言ひ訳の多い人生
あひかはらずパピーのグランメリノでメビウス編みのショールをせつせと編んでゐる。
もうすぐ四玉めが終はらうとしてゐるところだ。
このあと六玉めまでは本体を編んで、七玉めと八玉めで端の模様編みをする予定。
だつたのだが。
本体部分は四玉めまでにして、五玉めと六玉めで端の模様編みをし、残つた毛糸でくつ下か手袋でも編むか。
そんな気もしてゐる。
えうは、挫折しかけてゐるわけだな。
現在の長さくらゐのメビウス編みのショールはすでにいくつか編んでゐる。
今回はいままで編んだことのないくらゐ長いものを編むつもりだつた。
といふか、まだそのつもりでゐる。
ここのところ突然あたたかくなつてきたものの、家の中はまだ冷える。
編むならいまのうちだぞ。
そんな心の声も聞こえてくる。
ひたすらメリヤス編みと裏メリヤス編みといふところに飽きてきてゐるんだな、多分。
そんな飽きてきてゐるところではあるが、昨日ふと「毛糸だま 2014年 春号」を手にした。
久しぶりに買つただけあつて、編みたいものはたくさんある。
でも、買つたまま、はふりだしてあつた。
それを久しぶりに見てみると、やはりあれも編みたいしこれも編みたい。
しかし、いま即編めるものといつてはラトヴィア風のミトンくらゐなものだ。手持ちの毛糸と針とを考へるとさうなる。
編みはじめちやはうかなー。
さう思つたりもする。
とはいへ、ミトンなら真夏でも編めるからなあ。
おなじ毛糸だまには、「ミトンは夏の間に編んであたたかさを閉ぢ込めておく」なんてな地方もあるのだとか書いてある。
なるほど、それはいいな。
「毛糸だま」を見て、編みたいものばかりだ、と思ふ、その心は、逃げである。
いま編んでゐるメビウス編みのショールの、ひたすらメリヤス編みと裏メリヤス編みから逃げたい。
さういふ心のあらはれである。
わかつてゐるので、新しいものを編み始めたいなあと思つても、ひたすら黙々とメリヤス編みをし、裏メリヤス編みをする。
編みたいものを編んでなにが悪い。
さうしたところで、世界が滅びるわけでもあるまいし。
さういつたのは、Yarn HarlotのStephanie Pearl-McPheeだ。
そのとほり。
いくら編みかけがあつてもいい。
仕上げないからといつて、地球がなくなるわけぢやない。
しかし、そこは、気の持ちやうだ。
いくら編みかけがあつたとしても、気力の充実してゐるときならば、いつのまにかすべて仕上がつてゐる。そんなものである。
気力はないのに、といふよりは、気力がないから別のものに心とらはれ、編み始めたはいいものの、どちらも結局完成しなかつた。
それは、さらなる気力減退の原因となる。
わかつてゐるので、ひたすらひたすら黒い糸を編み続けてゐるのである。
ところで、裏メリヤス編みはほんたうに編むのが早くなつた。
メリヤス編みを編む速さは頭打ちだけどなー。
そして、グランメリノの黒はとてもいい色である。
さらに、編み地はやはらかくなめらかで気持ちがよい。
惜しむらくは、仕上がつても次の秋冬までしまひこんでおかねばならぬ、といふことか。
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