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Wednesday, 28 May 2014

流転無恆處

誰知吾苦艱
と、曹子建の「吁嗟篇」はつづく。

しかし、思ふのだ。
流転して恆の処なし?
上等ぢやあないか、と。

といふわけで、昨日で飯田市川本喜八郎人形美術館の現在の展示が終はつた。
今日は定休日である。
明日明後日と臨時休館で、土曜日から新たな展示が公開される。

去年のいまごろも、「飯田の展示が変はつてしまふー」と嘆いてゐた。
なにを嘆くことがある。
さう疑問に思ふ向きもあらう。
展示がかはつたとて、人形は同じぢやあないか、と。

それがちがふのである、といふ話は、ここでくどいほど書いてゐる。
ちがふのである。
そのときの展示によつて、同じ人形でもまるで別人のやうに見える。
人形劇のときとも別人のやうだつたりもする。
たとへば呂蒙がさうだつた。
「人形劇三国志」の呂蒙といへば、「あれはない」と酷評されるほど、「三国志演義」とは違つてひどい悪人である。
当然、テレビに登場するときも、えらいヒールな顔つきで出てくる。
それが、展示になると違つたんだよなあ。
どこか遠くの空を見て、行く先に思ひをはせる姿は、とてもあの人形劇に出てきた呂蒙とは思へなかつた。

そのときによつてちがふといへば夏侯惇だ。
はじめて飯田に行つて見たときは、失礼ながら夏侯惇とは思はれぬほど思慮深げに見えたものだつた。
それが次の展示のときには、武人らしい猛々しさもある姿で立つてゐた。
同じ人形なのに、である。

だから、行くのがやめられない、といふ寸法だ。

昨日までの展示は、ここにも書いたが、酒呑みには堪へられない展示だつた。
石広元・孟公威・崔州平の三人が飲んだくれてゐるさまを見るにつけ、「ああ、酒呑みつて、いいなあ」と思つたものだつた。
人形劇では石広元と孟公威とは一緒に飲んでゐる場面がある。崔州平はその前に出てきてゐるのでその場にはゐない。
しかし、三人してかうして飲んだこともあつたのだらうか、とか、いろいろ想像しちやふんだよね。

さらに、人形アニメーションの展示にゐた李白がすばらしかつた。
いつたい何回李白のケースのまはりをぐるぐると経巡つたことであらう。
李白のうしろに立つて、李白が見てゐるだらう月を見上げる。
「花間一壺酒」、などとつぶやいてみる。
「獨酌無相親」。いいぞいいぞ。
飯田に行くときは、睡眠不足のことが多い。
「今夜は飲まないことにしやう」と思つてゐても、この李白を見たら、ねえ。
といふわけで、今回の展示を見に行つたをりには、ついつい飲んでしまつたりしてゐる。

ところで今回の展示では、孔明が草蘆にありしころの姿である、といふのがチトめづらしいんではあるまいか。
まあ、何回かに一度はあるのだらうけれど。
隣に立つ水鏡先生の衣装があまりにすばらしいので、ちよいと見落としがちだつたが、孔明の身につけてゐるのは小千谷縮なのださうである。

人形劇で、草蘆にありしころの孔明といふと、登場する前の逸話がとにかく印象深い。
玄徳が関羽と張飛とをつれて、はじめて孔明の草蘆にたどりつく。
すると、ひとりの若者が出てくる。
孔明の弟で、諸葛均と名乗るこの青年、愛想もなければそつけもなくて、とてもクールでたまらない。
もしかすると、諸葛均に腹を立てて二度と草蘆を訪れなかつた人物もひとりやふたりではないのではあるまいか。
「兄はゐません」といふ諸葛均は、では待たせてもらへまいか、といふ玄徳に、それはかまはないけれどいつ帰つて来るかわかりませんよ、と答へる。
どこに行つたかも、いつ帰つてくるかもわからない。
四日か五日で帰つてくることもあれば、十六日くらゐになることもある。
長いときは半年も帰つてこなかつた。
しかも、してゐることといへば「このあひだは野原で昼寝ばかりしてゐたと云つてゐました」、ときたもんだ。

いいなあ。
昼寝ばかり。
夢のやうな暮らしぢやあないか。
心のおもむくままにふらつと出かけ、気が向いたら帰宅する。
うらやましい。
当時、心底さう思つた。

当時心底さう思つたことをすつかり忘れてゐて、先日DVDで見直して、あらためて「ああ、なんてうらやましい」と思ひ出してしまつた。
いいぢやあないか、「流転して恆の処なし」。
まあ、曹子建には曹子建のつらい思ひがあつて、そこもよくわかるし、それだからよけいに「吁嗟篇」は好きなのだが。
しかし、それとは違つた意味で「吁嗟此轉蓬居世何獨然」とひとりごちるのも、いいんぢやああるまいか。
作者には申し訳ないけれども。

次回の展示ではどうかなあ。
新たな展示では、「平家物語」がメインになるやうだ。
ここのところ人形劇の展示は三国志ばかりだつたので、これまた楽しみだ。

糜滅豈不痛、か。

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