものもあるけれど、どちらかといふともつと辛辣な内容のものが多い。

まあね、「賞誉篇」も、他人を誉めたものといふよりは「あいつのことをこんな風に誉めることのできるオレ様つてエラい!」みたやうな態度が透けて見える気がするくらゐだから、「品藻篇」は推して知るべし、てなところがあるけれどもね。

その「賞誉篇」を読んでゐると、誉め方にもいろいろある、と解説にはある。
たとへば、いろんな角度から誉めてみる、とか。
いろんな人を誉めるところからはじめて、最後に「その人々よりも優れてゐるのが誰某である」と〆てみる、とか。
最初は貶しておいて、「しかしこんなすばらしい面がある」といふ風に最後にもちあげてみる、とか。

なるほど、貶しておいてもちあげる、か。
それはいいんぢやないか。
誉めておいて落とすよりはよほどいい。
今後はその手法でいくか。
どうせ、批判から入るところはなほせやしないんだし。

そんなわけで、あひかはらず「世説新語」は楽しい。
平凡社のサイトに「読み始めると止まらない」と書いてあるが、まさにそのとほり。
ヤな輩ばかりで、ほんと、楽しい一冊である。
#誉めてます。

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Wednesday, 04 June 2014

余白大好き

どうも余白が好きなのらしい。

先日、TVで「シェルブールの雨傘」を見た。
たまたまチャンネルをかへたら放映してゐた。
見てゐて、「この家では暮らしていけないし、この店では働けないなー」としみじみ思つた。
壁紙がすごいのである。
TVで見るからかもしれないけれど、配色、模様ともにものすごいことになつてゐる。
よく登場人物たちはをかしくならずにゐられるものだ。
さう思ひながら、最後まで見てしまつた。
かつて何度か見てるんだけどなー。

それを見て思ひだしたのが、「SHERLOCK」である。
あの下宿の壁紙、あれもダメだ。
なんといふか、余白がないのである。
びつちりと模様が配されてゐて、目の休まる暇がない。
住人は、おそらく壁紙など見てはゐないのだらう。
住んでしまふと、さういふことは気にならなくなる。
そんな気もする。
しかし、たまに見るこちらとしては「あの壁紙はないわー」と思ふのだつた。

で、さらに思ふのが、いまの歌舞伎座の緞帳だ。
どうも今回は「これ」といふ緞帳がない。
建て直す前の歌舞伎座にあつた緞帳の方がよかつたのに。
ついさう思つてしまふ。

なぜさう思ふのか。

おなじ画題の絵でも、以前と今とでは全然ちがふからだらう。

たとへば「朝日に富士」だ。
以前の「朝日に富士」の緞帳は「朝陽の富士」といふ題名の絵だつたと記憶する。
上手側に富士山があつて、下手側に太陽が登りつつある、そんな絵だつた。
今の「朝日に富士」の緞帳は、まんまん中に、どかんと富士がある。
なんか違ふんだよなー。

中学三年生のときに、学校で華道をちよつとだけ習つたことがある。
一週間に一度45分ていどを一年間、とはいつても夏休みがあつたりなんだりするので正味十ヶ月ほどか、そんな時間ではたいしたことを学べたとも思へない。
覚えたことといへば、花は三角形に配置する、といふことだけだ。
それも、正三角形ではなく、頂点はちよつとずらすのがいい、と、そのとき思つた。

ど真ん中に主たるものが大きくある、といふ絵が、おそらくそんなに好きではないのだ。
先日風神雷神図屏風についてちよつと書いたけれども、あの屏風が好きのは、真ん中があいてゐるからだ。
右と左とに風神と雷神とが描かれてゐて、真ん中はあいてゐる、その真ん中になにかあるやうな気がするぢやあないか。
そんなわけで、伝宗達の屏風が一番好きだな、と思つたわけだ。

華道で習つたこともおそらくは似たやうなことで、三つの主たる花材を三角形それぞれの頂点に散らして配置せよ、といふことなのだと思つてゐる。

以前の「朝日に富士」の緞帳の絵には富士と朝日とを左右に散らしてバランスをとつてゐるやうな絵だつた。
それが好きだつたんだらうな。

余白とは関係ないけれど、色使ひも前の緞帳の方が好きだつた。
今の「朝日に富士」の緞帳は、色が多すぎるやうに見える。
以前の緞帳は、富士山にわづかに白があり、朝日が朱色で、あとは全体的に一色の色がグラデーションになつてゐる、といつた趣だつた。
今の緞帳は、もつとカラフルである。
どちらがいいかは好き好きだ。
単にやつがれは前の方が好きだつた、といふに過ぎない。

もうひとつ、「水際の生き物」といふやうな画題の緞帳も前の方が好きだつた。
以前の緞帳は「海潮音」といふ題名だつたと思ふ。
波打ち際があつて、上下に千鳥だらうか、鳥がそれぞれ一列づつ飛んでゐるさまを描いた緞帳だつた。
今回の緞帳は、川辺にいろんな生き物がゐる、といつた感じで、にぎやかである。
にぎやかで、つまり、前回に比べて余白が少ない。
もしかすると、それはそれでなにかしらバランスのとれた絵なのかもしれない。
まだよく見たことがないからわからないだけで。
さう思はないでもないのだが、なんとなく「前の方がよかつたのになー」などと、幕間の緞帳紹介ときに思つてしまふのである。

今回の緞帳で好きだなと思ふのは、夕顔の緞帳、かなあ。

あまり歌舞伎座の緞帳を云々する話を聞かない。
といふことは、かうして「ああでもないかうでもない」といふ自分がどうかしてゐるのかもしれないなあ。

まあ、でも、余白は大事。
やつがれにとつては。

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Tuesday, 03 June 2014

どんどんつなぐ

タティングレースの方は、進み具合が目に見える。

Untitled

Jon YusoffデザインのThe Twirlyといふモチーフを七つつなげて六角形のモチーフにして、それを二つつないだところまできた。
三つ目も三枚目を作つてゐる最中である。

それにしても、ほんとによくつづいてゐるな、と我ながら感心する。
自慢ぢやないが、根気はないのだ。
長いこと、自分に足りないのは集中力だと思つてゐた。
まあ、それも足りないのかもしれないけれど、もつと足りないものがあるといふことに気づいたのは、羽生善治の「40歳からの適応力」といふ本を読んだときのことだ。
以前も書いたやうに思ふが、将棋をさしてゐるこどもは、隣の対局が気になつたりする。自分もさしてゐるのに、隣の盤面をちらちら見たりしてしまふ。
これは、集中力がないのではない。
こどもは、そのときそのときで自分の盤面や隣の盤面に集中してゐる。
足りないのは、根気なのである。
と、本にはある。

なるほどー、やつがれに足りないのは根気だつたのか。
さういはれてみれば、思ひあたる節がある。
たとへば、アルバイトなんかでも三ヶ月くらゐで飽きてしまふ。
国のお役所の研究所にアルバイトに行つてゐたときは、PC(WindowsもMacintoshも)は触り放題だし、でかい計算にはホストを使ふので端末叩くし、スーパーコンピュータの端末だつたUNIXマシンなんかも使はせてもらつてゐた。
コピー仕事が多かつたけれど、それを製本機にかけて製本するなんてなこともしてゐた。これも楽しかつたなあ。
で、この仕事は半年くらゐは楽しくやつてゐた。
もしかしたら、はじめて自分にむいてゐる職についたのかも。
さう思つたこともあつた。
だといふのに、半年くらゐしたら、飽きてしまつた。

そんなわけで、とにかく飽きつぽい。
さうか、根気がないわけではなくて飽きつぽいのか。
もとい。

だから、モチーフつなぎも苦手である。
作品を見て、いいな、とは思ふのだ。
いいな、とは思ふて、しかし作りはじめると続かない。
ドミノ編みなんかもさうだな。
その一方で延々編み続けるやうなパターンは編めたりするんだが……うーん。なんでだらう。
おそらく、最初と最後がめんどくさいんだな。
作り目したりとか、伏せ止めして糸の始末をしたりとか。
それを何度も何度もくり返すのが耐へられないのだらう。

ところが、The Twirlyである。

以前ここにもちよつと書いてゐたが、今回これを作りはじめる前に、おなじものを作つてゐた。
いや、「おなじやうなもの」と云つた方が正しいだらうか。
そのときは大きい六角形のモチーフを三つつなげるところまでいつた。
三つつなげて、間違ひに気づいた。
チェインの長さが違つたのである。
そのままつづけてもいいかなあとも思つたが、長いチェインの方がモチーフに余裕がある感じがしたので、最初から作りなほすことにしたのだつた。

つまり、これまでにThe Twirlyを37枚は作つた、といふことだ。
現在38枚目。
なんだ、さう考へるとたいした数ぢやないか。
このモチーフは、いまのところ昼休みのあいた時間にしか作つてゐない。
だいたい一角作るのに15分かかる。
1枚につき1時間半といつたところか。
それが37枚だと55時間半。
うーん、それでもさうたいしたことないやうな気がする。
だいたい15分と書いたけれど、1週間で1枚くらゐできてゐるやうな気がするしね。さうすると、37週、か。それはかなりの時間だな。

いづれにせよ、こんなに長いことひとつのモチーフをつなぎつつげてゐるなんて、これまでやつたことがない。
やらうとしても、つづかなかつた。
なんでつづいてゐるのかなあ。
といふことは、ここでも何度か考へたりしてゐる。
おそらく、モチーフがいいんだよね。

The Twirlyはやつがれのあまり好まぬシャトル2つ遣ひのモチーフだ。
でも、シャトルの持ち替へが苦にならない。
ちよつとしたスプリットリングもある。
これが飽きない理由なんだらうなあ、とは、以前も書いたとほりである。

もう一つつづいてゐる理由は、「これ」と決めておけば、なにを作るか悩まなくてすむから、といふのもある。
ひとつ作り終へると、つぎに作るものを考へなければならない。
調子のいいときは、作りながら「次はあれを作らう」などといろいろ算段をして楽しむのだが、さういふ余裕がないときといふのもある。
いまはきつとその余裕がないときなんだらうな。
とりあへずThe Twirlyだけ作つてゐればいいや。
さう考へられるといふことは、気楽なことである。

この先、どこまでつづけられるかねえ。

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Monday, 02 June 2014

アフガン編みをしない言ひ訳

Katnissといふくつ下は、次の段からかかとに入るところまで進んだ。

かかとの手前で止まつてゐるのは、以前すこし書いたやうに、かかとの編み方を決められずにゐるからである。
編み方に載つてゐるとほりに編むか。
或は引き返し編みのかかとにするか。

これも書いたやうに思ふけれど、これまでいろいろと編んできて、引き返し編みのかかとが自分の足には一番ぴつたりとくることが判明してゐる。
仕上がりは三角形のまちのできる種類のかかとが一番好きなのだけれども、これはなかなか思ひとほりの大きさにならない。
編み方とほりに編むとたいていは大きくなりすぎる。
思ふに、引き返し編みのかかとの方が大きさの調整をしやすいのだ。
大きさといふよりは、かかと部分の深さ、かな。
after thought heelと呼ばれる最後にかかと部分を編む方法も、調整しやすい方かな。目を拾ふのがめんどくさくてほとんどやらないけど。

さうか、かかとは編まないヨガ・ソックスといふ手もあるか。さうしたらつま先も編まないよな。

などと、いろいろ考へてゐるだけで、先にすすまない。
ひとまづ、編み方をよくよく見て、それから考へることにしたい。

さて。
先週は、この先仕上がつたら即使ひたいやうなものについて書いた。
その後、なにも編み始めてはゐない。
編み始めてはゐないものの、「これ、いいなあ」と思ふやうなものはいろいろと見かけた。
たいていは麻とか麻混で、カーディガンのやうなものだ。カーディガンといふよりは、すこしかつちりした感じのものもあつた。
いいなあ。

とは思ふが、考へてみたら、今から編み始めたら秋になつちやふよね、多分。

さうさう、毎年この次期になると、アフガン編みの夏物がほしいなあ、と思ふことがある。
なぜアフガン編みかといふと、編み地がだれにくいからだ。
以前から、「毛糸だま」に掲載されてゐる作品などを見て、「いいなあ、アフガン編みの夏物」と思つてゐた。
挑戦したことは一度もない。

アフガン編みを平らに編むのがむづかしいから、といふのが理由のひとつである。
作り目を二号くらゐ太い針で編むといい、といふ話は聞いた。
聞いて、実際にやつてみた。
なるほど、確かに以前よりは丸まりづらくなつた気はする。
しかし、気を抜いてゐると丸まる。
本によると、行きと戻りとのテンションがちがふのだといふ。
ぬーん。
これつて、それなりに編み込まないと、手が均一にはならないのでは。

もうひとつ、アフガン編みには時間がかかるから、といふのも理由だつたりする。
時間、かかるよねえ?
恵比寿にローワンの店があつたころ、たまたまそこでお話しすることのあつた方は、「アフガン編みつてそんなに遅くはないわよ」と云つてゐた。実際、その人の携帯電話には、ご自身で編んだといふアフガン編みの服の写真がたくさん入つてゐた。もちろん、棒針編みもかぎ針編みも。
この人には、「お教室は通つた方がいいわよ」とアドヴァイスも受けたのだつた。これは結局果たせてゐない。

閑話休題。
そのときは「そーかなー。アフガン編みつてそんなに早く編めるものか知らん」と思ひ、家に帰つて試してみた。
試してみて……うーん、思つたほど早くはならなかつた。
だいたい丸まるしね。

でもなあ、アフガン編み、好きなんだよなあ。
とにかくあの編み地がいい。
テクスチュア系だよね。
棒針編みでいふと鹿の子編みとか、かぎ針編みでいふとなんだらう、引き上げ編みかな、とか、ああいふテクスチュアつぽい編み地つてなんだか好きなんである。
マフラーなんかにはあんまり向かないかなあと思ふが、かつちりしたものを編むにはいいんぢやあるまいか。

いいんだつたら編めよな。
編まないことには丸まらないやうにもならないぞ。
うむ。まあ、さういふことなのだ。

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Sunday, 01 June 2014

2014年5月の読書メーター

2014年5月の読書メーター
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:2199ページ
ナイス数:9ナイス

文選 詩篇 (新書漢文大系)文選 詩篇 (新書漢文大系)感想
新書漢文体系は、そのサイズからか原文を載せることがほぼない。「文選で原文ないんぢやなー」と思つてゐたが、「は、もしかしたら詩なら載つてゐるかも!」といふので手に取つてみたら、「Bingo!」だつた。最近平凡社の東洋文庫から「世説新語」が出てゐるので合はせて読むと吉。でもやつぱりかなりダイジェストな感じは否めない。新釈漢文体系を読むしか?
読了日:5月2日 著者:内田泉之助,網祐次
世説新語2 (東洋文庫)世説新語2 (東洋文庫)感想
「複雑に屈折したパーソナリティの持ち主」なんてな解説があつたりするが、さうでない人つてゐるのかな。ここに出てくる人々も、こちらの話では持ち上げられてゐるがあちらの話ではけなされてゐる、なんてなことがしばしばある。世の中さうしたもの、といふ書なのではないかなあ。「うまいこと云つたもん勝ち」みたやうなところが好きだなあ。
読了日:5月16日 著者:劉義慶,井波律子
史記 1 本紀 上 新釈漢文大系 (38)史記 1 本紀 上 新釈漢文大系 (38)感想
神話つぽい内容から段々人間の生活つぽい内容にうつりかはつていく様がおもしろい。秦の王様(といふか)つて、ほとんど知らないんだなあといふことに気づく。他の国の人、たとへば斉の桓公とか秦の文公とかでだいたいの時代背景を知ることが多い。秦始皇本紀の最後、賈誼とか班固とかが書いた部分を読んでゐると陳勝世家を読みたくなるといふ罠が待つてゐる。
読了日:5月17日 著者:吉田賢抗
Missing Microbes: How the Overuse of Antibiotics Is Fueling Our Modern PlaguesMissing Microbes: How the Overuse of Antibiotics Is Fueling Our Modern Plagues感想
ヘリコバクターピロリ菌がゐなくなると、喘息になりやすくなる? しかも背が高くなつたり、太つたりする? それつて、常識なのか? 全然知らないことばかりだつた。帝王切開のせゐで新生児が得る機会のないもの、とか。途中にfootnoteとか皆無で、とても読みやすい。
読了日:5月23日 著者:MartinJ.,MDBlaser
かなづかいの歴史 - 日本語を書くということ (中公新書)かなづかいの歴史 - 日本語を書くということ (中公新書)感想
「現代は基本的には「同語異表記」を忌避する」はそのとほりだと思ふ。もうちよつと許容していいんぢやあるまいか。「おわりに」に自分の意見の主張の仕方について述べられてゐる。縮めると、冷静に観察したことを冷静かつ論理的に一貫した言語で他人にわかるやうに説明する、といつたところか。あらためて「そのやうに書かれてゐるか」と本書を読みなほすのもまた一興かと思ふ。
読了日:5月26日 著者:今野真二
最高の戦略教科書 孫子最高の戦略教科書 孫子感想
読み乍ら「Greed is good.」といふ映画「ウォール街」のゴードン・ゲッコーのセリフが思ひ出されてならなかつた。すると、本書の〆にゴードン・ゲッコーの別のセリフが引用されてゐるではないか。やつがれの勘も捨てたものぢやないなあ。そして、そんな「Greed is good.」といふ感じで「孫子」を読んだことないし、多分、今後も読まないと思ふ。
読了日:5月28日 著者:守屋淳
新訂 孫子 (岩波文庫)新訂 孫子 (岩波文庫)感想
あまりピンとくるところのない孫子関連の本を読んだのでお口直しに再読。「火攻篇」の最後を繰り返し繰り返し読んでしまふ。君主でも将軍でもないから、読んでも仕方ないんだけどね。でも、戦ひに勝つだけではダメ、といふのは通じるか。「百戦百勝」は必ずしもいいことではない、といふのは、このくだりとも関係してゐるのではないかなあ。
読了日:5月30日 著者:

読書メーター

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